斎藤緑雨

 

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                          件の…(来簡集は以前購入)

 書き込み事件は、本屋さんが気づかなかったとのことで、もう一声欲しいけど文句は

言えないという絶妙な値引きで手打ち。今日は久しぶりに晴れ。北国は1週間に1回ぐら

いしか晴れない。ほとんどお天気県から来た私には雪かき以上に気がめいる。腰痛や

50肩が出たのは寒さのせいだし(いや年…)、胃の具合が悪いのは冷蔵庫以下の室温に

より第3のおビールがおいしいし、北国はお酒もおいしいからね。

 

 

 私の近作『われから』の批評では『めさまし草』の三人冗語の中で大いに見解を異に

したとのこと。それについて正太夫が自分の責任を明らかにしたく、論文にして世に

出すつもりだが、「私が言うところが合っているか、露伴の思うところが当たっている

か君の考えを確かめてから書きたいと思うのです。それで昨日2度もお宅を訪ねました

がご来客中で1度帰り、2度目も同じことで甲斐がなかったですよ。まあ、まず聞かせて

ください」と『われから』の作意について聞いてきた。

「ひとつは、庭のお稲荷の前で奥方が物思いしている場面があるが、あれは親の時代に

あったことをいつも考えており、自分もいつか母親と同じ運命となるだろうという思い

が元々あったのか。もうひとつは、あの奥方の性格からしてそのようなことを常日頃

思っているわけはないので、全く偶然に考えついたこととして描いたのか、ということ

です」

 

 きゃー、われから見てみようと小説巻探してたら今年から書く予定の5年日記出てき

た。1月終わるじゃんか…こちらに来て3年日記始めたのが残っていたのですっかり忘れ

てた。いやな3年間を切り替えるつもりだったのに…ていつだっていやなんだけどね!

 しばし読書、社前で考えたことを夫に話す内容は、自分が捨てられるのではないかと

いうことで、自分が夫を捨てるという母と同じ運命というものではない感じ。

 

「この二つのうち、作者はどうお考えか。それによって私の論が成り立つのです」と

太夫が言う。「それは確かに偶然の出来事ですが、常々自分では気がつかない心の底

に潜むものがあり、いつも心細い思いをしていたのにも違いないので、だからこそ急に

思いついたのでしょう」と答えると正太夫は「それは困った、二つの論の中間に君は

立つのですね、前の説が露伴で、後の説が私のものなのです。さて難儀なことになっ

た」とほほ笑んでいた。

「第二問は、町子と書生の間にことはあったのかなかったのか。一方の論者は『跡なき

風も騒ぐ世にしのぶが原の虫の声(風が通り過ぎた後で秋の虫が騒ぐように)些細な

ことが表ざたになって奥様は憂き身となった』という言葉があるので、まさしくことは

あった(上田敏)というものです。もう一方の言い分は、これは作者が読者を迷わせる

ため言葉巧みにあやふやにしているだけで、実際にことはなかった(乙羽)という争い

です。少し行き過ぎた説もあって『あと2月も時間を与えればこの不義は必ず成立する

だろう』というもの(緑雨)もある。また『ことがあった』論者のうがった説に、こと

はあったに違いないが作者が女性であるので憚りがあり、わざとあいまいにしたのだろ

う(露伴)というのです。君はどう思っているのですか」と聞かれた。

「しのぶが原の虫の音に気がついていただいたのですね、それこそ私の思うところで

す」と答えると、「おや、また露伴に負けてしまった」と笑った。

 

   あらはれて露やこぼるる陸奥の しのぶが原に秋風ぞ吹く

    忍んだ恋も(飽きられ)表ざたとなり、涙の別れとなった。

 

「『ことがあった』というのが大方の世論で、無実だったと言うのは私ただ一人のよう

です。全く無実ということではなく、あと2月も経てばことは起こっただろうと思いま

すが。このたびの『めさまし草』で近松の『槍の権三』を例に挙げましたが、あれも昔

からどちらであったかはっきりしない。不義があったというものもなかったというもの

もあり容易に詮じつめられない。しかし私は権三とおさいが家を出て2ヶ月放浪した後

おさいが夫の手にかかって死にたいと願っているので、この2ヶ月の間に不義があった

と考えます。この辺を明らかにしないところが作者のずるいところでもあり、巧妙な

作品だといえるだろう。どのように見てもそう見えるというのがよいのでしょう。こう

いうことは作者に聞いたりせず、自分の考えで批評するのが本当であろうが、私は力足

らずで、眼識が確かでないのでこのように作家を訪ねることになってしまう。君の答え

としては「どちらでもよい」というのが正解なのでしょうね」などと語る。

「君の『われから』の批評は我が『めさまし草』を最初として『明治評論』『青年文』

『国民の友』『太陽』『帝国文学』などに書かれるだろう。私は近く、あの奥方の身の

上を論拠として書き、発表しようと思っています。そしてこれから君の最初の作から

全て読まなければと思っているところです。そして作者と作品の関係について論じた

い。私が新説を立てるというわけではないが」と笑っている。雨はますます降りしき

り、日もそろそろ暮れようとしている。「口の悪い正太夫さんに差し上げるようなもの

もありませんが、笑われる材料に、柳町のお寿司(いかがわしいもの)でもお取りしま

しょうか」と笑うと、「いえいえなにもしないでください。ゆうべさるところで色気の

ない病にかかった(お腹を壊した)ので」と断ったので、「では何も差し上げません」

と言って話に戻った。

「昨日の夜は11時頃から露伴と君の作品について論議し、4時になっても話が終わりま

せんでした。いつも君の作品について論争になるのです」などと話す。「君はこの頃

『博文館』に『文反古』(西鶴)のようなものを書いているそうだが本当ですか」と

聞かれた。「『百科全書』の12巻として『書簡文例』を書いていますが『文反古』の

ような小説めいたものではありません」と答えると「そうは言っても君が書いたので

しょう、おもしろいに違いない、すぐに帰って読みましょう。乙羽庵が『通俗書簡文と

いう題ではあるが、終わりの方になると純然たる小説だ』と言っていたのを、あいつの

批評眼などと思ってあまり気にかけなかったが、君が書いたものであるからには必ず

読まなければ。きっとおもしろいに違いない」と笑っているので「だめです、読まれる

のは嫌、勘弁してください」と乞うのをおもしろそうに見て、「そんなこと言ったっ

て、もう印刷されて世に出ているのだからどうしようもない、本屋で売っている以上

致し方ないですよ」と言ってまた笑った。

 

 正太夫、歳は29、痩せこけた顔つきは凄みを帯びているが、口元になんとも言えない

愛嬌がある。綿銘仙の細かい縞柄の袷に木綿絣の羽織を着けているが、裏はきっと甲斐

絹だろう。低いが澄んでよく通る細い、涼しい声で物事を明白に話をする。かつて浪六

が言った「彼は毒筆であるだけでなく、心に毒を持っている」というのは誠に当たって

いる。世の人はあまり知らないことらしいが、花井梅のことで、何某から500円をゆす

り取ったのはこの人の手腕だとか。その眼の光が異様なことと、ことごとく嘲罵するよ

うな言葉があの優し気な口元から出てくるので、人によっては恐ろしいと思うだろう。

「自分のならわしとして君を訪ねることはしたくない」という手紙が送られてきたのは

1月のことだった。文学に熱心なあまり私を当代の作家中話すに足ると思い、その主義

をなげうって私を訪ねてくるのに、なぜことさらに人目をはばかり、隠れるように振る

舞うのだろうか。露伴との議論も嘘ではないだろうが、他にも何か隠していることが

あるのではないだろうか。いろいろ考えるとようやくこの世がおもしろくなってきた

ようだ。この男は敵にしてもおもしろいが、味方となったらなおおもしろいことだろ

う。眉山や禿木の気骨なさに比べて一段上に見られる。

 会ったのはたったの2度目だが、千年のなじみのように親しみを感じる。現在の文壇

を罵り、学士の無知を笑い、江戸趣味の滅亡を恨み、身の上のつまらなさを話して

4時間にもなり、「日が暮れた」と言って帰る。その間車は門前に待たせていた。

31日

 榊原家のいさ子さんの友達の中沢ぬい子という人が入門し、月謝の50銭をいただく。

それらを取り集め、菊池さんのところへ今月から返し始めるために母は出て行った。

水無月1日

 平田禿木が『めさまし草』を持参し「僕の書いた批評を見てください」と貸してくれ

た。正太夫が私を訪ねたなどとは思いもよらないだろうから、何も知らずに話している

のがおかしい。批評は、

 この人の作としては大変劣っている。『たけくらべ』にも『にごりえ』にも及ばず、

『わかれ道』や『十三夜』にさえかなわない。「この作者はそろそろまとまりがなく

なってきたようだ」と正太夫が言ったのは『わかれ道』の時だったが、その言葉が現実

になったのは作者のために悲しむべきことだ。

 とあった。おもしろいのは贔屓と名乗ってご苦労にも弁護してくれる人の論が付属し

ていることだ。「女性だからと思って今まで控えていたが、用語をもう少し心遣いした

方がよい」という一論客の意見に対して「これは聞き捨てならない、わが一葉は女性で

はあるが、身銭を使わずに高慢な言葉を並べる男どもの首を引き抜いて捨てるくらいの

力量はある。悪いところがあれば遠慮なく言いなさい、女扱いは嬉しくない」といきり

立っている。6ページにわたっての議論だったが決着はつかずに終わった。

 大変頭痛のする日で、眠たそうに話していたので不愉快だっただろう、平田さんは本

を置いて帰った。