樋口一葉「別れ霜 一」

                           海がない世界はほんとイヤ 

                  一

 胡蝶の夢のように儚い世の中で義理や誠など邪魔なもの、夢の覚め際まではと欲張る

心の秤に黄金の宝を増やすことばかり考えて、子宝のことを忘れる小利大損。今に始ま

らない覆車のそしり(戒め)(ひっくり返った車の轍を見て気をつけること)も自分の

梶棒のこととは思いもよらずに握って離さない。その理屈はいつも筋違い(道理に合わ

ないという意味と連雀町は筋違御門内にあったので掛けている)にある内神田連雀町

いうにぎやかな町に客足途絶えぬ呉服屋があった。よく売れるので仕入れも頻繁、新田

という苗字を暖簾に染めて、帳場に高慢な様子で座っているのは主の運平、不惑の四十

男。赤ら顔で筋骨たくましく、薄醤油の鱚鰈育ち(上物ばかり食べてきた)で世のせち

辛さをなめたことのないような代々の旦那らしくは見えない。妻はいつごろ亡くなった

のか、形見の娘がただ一人、親に似ない子を鬼子というが鳶が生んだおたかという今年

16歳、つぼみの色鮮やかで香りこまやかなあっぱれ現代の小町、衣通姫。世間に出さな

いのも道理、突風に当たりでもしたらあの柳腰がどうなるかなどと余計な噂を引き連れ

て、五十稲荷の縁日で後ろ姿だけでも見られたら栄誉幸福、卒業試験の優等証よりも、

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再び見れば悩ましく、駿河台の杏雲堂病院にその頃頭を病んだ患者が多かった理由の

一つにその娘があるとは、商人の言う掛値(値切りを考慮して高めに言う)というもの

だが、ともかくその美しさは争われず、姿かたちが麗しいばかりでなく、心の優しさ

情けの深さ、音楽の道に長けて、手跡は瀧本の流れを汲んで走り書きさえ麗しい。四書

五経儒教)の角張ったものはわざわざ避けて、伊勢物語源氏物語に親しんで明け

暮れ机の前を離れず、といって香爐峯の雪に御簾を巻くような才女(清少納言)めいた

行いなど一切せず、家深くこもって女の針仕事に精を出す心がけは誠に殊勝というより

ほかはない。家にいて孝順ならば外に出ても必ず貞節だという。夫と決められて天下の

果報の独り占め、前世の功徳をどれほど積んだのかと人に羨まれているのは、隣町の

同商売の老舗と知られている松澤儀右衛門の一人息子の芳之助と呼ばれる優男。祖先の

縁に引かれて契りは深い、一人っ子同士の許婚の約束ができたのは、おたかがおかっぱ

頭を煙草盆に結い始めた頃とか。それから長い年月が経ち、今年は芳之助も二十歳に

なったのであと一、二年もすれば公に夫と呼び妻と呼ばれるようになると嬉しさに胸が

躍り、友達のからかいが恥ずかしく、わざと知らぬ顔をしながらも真っ赤になってしま

い、袖で覆うと知らず知らず心が表れて今更ながら泣きそうになることもある。人の

見ていない時手習いに松澤たかと書いてみてまた塗り隠す無邪気さ、利発に見えても

あどけない。芳之助も同じこと、射る矢の如しと言われる月日も待つ身には、年月が

自分のために弓を緩めているかのように感じてまどろこしい。高殿で一緒に月を見る日

はいつのことかと偲び、桜の下の朝露に羽を並べる蝶もうらやましい。用事にかこつけ

て時々訪れてよそながら見る花のかんばせも自分のものながら、許されない垣根があっ

てしみじみと言い交す時間もなくうらめしい。ひま行く駒(時間)がいるならば自分が

手綱を取って、鞭を上げて急がせたいと願っている。

 しかし天は美人を生んでも恵みを与えず、たいていはよき夫を得られないものだと

いう。桜は必ず風を誘い、満月に村雲がかからないことはめったにないので疑わしい

が、この才子佳人が日々待っている喜びの日は来るのだろうか、差し障りの多い(葦分

け舟)世の中なので、親に許され世に許され、相手も願いこちらも願う、もし魔神に

聞くことができたとしても闇の中、髪一筋の光も見えない。この縁が結ばれなかったら

それは天災か、それとも地変か。

                  二 

 望みにきりがない(隴を得て蜀を望む)のは人情の常、百に至れば千を、千に至れば 

また万をと願いの止む時がなければ心はいつも休まらない。よくよく考えれば何も持っ

ていないことほど気楽なものはない。大体は五十年と決まった命の相場は黄金でも変え

ることはできない。花が降り音楽が鳴り、めでたく仏様が紫雲に乗ってお迎えくださる

時に、替わりの人を立ててお代を支払うことはできないことは誰でも知っていること。

鶴は千年亀は万年、人は永遠不変、月夜に米の飯(月の光と米があればという意味で

苦労のないこと)を願い、仮にも無常を感じてはならないとは長者となるべき人の肝心

かなめの石のように固く、取って動かしてはならない決まりであるとか。

 話を戻すと、そもそも松澤や新田の祖先というのは伊勢の人で、大江戸に志を抱いて

みじめな呉服の行商から始めて六間間口に黒塗り土蔵(大商家の例え)の身代を築き上

げ、男の子二人のうち兄はもちろん家の跡取り、弟には母方の絶えた姓を復活させ新田

と名乗らせ分家にしたが、子孫の末までも同心協力して事に処し、離別してはならない

という遺志を固く奉って代々親睦を重ねてきたが、当代の新田のあるじは血統ではなく

一人娘の婿だったので互いを思うという気持ちが少なく、利に走りがちなしたたか者。

かねてより松澤の隆盛を頼んで許婚の縁を使い、親であり子であり舅同士なのだから

不足があれば持っていけと向こうばかりが親切を尽くしてくれるのをいいことに、騙し

取った利益も少なくない。うまい汁を吸って何年経ったのか、朝日が昇るような今の

栄華はみな松坂の庇護のためであったのに、のど元過ぎれば忘れるとはこのこと、対等

の地位になったので目の上の瘤のように邪魔になっていろいろ案じるに、十町を隔たぬ

ところに同業の店を構えるから、あちらは本家だと世の取り扱いが重く、私の信用が

薄いわけではないが、あちらに七分の利益がある時にこちらは三分では、我が家の繁栄

長久の策としては松澤を消すしかない。まず娘の美しさは一つの金づるだ、芳之助との

縁を切れば、目抜き通りの角地(一等地)を持参の婿の候補もあるだろう、一挙両得と

はこのことだと思っているが娘には言わず、気心の知れた番頭の勘蔵にだけ腹を割って

話すと手を打って賛成し、主従は日夜額を寄せて策を講じていた。時機というものか、

先年松澤は商売上の理由で新田から二千円を借り入れしていた。今年すでに期限が来て

いたが数年前からの不景気にさすがの老舗も手元は豊かではなく、織元その他に支払う

分も大変多いので新田は親族の間柄でもあるし、今までこちらが融通したものも少なく

ないので事情を打ち明けて延期を頼んでも駄目とは言うまい、他人に兜を見透かされ

(足元を見られ)松澤ももう下り坂だといい囃されるのは悔しいので、新田のことは

後にしてまずは織元へと有り金をかき集めてほとんど支払ったという噂を聞いて、日頃

より狙い澄ませていたので耳よりのことと、返済の延期を言われる前に急な催促、言い

訳する間もなく表ざたの訴訟となった。もとより松澤は数代の家柄で信用も厚いので、

たかが千や二千の金などどこからでも調達できるだろうと世の人の思うのは間違い、

四角い卵が万国博覧会に陳列されたとは聞かないのに、晦日に月が出る世の中、十五夜

の闇もあるだろう(あり得ない事が起こった)。暗暗朧朧(ぼんやりとした)の奥で

どのような手段を講じたのか、新田の策は極めて巧妙だったので少しの融通もできず、

示談を願おうと奔走してもそれも整わないまま新田は首尾よく勝訴し、勝ちどきの声

勇ましく引き上げた。それに引き換え松澤の周章狼狽、寝耳に水の騒ぎで驚く間もない

ほど巧みな計略に争う甲斐なく敗訴となり、家蔵のみならず数代続いた暖簾まですべて

新田のものになったので、木から落ちた猿のようになってしまった。頼みの番頭の白鼠

(忠実)が昨年故郷へ帰ってしまった後は、溝鼠(ちょろまかすもの)しか残っておら

ず主家の一大事にも申し合わせたかのように冨士見西行(傍観)を決め込み、見返る者

もいない。無念の涙を手荷物にして、名のみ床しい妻恋坂下同朋町というところに親子

三人、雨露しのぐのがやっとの家を借りて何とか膝を入れた。

 海でもなく山でもない人の世での遭難、今初めて知った飛鳥川の淵瀬。  

   世の中はなにか常なるあすか川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる

    世は飛鳥川のように常ならぬもの、昨日の深淵が今日は浅瀬になる

   (氾濫しやすかったことから激しい移り変わりの意味、明日に掛る)

 明日からはどうすればいいのか、富豪の家に生まれて柔弱に育てられた身にはできる

ことなどなく、そろばんは習っても事に当たったことがないので何の用にもならない。

座って食べているだけでは減るばかり。山高帽子や半靴など、昨日まで身を飾っていた

ものを一つ売り二つ売って、果てには月末の支払いに悩むようになった。

                  三   

 一人前の男に育ちながら不甲斐のない車夫にまで落ちぶれなくても、ほかに仕様が

あるだろうなどと偉そうなことを言った昔の心の恥ずかしさ、誰が好き好んで牛馬の

代わりに脂汗を流して埃の中を走り回るものか、何の仕様も尽き果てたからこそ恥も

外聞もかなぐり捨てた身のとどめは、残念も無念もまんじゅう傘(車夫がかぶる)の中

に包み、行きましょうかと低い声で勧めるのをいらぬとばかり非道に過ぎて行く人は

まだましで、うるさいと叱りつけられて思わず後ずさりする意気地なさ、霜凍る大風の

中辻待ちしている提灯の火が消えるまで案じられるのは両親のこと、慣れない貧苦に

責められて、過去を懐かしむやるせなさが老体の毒になり涙に暮れて患ってしまった。

それももっともで自分でも無念ではらわたが煮え返るのだから、胸が張り裂ける思いだ

ろう、憎いのは新田、恨めしきは運平、たとえ血をすすって肉を食ってもあきたらない

と凍りそうなこぶしを握り締めてあてどなくにらんでいたが、思い返せばそれも愚痴、

恨みは人の上でない、自分に男らしい器量があればこれほどまでに窮することもなかっ

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さえすれば、目じりも眉も下がったいわゆる地蔵顔に見えるが、今の身の上には憎む

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鳴き始めた。親に報いるという教えも甲斐なく、五尺の体に父母の恩を担いきれない

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身を捨てたくなることも度々あるが、病み疲れた両親の寝顔を見るたびにかたじけない

ことだ、自分がいなければどうなるのかと思い返し、それでも湧くのは涙ばかり、薬を

沸かす小さな鍋をかけた炭火も消えがちの暮らしでは医者に見せることもかなわずに、

悪くなってゆくのを見ているだけの心苦しさ。天地も神も仏もみな私の敵なのか、この

窮状を見過ごすとはどういうことなのか、新田運平こそ大悪人の骨頂、娘はそんなこと

はないと思うのは心の迷いだろう、姿や言葉だけは優しくても瓜の蔓には生らぬ茄子、

父親と同じ心で今のわが身に愛想が尽きて人づてにも手紙一通よこさないのだから、

やはり外面菩薩の夜叉なのだ。