通俗書簡文 八

 読み返す度におかしな文章がある。日頃敬語など使わないので見る人が見たら怒り

出すような言葉遣いかもしれない。通俗書簡文に少し飽きたので書簡を読んでいて思い

出し、以前書いた一葉の手紙(馬場孤蝶宛て)を読み直してみると超訳していたので

できるだけ元の文章に近いように直した。簡潔にしようとそうしていたのだが、少し

不自然でも一葉が使った言葉をできるだけ使う方がいいかと思う。

 

   新海苔を故郷の親族に送るのに添えて

 そちらでは旧暦を用いられるので、今は霜月に入った頃、まだのどかにお過ごしの

ことと思います。都は何かと忙しく、人の足音も違ったように聞こえ、早くも年の市が

立ち始めました。今年の景気は大体上向きで私の店なども職人がひっきりなしの注文を

持て余しているほどです。この数年なかったことなのですのでお喜びください。新年に

かけてもこの景気が続きましたら来春は伊勢参宮を兼ねて久し振りにそちらに伺うこと

ができそうなので今から楽しみにしています。いつも差し上げます新海苔、昨年のもの

より少し薄いように思いますが味はこの方がよいようです。少しずつですが菩提寺

住職様や学校の先生にも届けてくださいますよう、別々に包んで行李一つにまとめまし

た。親戚の誰彼様へもいつも通りにお分けください。お気に召しましたらまた仰せくだ

さい。(ひとまず)こちらでもまだ新海苔の内に急いで御覧に入れます。主人からお文

を差し上げるべきところ商用が忙しくて筆をとる暇がなく、代わって私が皆様のご機嫌

伺いとご無沙汰のお詫びをしてくれとのことなので後先になりましたが、どちらにも

よろしくお伝えくださいますようお願いいたします。とりあえずの走り書きをお許し

くださいませ。

   同じ返事

 お行李昨日到着いたしました。いつもながらのご厚意、ありがたく頂戴いたします。

お文の通りにあちらこちらへ配布いたしましたところどこも大喜びでそれぞれお礼を

申し上げますが、お便りのついでにありがたがっていることを伝えてくださいとのこと

です。ご住職様はあなたも知っての通り無類清浄のお方ですから、この付近のお寺でも

生臭が入ってこないこともないご時世ですが、相変わらずの昆布だしばかりで、湯葉

だの生麩などと日頃は結構なものを召し上がりませんから、ひとしおの高味だと珍重す

ること一方ならず、痩せた頬をしわにしてよろしくよろしくと申しておりました。私共

でももちろんのこといつもいただく日を指折り数えて待っておりますから、まだ霜月

ですがこれをいただいたらお客様に自慢のご馳走をしたく、早く新年が来たらいいのに

と思っております。早速試しにいただきましたところ、昨年のものよりなるほど、香味

がひとしおだと存じます。旦那様にもよろしくお伝え願います。お文によると東京も上

景気とのこと、お店のご繁盛を陰ながら喜んでおります。一昨年の暮れのようですと

こちらも心細く、せっかく長年ご商売されてきましたがこれまでと思い切ってお帰りに

なってはどうかと親戚一同から連盟の書状を差し上げようという約束があったほどだっ

たのに引き換えてお華々しい御繁盛と伺い、胸が晴れる心地です。来春参宮の思し召し

とのこと、前もって必ずお知らせください。お待ち受けする用意をそれぞれいたしま

す。お歳暮ではありませんが通運便で太織りを一疋お送りいたします。これは私の手織

りでいかにも見た目がよくありませんが、色がさめないことは受け合いますのでご夫婦

様のご普段着にしてください。田舎では差し上げたいと思う物もたいていはそちらに

ないものはないと聞いておりますので何も思いつかず、おかしなものになりましたが

お笑いくださいませ。

 

   雪の日に

 この朝早くはやっと靴の先が隠れるくらいだったのに、あっという間に松の雪が重そ

うに見えるようになりました。夜までも降るなら(積雪を測る)印の竿をと大騒ぎしな

ければなりません。日頃待った甲斐があったようで、家の子犬が駆け巡るのを見るのも

嬉しく思えます。こちらの狭い庭でも見渡しているのに、広いお宅の二階の景色はどん

なに素晴らしいだろうと考えただけでもおうらやましいです。今日はちょうどよく日曜

ですので旦那様もお勤めのお出ましもなく、そのうち盃が出て、ご子息様方もお膝元に

集い、世にも温かい雪見の宴を催されるのでしょうね。お子様が多いのは幸多きことで

す。こちらの良人も雪を友に独酌を淋しく始めたところへ、根岸の知り合いが笹の雪

(の豆腐)をよこしたのですが、一人で食べるのもつまらないのでそちら様におすそ分

けをせよとのことです。あまりに少なく、お箸を濡らすほどしかありませんが、お肴の

数に加えてくださいましたらありがたいです。良人は例のりうまちすの差し障りがなけ

ればこのような時にはすぐにお邪魔するのに伺えず残念ですと、取り添えて伝えよとの

ことです。俳句が二つ三つできましたのでそのうち御覧に入れますと吹聴しておくよう

にとは、いつもの我誉めですが、雪が降りやんだら伺いますのでご主人様によろしく

お伝えくださいますようお願いいたします。

   同じ返事

 思いがけないお使い、今日の雪からの大変深いお恵みだとお文を巻き返しながらいた

だきました。空を見てどのように推し量られたものか、おっしゃる通り今は仲間の若か

らぬ人たちが二階の雪見にと転び転びやって来ましたので、さあ銚子を持ってこい盃も

と形ばかりのことをしておりましたところへ、何よりのお品をいただきありがとうござ

います。主人のふつつかなのを取り隠すのにあまり余って大変嬉しく喜んでおります。

ご主人様がいつものようでしたら無理にもお越し願うのですが、お障りがあるのでは

ないかと心苦しく、思いながら人を(呼びに)やらずお噂だけしておりましたが、同じ

ようにお酒盛りの最中だとか。間に合うようにと取り急ぎ、集まった人の中に昨日鴨猟

に行ったからといただいたものを。私のおぼつかない料理で、今包丁をぬぐったところ

で名はよそよそしいですが、肉はどこにあるのかと笑われそうなのも顧みず、お吸い物

の種にでも。添えた三つ葉は家の裏で藁を敷いて何とか生やしたもので、今雪の中から

摘んだものです。君がため(春野に出でて若菜摘む…)ととりなし(連句)できるか

どうか、正しく衣手は濡れましたが。これに一句お願いしましたらいよいよ欲深の名が

立つことでしょうね。名句がたくさんあるでしょうからそれを伺いにこちらからこそ、

降りやみましたら(伺います)。寒さが厳しいのでお出かけはよろしくないと、お心

安い仲ですのでお止め申し上げます。

 

   煤払いで紛失物を見つけたことを告げる文

 今年の日数もわずかになりました。さぞかしお忙しいことと思います。煤払いはお済

ませましたでしょうか。こちらもようやく済ませて一年の重荷を下ろしたようです。

さて、以前よりたびたびお耳に入れてご心配をかけていました主人の秘蔵の名物裂、人

に見せるために箱から出してそれを納めるために蔵まで私が持って行ったのですが、

ご存じの癲癇持ちの子が急に息が止まったと呼ばれて、箱に入れたか入れなかったか

確かに覚えもなく駆け出してそのまま病院へ行って入院騒ぎ、何も思い出すことなく家

に帰り、紛失に気がついたのは十日後のことでした。お知らせしましたように召使の誰

もそのようなこと(盗み)をするとは思えず、よそから人が入るということもないの

で、もしかすると鼠が引っ張って行ったのかと箪笥や長持を寄せて調べてみましたが

ついに見つけることができませんでした。幾重にも私の不注意から家に伝わったものを

なくしてしまったことが夫に申し訳なく、普段から粗末に思っているからの過ちだと

言われても仕方がなく、思案に余り他の人にはお考えがあるかとお心づけをお願い(ご

相談)しておりました。昨日の煤掃きで籠の中をかたずけて、戸棚の隅から縁の下まで

掃除をしたところ壁の端に大きな鼠穴が開いているのを見つけ、何心なく除いたところ

巣の材料にした紙の切れ端や小布のようなものがたくさん引き込んでありました。もし

やと思って残らず引っ張り出してみましたところ、何とも浅ましい姿になったあの名物

裂が布の中にありました。夫は例の無頓着ですので、鼠殿のいたずらには小言も言えな

いと大笑いしましたが、私は内心家の者を少し疑っておりましたのでいよいよ身の罪を

思い知ったことでした。人は知らないことですが大変恥ずかしく、七度尋ねて(よくよ

く探してから人を疑え)とが本当のことだと思ったことです。ご心配をおかけしました

お詫びをしたく、私の内心の疑いをお聞かせしたのはあなた様だけなので、懺悔ながら

終始を申し上げます。(裂は)とても満足なものはなく、少しばかり形を残しただけで

したが、屏風にでも作っておけば全くないよりよいと主人が許してくれましたので、

なにとぞご安心くださいますよう、返す返すも軽はずみに人を疑うまいと悟りました

ことを申し上げます。

   同じ返事

 ご丁寧なお文、お忙しい中わざわざ恐れ入ります。例のお品を見つけたとのことおめ

でたく嬉しいですが、いたずら者が噛み散らしたのは惜しいことでした。残念のほどが

思いやられますがこれは災難と思い返してください。もし召使いの中からそのような

ことをしたものが出たらご家名が世間に漏れてしまいますし、長くお使いになっていた

人を罪人に決めてしまうのもご不快でしょう。私もまさかとは思っていましたが世間に

はよくあることで万が一の出来心でそのようなことをしないとも限らないと密かに考え

ておりました。もちろんこれは知られてはならないことですのでお蔵の端に隠しておく

べきものです。昨日の煤取りは一年の塵や埃のみならずお心の内の塵をも払って、どれ

ほどさっぱりされたことでしょう。お品は惜しいけれど正体がはっきりしたことは喜ば

しいことですし、お慎み深く口外されなかったことがよかったですね。もし一言でも

お疑いしたことが人に漏れましたら取り返しがつきませんでした。七度尋ねてとは誠に

誠にごもっともなこと、どのような所にこのようなことが隠れているかわかりません。

お慎みになったのは何よりのことでした。

 私のところでは明日煤払いをいたします。さて春に失くした店の品物を見つけること

ができたら喜ばしいですが、これは鼠(盗るもの)の質が違っておりますので同じよう

にはいかないでしょうから詮無いことだと一人笑っております。今年のお餅はお店に

頼みましたか、お宅で(餅つきを)されるのでしたら道具をお持ちくださいますよう、

男手もお手伝いによこしますのでご遠慮なく仰せ下さい。もう一度、一年の終わりに

お疑いが晴れたことをお喜びして、ご一緒に胸がすっきりした心地です。いずれお歳暮

のお礼にお伺いした時に詳しくお話しいたしましょう。

 

   妹に羽子板を贈る

 あと十日寝たらお正月で、どれほど嬉しいことでしょうか。このほどお父様から伺っ

たところ常々学校のお勉強をよくして感心なので、今年のお歳暮はいつもよりよいもの

をやるとのことでしたが、もういただきましたか。お品は何でしょうか、当ててみまし

ょう。人形ではないでしょうし、鞠でもないでしょう。帯揚げか半襟、いつも願ってい

た友禅の被布などができあがったのではないでしょうか。姉もうらやましいです。もし

そうなら色合いを教えてください、房の取り合わせがおかしかったらみっともないです

から。ここでは太郎二郎の新年着の支度がまだ終わらず、今日はお歳暮のお礼に伺う

はずがまだ行くことができません。といってこれが縫い終わるのをあなたが待てずに

羽子板を買ってしまったら無駄になると思いお使いに持たせます。せいぜいお気に入る

かとは思いますがどうでしょうか。二晩続けて年の市に探し求めたものです。父上と

母様には残りの包みのもの、駒下駄は兄上様たちにあげてください。あなたから披露し

てくださいますようお願いします。姉もあと二日もしたら必ず伺いますのでお父様には

お叱り下さいませんようよろしく申し上げてください。

   同じ返事

 二人立ちの羽子板の見事なものを送ってくださりお礼を海山申し上げます。お母様に

も伯母様にもおねだりしていましたが十三というのは大人の歳なのだからもう羽子板な

ど買うものではないとどうお願いしてもお許しくださらず、せめてお兄様からのお歳暮

にと袖にすがったのですがいつも通りやかましいことをおっしゃって叱られてしまい、

これではお正月もつまらなく何の楽しみもないので一人悔しがっていたところにあのよ

うに美しい結構なものをいただいて、床の間に飾っておけと母様はおっしゃいますが、

私は自分の机の上のほかどこへも置かずに、兄様などにも見せずにいます。ただただ

ありがたくありがたくいくらでもお礼を申し上げます。お父様からのお歳暮は被布では

なく糸織の着物です。それはそれは良い柄ですのでお出でになったら御覧に入れますが

今は横町の仕立て屋にあります。太郎さまや二郎さまのお仕立物が忙しいとのこと、私

はまだあまりうまく縫えないのでお召はとても無理ですが、お襦袢や胴着など手の回ら

ないものがありましたらよこしてください。家のことは母様一人で十分間に合うので

私は毎日用なしです。父様始めいただいたお歳暮のお礼を母がしたためている間、その

状箱(使いに持たせる手紙の箱)の中を借りて私もお礼まで。

 

   お歳暮の文

 大路を見渡すと年越しの松飾りが立ち並び蓬莱の山が今ここに(現われたか)と目が

覚めるようです。今年というのも今日明日、明後日は年波が立ちかえると思えば心あわ

ただしく、お宅様は日頃よりお心がけておりましょうから今さらお急ぎになることなど

はないでしょうが、私どもは何も手が回らずに袴を二人で穿くような騒ぎでいることを

お察しください。本当に今年も何くれとお世話してくださり、全ておかげを被りました

ありがたさ、また来る歳にもとお願い申し上げます。この塩引き鮭はありふれたもので

はありますが北海道から来たものです。歳末のお祭りのお印ばかりにご覧に入れます。

自ら伺って申し上げるべきをお使い(を使って)の略儀をお許しください。

(言い)尽くせぬお礼はみな新年に譲ってただこれのみを。

   同じ返事

 お文並びにお見事な一尾をありがたく受け取りました。どこも年の終わりの忙しさは

いつもこと、思わぬ用事が湧いて来るのはここも同じで、沓を冠に取り違えたような

騒ぎです。そちら様にはお小さい方もいらっしゃいますのでひとしおのお忙しさだと

思います。先日おっしゃっていたお針のおばあさんは当分手が空きそうもないと言いま

したが、これまで頼まれていた家の用事が昨日までで片付きましたのでお使いください

ますよう、明日からでもというお返事と、こちらからも心ばかりのお歳暮を持たせて今

ほど人をやったところです。いただいた人と行き違いになりました。年が立ち返りまし

たら全てのどかになりましょうから、改まったことなどはさておき、お子様たちをぜひ

かるた取りにお貸しください。こちらからも若い者がお邪魔をしに行くと今から言って

おります。あなた様も私もいろいろなことが静まったら御すぎ言(年始?)を申し交わ

しましょう。心苦しいですからお義理難く取り急いでいらっしゃらないでくださいます

よう。今年はあまりそちらに行く暇もなく、思えばとても残念ですが来年を待って、

ざっと書きました筆を止めます、お礼まで。