平田禿木の手紙 二

 「暗夜」の続稿ぜひともお願いしたく、二十一日までに星野氏方へお届け下さい。

本月は私も何か出しますのでお見捨てくださいませんよう。お約束の(西)鶴全集を

近いうちに持参しますのでその折にいろいろお話ししたいと思います。まずは右くれぐ

れもお願い申し上げます。透谷全集一冊、星野氏より差し上げるようになりましたので

近くお届けするでしょう。

十月十八日

 

 拝啓

 一昨日は失礼申し上げました。その節お願いいたしました当人の武笠はるを差し出し

ますのでよろしくお願いいたします。いまだに都慣れせず、朴直な田舎者ですのでその

お心得で万事お導きのほどお願いいたします。なお一週に一回くらい清書を持参させた

く、何曜日がよろしいかなど当人にお聞かせください。

私は一両日中に伊勢町に戻るつもりです。

二十一日 喜一

 一葉様

 ご面倒ながら和歌なども少々心得たいと申しておりますのでそれらもよろしくお願い

いたします。

暗夜の原稿はこの子にお渡し下されたく、もし脱稿できませんでしたら明日午前中池ノ

端七軒町三十番地小島方戸川明三へお届けください。

 

 昨日根岸よりこちらへ戻りました。ようやく寒気も増してきましたこの頃のお筆は

いかがですか。暗夜をおもしろく拝見しました、お蘭様は確かにそ(あなた)の御面影

と存ぜられます。私はどうしたことか筆を取ることがいよいよ物憂く、胸中何のおかし

みもなくまるで冬枯れの有様です。この分では連中から破門の責めを受ける日も遠くは 

ないでしょう。せめてあなたにお願いをしてわが罪を消すよりほかはありません。厚か

ましいのですが、またまた何かおしたためいただきますよう、ひとえにお願いいたしま

す。さてまたこの度はいろいろなご面倒をお願いして何ともありがたく、今後ともよろ

しくお導きのほどお願いいたします。永井方はやかましい家で春子も何かと立ち働いて

いる様子なので暇もたくさんはないようで、手習いを主にゆるゆるとお教えのほどお願

いいたします。また伺った際は決してお構いくださいませんよう、いろいろお懇ろに

おもてなししていただいて返って恐れ入ったと申しておりますので、必ずお構いなさら

ないでください。私の妹などもお願いしたがっておりますが遠路ですのでためらって

おりますが、私は決してご無沙汰するまじく、近いうちに必ずお伺いいたします。まず

は右のお礼のみ取り急ぎ、例の乱筆お許しください。早々

十二月四日 喜一

 一葉様 御もとへ

 末ながらお母上お妹君へもよろしくお伝えください。

 

 いろいろのお礼を兼ねてご無沙汰のお詫びがてら一日お伺いしたいと思っていたとこ

ろ、今日孤蝶子を訪ねてはからずも誘われて(あなたを)驚かせました。興に乗じて

くだらぬことをしゃべりたててあわただしく帰り、失礼ばかり申し上げましたことを

お許しください。一人対一人ではないと話も自然静かにならず、何やらお目にかかった

心地もせず、心ならずも笑い興じたことに大いに赤面しています。春にもなればおっし

ゃっていた雨の日などに一日ゆるゆると上がりたく、世の中じみた風流をよそに、本当

にしめやかに、さまざまなことをお話ししたいと楽しみにしています。二十六七日頃に

大宮に参り、新年早々には帰京するつもりですのでその頃と思し召し下さい。今年は

いろいろしくじりもしたと思い返し、来年からはなどと例の追いつかないことばかり思

ってます。雑誌の怠りや諸所へのご無沙汰もそれゆえですのであしからずお許しくださ

い。新年には何かつまらぬものを試みようかと思っています。「暗夜」と他を合わせて

明治文庫へとのことで、あまり好ましくはありませんが、よろしければ孤蝶子に談判す

べく、なお新作があればできるだけよそへもご出陣しましたらおもしろいと思いますの

で、川上なども懇意ですから博文館などへもどうかとお話いたします。また春陽堂から

出るものの大きさまたはもう少し小さいものなら(我が)社での出版でもよいですし、

戦争戦争と世の中あまりに変調子ですので、女性の小説のような美しいものを出して

少しは酔いをさましてやりたいものです。ご辞退はよしにして、このことは誠にお勧め

しますので何分にもお心がけくだされたく、しかし雑誌の方もお見捨てなきよう願いた

く、お暇の都合でいろいろご工夫のほどお願いいたします。すべてこの次お目もじの際

申し上げますが今日の失礼のお詫びをこの通り。取り急ぎ例の乱筆お許しを願います。 

喜一

十二月二十三日夕

一葉様 御もとへ

 なおはる子のこと万事よろしくお願いしたく、ご面倒なことですが幾重にもお願いい

たします。お家の皆々様へもよろしくお伝えください。

 

 謹賀新年

 昨夕帰京しました。(明治二十八年)

 

 相変わらずのご無沙汰、道を忘れたのかと仰せられても申訳のない次第でございま

す。さてこの春のたけくらべは誠に誠におもしろく拝見いたし、毎夜繰り返し飽くこと

がないとはまさに松寿軒(西鶴)のひときわさっぱりとしたお筆の跡とたどられ、どう

しても都の花以来のご傑作と珍重いたします。あの後をぜひとも今月もお見せください

たく、しきりに待ち焦がれております。例の二十日過ぎまでに本庁までお送りください

ますようよろしくお願いいたします。私は今は、いわばお店ものが主人に詫びを申すと

いうような身の上で、とかく引き籠りちで謹んでおります。もう少しすればどこへか心

の行き方も決まって、双紙にも書けるようになり、お伺いもできるようになるでしょ

う。(お宅に)上がりにくいのは結局あまりにおなぶり遊ばすからです。私などには

少しは優しく弟のようにお取り扱い下されたく、今からお頼み申し上げておきます。

埋もれ井戸が日に日に塵に閉じられるように何一つ生き生きしたこともなく、おもしろ

からぬ日を送り続けています。菊坂以来のお馴染みなのですから、あなたさえご迷惑で

なければ決してお忘れしているなどということはないのです。お暇がありましたらお懐

かしいお筆をお染めになってください。勝手とのお叱りもあるでしょうがお返事はいつ

かと待っております。 かしこ

二月十二日 喜一

一葉様 御もとへ

花圃女子は太陽第二号へ「露のよすが」という短編を出され、例の、難なくさらりと

おもしろく読みました。読売(新聞)の紅葉の「不言不語」というのもいよいよおもし

ろかったです。旧年ご面倒をお願いしました春子は今年は里へ帰ることになったと過日

伯父が来て初めて知りました。時々は清書などもお目にかけてくださいますよう何分に

もお願いいたします。寝床の前なので眠く、取り急ぎ例の乱筆をお許しください。お母

上お妹の君へもよろしくお伝えください。

 

   明治28年2月13日 一葉の返事

 今日はいらっしゃるかと待って空しく一月が過ぎました。何かお気に障ったのでしょ

うか、身に覚えはないけれど悪いことがありましたらお詫びしてくださいと孤蝶様には

折々申し上げたのですが、お伝えはありましたか。お文を差し上げようとしましたこと

も幾度あったことか、昨日は封筒にまで納めましたが、ことさらに意地わるいおもてな

しをされているのに(こちらが)負けるのは悔しいので差し控えました。もしこれが私

のひがみならばお許しください。お引き籠りのお謹みと伺いましたがどうしたのです

か、お嫌でなければ片端でもお漏らしください。菊坂以来のお馴染みはもちろんのこと

どうしてかとりわけお親しいように思っていましたのに、このように急に訪れがなくな

ったお身の上をご案じしています。生意気な出過ぎ者とお𠮟りにならないでください。

浮世の憂きやおもしろきを話し合ったら少しはお心が慰められることもあるでしょう。

埋もれ井戸のようななどと心弱い仰せに、いよいよ心細さが増して、目の当たりにご様

子を伺いたくて、悲しみにくれる気持ちです。お謹み中といってもこの門にお立ち寄り

難いということはないでしょう、近いうちの訪れを願います。土曜日は例の留守、日曜

日は人が来てうるさい時もあり、月曜の午後もかれこれ人が来る都合がありゆっくりと

お話しができませんのでそのほかの日に、一日お一人でのお越しをお待ち申し上げま

す。明日明後日にでもお姿を拝見したいですが叶いませんでしょうか。夜はいつでも静

かですからお話しの妨げはありませんが春になったとはいえいまだに霜が降るこの頃、

夜が更けては帰り道は遠く遥かですのでこれを押してお願いすることはできず、ただ

忘れないでくださいましたらたまにはお姿拝見させてください。申したいことは山々、

書中には尽くし難いので何もかも書きさしたまま あなかしこ なつ

平田様 御前

 老いた者は心短いので、待つ一日は千秋のようだとお知りください。

 

 先日はご親切なお返事に接して嬉しく拝見いたしました。気に障ることなどもとより

あるはずもなくただ謹みがちに閉じこもっていただけの罪でございますので、ひとえに

お許しのほどお願いいたします。さてその後も見の上についてかれこれ奔走し、ようや

く心も定まりました。これからは人々の思惑もあり、ずいぶんつらい目も見るだろうと

思っています。すべてお目にかかって申し上げたいのですが、今は両三日くらい雑誌の

ことで忙しいので、思わぬ時に訪れるかもわかりませんのでそのようにご承知くださ

い。たけくらべの後のところをぜひぜひお願いいたしたく、早々に星野氏のところへ

お届けくださることをお待ちしております。早々 喜一

二十日

一葉様 御もとへ

取り急ぎ大乱筆ご容赦

 

   明治28年4月17日 一葉の手紙

 しばらくお目にかからないようですが、お変わりありませんか。花の盛りはどなた様

もお心が浮かれて暇もなく、変わったこともない門にはお足も向きませんでしょうが、

それもようやく終わり頃となりました。ご覧になった花の色を少しは分けて、お聞かせ

ください。いつものことながらこちらには何のおかしいこともなく、浮世の春もよそに

聞くようで、花も見ず、月にもさまよわず、植物園に姫様方のお供をしても隅田川の朝

嵐の塵をかぶるのが落ちなので、何事もない春を過ごしました。やがてうぐいすの声が

老いて、庭の若楓の紅の色がさめるのも今にもと思えば、惜しんでも惜しい今日この

頃、面影をいよいよ拝見したいのです。おかしいと思わないでください、お話を伺いた

いばかりになのですから。お足を運ばせるのが物憂いのでしたらお墨ついでに一筆、

お葉書でもありがたいのですが、できましたらお姿を拝見することができるかと。

かしこ なつ

平田様 御前

 

 いつもながら麗しいお言葉ですが、あまりになぶられているように思えます。学校通

いの若者などには少しお謹み下さい。与野という浦和に近いある片田舎の花の下で村酒

を汲んで一日暮らしたのみで、都では上野も隅田も見ず、社中の催しで小金井の花見が

あったのですが、運悪く朝寝して仲間に入ることができませんでした。

   花にそむく我や 円位(西行)の夢をいたむ

と友人洒竹庵がこの頃口ずさんでいると今日人づてに聞いても、そんな恨みなどもとよ

りなく、何事もなく過ぎたのが誠に私の春でした。閉じこもってその行方も知らないと

いうこともありません。野に出て岸に咲く山吹の黄色を見ればさぞかし目が覚めるよう

でしょうし、静かな宿で遠く蛙の声を聞けば、暮れる春の景色がひとしお風情あるだろ

うと思います。さて、「たけくらべ」をいよいよおもしろく拝見しています。あれでは

西鶴という名を取ることを逃れられませんよ。この次には太陽にお書きになるとの

こと、毎日(新聞)の「軒もる月」はお蘭様と同じ趣きかと拝見しました。美登利と

正太の先のことは必ず見せてください。忙しいですが今月私は例の評判をもう少ししな

ければなりません。遠路といっても足もあり伺いたいのですが、菊坂の頃はもちろん、

龍泉寺になってから何やらお人が悪くなったように思われ、孤蝶子に野暮天の名を与え

られた私などはとてもお相手になれそうにありません。まずはお返しのみ、例の乱筆

お許しくださいますよう かしこ

四月十八日夕 幸丸(筆名)

一葉様 御もとへ