みづの上日記

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 難なし美本とあったので大枚はたいた樋口一葉全集、これは悲しい。買わなくても

いいものを4年の社畜、ではなく公畜の屈辱の代償としてつい買ったのだが…。書き込み

にイラッとなるので返品したいくらいだがもう買えないし、見栄っ張りなので値下げ

要求は躊躇、美本ではあるし…お父さん全然読んでない…、へに二本線頭悪…。しかし

誕生日じゃなくて父の日祝いとは豪勢ですな。書店にはお知らせまでとメールした。

 

5月2日の夜、禿木と秋骨の二人が来てしばらく話をしていると、「今夜は君におもて

なしをしてもらおうと思って来たのです、さあ、どんなご馳走をしてもらおうか、多少

のものでは済まさせませんよ」と二人で笑う。「どうしたのですか」と聞くと、戸川

さんが懐から雑誌を取り出して「朗読しなさい」と平田さんを振り返って言う。それは

『めさまし草』の4巻で、昨日発行されたもの。私が『文芸倶楽部』に出した『たけく

らべ』の合評があると新聞広告で見たが、それだろう」と思ったので、あわただしく

問いただしもせずにほほ笑んでいると、「何をご馳走してもらおうか、この巻は今朝

大学の講堂に上田敏君が持ってきて『これを見ろ』と開いて差し出したのです」

「『なんだなんだ』」と取ってみると「見たまえ、かくかくしかじかの評が、鴎外、

露伴によって書かれている、当代の名作これにとどめを刺す」と。嬉しさが満ち溢れて

物言う暇もなく、これを講堂内で高らかに朗読しましたよ。それでもなお喜びをどうす

ることもできずに、学校を飛び出して書店に駆けつけて1冊買うと平田の下宿にはせ参

じ『君これを見たまえ』と投げつけるとそれを取って一目見るなり平田は顔も上げら

れず、涙に掻き暮れたのですよ。『さあ早く見せてこの喜びも言おうし、妬みも言いに

行こう』とこうやって二人で来たのです。どう読みますか、僕が読もうか、平田がいい

か」と言葉せわしく喜びを満面にして言う。「現在『文壇の神』と呼ばれている鴎外の

言葉として、『私はたとえ世の人に一葉を崇拝していると嘲りを受けても、この人に真

の詩人という名を贈ることを惜しまない』とあり『作中の文字5、6字づつ、今の世の

批評家、作家に技量上達の護符として飲ませたいものだ』などとまで、我々文士の身と

しては、一度でもそのような言葉を聞けば死んでもいいと思うほどだ、君の喜びはいか

ばかりだろう」とうらやんでいる。二人は狂ったように喜んで帰って行った。

 批評はいたるところの新聞雑誌にかしましくもてはやされている。『日本新聞』には

「一行読んでは驚き歎じ、二行読んでは打ち呻く」とあったと邦子がよそで聞いてきて

「ずいぶんあさましいほどに評判が立った」と喜びながらも悲しむ。それは、槿花一朝

の栄(槿の花は朝咲き夕しぼむ)を嘆くのだ。世の中誰も彼もが文学をありがたがる

風潮で、かりそめの一文一章が遠国他郷まで響き渡り、伝え広まって立つ名は様々で

あり、なんだかよからぬ取りざたもそろそろ増えてきたようだ。この『たけくらべ』が

載った同じ号に私と川上さんとの間を怪しげに書いた雑記があった。千葉辺りから来た

投書だとか。これを人は材料にして、妬みもすれば憎しみもする。私たちは潔白なので

嘆かわしいとは思わないが、元々からこの憂き世で間違いを起こすまい、人並みでは

ありたくないという思いを持っているので、このようなよからぬうわさが出てくると、

やましいことはなくても私の不徳のいたすところなのかと残念に思う。

 私を訪ねる10人のうち9人までは、女だということを喜んで、物珍しさから集まって

来るのだ。だからこそ大したことのない反故紙を作り出しても「現代の清少納言だ、紫

式部だ」とはやし立てるのだ。無分別者たちが、私がどんな底意を持っているかを知ら

ずに、ただ女だとばかり見ているのだ。なのでその批評の取りどころのないこと、瑕が

あっても見えず、よい所があっても言い表すことができずにただ「一葉はうまい」

「上手だ」「ほかの女流などはもちろん、ほとんどの男たちも頭を下げる技量だ」など

ただただうまい、上手だと言うばかり。そのほかに言う言葉はないのか。言うべき瑕を

見つけられないのか。本当にばかばかしいことだらけだ。

 

5月24日

 正太夫が初めて我が家に来た。話すことは多かった。

25日

 田中みの子さんを飯田町に訪ね、帰り道半井先生を訪ねた。原稿を書くため三崎町の

方にいるとのことだったので会わずに帰った。

27日の夕方から平田さん、戸川さん2人が来た。話すこと多かった。

28日

 午前中田辺龍子さんを番町に訪ねた。例によって例の如きおしゃべりをした。12時

過ぎ頃に帰宅。今日は木曜日なので野々宮さんが来た。安井さん、木村さんの二人は

皇后誕生日の会があって来られなかった。安井さん宅より昇給祝いの赤飯が贈られた。

『新文壇』の鳥海崇香氏が、遊びに来たわけではないだろうが長く話していった。戸川

残花氏が私に嫁入りの話を持ってきた。先は何某の博士だとのこと。

 正太夫が門口まで来たが、人がいるのでまた来ると帰った。

29日

 横山源之助氏来訪、話が長かった。正太夫が来たのでそっと次の間に通す。源之助氏

はそのうち帰った。

 

 さて雪かき猛地吹雪の中でするか…あっという間に戻っちゃってほんと不毛…。