水の上につ記

  

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                     一日-4℃だった夕暮れの月

 

 時は5月10日の夜、月は山の端にかかり、池では蛙の声がしきりに聞こえる。燈火

が風に揺れてまたたく所に坐っているのは紅顔の美少年馬場孤蝶君、以前高知の名物と

讃えられた馬場辰猪の気概を受け継ぎつつ、兄とは違う文学の道を志し、優美さと高潔

さを兼ね備えているが、惜しむところは短慮で小心なことである。大事を成すには至ら

ないかもしれないがまだ27歳、もし奮起すれば山をも飛び越えるだろう。平田禿木君は

日本橋伊勢町の商家の子である。数代続いた豪商だったがとうとう傾き始めて、その身

に苦労を背負っているが『文学界』の中では出色の文士である。年は一番若く23歳だと

聞く。今後高等学校、大学を出れば学士になることだろう。静かに先を考え、今を思う

とこのような会合を持てる日はまた来るのだろうか。長い首をのばして渋茶を飲み、

「もう一杯ください、酔い覚めには甘露だ」と舌を打ちながらおみくじ菓子のおみくじ

を開いてよければ笑い、悪ければ恨んでいる。二人の間で遠慮のない談笑を交わし、

時には大議論が始まって私が評者になるなど、つくづくこんな楽しいことはなかった。

私は無学で家は貧しく、親族にも有名な者はいない。はかない女の一身を捧げて、思う

ことを成したいと思っているが、心にも知恵にも限りがあるので身の程を知るだけだ。

彼らは流れる水に落下した一輪の花で、ひとときその場にとどまっているに過ぎないの

だから、どうして永遠の友といえるだろうか。「親密だ」などと言うのはどういうこと

か。平田さんとは一昨年の春から、馬場さんはまだ1年の知友を得たばかり。今は気持

ちが高まっているので、少しでも会えないともどかしくなり、一月に7回も会合を持つ

ことがあっても多いとは思わないどころか、まだ話し足りなくて2度も3度も手紙をよこ

す。「もし僕に運があって高い地位につくことがあっても、君のこの古い家をきっと

訪ねてお話ししに来ます。どんなにみすぼらしくたって気にしません。たとえ火の中

水の中にあってもこの志は変わらない」と言う。嘘のない世の中ならば、この言葉は

どんなに嬉しいことだろう。人は儚い人生に儚い言葉を並べて一生の約束などと言う

が、それは夢の中の戯れというものだ。この人達と私は、元よりかりそめの友として

遊んでいるだけなのだ。この浮き世の、きわめて軽い仲なのだ。それでもその軽々しい

誓いさえ、先は知れない。ましてや情に走って情に酔い、恋の中に身を投げ入れてしま

ったら、恋が破れた時にどんなに嘆き悲しむのだろう。夜は更けて風が冷たい。空を

行く雲の、当てのない動きで月が晴れたり曇ったりすることが今さらのように思われ

て、燈火の下で話をする孤蝶さんも、窓に寄りかかって黙っている平田さんも、その

中で立ち振る舞い、茶菓を出している私もただただ夢の中にいるようで、禿木さんが

言うように「他の世界にいる誰かの手でもてあそばれているのだ」と感慨深い。昨日は

他人だったのに今日は親友、では明日は何になるのか。花は散るものだとわかっていて

も春の終わりを恨むのは誰にでもあること。今夜の会合のことを書き残して、思い出の

涙の種となるよう蓄えておこう。

 

11日は小石川の稽古日。来たのは20人近かった。天候が荒れて雨も降り出した。

『太陽』5号を中村さんが持ってきて私の小説をみなに見せた。小笠原さんがそれを

借りてゆき、田中さんも次に見たいと約束していた。家に帰ったのは日没近かった。

夕食後早く床に入った。

12日 

 晴れ。野々宮さんの紹介状を持って石黒とら子さんが入門した。徒然草と雅俗折衷文

を習いたいとのこと。二時間ほど教えて帰した。同じ頃三枝信三郎さんが来て12時近く

に帰る。中島先生から前田侯爵とその夫人の書を郵便で送ってきた。これは博文館が

『百科全書』の礼式の部に掲げるための題字である。侯爵は「礼」の一字、奥様の歌は

中島先生の代作だろう、

   里人も田に引く水のあらそはで みちをゆづれるよと成にけり

    百姓も水の利権を争わず、譲り合う世になったものだ

というものだ。「あちらでは急いでいることだろう」と思いすぐに車夫に持たせて博文

館に送った。「主人は不在だった」とのこと。この夜入浴後、薬師の縁日の草花を見に

行った。夜更けて就寝。

13日

 早朝野々宮さんと、中国にいる芹沢さんから手紙が来た。日清講和が整ったので近い

内に帰国するため金州付近に宿営しているとのこと。野々宮さんは「音楽会の切符を

取っておいたので他で買わないてください」とのこと。18日に美土代町で開催予定の

青年音楽会のものだ。10時に近くなる頃大橋さんから手紙が来た。昨日の礼と『太陽』

5号に載った私の小説を原抱一庵が『国民の友』で批評しているということだけ書いて

あった。

15日

 午後馬場さんが来た。春陽堂の『写真画報』と『文芸クラブ』4号を貸してくれた。

夕食を一緒に摂り、夜になってから帰る。