半井桃水との手紙 一

   明治24年4月25日

 お文、原稿とも確かに届きました。さて、明日お差支えがなければ先日お話し申し

上げました小宮山をご紹介し、小説のことについても少々ご相談したいと思います。

しかしいずれも急ぐことはありませんので、ご用もあることでしょうから後日に回して

もよいのです。もしお出かけできますなら十時頃までに神田表神保町十番の宿屋俵屋方

へ半井とお訪ねくださいましたらお待ち受け申しております。返す返すもお忙しいとこ

ろをお繰り合わせるには及びません。右ご様子伺いたく、草々恐々

四月二十五日 半井 洌

 樋口様

 俵方は洽集館のすぐ南側にある下宿です

 

   12月19日

 先日はいつもながら何の愛想もなく失礼いたしました。お約束のものは二十五日の晩

こちらより持参いたします。このほかにちょうど私のことについておかしな話があり、

ちょっとお目もじ願いたく、お忙しいところ無理には願いかねますが、今日明日中もし

お暇繰りがかないましたら(数字破損)くだされたく、夜分でもよろしく、お帰りは車

でお送りいたします。実は人前では申し難いことで、明日は日曜なので人が来て難しい

かもしれず、我儘ながら今晩ならいっそう好都合です。右お願いしたく 草々

十二月十九日 半井 洌

 樋口様

 遠路のところあまりに恐れ入りますので、もしご都合がよくなければ必ずというこ

ではありません。

 

   明治25年3月10日(一葉の手紙) お詫びは

 あの日は濡れ衣を着せてしまって干すこともできないような過ち(先日会った時に話

が弾んで冗談が出たこと)をいたしましてさぞ失礼な者と思ったことでしょう。お心の

ほども(どう思っていらっしゃるか)恥ずかしく、お許しを幾重にも願い上げます。

お名前は存じませんが、あのお方にも何とかお繕いください。それは、あのように礼儀

知らずな弟子を持っているなどと、師の君のあなた様まで他の人に思われるのがつらい

からです。小説の趣向についてお話いたしたく参上したいのですが何かと後先になって

しまい、お聞き取りになるのも難しいかと存じますので改めて文で申し上げます。艶の

あるものがよいだろうとの仰せにまかせて花鳥の色音、ゆかし気なものをと案じました

がさぐっても月の光などもわからず、お笑い草の勘違いばかりになってしまいますが、

間近でわかることといってもうぐいす侯、かわず伯の表(外面?)の風流から何とか

映し出したとしても少しの香りもないことでしょう。実は先日お話し申し上げようとし

ました趣向は二つあり、一つはある(美術の)職工が良家の美嬢に恋われてその婿にと

望まれるのを聞かず、一意専心その道に尽くして貧苦を厭わず艱難倦まず、熱心が極ま

って見る目のない世を恨んでその製作品を破砕して終わって自害するというもので、誠

に取り留めもなくつまらないものと、もう一つはいにしえの生田川の面影に似せて(二

人の男性に愛された娘の親が、生田川に浮かぶ水鳥を射た者にという条件を出す。二人

同時に鳥を射たのを見て娘はその川に身を投げたという伝説)等しく両人を思うという

恋を綴ってみようかと思っています。もっとも最後に三人入水というわけではなく、甲

乙の雅男どちらかを選ぶことができず、憂慮の末に心にもない取るに足らない愚かな男

に嫁して終わるという趣向です。どちらにしたものか思し召しを伺いたく、お教えの

ほど願い上げます。右あらましながら、あなた様のご都合もございましょうからお言葉

次第でまた別のにいたしてもよいのです。なにとぞご遠慮なく仰せいただきたくまずは

とりあえずお願いまで、すべてざっと(となりました)。 かしこ

三月十日

なつ子

師の君 御前に 

 

   明治25年5月

 いつもご親切にお見舞いくださいましてありがとうございます。本月は病気のため

思うことが万事思うままにならず、回天(新聞)の方から四十円程度受け取り、それで

すべてを賄おうとしていたところ、回天が休刊となってしまいました。畑島から十分

催促して少しでも取ることができましたら諸事はさておいてもあなたの元へ回す心組み

ですが、きっとと申すことはおぼつきません。

 こちらでも何とか(どうしようもなく諦める)覚悟しましたので、あなた様も災難と

思し召して万一の時のお備えをあらかじめ願い置きまして、まずは用事まで。頓首

五月二十七日 半井 洌

  

   6月16日 一葉の手紙

 昨日はご高諭ありがとうございました。仰せの通りいつまでも隠すことはできません

ので師(中島歌子)にも残らず打ち明けて相談いたしましたら、小説のことについては

何の異論もあるべくもなく、あなた様のご親切を共に喜んでくれております。しかし

尾崎様のことはまだ十分お話しが整っていないようでしたら、今しばらく先にしていた

だくようお願いして、当分はこちらの手元の用を足してもらいたい、(老母の)病中で

訪問者が多く少しでも手を引かれては大変困るので、後は後として今回だけは泊りきり

でいてもらいたく、その間に家計の困難などがあればそれが私が何とでもしますからと

返す返す申されます。長年お世話になっている師のことですので、これに背くわけにも

いかず、といってあなた様に不義理をいたす心はみじんもないのですが、右の通りなの

でせっかくのご尽力で尾崎様にお目もじしても今の今はとても筆は手に持ち難いと存じ

ますので、あまりに手前勝手な申し分ながらお引き合わせは今しばらく延ばしていただ

きたく、そのうちに参上していろいろお話ししたいのですが苦しいものは世の義理で

す。さまざま思い続けていると行く末のおぼつかないこと浮き雲のようで、誠に世の中

を捨てたいと思う時もあります。これも心が狭いからなのでしょう。お笑い遊ばすなら

女子の心をご存じないとお恨みいたします。すべてを推し量り下さることをお任せして

まずは右まで。 あらあらかしこ

師の君 御前に

ひな子

   

   24日

 五月雨の習いでとかく晴れ間の少ない頃、お籠りのつれづれなさはそれこそと推し

量っております。さてこのほどよりご親切に仰せいただきました尾崎様やそのほかの

お目通りのこと、実は少し事情がございましてただ今のところ男性とのご交際は願い

難くなりましたので、せっかくのお心入れに背きますことは不本意ながら悪からずお汲

みとりいただき、畑島様へのお詫びもひとえに願い上げいたします。参上して申し上げ

るべきことですがそれも心まかせにできず、まずは右まで。 あらあらかしこ

 

   7月8日

 お目にかからなかった昔もあるのに、自由の利かぬ身と思うほど意地悪く参上したく

なり、我知らず考え込む時などもあります。こんなことを人に話でもしましたらそれこ

そそれこそ笑われ草になり、からかわれる種にもなることでしょうが、私はただただ真

のお兄様のような心持でいつまでもいつまでもお力にすがりたい願いでしたのに、はか

らぬことから変な具合になり、ただ今のところ私が強いてお前様にお会いしたいなどと

申すと他人はもちろん親兄弟も何と疑うかわからず、とにかく悔しい身分です。お前様

が男性でなかったら、私が女子でなかったら、いずれにせよ男女の別さえなければこの

ように嫌なことも言われず、月下の遊びはもちろん、こんなことを申すと生意気なと

お笑い遊ばせるかもしれませんが、万一お前様に一身についてのご苦労などがおありな

ら、とてもとてもお役には立ちませんがその片端をもお分かちいただき、どんなことも

共々にというようにできましたらどれほどどれほど嬉しいものをと今更のようにはかな

い愚痴さえ出て参ります。とはいえ私は愚直の生まれですから受けたご恩は決して忘れ

るものではございません。もしお前様の心中に何事かお気に障ることがあったらどうし

たらよいでしょうか、それだけが心苦しく先日ちょっと家に帰った帰途、ひそかにお宅

の前までお伺いしたのですが、折悪しくお留守だと女中さんから伺い失望して帰りまし

た。お話ししたいことはたくさんありますが筆が足りませんので、十日過ぎには少し暇

ができますので堂々とお伺いいたします。この頃夜眠れぬままに思い続けていることを

(書きました)。 まずはかしこ

 なお承りましたのは河村様にご不幸があったとのこと、奥様はもちろんお前様にも

お悔やみを申し上げるばかりです。どこもかしこもよからぬことばかり多いので心細い

上にも心細く、折しも時期柄大変暑くなってきましたので、くれぐれもくれぐれもご自

愛くださいますよう幾重にもお祈りいたしております。           夏子

師の君 御前に

七月八日