樋口一葉「花ごもり 一」

                  一

 本郷のどことか、丸山町か片町か、柳や桜の垣根が続く物静かな所に、広くはないが

小綺麗にして暮らしている家があった。当主は瀬川与之助という昨年の秋、山の手に

ある法学校を卒業して、今はそこの出版部とか編集局とか、給料はいくらほどになるの

か、静かに青雲の暁(青空の朝=出世)を待っているらしい。五十を過ぎた母のお近と

お新と呼ばれるいとこは与之助より六歳ほど下の十八歳くらい、幼い時に二親を亡くし

てはかない身一つ、ここで養われている。この三人暮らしである。

 筒井づつほど古くはないが、振り分け髪の幼い頃から親しんでおり、

   筒井づつ筒井にかけしまろが丈 過ぎにけらしな妹見ざるまに

    井戸囲いの高さに足りなかった私の背丈も 

     あなたを見ない間にそれを過ぎました

   くらべこしふりわけ髪も肩すぎぬ 君ならずしてだれがあぐべき

    比べ合ったおかっぱ頭は肩より長くなりました 

     あなたのほかに誰のために結い上げる(結婚)というのでしょう   

 どちらも兄弟ががいないので睦まじさはひとしお、お新はまして女の身で世の中に

友達も少ないので、与之助を兄のように思って、安心で嬉しい後ろ盾だと頼みにして

いる。「風がふいても波が立っても、与之助さまがいるのだから大丈夫」と頼る心が

哀れでかわいく、「この罪なく美しい人をおいて、少しでも他に向ける心があるのは

我ながらよくないことだ」と与之助には思うところがあった。

 お近も八歳の年から手塩にかけているので、自分の親族ではないが憎くはなく、

「二人の願いが同じなら一緒にさせて、二人の喜ぶ笑顔を見、二人の嬉しい素振りを

眺めて私も嬉しい一人になりたい、今まで思い描いた望みはすべて夢と思い切って、

いくらもない老いらくの最後をこのまま優しいおばあさんとなって送れば、お新はどれ

ほど喜ぶだろう。与之助も私をひどいとは思わないだろうが、かわいそうなもう一人の

方が涙の床に起き伏しして悲しく闇をさまよっていると思うと、どちらにせよ恨まれる

のは私だ。天から降ってきたかのような得難い幸せが目の前に湧き出したというのに

それを取らず、はかない一筋の情けに引かれたら恨みは私に残り、得難い幸せは空の

どこかへ行ってしまうだろう。与之助が女々しくて未練がましいのはまだ若いから。

目の前の花に迷って行く末に心配がなければいいが、私が一緒になって心弱くなって

しまっては、つらい浮世で成り上がる道を失い、塵の中でうごめくだけのつまらない

人生になってしまう。親子夫婦睦まじいのが人間の上乗(最上)の楽しみというが、

それはほかに望みを持つことがなく、自分で足りる人の言葉だろう。

 心は彼の岸(涅槃)をと願っても中流(煩悩)に竿さす船に寄る岸辺がなく、波に

漂う苦しさはどれくらいだろうか。自分は賢いと決めて人を頼まぬ思い上がりは、ちょ

っと聞くには尊くもあろうが、ついに何かをなすことはないだろう。玉と瓦を見分け

られなければ、恨みを骨に残してその下で泣くこともある。今は潔くないだろうが、

小を捨てて大につくのは恥というほどではない。この頃名高い誰それ、奥方の縁に頼っ

てって今の地位を得たと言われている、これを卑しいことだとそしる人もいるが、心浅

いことだ、男一匹にどれほどの傷がつくというのか、草に隠れてこぶしを握る(貧しい

暮らし)意気地なさよりも踏むべき懸け橋に頼って、雄々しく、猛く、浮世の舞台で

栄えある働きをする方がおもしろいだろう。

 お新など取るに足らぬが与之助の立身の機会はひとたび失えば次の日が来るかわから

ない、私は少しも優しさや脆さなど人並みの女の心を出すべきではない、今まで親しん

だ仲で互いに思うことも同じ、傷のない玉のような不足ない二人を鬼となって別れさせ

る心がどうして嬉しいものか。私だってわかっている、お新の乙女心は何の心配なく

はるかな嬉しい夢を見ているし与之助はなおさらだ。私の心に何が住んでいるのかも

知らないで、母の懐で乳を探っているような気持ちでいるようだが、たちまち目覚めて

驚き、恨みの言葉極まり、泣くにも涙も出ないだろう、世の中は罪深いものだ。

(お新の心を)汲むことができる私の心一つ、ひそめた眉を笑顔にして、平和な春の風

を家内に吹かせることもできるが、我が瀬川の家のため、与之助の将来のために、時の

運が我が子を迎えようとしているのだから、わかっていても私は敵となって、かわいい

娘を涙の淵に落としましょう。

 お新にはお新の運があって、与之助に連れ添う一生の喜びの願いはここで絶えても、

しかるべき縁があってしかるべき幸せも巡ってくるだろうから、私がお新のことを思う

ことはない、かわいいからといって、いじらしいからといって、振り返って抱きあげる

のは一時の親切でしかなく、結局右左に分かれて生きる運命ならば、私の一日の情けは

与之助に一日の未練を与え、もう一人の方の物思いの数を増やし、そのご両親が(子供

のために)闇に迷う悲しみを増やすほかに、いいことは一つもないのだから、鬼となろ

うと蛇となろうとつれなく憎い伯母となって、与之助の心をあちらに向けるようにする

のは私の役だ。嬉しい迎えが私の足元まで来ているのだからと、お近は瑞雲(幸運)が

我が家の屋根にたなびいているかのような思いに駆られて、八字の髭(政府高官となっ

た姿)で威厳の備わった与之助が、黒塗りの車に乗って栄華を誇る面影までありありと

胸の内に描いていた。

                   二

 世の人よりはるかに柔らかく、穏やか過ぎる夫を持って、万事がもどかしく歯がゆか

った年月、さすがに女の身で自分の考えを押し通せず、空しく胸の内に納めていた思い

はなかなか消えるわけもなく、ともすれば燃え出でて抑えがたい炎に身を焼いていた。

お近の願いは富士山の峯の上へと立ち上り、身は望みの夢の中にいるようだった。

   富士の峰の煙もなほぞ立ちのぼる 上なきものは思いなりけり

    富士の煙よりもなお高く上る、果てしがないのは私の思いです

 同じ身分の人々から見れば、優しく素直で勉強家と言われる子供を持って、姪とは

いっても娘に等しいお新が朝夕にいたわり仕えて、ゆくゆくは楽隠居様といううらや

ましい身の上なのに思い上がった心にはこの楽しみがいかにも小さく、取るに足らない

事のように思えて、与之助が自分の産んだ子でないかのように、一通りの働きをする

だけで世に抜きん出ようという考えもないことが恨めしく、

 「望みは高く大きく持ちなさい、落ちて流れて流水の泡となっても天命ならば仕方が

ない。垣根のひょうたんのようにぶらぶらとして、卯の毛の先ほどにも傷つかないで

五十年の生涯を送って何がおもしろいのですか、一人に知られるより百人に、百人に

知られるより万人の目の前に顕して、不出来も失敗も功名も手柄も、相手がたくさん

いる晴れの場所で取るべきです。人の読むべき本を読み、人の言うべきことを言い、

人の行いの跡を踏んで、糸で繰られる木偶のように、自分の心というものを持たず、

意気地なくつまらなく、失敗もなくそしられもしない人生など男の身として本意では

あるまい、事に挑むに母がいると思ってはいけない、家があると思ってはいけない、

取るべき道なら大きい方を向いて進みなさい」と常々言っていた。

「花に浮く露の恋(他愛ない色恋沙汰)とは何のことだか、ばかばかしい」と言いそう

なお近が、与之助に焦がれる故に命も絶え絶えになっているという取次ぎを聞いて、

この頃明け暮れに思いを砕いているのはこのような理由だった。花を散らす風などここ

では悲しくもないが、それよりも嬉しい使いがこの恋に乗ってやってきたのだ。父親は

有名な某省の次官、家は裕福な田原何某の愛娘ということだった。

 移り行く人の心にとらわれない花、今が春だと知った顔でほほ笑み始めた垣根の梅、

その一枝二枝を折って、お新は仲の良い手習いの師匠の所へ清書を直してもらいに、

伯母や与之助に挨拶してしとやかに出て行った後、たばこの煙のように晴れ晴れしない

思いでお近は茶の間の火鉢から離れて、三畳の小座敷に何の本か文机に広げたまま、

梅が香る窓の外を眺めながら、読んでいるようにも見えない与之助のそばに、灰がちに

なって肌寒い火鉢の火を掻き起して、自分で持ってきた座布団に悠然と座を構えて何か

言いたそうな素振り、また例の話かと聞く前からうるさそうな顔つきになったのを

見て、

 「与之助、お前はまだ子供ですね」と少し笑いながら近づいて、

 「まだ思案がまとまらないのですか、お前の胸一つで答えは嫌か応かの二つだけなの

だからどちらにでも決めて母の胸を安心させてください。親だって指図すべきではない

ご縁のことだから、無理にもと言っているわけではなし、嫌なら嫌で誰に遠慮のいる

ものではない、きっぱりと言ってよさそうなものだ。母はどちらが好きでも嫌いでも

なく、お新は幼い時から手元に置いていたとはいえ何か誓いがあったわけではないから

取り分けかわいいとは思っていません。まして田原の娘は会ったことも見たこともない

のだから、こちらに加担して是非にも嫁にと願う道理もない、ただ行く末を案じて、

明け暮れ胸を痛め思い悩んでいるのはお前の、かわいい大事な体ただ一つ。父様が早く

亡くなってしまってから知っている通り親戚はうるさいばかりで、力になってくれる人

はいなかった。望みは雲の上まで昇っても甲斐のない女手では学士様の称号も取らせる

ことはできず、さらに少なからぬ借金を身にまつらわれる苦しさ、そしてお前の行く末

を思えば楽しい夢を見る夜は少なく、眠れぬ毎日は歳を取ると殊につらいものです。

田原のこともはっきりしない筋からで、仲立ちの女も好きではないが、運は目には見え

ず天機は私たちには計り知れないことなので、年来願ってきた思いが叶う運が来たのだ

と愚かな母の胸に感じたから言うのです、無理にとは思わないでください」

 「もともとお前のためを思ってなのですから嫌と言われればそれまで。人の心は一つ

ではないのだから、危うい浮雲に登らなくてもあばら家に差し込む月を肘枕で眺めて

  蔬食を飯し水を飲み肘を曲げてこれを枕とすれば楽しみまたその中にあり(論語

自分一人が楽しければそれで事足りるということなら、母もその心になって高みを

願った今までを夢とあきらめて、二間三間の借家を天地と決めて洗いすすぎに、繕い

物、老眼がかすむ六十七十を孫の守りをして暮らすのもよし、どうなのですか与之助、

お前の胸の内は」と静かだが底にものある言い方なので癇に障り、

 「おかしなことを言いますね、私にはまったくわかりません、お手一つで育てていた

だいた厚恩の並々ならぬことを承知で、及ばぬ心に鞭打とうというのが朝夕の願い、

しかし縁にすがって舅の袖の下に隠れ、立身の懸け橋としようなどとはかけても思いま

せん。未熟ながら自分のことは自分でしたく、この綱がなければ世に立てないかのよう

なご心配はご無用です」ときっぱりと答えたので母はその顔をじっと眺めて、

 「やはりそうですか」とため息を漏らした。

                   三

 「それは本当ですか、何と幼い料簡でしょう。だからこそ母が行く末を案じて亡き後

までを気遣うのはそのためです。浮世を机の上の夢に見て、重いものは六寸の筆より

ほか持たず、本に読まれて自分の心がないのだから道理でしょう、その考えで生きて

行っては事が成就するのはどれだけつまづいてからになることか、東照宮様のご遺訓に

重荷を負って遠路を行くがごとしとありますが、おそらく半分も三分の一も行かない

うちに投げ出して、困ったことになるのですよ」

 「自分のことは自分でするとは立派なお言葉だが、聞きなさい与之助、お前程度の

学識は広い東京に掃くほどいて、塵塚にさえごろごろあることでしょう。誰もが立身

出世の望みを持たないものはなく、それぞれ出世の向きはいろいろあるだろうが、名を

上げ家を興そうというのは誰もの考え。お前が思うように一筋縄に願いが叶うのだと

したら世の中は悪人の巣となり、闇夜に鉢合わせたら大変だ。十分の九は屑で、心が

広く手段の上手な人だけがその一部の利を占めるのですよ。大と小との区別がつくなら

田原の婿になるのが恥などとは言える訳がない。その袖に隠れて操られると思うから

悔しいでしょうが、自分のための道具に使ってこれを足場にすれば何が恥ずかしいので

すか。かえって愚かなことですよ、非難は称賛の裏返し、村雀(世間)のさえずりが

いくらかしましくても、垣根の騒ぎは天上には届きません、雲を蹴り風に乗る大鵬

(英雄)の姿こそ素晴らしいではないですか」

 「例えを近くに、私ども女同志を見れば、かの田原様の奥方は祇園の舞妓で家柄は

はるかに劣った人だとか、普通なら前掛けと襷は離さず(働き通し)に井戸端で米を

洗い、勝手で菜切り包丁を持つ身ですよ。それが卑しい仕事から成りあがって、あの

髭殿を小さい手の内に丸めて、奥方にさえなりおおせたらたら、そしりは物陰に隠れ、

名前は公の席にも高くなって田原夫人を並び書いても爵位あるどの奥様にも劣りませ

ん。慈善会、音楽界で名前は聞いても見ることもないような人もいる中で幹事とか何

になったとか。まだそれは小さな仕事、事あるときには恐れ多い御前にも出るのです

よ。私たちから比べたら空に流れる天の川と、土に埋もれるどぶ川ほど違います」

 「浮世に幅が利くとはこのことです、小さな貞婦孝女などとうとう表舞台に立つこと

もない、死んだ人をあげつらうのはよくないけれど、お前の心根は父様に似ています。

自分で立つという心は美しいですが、人も世も一包みにする度量がなければ小さな節

(自分の心)につながれてわれとわが身を無駄にするのです。それはまだしもさっき私

が言ったように、何事も起きない憂き世に望みを捨てて、苔に降る雨をあばら家の軒先

で楽しむようなのどかな月日を送るのも、それはそれで面白いでしょうが、悲しいのは

どっちつかずの人だ、隙間風が吹く霜の夜、薄い着物で妻子のことを考えたらしみじみ

と身に沁みて一日も半夜も心安らかではないでしょう、身は汚れていないつもりで、

汚れた人に使われて、わずかな月給で日雇いと変わりないような仕事をして、短い人生

を月も花もなく終わることはお前だってわかっていることではないですか」

 「だからいくらお前の心根が清く尊く美しくご立派に聞こえてもしていることは父様

の二の舞で笑止、小さな結構人(お人よし)で終わるだけ、そう言ったら腹も立つで

しょうが、母はお前のためを思うから腹を立て、怒るのです。もうはばかりません、

もしお前の望みの判事の試験に首尾よく及第して奏任官の端くれに連なったとしても、

幾年も田舎回りをし、その上いろいろな規則に縛られるのだから、花の都で名を上げて

世間の耳目を集めるようなことなど、ないという保証の印をしかと捺しても間違いは

ない。一生を秤にかけ、物差しで測ってみればこれほど限りある図の中で、身は目に

見えない綱につながれ、人の言葉を守り、命令に従って働き、功績が後に残ることも

なく、死んだら知己に弔われて子孫に祀られるだけが区別で、犬猫とさほど変わりな

く夢と暮らして煙と消え、それでお前は満足か、夢ならば弥勒の世(この世の終わり)

までを夢に包んで、嘘も誠も美も醜も一飲みに飲みつくして、この世の中に高く飛ぼう

という気はないのか、どうなのです与之助、返事がないのは不承知か」

 「悔しい、我が子を思う半分も理解せず、お前はまだほんの少しの情に引っかかって

いると見える、その愚かな性情を知らずに思いを砕いたのは私の間違いだ、今はもう何

も言わないがお前の勝手だ、お新のための女々しさではないなどとは言い訳、これに

引かれる心でなければいつか一度は持つべき妻の、口約束など何が大事か、田原に不足

などと言えるはずがない」と責められて与之助は、自分を馬鹿にした母の言葉にかっと

して、「嫌です、田原もお新もいや、全て気に入りません」と幼い頃のわがまま、強情

を張った時の面影そのまま、せっかくのお近の談義をもみくちゃにしてしまった。

 

   

 

 

樋口一葉「暗夜 三」

                  九

 秋は夕暮れ、夕陽が華やかに差して、ねぐらに急ぐ烏の声が淋しい日、珍しく車夫に

状箱を持たせて波崎様より使いという人が来た。おりしもお蘭は垣根の菊に当たる夕日

が美しいのを眺めていたが、おそよが取り次いでお珍しいお便りですよと差し出すと、

おもしろいこと、白妙の袖でもあるまいにと受け取って座敷に帰った。

 花見つつまつときは 白妙の袖かとのみぞまたれける

  菊を見ながら人を待っているときは、白い花がその人の袖に思える

  (恋人ではなく酒を持って来てくれる人のようです、それもまた嬉し)

 文は長く一丈もあった。長らく伺えませんでしたが恨めしいともおっしゃらないのは

寂しいことです、俗事に追われても心はあなたの宿に通っていましたが、浮世には差し

障りが多いものです。今日は暇ができて染井の閑居に一人籠っています。訳はお分かり

になるでしょう、人目の煩いなく思うことをお聞かせしたいが、自分からお宅を訪ねる

のは見る目嗅ぐ鼻がうるさいので、この車でこれからいらして下さいとご立派な文章、

昔なら大喜びしたでしょうがおそよ見てご覧なさい波崎様は相変わらずお利口ですよ

と、たいして喜んでもいないお蘭の顔を不審そうに見守って、あなた様はそのように

落ち着いていらっしゃいますが、たまさかのお暇に先方様は飛び立つようなお気持ち

なのでしょう、早くお支度をなされませ車も待っておりますものをと急かせるので、

おや婆は私に行けというのですか、なんと正直者でしょうと笑いながら返事を書く。

 便りの度にもしやと思ったのは昔、今日のお蘭はそのような甘いお嬢様ではなくなっ

たのですから古い手を使って嬉しがらせても、仰せにかしこまってご別荘にご機嫌伺い

に行くような恥さらしなことはしません。つれないといっても急に訪ねなくなることは

世の習いとあきらめればいいものを、憎い男が地位を誇っていつまで私をもてあそぼう

というのか、父は山師の汚名を着せられたが幇間の名はとっていない、恋に人目を忍ぶ

とは表向きの言い分、闇夜に千里をはだしで駆けてくるのならその時に誠意を見ましょ

う、この家から遠くもない染井の別宅で月見の幾日とは新聞を見なくてもわかること、

ことさらに回り道して我が門前を通らないようにして、できないときは車を飛ばせて女

と会わないよう心配するなど笑止、私のために天地が狭いというのか、それが窮屈で

広々としたくなって私をだまして恋しいと言わせたいのか、正式な妻とは言えないが

時勢とあきらめて欲しい、心は後世にかけてもなどと私をどこまでも日陰者の人知らぬ

身にするつもりだろう、後ろめたいので心を休めたいからすることなのが見え透いて

いる、さすがに気になっていつか仇を討つ女だと思ったのだろうか、そのお道理ある

懸念だけでは済まされない私の心、長屋の夫婦がお互いに飽きたというようなものでは

ない、身分があるので世間から攻撃されては身の置き場がないでしょうからそのような

恥はお互い見せないようにしましょう、私の恨みはそのうちにと誰も知らない心の底で

冷ややかに笑っている。

 返事はただ「ちょうど風邪を引いてしまい乱れた姿が恥ずかしく、久しぶりのお目通

りなのに飽きられてしまってはつらいのでお許しください。次こそは」ときれいに取り

繕って使いを帰した。

 波崎の車が門前を通ると、直次が轢かれた夜の車の提灯の紋が澤瀉だったが、今日の

車夫も法被に澤瀉の縫い紋がある、あれとこれとは同じものなのか別なのか、直次は

使いが来た時に例のないことなので不審に思い、心に止めて始終目を注ぎ、帰る後ろ姿

を見送ると同じ澤瀉の紋が目に入ってきた。

 あれはどこからの使いかと佐助に聞くと「根掘り葉掘り聞きたがる男だ、人の家なの

だから使いが来ることもある」とすげない答え、「そう言われては返す言葉もないです

が、どこからの使いかぐらいは聞かせていただいても差し支えはないでしょう、喧嘩を

買うようにとげとげしく言わなくても」と下手に出ると「お前が聞いたって益のない

ことだ、お嬢様あての文なのだからお嬢様しか知らぬこと、波崎という新聞にも出る

ような議員様からの使いだ」と言う、「それはご親戚ででもあるのですか、今まで

お出でになったことはないようでしたが私が来る前にはお出での時もあったのですか」

と聞くと、「それがくどいのだ、聞いて何になる」と笑われて、「何もなりませんが

被布の紋があの夜の紋と同じなので気にかかって知りたいのです」と答えると「では

あの車夫をつかまえて小指の一本も切るつもりか、恐ろしい執念だ、前世は蛇ででも

あったか、しかしあの夜の恨みを忘れないとは頼もしい、恩はとっくに忘れているよう

だから恨みも忘れたかと思っていたがさすが、関心関心」などと何が癇に障ったか、後

で思い出せば恥ずかしくなるようなことを舌の動くままに言う。いつもなら口に泡を

飛ばせて口論する直次郎が無言のまま、それ程思い悩んだ訳は、もしその夜(直次)が

お蘭様のひざ元に行ってした嘘のない涙の白状を(もし佐助が)立ち聞きしたなら共に

涙しただろう、まだ直次の影が薄くなったことを夢にも知らないからであった。

                  十

 三十一文字などを詠んで風流のふりをしていても、童心の誠意という愚に似たものを

いつなくしてしまったのだろう。その夜更けに燈火の影のお蘭様を驚かせたのは、涙に

濡れたただ事ではない眼付きで畳に両手をきっとかしこまった直次、これは何事かと

お蘭様は不安になったが、「私に斟酌は無用です、遠慮なく思うことを言いなさい」と

優しく聞くと、我慢できずに涙をはらはらと落としていたが、思い切って「私にお暇を

ください」と一言、後先がないので何のことかわからず、「いつもの喧嘩の名残りです

か、いつも言っている通り頑固な年寄りの遠慮ないお小言などを気にしていたら、一日

も辛抱できませんよ。あれに悪気はみじんもなくお前のためによかれと思って言うので

すから、苦にしないこと。まあ、何があってそのようにお腹立ちですか」といつもの

ように慰められると「いえ、いえ何も言われたりしていません、喧嘩はいつものこと、

ただわが身に愛想がつきましたので、もうこの世にいるのが嫌になりました」と畳に

ひれ伏して泣くばかり。「直次、お前は死のうと思うのですか、本当ですか」と膝を

正して聞くので、「嘘で死ねるものですか、いつか庭で遊んだ日に旦那様のご最期を

お聞きしてから、この池の底だけは浮世のほかの静かさであろうとおっしゃった言葉が

忘れられません。私の胸は明けても暮れてもかき乱されてちょっとの間も気の休まる時

がないのです。生れ落ちて以来の不幸な身なので一生を不運に終わるのが私の本分なの

でしょう、何か月もお世話になりました、あなた様はまさしく私の大恩人、袖の陰に

隠れて(庇護によって)楽しいと思うことや嬉しいと思うこともありましたが、それが

最初で最後、明らかに悟ったことがあったのでもうこの嫌な世に残りたくありません。

しかし未練ながら情け深いお嬢様に黙ってこの世を去るのは淋しい、いくらでもお礼を

言いたいのですが口が回らないのが悔しいですが、いつまでもご無事で、ご出世して

ください。私は愚かに生まれましたのでお為になりたいと願ってもかないませんが、

魂は必ずあなた様をお守りします」と涙にむせびながら悲しいことを言う。

 「なぜあなた様が慕わしいのかなぜ恋しいのかわかりませんが、日が増すほどに時間

が増すほどに私の心はあなた様の心に引き付けられるようで、明け暮れお姿を見、お声

を聞くことで満足すれば事足りますのに、心の中は火が燃えるようで、我ながらわから

ない思いに責められています。静かに考えてみるともったいないようなことを考えて、

恥ずかしいという思いがこの苦しみだと悟った今、この身を八つ裂きにして木の空に

掛かり(磔にされ)たくなりました。今日の夕暮れのお使いがあなた様のご縁ある人と

知ったからです。言うべきことではありませんが、私は本当に妬ましく、悔しく思いま

した。しかも車夫の法被は見なければよかったのに澤瀉の紋、頭がおかしくなっている

のかもしれませんが、あの夜の車上にちらっと見た薄髭の男、その、その、波崎とか

いう、国会議員と聞けば世に尊ばれる人に違いありませんが憎くてたまらず、妄執に

取りつかれているのだと何度頭に言い聞かせても甲斐がありません。大恩あるあなた様

の恋人を恨む私はあなた様の敵となります。そしてその思いがさらに増したらどうなる

ことでしょう、それが恐ろしいので私は死にたくなったのです。私が死ぬのはあなた様

に危害を与えないため、もし私の想像が間違いで今日のお手紙が何でもなくても、もう

すでに私の心が腐っていることがはっきりしたので、清くない思いで生きていることは

大罪を犯したと同じ。うわべを繕い人目から隠しても、明け暮れあなた様に付き纏う

恥ずかしい思いは餓鬼道の苦しみ、妙なるお声も身を焼く炎です。本当に人の心は頼り

ない、今までのことを思っても時が移り変わった後には自分らしくない自分になって、

どのような恐ろしいことをするのではないか、今消えてしまえばご恩の万分の一も返せ

ませんが、せめて害を与えまいというつまらない考えです。憎い奴だと思うでしょうが

死んだ後には弔ってくださいと真心からの涙に言葉は震えて、畳に着いた手を上げる

こともできずに恐れ入っている、これを哀れといわず何というか。

                 十一

 「恋を浮いたものだと誰が言ったのでしょう、恋に誠がないとは誰が言ったのでしょ

う、昨日までの心中が我ながら恥ずかしい、直次は私をそれほどまでに思っているの

すか、私はそれほどではなかった、あなたをいとおしいとは思っても命をかけて愛して

はいませんでしたが、今日の今、あなたは本当に愛する人となりました。本当です、

今日の今までお蘭が自分から恋しいと言った人はいませんし、心に染みる一生の恋と

いうものをしたことはありません」

 「憂き世を知らない乙女の昔、春風に誘われて才知、容貌などのうわべに心を乱した

のが、今日の文の主波崎でした。会ったこともありました。こう言うと私を不貞だと

お思いだろうとつらいのですが、守れなかったのは操だけではなく(愛)謡の班女の

ように捨てられたのです。捨てられた者の恨みは愚痴ですが、つらい憂き世にもてあ

ばれて、恐ろしいと思わないでください、いつしか心に悪魔が入り込んであなたの前で

は肩身の狭い悪人になりました。それで私を嫌いになりますか、恐ろしいと思います

か、悪人でも嫌でなく、悪魔でも恐ろしいと思わないなら今日から私の心の夫となっ

ください、蘭をあなたの妻と呼んでください」

 「でもこの世での縁はないと諦めてください、私も諦めます。思いがけずあなたの

嬉しいお心を知ったのに私の口からは言い出し難く、心苦しい限りですが、この憂き世

の不運同士が寄り合ったと思ってください。私を本当に愛してくださるのなら、その命

をこの場でいただけますか、仁に背いた言葉、無慈悲な心で、常の世の仲でも言うまじ

き言葉です。ましてやもったいないお心の底を知り抜いた今、このように情けないこと

を願って血を吐く思いの私の心を汲んでください。今日の文の主は私の昔の恋人、これ

からは敵となりますが私の心の枷は彼だけです。命を絶たなければ止まない執着を、

これも恋というのでしょうか、わかりませんが憎いのは彼です。なんとしてもという

恨みは日夜絶えませんが、私が手を下してしまわないのは、お察しください、まだ後に

入用の体だからです。つらいことですが欲心からとは思わないでください、父の遺志を

継ぎたいからなのです。二十五歳の私の命に変わりあなたの体を捨てて、闇夜に足場の

よい所を求めて、どうしてもやり遂げてください。こんな恐ろしい女に私はいつから

なったのでしょう、死ねる体なら私も死にたいけれども」と涙を見せたことのないお蘭

様が襦袢の袖を濡らしている。

「あなたの恨みの澤瀉はまさにその人だと私も思います。染井の家に飛ばす車に、運悪

く家の門前の出来事でしたが、知られまいとして飛んで逃げた、けがはまさしくその人

の仕業ですが原因は私を恐れてのことでしょう、思えば全て私の罪。私があなたを助け

たのではなく死に導いてしまうような成り行きになりましたが、ここまでの契りと思っ

てお命をください。もしあなたの運が強く、その場から逃げることができたら、夜に

紛れてここに来るまで難を避けてこの門の内に逃れられたら安泰です。今知る通り人気

もなく出入りするものといっては垣根の穴にさえ子犬の影もなく、女主人なので警察の

目にもかかからないでしょう、何とか逃げてくださいとささやいた。

 言葉もなく聞き入っていた直次郎は「もう何もおっしゃいますな、よくわかりまし

た。嘘だとしてもこの世で思いがけないお言葉を聞いて(あなたに)残る恨みはなくな

りました。もともと今夜こそと決心していたのであなたの願いで死ぬのなら願っても

ないことです。見事にやってお目にかけます。今日までは思い立ったことは何事もでき

ず、浮世の意気地なしの見本でしたが、一心に思うあなた様の命によって身を捨てる

この度の仕事は、あっぱれ直次も男だとあなたのお心だけで誉めていただけたら本望、

その場に倒れても捕らえられて首に縄をかけられても思い残すことはありません。ただ

恨めしいのは逃げられるのなら逃げて来いという言葉、それはお情けとは言えません

逃げようという卑怯な心で人一人殺せるものでしょうか、私が愚かですのでそのような

世の利口者がすることはわかりません。相手が倒れるか自分が死ぬか二つに一つの瀬戸

際なのに、自分一人が助かろうという汚い心で後ろ髪を引かれていては清く本望を遂げ

られません、相手にやられたらそれまでです。し遂げた後に捕まえられても決してお名

前は出しませんので案じないでくさい。罪は私一人、首尾よく行った暁に神仏の助けが

あっててその場を逃れられることが万が一できたとしても、二度とお顔を見ることは

ありません。どんなことから罪が顕れて愛するあなたに迷惑をかけるかもしれません

から。直次は今日限りお暇をいただき、この世にないものと思い捨てて事の成否は世の

噂で聞いてください、ご縁もこれまで、私は潔く死にます」と、思い定めたので涙も

こぼさないが悄然とした影が障子に映って長く、長く、お蘭は生きている限りこの夜の

ことは忘れられなかった。

                  十二

 直次はその夜闇に紛れて松川屋敷を出た。朝になって佐助夫婦は驚いたが、日頃は

なにかと小言を言ってはいても、どのような決意で出て行ったのかとさすがに胸が騒い

でいろいろ噂しながら、おそよは毎朝手を合わせる神々に心得違い(道に外れた行い)

がないよう祈っていた。

 しばらくした冬の初め頃、事は番町の波崎の本宅前で起こった。何某の大会の幹事と

して席上演説も大喝采の内に終わり、酔いも紛れて車上をゆるゆる半ば夢の中で帰って

きた表門の前、急に躍り出た男が車の幌に手をかけて引き倒すと、耐え切れずにひっく

り返ったところを押さえ頸筋をかき切ろうと閃かせた刃、手元が鈍ったか頬先を少し

かすめてかすり傷を負わせたが、狼藉者という叫び声が辺りに響き、ここまでと逃げ足

はどこへ向かったか、あっという間に姿を消して誰かわからなくなってしまった。翌朝

の新聞の見出しは事々しく、ある党派の壮士だろうとか、何々倶楽部の誰に嫌疑がかか

ってその筋に引かれて行ったとか、しまいには何者の仕業かわからないまま、一月後に

は噂は跡かたもなくなった。傷はなおのこと半月も経てば治り男の値打ちも下がらず、

跡が残っても向かい傷だと誇るのもおもしろい、才子で利口な男の人生は万々歳、また

もやり損ねて日陰者になって、生きていたとしても世間が狭くなった直次郎はどうして

いるのか、川に沈んだか山に潜んだか、それとも心機一転してまともな人間になったの

か。それより謎は松川屋敷、このことがあってから三月ばかり経つと門が立派になり、

壊れた敷石も直り、毎日植木屋や大工の出入りが足繁くしているのは主が変わったから

のようだ。では佐助夫婦とお蘭はどこへ行ったのだろう、世間は広い、汽車が国中に

通じている時代なのだから。

樋口一葉「暗夜 二」

                   五

 行こうと思い立った直次郎は一時も待てず、弦を離れた矢のようにこのまま暇乞いを

と佐助を通じてお蘭に申し上げると、とてもではないと驚いて「鏡を御覧なさい、まだ

そのような顔色でどこへ行くのです、強情は元気になってからなさい。病には勝てない

のが人の身です。そのような気短かなことを言わずに心静かに養生をしなくては。最初

に言った通りこの家は心置きなく遠慮もいらず斟酌も無用、見直すくらいの丈夫な人に

なってくださったら嬉しいのです。袖すりあうも多生の縁と聞きますが、仮住まいでも

十日も見慣れたらよその人とも思われない、帰る家もないとの一言も気がかりです。

また悲しい境涯をさまようようになるのではないですか。私も見た通りの有様、荒れて

行く屋敷の末はどうなることか、同じはかない身に思われていよいよ心配なのは浮世の

波にもまれて漂って来た人の身の上です。女では力が足りず相談の甲斐はないでしょう

が、あなたと同じ心を満ち足りた世間の人よりも持っているのですよ。私に遠慮がある

なら佐助もそよもいます。年波寄っているだけに経験を積んで世渡りの道も知らぬこと

はない、それこそ相談のご相手になりましょう、家は化け物屋敷のようだけれど鬼の

住処ではないのですからそのようにおびえないでください」と少し笑いながらお蘭様が

言うのは、自分を意気地のない、くだらない奴と見て嬲っているのだろうか、本当に

自分はここを離れてはどこへ行く当てもなく、道で倒れても誰も助けてはくれずその

まま行き倒れだろうとわが身の弱さに心も折れて、直次郎は恥ずかしく思いながらも

初めの勢いに似ず、どうしてもとは言わなかった。

 老夫婦はお蘭の言葉に何倍も重ねて「もう少し体が確かになるまで二人で願って止め

ようと思っていたのに、お嬢様からそう言ってくだされば天下晴れての居候だ、肩身を

広く持って思うことをして、ここを助けて手伝いも大いにしてくれ、若者がぐずぐずと

日を送るのは何よりも毒なのだから」とできそうな用事をかれこれとあてがって家の者

のように扱えば、それに引かれて決まりの悪さも薄れ、一日二日、三日四日、ではお言

葉に甘えてとは言わないが、次第に根が生えて何とはなく日を送っていた。

 これほど広い屋敷なので手入れが行き届かず木は茂りに茂り、季節柄夏草も所を得て

広がり、忘れ草忍ぶ草はいうまでもなく刈るのもうっとおしい雑草の茂みをたどって

裏手に回ると幾抱えもある松の枝が大蛇が水に向かうようにうねっており、下枝を濡ら

す古池の深さはどのぐらいだろう、昔は東屋が建っていたという小高い岡は今も名残り

をとどめているが、真屋(東屋より格式の高い建物)の跡は浅ましいほど荒れており、

秋風が吹かなくても夕日が傾く夕暮れなどには、思ってはならないような怪しい心を

呼び起こすような見渡す限り荒れ果てた屋敷に、ただでさえ沈みがちの直次郎、明け

ても暮れても淋しい思いが満身を襲って、ますます浮世から遠ざかるようだった。

 月があってもなくても風情があるのが夏の夜、この屋敷も月の夜。京の五条辺りの

軒先ならば夕顔が華々しかろう。お蘭様の居間というのは廊下を幾曲がりも遠く離れ

て一人物思いしているのだろう、呼んでも答えても松風の音にかき消される奥の、その

また奥座敷である。

 直治は老夫婦と共に玄関に近い所にいるので、一家の内にいながらも隔たりが生ま

れ、病気の時とは違い打ち解けてものを言うことも少なくなり、佐助とおそよはお嬢様

を神のように奉り大事に大事に、自分の命を捨ててもという忠義振りなので、ただただ

恐れ謹んで、今が盛りの美しい花を散らさないよう、手折られないよう周囲にしめ縄を

張って垣根の外からお守りしているかのよう、慣れたり睦んだりしないので直治もいつ

しかそれに引き入れられて、自分は対等な食客でありながら主人のように思うように

なった。月夜の納涼だと言ってうちわ片手に世間話をしたり、昼の暑さを若竹の葉を

なびかせる風で払って声高く蚊遣りの煙を空になびかせるような軽々しい遊びもしない

ので、お蘭様の人となりもこの家の素性もただ雲をつかむように想像するだけで、虚実

はともかく佐助やおそよの話によると、松川何某という財産家が投資に失敗し栄華の夢

が消え果てて、残ったのはお蘭様の身一つと、痛ましくも負うに余る負債があってこの

屋敷もすでに人のものであること、わずかこれだけを知ったばかり。

                  六

 庭に置く朝露を連ねて吹く風の心地よいある朝早く、お蘭様はいつもより早く起きて

きて「今日はお父様の御命日なので花は私がとってお供えします」と花ばさみを手に

して庭に降りたので、「撫子なら裏の方が美しいですよ」と直治も後に続いた。

 いつかは聞こうと思っていたこの家のことをお蘭様の口から聞けるかもしれないと、

直次郎はいつになく気軽に声をかけるとお蘭様も機嫌がよく、百合や撫子をとった後も

自分の庭ながら珍しそうに見て歩く。嬉しくなって直次郎は何げない様子で「この花は

お父様にお供えするのですね、おいくつでお別れしたのですか」と聞くと「あなたも

早くからの独り者だとか、私によく似ていますね」とほほ笑んだ。「この坂を下りて

あちらへ行って休みましょう、疲れては話もできませんから」と言うので「ではお帰り

になりますか」いえ、もう少し遊びましょうと苔で滑りやすい小道を下ろうとするの

で、危ないですよと声をかけると「申し訳ありませんが肩を貸してください」と寄って

きて坂を下った。

 下りてきたのは例の池の岸辺、平らな切り株の上の塵を払って「ここにお休みなさ

い」と言うと「嬉しいこと、弟の世話になっているようです。あなたもここで休むと

よい」と半分譲ったが、もったいないことと直治郎は前の枯草にうずくまった。

 「あなたも早くにご両親が世を去ってしまったとか、私も母という人の顔を知らず

父の手一つで育てられましたので、恋しさや懐かしさを一段と覚えるのです。普段は

ともかくゆかりある日にはことさらに思い出されて、紛らわそうと思ってもできないの

が今日の命日です。あなたにも覚えがありましょう」と言うので直治もその通りですと

涙ぐんだ。「お父様は何年前にお亡くなりになったのですか、あなたのお父様ならば

まだお若かったのでしょう」と聞くと「いえ若くはありませんでした、お別れしたのは

八年前です。夢のようにはかない別れでした」と言うので「では急なご病気だったので

すか」と聞くと、「病気どころか。私の父はこの池に身を沈めたのです」

 驚いて青ざめた直治の顔を見下ろし、お蘭様は冷ややかな目元に笑みを浮かべて、

「水の底にも都があると歌を詠んで帝を誘った尼様の心(平家物語)はわかりません

が、父はこの世のつらさに飽きてどこでもよいから静かに眠るところを求めたのでしょ

う、表は波が騒いでいるように見えますが、底に行けば静かでしょうから。世がつらい

時の隠れ家には山も海も物足りず、この池の底だけが住みよいのでしょう」と静かに池

の表を眺めている。松の梢に吹く風の音が高くなり、やがて池にさざ波が立ち草も騒ぎ

背後が気になるような不気味さだが、お蘭様は立とうともせず「直治はなぜそのように

かしこまってばかりいるのですか、私ばかりでなくあなたも何か話して聞かせてくださ

い」と言われてもますます言葉に詰まってうつむくと、「困った人、女のような方です

ね」と笑われて、まだ消えない恐怖が顔色に出ているので笑われるのだ、自分の意気地

なさに比べてどれほどの強い心を持てばこのように落ち着いて平気で話を続けられるの

だろう、自分は聞くだけでも肝が冷えたというのにと黙って顔を見つめると、思いなし

かさすがに青白く見える。

 「でもこの話は誰にも言わないでください、口さがないのは世間とはいえ親のことな

ので悔しいですから。あなたもこれを知ってここが嫌だと思うようになりましたか、

では話すのではなかった」と少し色をなして言うので、「とんでもない、どうしてその

ように思いましょうか、ましてや口外するなど夢にもご心配くださいますな」と答える

と「弟のように思ったので心の底を聞かせてしまったことが恥ずかしい、聞き流して

ください、では行きましょう」と立ち上がったので、「花をお持ちしましょう」、いえ

それよりも手助けをと例の脇道にかかると白い美しい手を直次郎の肩にかけて「小柄に

見えますがさすがに男の人は背が高いのですね、あなたはいくつでした、十九はたち、

私よりもずっと年下でしょう、私がいくつに見えますか」「一つ二つ上でしょうか」

「とんでもない、もう枯れるといわれる三十に近い二十五ですよ」と言うので「本当で

すか、なんとお若く見えるのでしょう」と言うと「ほめているのですか、けなしている

のですか」と顔を赤らめた。

                  七

 女は素直で優しかったら十分だ。変に気骨を持ってしまってはよいことなどない、

浮世の逆風に当たって、分かれ道をこちらへ行くという決心した当時、不運のあおりに

炎はあらぬ方向へ燃え上がり、お釈迦様孔子様両方から手を取られてご意見されようと

も、無用の御談義、聞きませんと首を振る目に涙をたたえていてもそれは見せないこぼ

さない、これを浮世では強情我慢(人の意見を絶対受け入れない)という。天から与え

られた美しさは顔ばかりでなくだけではなく姿も整い人柄も見事、人の妻となったら

非の打ちどころもない潔白無垢の身であるのに、はかないのはお蘭の身の上だ。

 天地にただ一人の父を失い、しかも看病をして医薬を与えても天寿となれば諦められ

るが、世間から山師のそしりを受けたまま、あるべきことか自分から水底の泡と消える

とは。その原因はといえばさすがにお天道さまが無差別(公平)だとは言えないが、口

に正義の髭を付けた立派な方に本当の罪があるのに、手先に使われた父の身は哀れ露払

い(先導)であったのだ、毒見の膳に当てられて一人犠牲になったからこそ残りの人達

は枕を高くして春の花の夢を見ている。それほど恩のある人の忘れ形見に少しは情けを

かけてもいいものを、荒れていく門前に馬車の音は絶えて、行くのも恐ろしいとの噂、

汚いものは人の心。巫峡(長江にある困難な渓谷)に浮かぶ木の葉船のようなお蘭の

悲しさ怖さ悔しさが乙女心に沁み込んで、それならば私も父の子だやって見せよう、

悪なら悪でよい、元々善とはいいがたい素性の表面を温和に包んでいざ一働き、倒れて

止めばそれまでだ、父は黄泉路から手招きしている。九品蓮台(極楽浄土)ほど上等で

なくてもよき住処はあちらの世にもあるだろうから夢路に遊ぼうと決心した。これは

物好きな浮かれ心ではない、涙を胸に忍んで片頬で笑みつつ毎日見上げる軒(の釣り)

忍の露は哀れ風流とうそぶく身が人知れずこの内にある。

 しない方がいいのは恋、色ある中にしのぶもじずり、陸奥にあるという関の人目の

途絶えを侘びるのは優しい、懸けつ懸けられつ釣り縄の苦しきは欲からの間柄なり。

   みちのくのしのぶのぢずり誰ゆえに 乱れそめにしわれならなくに

    陸奥のもじずりの柄は誰のせいで乱れているのだろう 私のせいではないのに

     あなたのせいで私の心は乱れているのです。

   みちのくにありといふなる名取川 なき名とりてはくるしかりけり

    陸奥にあるという名取川 無い名が立つなら苦しいだろう

     根拠のない浮名を流されて苦しんでいます。

   伊勢の海の海人の釣り縄うちはえて くるしとのみや思いわたらむ

    伊勢の海の漁師のたぐる釣り縄のように 長く苦しむのでしょうか

     いつまでも実らぬ恋に苦しむのでしょうか 

 一人が真の心から慕っても寄り合わなかったらこれも片糸の思いである。

   河内女の手染めの糸を繰り返し 片糸にあれど絶えむと思へや

    河内女が繰り返し染めた丈夫な糸なので 一本でも切れないことでしょう

     私の片思いは一生続くのでしょう(片思いでもあきらめませんという意味

    らしいが、葉の心情を思うとこっちかな)   

 番町に波崎漂という衆議院で美男と評判の年若い議員がいた。近隣県から選出された

当時、騒がしかった世間沙汰(選挙違反)も世の習いなので傷にはならなかったが、

秘密は松川との間にあって、今日の財産もそこから出たとか、松川が生きていた頃の

水魚の(親密な)交わりを知らないものはなく、よい婿を得たと漏らした言葉を聞いた

者もいるが、浮き雲覆ってすなわち暗し扶桑(太陽)の影、なかったと言えばそれまで

だ。外国を渡り歩いて年月を経て帰ってきたときにはその人はすでに亡くなっていた。

今日の風で昔の塵を払って、またぞろ釣り出すのはその筋のゆかり(昔をなかったこと

にして政界に戻り)官僚風とやら女子供の知らない香りのする党には、駙馬の君(貴人

の婿)にとの要望も多く、演説上手で人を感動させるとのこと。それもそのはず口車が

うまく回るからこそ、もしもに引かされて二十五の秋までお蘭の一人寝の枕の、眠れぬ

夜の行方となったのだ。

 誰のために守った操か、松の常盤(永遠に待つと)も結局は甲斐なく捨てられた。

つくづくと観じたのは「もう浮世はいやだ、墨染の袖(尼)となる嵯峨野は遠いがここ

で世捨て人になることはできる、しかし憎いのは男心、不名誉に甘んじながら平然と秋

の色を独り見て、悟ったそぶりで仕方なく諦めるのはいやだ、狂って一世を闇(わが身

を犠牲)にして、首尾よく千載の後まで花紅葉床しの(長い年月を花よ紅葉よと遊び

暮らす)女になりおおせるか、千載でなくても一時の栄華を楽しみ末は野山の露と消え

てもよい、我ながら夜叉のような本性が恐ろしいが、こうなったのは波崎のせいだ、

 (かくなりゆくはこれまでの人なり:今までの自分なのでもう違って、となると後の

 文に続くのだけれど)

悔やむまい、恨むまい、浮世は夢」と恋がきっかけの浅ましい観念、恐ろしいのは涙の

後の女心。

                  八

 この夏も終わり、秋も萩の葉が風にそよぐ頃は過ぎた。松川屋敷の月日はどう流れた

か。お蘭様や佐助夫婦、直次郎に変わったこともなく、ただ熱心だった医学の修行への

望みが絶えたことだけがこの男の変化であった。

「なんとしてもやる、骨が砂利となってもやる、精神一倒すればできないはずはない、

自分も男なら言ったことを後には引けない、今までも村の奴らに散々侮られ、都へ出て

も軽蔑されて何もできない者だと貶められたのだから尚のこと、見事通して見せなけれ

ば骨も筋もない男になります、私がそのように見えますか」とこの話が始まる時は青筋

を立てて畳をたたくので、「なんと身の程知らずな男、医者になるのは芋や大根を作る

のとは違うのだ」と佐助は真っ向から強面で意見し、とてもできないことなどよして

しまえと言う。お蘭はそれをじっと聞いて「かわいそうに叱らなくてもよい、それほど

思い込んでいることならできないとも言えないでしょうが、増えたり減ったりは世の

習い、人もずいぶん多くなって年ごとに難しくなるでしょう、しかも学費の出所がなけ

れば一段と難儀、それを精神一倒というかもしれぬがお前の宝の潔白とやらは今の世で

は役に立ちません、このようなことは言いたくないけれど丸くならなければ思いを遂げ

ることはできないでしょう、その会得がついたら存分に思うことを貫くとよいですが、

そのあたりが難しいのではないでしょうか」

 国を出てからこの方一途に前後を顧みず、どうしても貫くと言った舌の根を引っ込め

たくはないが、打たれ、捨てられ、軽蔑され、果ては車の車輪にかけられて一歩間違え

ば一生不具になるようなけがをした。憐れんで拾い上げてくれた大恩あるご主人も同じ

憂き世で秋風に吹かれて、門は荒れ、美しい花も散りかかる悲しい暮らし、天はどうし

ても善人の味方になってはくれないのか、我が祖父我が母我が代までも羽虫一匹殺した

こともなく、里の子犬が飢えている時には自分の食事を分け与えたものだったのに世に

敵を作って憎まれ、居所もなくなるようになるとは思いもよらなかった。今更世に媚を

売って一念を貫くなどいやなことだ、泥草履を持って四つん這いになって追従するなど

とても辛抱できない、それで成り上がって医は仁術などともったいぶるなど汚いこと

だ、もうやめてしまおう、やめるべきだ、思いを断ってしまおう、私は浮世の能無し猿

にはなっても汚い男にはなりたくないと清く断念し、二度と口から出さなくなった。

 行くところはなし、世間は敵、夢を空に帰してこれから自分はどうしたらいいのか、

やるせない身の捨て所はどこかと聞けば、垣根は荒れて庭は野となった秋草の茂み、嵐

にさらされる女郎花のようなお蘭様の身の上が愛しいと思う、もともと自分は愚かだ、

お蘭様は女でありながら量りがたい意志をお持ちで自分のような弱虫ではない、強いと

は言っても頼む人のない孤独の身、大木が倒れるのに一本の細木で何として支えよう、

佐助もおそよも主人に忠実で身を捧げてはいるが、自分から見れば到底難しい、吹けば

飛ぶような花を覆うには狭い狭い袂、この人たちには前代からの縁があり、自分は昨日

今日の恩ではあるが、情の深さに年の長短はない、口はばったいが私はお蘭様に命と

いうこの一言を誓いとして浮世の様々を思い切ったので生死は主の心のままと、口には

出さないが様子に現れている。

 人の心はおもしろいもので、直次がお蘭を思うほどに佐助夫婦が直治を憐れむ気持ち

は薄れて行った。見ず知らずの男を連れ帰って介抱した親切は真心からで、今もそれが

衰えたわけではないが、一にも二にもお蘭様と我がもののように差し出た振る舞いに、

「なんと道理のわからぬ男だ、産湯の昔から抱いて育てたわしでさえ心に思うことの

半分は言わずに仰せに従っているのが礼儀というもの、宿なし男の行き倒れを救われた

恩を忘れてわしらのお嬢様の弟顔をする憎らしさ、あのような奴には真っ向から言わな

ければわからない」とつけつけと憎まれ口をはばかりなく言うようになり、ともすれば

年甲斐もなく争いの火の手も上がる始末、どちらにも軍配を上げられないお蘭が一人

気をもむようなこともあった。

樋口一葉「暗夜 一」

                  一

 塀に囲まれた屋敷の広さは幾坪か、閉じたままの大門はいつかの嵐の時のまま、今に

も倒れそうで危ない。瓦に生える草の名の忍ぶ(草)昔とは誰のことか。宮城野の秋を

移そうと持ってきた萩が錦を誇っているが、殿上人の誰それ様が観月のむしろに連なっ

た日は夢となった。秋風寒い飛鳥川の淵瀬はこのように変わり、よからぬ噂は人の口に

残っているが、その後どうなったかと訪ねる人もなく、哀れに淋しい主従三人は都に

いながら山住まいのようである。

   世の中はなにか常なるあすか川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる(氾濫によって)

    世の中は同じであるものか、昨日深淵だった飛鳥川が今日は浅瀬になるように

 山師の末路はあれだと指をさされ、誰もが言うのに間違いはないが、私利私欲でない

証拠に家に余財はなく、そしりを受けてもこれだけはと施していた徳も陰ながらであっ

たので、わざわざそれを受けたと言う人もなく、醜聞は長くとどまっている。後は言う

まい恐ろしいと、雨の夜の雑談(噂話)に枝葉(尾ひれ)がついて、松川様のお宅と

いえば何となく怖ろしいところのように思われている。

 もともと広い家に人気も少ないので、いよいよがらんとして荒れ寺のようになって

いる。掃除も行き届かず、必要がない限り雨戸を閉めたままにしている日の方が多く、

俗に下った河原の院(夕顔の屋敷)もかくやとばかり、夕顔の君でもないが、お蘭様と

かしづかれている娘が鬼にも取られず淋しいとも思わずどう無事に朝夕を送っているの

か、不思議なことだ。

 昼間でもそうなのに夜は増して、燈火の影に映る自分の影を友として、ただ一人悄然

と夜更けの鐘を数えていれば、鬼をも恐れぬ荒くれ男でも来し方行く末の思いに迫られ

て、襟の涙に冷たい思いをするだろう。時は陰暦の五月二十八日、月が出ない時期なの

で暮れてからまだ間もないが闇は深く、こんもりと茂って森のようになった屋敷の裏の

樫の大木に吹きつける風の音のすさまじさ、その裏手にある底深い池の波打つ音が手に

取るばかりに聞こえるのを聞くとも聞かぬともなく、紫檀の机に寄りかかって考え深く

している瞳は半ば眠っているかのごとく、時々ひそめる眉毛にはどのような憂いが含ま

れているのだろうか。金をも溶かすようなこの頃の暑さに、豊かな髪がうるさいと洗っ

たのは今朝、緑が滴るばかりに肩にかかり、こぼれた幾筋すら雪も恥じらうほど白い頬

が隠れるほどだ。色好みに評させればなんとやらの観音様に似て、それよりも淋しく、

それよりも美しいとのことだ。

 急に玄関で物音がして、人声もただならぬ様子に眠っているかのようだった美人は

耳を傾け、火が出たか、喧嘩か、まさかあの老夫婦がとほほ笑んだが、どうしたのかと

襟を正して耳をすませていると慌ただしい足音が廊下に高くなり、「お蘭様ご書見中で

すか、すみませんがお薬を少しくださいませ」と障子の外から言うのは婆の声。「どう

しました、佐助が病気になりましたか、様子によって薬も違うので慌てないで話して

ごらんなさい」と言うと、敷居際に両手をついた婆は慇懃に「いえ爺ではございませ

ん。今夜もいつものように佐助が庭の見回りを済ませて門の戸締りを改めに行きました

が、くぐり戸の具合が悪く日頃から引っ掛かりがあったのでそれを直そうと開け閉めし

ていると、闇を照らして向こうの大路から走ってきた車の提灯に澤瀉(おもだか)の紋

があるのを見て、浪崎さまが来たと思い門を閉めずそのまま待っていると、それは浪崎

ではなかったのです。」「その車が門前を過ぎるとき、爺の気づかないうちに人がいた

らしく、走り去る車の車輪にどうして当たったのかあっと言う声に爺も驚いて、自分の

額をくぐり戸にぶつけた痛さも忘れて転び出たしたら、車はそれと知りながら憎らしく

飛んで行ってしまったのです。」「残った男のけがは大したことはなかったのですが、

若いのに似合わぬ意気地なし、へたへたと倒れて起き上がる元気もなく、半分死んだ

ようになっているので爺も見捨てるわけにもいかず、お叱りを受けるかもしれないが

玄関まで担ぎ入れたというわけです。まだ人心地もつかないおぼつかなさ、ともかく

一目見てやってくださいませ。本当におかわいそうで」と言う。

                  二

 数日の飢えと疲れに綿のようになった身が、さらに車輪に引っ掛けられた痛みと驚き

で魂が体を離れ、気を失っている間は夢の中のよう、馥郁とした香りがどこからか流れ

てきて胸がすっとするとともに、何かに覆われていたような頭がやっと我に返ったの

で、わずかに目を開いて周りを見回すと、気がついたようですお薬をもう少しという

声が聞こえ、まだ魂が極楽で遊んでいるのだろうか、人とは思えない女菩薩様が枕元に

座っていた。

 「なんと意気地のない奴だ、小指の先を少しかすっただけなのに。トンボを追って溝

にはまった子供がよくするようなけがで気を失う馬鹿者などいないぞ、しっかりして薬

を飲みなさい」と佐助がやかましく言うのを、「そう荒々しく言わないものですよ、

病み上がりか何かでひどく疲れているようですから静かに看病しておやりなさい」

「気のおけるところではありませんから気を落ち着けてゆっくりと眠りなさい、ここに

は何日いても差し支えありませんが、ご自宅に知らせたいとお思いなら人をやってお家

の人を迎えに参ります。不時の災難は誰にでも起こることですから申し訳ないなどとは

思わずに、我がままを言っていいのですよ、見たところ病み上がりのようですから、

夜になっても帰らなかったらご両親もさぞご心配でしょう、今夜はここに泊まることを

知らせにやりましょうか。見て憂うよりは想像した方が苦しむもの、大したことはない

とお知らせしてご心配を鎮めたいものです、お宅はどちらですか」と聞かれて、ようや

く起き上がった男の頬はこけ、大きな眼の光もどんよりし、低からぬ鼻も鼻筋がくぼん

で、もとより秀でた額がより目立ち、伸びた髪は襟を覆っている。何か言おうとすると

涙ばかりがこぼれて、色のない唇がぶるぶるとわななくのは感極まってか。お蘭は静か

に差し寄ってさあと薬を勧めると手を振って、「もう気分は確かになりました。」

「帰るべき家もなく案じてくれる親もいないので、車にひき殺されても行き倒れても

自分一人の天命を知るだけで、誰も哀れと思う人もいません、情けある方々に優しい

言葉をかけていただいても、薄幸の自分にはさらに苦しみを増すだけ、気がつかなかっ

た間はともかくもう門外にお捨て下さい、生きている間は苦しみを負い尽くして、魂が

去った後はやせ犬の食事となれば用が済むというものです。恨めしいのは車の紋の

澤瀉、闇の中で認めた澤瀉の主に恨みは必ず晴らしたいが、情けをかけてくださった

方々にご恩返しのできるような者ではありません、ではお許しください」と身を起こす

が足元が定まらずよろけるので、「あああぶない、なんと道理のわからない奴だ、親が

ないと言ったってその身は誰からいただいたのだ、そのように無造作に粗末にして済む

ものか、お前のような不料簡者がいるから世の親の悩みは絶えないのだ」と自分も一人

息子に苦労した佐助が他人事ならぬ思いで心配して叱りつけ、座らせると男はうなだれ

てうつ向いてしまった。「逆上しておかしなことを言ったのでしょう、今晩はここに

おいてゆっくりと眠らせてあげたいと思うのですが」と婆も言うので、男を二人に任せ

てお蘭は自分の居間に戻った。

                   三

 生垣に絡む朝顔の花は一朝の栄に一期の本懐を尽くす(一日の運命でも一生の望みを

果たす)もの、自分に定まった分際を知れば、思うようにならない世の中に思うことも

なく、甲斐のない悶えにはらわたが煮えくり返るほど憤ることもない。祖父の世までは

郷中の名医と呼ばれ、乗った籠には畔を歩く村童までひざまずいたものだが、下り行く

薄命の運は誰が導いたのか、若くして死んだ父に続いて母の不運。浮世はつれなく親族

の誰彼の策略に、争っても甲斐がなく、神仏にかけても偽りない亡き旦那様のお胤で

あるのに言い張れば欲深いと言われる卑賤の身が悔しい。涙を包んだまま里に戻ったの

はこの子が宿って七か月、夫を失って二七日であった。狭いのは女の心で恨みの積もる

世の中が味気なくなって早く死にたいと祈る毎日、さらに初産に苦しみ、産み落とした

子供の顔も見ずに二十一の秋の暮、時雨に誘われたかのようにに亡くなってしまった。

 東西も知らぬ昔から父も母もなく生まれ育ったので、祖父の胸以外に世間の暖かさを

知ることなく、春が来て氷の解けた畔で子供たちが遊ぶ仲間から外され、自分からも

木陰に隠れるようなひねくれ者、強情はいよいよつのり、憐れむのは祖父一人。「世間

から憎まれるほど不憫だ、親のない子は添え竹のない野末の菊、曲がりくねるのも無理

はない、不運は天命で身から出た罪ではない。親なしと貶める奴らの心は鬼か蛇か、

もし我々の頭上に神も仏もない世の中ならば、世間は自分の仇、世間と闘わなければ

ならない、祖父亡き後はどこへ行っても人の心はつれないだろう、夢にも他人に心を

許してはならない、人が自分につらく当たれば自分も人にそうするのだ、憎まれるくら

いならと変に人に媚びて心にもない追従を言って、破れ草履に踏みつけられるような

まねをするな」と悔し涙の明け暮れに無念の晴れ間はなく、自分の孫が可愛いあまりに

世の人を憎み、この子の頭にこぶし一つでもくれたものはたとえ村長の息子であろうと

理由があろうと私が相手になると力み立つ、無法な振る舞いがつのる。もともと田んぼ

一枚持たない水飲み百姓のくせに、憎きおいぼれの根性通してみろと土地持ちに睨まれ

れば祖父孫二人の命は風前の灯火なのは言うまでもない。娘の十三回忌の後老人は不治

の病に罹ったが観念して目を固くつぶり、今更医薬などいらぬ。かわいそうな孫と頑固

な老人が二人、傾きかけた命運を茅屋の軒端の月に眺め、人が聞けば動転するような

ひどい言葉を残して、さすがに終焉は乱れずに合掌する仏もなしとあざけるような笑み

を唇に残して地獄極楽どこへ行ったのか、息絶えた。

 残った孫が先ほどの高木直次郎十九歳、積もった悲しみを量るも哀れだ。仰げば高き

鹿野山(千葉県)の麓を離れ、天羽郡(君津市)という生まれ故郷を振り捨てた。自ら

を奮い起こして世に捨てられた一身を犠牲に、ここ東京で医学の修行をして伝え聞いた

家の復興をと、母と祖父の恨みを抱いて誰にも相談せず、心一つを頼りにして。出てき

た都には鬼はいなくてもどこの里でも用いられるのは才子、軽率のそしりはあっても

口ぶり賢く取り回しの器用な者を喜ぶものだ。孟嘗君の世ならいざ知らず、偏屈な心を

解くのは難しく、はてもなくこじれているので微塵も愛嬌がなくやりようも稚拙、某博

士、どこの院長の玄関先で熱心に振るう弁舌もすっきりしない。自ら食客の売り込みを

しても誰も真面目に聞くわけもなく、どこへ行っても狂気の扱いをされ、あるところで

は乞食に見間違えられ、台所へ呼ばれて食事を与えられたのでなんと無礼なと膳を蹴り

返して一喝し飛び出した。

 猪のように前後なく猛進するばかりで知恵はどこへいったのか、誰がどう見ても愚か

者の看板を掲げている。さすがに憐れむ人がいて、心を低くして身を惜しむな、その身

に合った働きならばそれ相応に世話してやろうと湯屋の木拾い、そば屋の出前、下男や

庭男など数を尽くして、一年のうちに目見え(試用期間)の数は三十、三日と持たずに

逃げ出すのはまだよい方で、お内儀さんに色目を使われ胸が悪いと張り倒して飛び出し

たこともある。旦那様と口論の果てに手を出す始末に警察のお世話になることも幾度、

ここもまた敵だと思い知った。

 木賃宿という燈火の暗い場末の宿で帳簿付けをしていた昨日今日、主人の侮蔑の一言

に持病が起こり、こらえきれず筆をへし折り硯を投げつけて、どこへだって行ってや

る、伏す野山さえあてのない身だと高言して飛び出せば、その後の一飯はどうするの

か、舌を噛んで死ぬくらいにならなければ人の軒端に立つ(乞食をする)こともでき

ない男。ねぐらも知らない身は旅がらすにも劣る。来るともなく行くともなくよろめき

来たのが松川屋敷の表門、すわという間に轢いて去った車に佐助も見た澤瀉の紋。

                  四

 助けられた日から三日ほどうつつに過ごし、記憶は確かではないが最初の晩に見た

女菩薩が枕元にいて介抱してくれているようだ、おぼろげながら美しい声に慰められ、

柔らかい腕に抱かれて天国に生まれ変わったような気持ち、覚めればはかない花間の

胡蝶と人との境で眠っている。

 浮世のつらい時、人の心のつらい時、私の手におすがりなさい、膝に上がりなさい、

共に手を携えて野山に遊びましょう、悲しい涙を人には隠しても、たとえ滝のような涙

でも私は拭う袂を持っています。あなたが愚かでも卑しまないし、よこしまでも憎みま

せん。過去に犯した罪に苦しみ、今更でも人知れず後悔しているのなら、私に話して心

をさっぱりさせなさい。恨めしい時悔しい時恥ずかしい時はかない時、失望の時、落胆

の時、世の中すべて捨てて山に入りたい時、人を殺して金を奪いたい時、高い地位を得

たい時、花を見たいと思う時、月を見たいと思う時、風を待つ時、雲を見上げる時、竿

さす小舟の波の中でも、嵐にむせぶ山の陰でも、陽の射さない谷の底でも、私はいつも

あなたに寄り添って、水無月の日蔭の土が裂ける(日照りで地面がひび割れた)時には

清水となって渇きをいやし、師走の雪みぞれ降る寒い夜には皮の着物になりましょう、

あなたは私と離れてはいけません、私もあなたから離れません、醜美善悪曲直邪正あれ

もなしこれもなし、私に隠すことなく包むことなく心安らかに落ち着いて私の腕に寄り

膝の上で眠りなさいという声が心に響くたびにどこの誰様ですか、そのようなお優しい

言葉をと伏して拝む手先に何かが触れて我に返ると、熱に燃えるようなわが身だった。

 このように覚めつ眠りつ今日で一週間という日の昼過ぎに自分を取り戻し、重湯を

飲めるようになった。やかましいが親切心溢れる佐助の解放、おそよ(婆)の待遇、

どれもこれも気づけば涙がこぼれるようなありがたい人々に、聞けば病中は乱暴狼藉、

暴れ放題暴れ狂い放題狂って、まだおそよの額に残る傷は自分が投げた湯飲みの跡だと

聞かされ、微塵も怒っていない笑顔が申し訳なくて汗が脇の下を伝う。本性が現れ出た

ことが恥ずかしく、後悔の念に駆られて「私は何を言ったのでしょう、お前様方二人

以外に聞いた人はいませんか」と聞くと佐助は大笑いに笑って「聞かせたくとも人気が

ない、耳そばだてるのは天井の鼠か壁を伝ういもり、我ら二人とお嬢様のほかにはこの

大伽藍に子犬の影もなく、一年三百六十五日客の来ることなく客に行くこともない。

無人屋敷だから心配はないが、気が付かれたなら淋しくなるだろう、今まで夢の中だ

った分今晩からはまぶたも閉じまい、眠れぬ枕に軒端の松風は慣れぬ身に気の毒だ」

と言う。そのお嬢様と言うのはいつも枕元にいてくださった人ですか、その通りと言わ

れ、では夢ではなかったのか、優しい声で朝夕慰めてくれたのも膝に抱いてくださった

のも現実か。正気付くにつれて、実際にお蘭様と話すにつけて分からぬ思いが堂々巡

り。夢に見た女菩薩がお蘭様だとすれば今見るお蘭様は人が変わってしまい、つれない

というわけではないが垣根一枚隔たりきっとしたよそよそしい素振り、どうやって手に

すがったのだろう、どうやって膝に乗ったのだろう、涙をぬぐいなさいとおっしゃた袖

の端の端に、今もし手が触れたらわが身は震えて息も止まりそうだ、夢の中で見た人は

床しく懐かしく親しみ深く、自分に母はいないがそのように思えるほどだったのに、今

のお蘭様は懐かしく床しいほかに恐ろしくて怖いようだ、身も心も一つなどとは夢にも

言うものか、見ていたのとは違う島田髷だが美貌はその時と変わりない、お声も同じ

だ。朝夕の慰問は嬉しいが思えばここも他人の家、心許してはならない他人の宿だ。

ではもう出て行こう、優し気なお蘭様とお別れして。

 

樋口一葉「別れ霜 五」

                  十三

 「覚悟したのだから今更涙は見苦しい」と励ますのは言葉ばかりで、まず自分がまぶ

たを拭う、はかなくも露と消えようとする命。ここは松澤新田先祖累代の墓所、昼なお

暗い樹木の茂みを吹き払う夜風がさらに悲痛の声を添え、梟の叫びも一段とすさまじ

い。お高の決心の眼差しはたじろがず、「お気後れですかそれともご未練ですか、高の

心は先ほど申した通り覚悟は一つ、二人の命を犠牲にすることです。あなた様のお心を

伺わなくても生きて帰るつもりはありません。お父様が今日おっしゃった、人でなしの

運平の娘を嫁になどとは思いもよらない、芳之助はともあれわしが許さないとご立腹の

数々、それも無理ありませんがあなた様と縁が切れてはこの世に何の楽しみがありまし

ょう、つらい錦野の話もあるので所詮この命一つを覚悟するだけです。行き会ったあな

た様のお心も同じでしたのだから今更背くはずがありません、私は嬉しいのです。」と

見事に言い放って嚙む襦袢の袖、「未練などはあるものか、男でありながら虚弱で力及

ばず、それだけではなく病に伏す両親にさえ孝養も十分尽くせない不甲斐なさ、この身

を恨めしく思って捨てたいと思ったのは昨日今日だけではない。我々二人がこうなれ

ば、さすがの運平の角も折れるだろうし父も同じ、その一徹の心が和らげば両家の幸福

となるだろう。二人がこの世にいればいかに千辛万苦しても運平が後悔することもな

く、ましてや手を下げて詫びるなどあるまいし、仮にひざを折って謝ったとしても父は

決して受け入れないだろう、乞食に落ちぶれても口が腐っても新田如きに助けを求める

ことはしないと日頃から言っている。未来永劫この不和の解けることはないが、数代

続いた両家の誼みを一朝にして絶やしては先祖の遺旨に背くことになり、世の人から

愚かとも痴れ者とも見られて笑われるだろう。しかし先祖と家に対する孝行として二人

の命を捨てて栄えある身となるのだ。未練などどこにもない、さあ身支度を」と最期の

用意をする。あわれ短い契りであった。井筒にかけし丈比べ、振り分け髪のかみ(幼馴

染)ならねばこのようなこともなかっただろう。紙で姉様人形を作って遊んだ昔、これ

は君様、これは私、今日はお芝居へ行くのです、いや僕は花見の方がよいなどと戯れた

こともあったのにその一つの願いが叶うことさえなく、待ちに待った長い年月に巡って

きたはかない結末、世は桑田の海ともならねど(移り変わりが激しいが)変わったのは

親の心、まして他人の底深い計略の淵を知らずに陥れられて、その後の後悔は空しく、

涙を呑む晴れ間もなく、降りかかる憂苦のため思慮分別も闇の中、星明りの中で目を

見合わせてにっこりと名残の笑顔もうら淋しく、さあと促し、ではと答えてもさすがに

ためらう幾数分、思いを定めて立ち上がり用意の短刀を取り直すと後ろの藪から何やら

物音がする、人が来たのかと耳をすませても吹き渡る風の音ばかりではっきりしない。

「追っ手でもなかろうがお高支度は整ったか、取り乱せば死んだ後も恥になるぞ、心静

かに」と戒める言葉も体も震える痛ましさ。惜しくも青年の身花といえば蕾の枝、今に

もに吹き起こる夜半の狂風、お高が胸を広げようとした瞬間に待てとばかりに後ろの藪

から飛び出して腕を取った男は誰か、離して死なせてとか弱き身で一身に振り切ろうと

するのを固く離さずいや離しません、お前様を殺しては旦那様に済みませぬと言うのは

「勘蔵か」とお高の声の終わらぬうちに闇にきらめく白刃の稲妻、あっと一声一刹那、

はかなく枯れた連理の片枝(相思相愛の相手)。

                 十四

 松葉が土に還るまで共にと契ったものを私ばかりが何として後れるものかと地団駄を

踏んで嘆いた命ははかなくも止められて、再び見ようとも思わなかった六畳敷きの我が

部屋がそのまま座敷牢となり、障子の開けたてにも乳母の見張りの目が離れず、まして

や勘蔵の用意周到、翼があればともかく、飛ぶ鳥ならぬ身にはどこにも抜け出す隙がな

い。何とか刃物を手に入れたい、場所は変わっても同じ道に後れまいと願う娘の目の色

を見る運平の気遣わしさ。錦野との縁談が今にもとなっている中、これを知られては

みな画餅となるので、隠せるだけ隠して娘をなだめすかし、手を変え品を変え意見して

も袖の涙は晴れない。ともすれば自分も一緒にと決死の素振りに油断がならず、何は

ともあれ命あっての物種なので娘の心が落ち着かせる以外はないと、無理に結婚を進め

ず、去る者は日々に疎しということわざ通り日が経てば芳之助への追慕の念も薄らぐの

も必定、心長く時を待てば春の氷も朝日に自ずから解ける折りもあろう、今は何を言っ

ても甲斐はないのでもう誰も意見するな、心浮き立つ話をして気を慰めて、面白い世を

面白いと思えるようにするのが大事だと、自ら機嫌を取り、慰め、心を引き立たせよう

とすると同時に見張りを厳しくして細紐一本、小刀一挺もお高の目に触れさせないよう

に、夜は特に気をつけてと気配り目配りは尋常ではないので、召使たちも心得て風の音

も聞き逃さず、ネズミが走り回る音にも耳そばだてている。疑心暗鬼が高じて奥の間に

本人が座っているのを見ながら、お嬢様はどこへ行ったお姿が見えないと人騒がせする

者もいるので、乳母は夜もろくろくまぶたを閉じられず、お高の横に寝床を並べて雑談

に戒めを交えながら面白おかしい話をして、沈みがちな主人の心がいじらしくて気遣っ

て片時も離れないのでこれも関所である。どうやって越えようかどうやって逃れようか

とばかり考えている。

 お高は終日涙に暮れて、終夜涙に明ける。髪も結わず化粧もせず、昔の紅白粉(お化

粧)はあなたのためだったのにそのあなたに後れた顔を鏡に映すのもつれないと、伽羅

の油(鬢付け油)の香りも失せた乱れ放題の花の姿がやつれていくわが身が頼もしい、

このまま死にたいと願っているが、命は思うようにはならないので病むことも患うこと

もなく、つくづくと空を眺め、つくづくと涙を流すことだけを友として月日を送って

いる。来るものは月、改まるのは歳、散って帰らぬ君を思えば、桜が春知り顔に今年も

咲く憎らしさ、また聞く堀切(名所)の菖蒲の便り、車を連ねて行ったのはいつの世の

夢だったか、精霊棚(盆の祭壇)のまこも(のござ)の上にも表立って供えることが

できない恨めしさ。月の照る秋の夜草葉に置く脆い白玉(夜露)のように消えかねる私

をどれほどお恨みだろう、雪の夜に出会ったとき、二つとない貞節の心嬉しいぞとほろ

りとした涙顔が今でも目の前に残っている。しかしこの気持ちは幽冥の境(霊界)には

通じないだろう、悲しくも無情に引き留められた命なのに未練出惜しんだと思っている

のだろうと苦しんではうち沈み、思い出しては涙にむせぶ。笑いというものを夢にも

忘れて知るものは人生の憂きという憂きの数々、無意無心に過ぎる春夏秋冬、落花流水

に散って流れて寄せ返る波の年また一年、今日は心が解けるか、明日思いが離れるか、

あわれ栄華の身にしたい、娘に着飾らせて自分も安心の楽隠居、願わくは家運長久、

子孫繁盛、ともかく身の上に凶事が無いようにとの親心に引きかえて、今日身を捨てる

か明日こそと窺う心に怠りはないが人目の関守に暇はなく、七年の時が経ってもまだ

籠中の鳥であった。

                 十五

 お父様、勘蔵、ばあやには特にいろいろご苦労をかけました。今思うと恥ずかしやら

お気の毒やら、幼稚な心で後先考えずに無分別なことをしましたが命運あって、難なく

助かったことを嬉しいとも思わず、理由もなく義理立てして心苦しく、芳様のお後を

追おうと思うことは何度もありましたが、命が二つもあるかのような軽々しい考えで

した。今までのことは後悔と悔しさばかりでこれからの身が大切になりました。死ん

人への操立てなどばからしい、何にもなりませんしいつまでも一人でいることが心細く

なりました。こうなるとなぜ昔お言葉に背いてまで嫌がったのか自分の心がわかりませ

ん。お母様なしの手一つで育てていただいたのにご苦労ばかりおかけしました上の上

に、何年もお心を休ませなかった不料簡、不孝のお詫びとして今後さっぱり芳様のこと

を思い切って、どちらでも縁組をしてくださいましたら従います。勘蔵もばあやも長い

間のお心遣いをたいそうお気の毒でした、私の心は今言った通り迷いの雲は晴れたので

これまでの気持ちは一切ありませんからご心配くださいますな、とさすがに心弱ったの

か後悔の涙を目にためてお高はこう言いだした。

 長年心配った甲斐があってやっとこの言葉に安心したものの運平はなおも油断をせず

に立ち居振る舞いに目を注いだが、お高は言葉に違いなく眉の憂いもいつか解けて今迄

までとは打って変わったまめまめしさ、父のもの我がもののみならず手代や小僧の衣類

の世話をし、縫いほどきまで気を遣ってうきうきとしている様子に、本当に後悔して

嫁に行く気になったかと運平のみならず内外も者も思うようになり、安心しはじめた。

 ところで気になるのは松澤夫婦の身の上、芳之助が生きていた時でさえ台所の煙は

絶え絶えだったのに、今はどうやって日を送っているのか。若い息子に死に後れるはず

だった病は癒えたとはいえ、わずか手内職の五銭六銭で露命を繋ぐことはできないだろ

う。不思議なことだと尋ねると末世の世とはいうものの、なお陰徳者がいないわけでは

ない、その薄命を憐れんでの恵みに浴して生活の苦労はないと言う。それはまたどこの

誰なのか庇護されている夫婦でさえも知らないのに、他の誰がわかるものか。怪しむべ

き、尊ぶべきこの慈善家の名前も言わず心情も言わず、義理のしがらみをそれと知るの

はただ一人、お高の乳母だった。忍びながら貢ぎ物を人手から人手に渡して元は誰かを

わからないようにする用心、昔気質の一刻(頑固)を立てて通そうとするご遠慮ご心痛

おいたわしや、右も左もご苦労ばかり、世が世ならばお嫁様がお舅様に孝行するのに

ご遠慮もいらないはずですのにと、ある時泣きながら言うと、お高も涙を流して「私の

心を知るのはあなただけ、芳様のことは思い切ってもご両親の行く末が心配です。明日

にも私が嫁に行ってしまえば自由がきかなくなります、その時の頼みはあなた。お父様

のご機嫌をよく取って、松澤様との仲を昔通りにしてほしいのです。これだけが頼みで

す」と両手を合わせて伏して拝む。亡くなった芳之助を悼まないわけではないが主人の

身の上はもっと気遣わしく、陰になり日向になって意見した数々がようやくわかったの

か、今日この頃は涙も心も晴れて縁にもつこう、嫁にも行こうと言い出したので喜び、

七年越しの苦労が消え、安らかに眠れるようになって幾晩経ったか、ある朝強い風が

吹き抜けて枕が冷えるので目覚めると縁側の雨戸が一枚外れており、並べた寝床はもぬ

けの殻だった。あっと飛び起き蹴倒した行灯提灯がふっと消え、乳母の涙声が慌ただ

く、嬢様が、嬢様が、

 変わらぬ契りの誰なれや、千年の松風颯颯として、血潮は残らぬ草葉の緑と枯れ渡る

霜の色、悲しく照らしはじめる月、何の恨みや弔わん、ここ鴛鴦の塚の上に。

(難しいので)永遠に変わらぬまごころ、月が照らす相思相愛の二人の墓。

 

樋口一葉「別れ霜 四」

     

        初めて見る蝶を撮って調べたらサカハチチョウというものらしい。

                   十

「それは何かのお間違いでしょう、私はお客様とは知り合いでもなく、池ノ端からお供

したのに間違いはありませんが、車代をいただくよりほかにご用はないと思いますので

それを伝えて車代をいただけるようお願いくださいませんか」と一歩も動かない芳之助

に女中は笑いを含みながら「お間違いやらなにやら私らにはわかりませんが、お客様の

が車夫に用があるから足を洗わせて部屋に呼んでくれとおっしゃったことは間違いない

のでともかくお上がりなさい」と足を洗う湯を汲んできた。それでは冗談ではなさそう

だ、嘘でもないとしても不思議なことだ、誰が何の用があって自分に会いたいと言うの

か、親戚や友人からもまで顔を背けられる自分に、一面識もなく一言も話したことの

ない、しかもご婦人が所要とは何事だろう、会いたいとはなぜか、人違いと思えば訳も

ないが、ここかしこと言って乗り回した不審さだけでも怪しいのに頼みたいことがある

から足を洗って上がって欲しいとはこれほどわからない話もない。どうしたらよいのか

と佇んだままためらっていると女中はもどかしげに急かして、お客様はさぞお待ちかね

です、お会いになれば訳は分かるはずですからまあまずお行きなさいと手を取って立ち

上がらせたので、では参りますから手をお放しください、たぶん人違いだと思うがお目

に掛れば疑いも晴れることでしょう、案内をお願いしますとはっきり答えながらも心の

うちは依然漠々濛濛(はっきりしない)、静かに足を拭いてではと入ると、さすがに

商売柄燦燦と屋内を照らす電灯の光につぎはぎの針の目がよく見えて、極寒の夜なのに

背中に汗が流れる思いで苦しい、お客様は二階ですと連れられた梯子の一段、また一段

浮世の憂きを知らずに上り下りしたこともあった。その時のお酌の女が自分の前から

離れずに喋々しく(にぎやかに)もてなしたものだったが、その女がもしいたら合わせ

る顔がない、ここには昔の友達が遊びに来ているに決まっているが、何かの拍子に自分

を見つけて引っ張り込まれ、あれこれ話してしまったらいろいろ知られて恥になると

思うと、なぜ上がってしまったのか、今更ながら無駄なことをしたと思って胸が騒ぎ

足は震えた。よく知った梯子を登り切って右手の小座敷、お客様はここですと示して

女中は急いで降りて行った。障子の外にしばらく立っていたがきりがないと身を低くし

て静かに開けて座敷に入ると、頭巾と肩掛けに全身を覆っていた人の姿が明らかになっ

た。寝ても覚めても忘れない自分の半生の半身、二世(来世も)の妻新田の娘お高だっ

た。芳之助はそれを見るなり何を思ったか踵を返して急ぎ出ようとする、お高は走り寄

って無言でつかむ帯の端、振り払えば取りすがり、突き放せばまといつき「芳様お腹立

ちはごもっともですがほんの一時、長くとは申しません、申し上げたいことがあるので

す」ととぎれとぎれに、目に涙をためて引き留める手は細いが、懸命の心は蜘蛛の糸

何千筋、力なき力を払いかねて五尺の体はよろめいたが、必死で荒々しく突き放し、

「お人違いでしょう、あなたのお話を聞くような者ではありません、池ノ端からお供し

たの車夫には何のことやらわかりません、車代をいただくほかにご用はないはずですの

でご冗談はおやめください」と言い放ってすっと立てば「芳様あんまりです、そのお心

ならば私にも覚悟があります」と涙を払ってきっとなるお高、「おもしろい、覚悟とは

何ですか。許婚の約束を解いてほしいならそれはこちらからも願うこと、回りくどく

申し上げるだの候だのあれこれの回りくどいことはご無用、後とは言わず今目の前で

切りましょう、他人になるのは簡単です」とあざ笑う胸の内に湧くのは何か、お高は

涙顔で恨めし気に「お情けない、まだそのようなことおっしゃるとは。できるものなら

この胸を断ち割って中をお見せしたい」

                 十一

 次に会うのはどこの辻のどこそこで、必ず待っていてくださいと約束して別れたその

夜のことは誰も知らないので安心だが、安心でないのが松澤の今の境遇、大体は察して

いたもののそれほどまでとは思いもよらなかった。その難儀も誰のせいかと言えば自分

の親であることがうらめしい、聞いてくれなくても諫めてみようか、いや、父はともか

く勘蔵というものがいる以上下手なことを言い出しては疑いの種にならないともいえな

い、おためにならないばかりか彼と会うこともできなくなってしまえばどうにもならな

い、しかるべき道はないかと思い迷う心を包み隠して目の色にも表さないが、出嫌いと

知られたお高が昨日は池ノ端の師匠、今日は駿河台の錦野と駒下駄を直す日が多くなっ

たのが不審といえば不審であったが、子故に暗いのは親の眼鏡、運平の邪心にも娘は

いつまでも無邪気で子どもの伸びるのは背丈だけと思っているのか、もしやという懸念

もなく、仲のよかったのは昔のこと、今の芳之助に愛想が尽きないものがいるものか、

まして娘は孝行者で親の言いつけに背くはずもないので心配無用と、勘蔵が注意をして

も取り上げもせずに、錦野の申し込みもちょうどよい時だった、有徳の医師だというし

故郷には少なからぬ地所を持っていると聞くので娘のためにも自分のためにも行く末

悪い縁組ではないなどと、折々漏れ聞く腹立たしさ、たとえ身分が昔通りでなくても

認められた夫のある身には忌まわしい嫁入り話など聞くも嫌なこと、表向きの仁者

(徳ある)顔も何かの手段かもしれないし、優しげな妹もあてにはならないことが度々

あった、毒蛇のような人々を信用している心に何を話しても無駄だが、このままにして

おけば悲しい日が来るのは目前だ。聞かせて心配させるのも悪いがやはり頼みは彼の

力、男の知恵でよい考えがあるかもしれないと思い立てば心はあせるが落ち着いて、

「友達の誰様がご病気と聞きました、特別仲のよい人だったので是非お見舞いに行きた

いのですが」と許しを請うと、お高のいつもの優しさなので運平は疑いもせずうなずい

て、「それなら早く行って早く帰りなさい、病人の所には長くいるものではない。お供

に女中を連れて行きなさい」と気を遣うと、「いえそれには及びません、裏通りを行け

ばすぐそこです、女中も家のことで忙しいのにちょっと行ってすぐ帰るのにお供など

大層なこと、支度も何もいりませんのでこのまますぐに」と身支度をして庭を出ようと

すると、「お嬢様今日もお出かけですか、どちらへ」と勘蔵がぎろりとにらむ目が恐ろ

しいが、臆してはならないと無理に笑顔を作って愛らしく、「今日も、とは勘蔵ひどい

わね、今日はと言わなければてにおはが違いますよ」とほほ笑んで何気なく家を出て、

約束の辻を行き返りながら待てども待てども今日はどうしたのか影も見えない。誰かに

聞くわけにもいかないし、自分の家を知られるのは恥ずかしいので来てくれるなと場所

を教えてくれないが、すでに錦野でうろ覚えながら聞いている。お怒りに触れたらそれ

までだが、空しくもの思いしているよりはいっそお目にかかってから何とかしようと

決めて妻恋下へ、あてどもなくここの長屋、あちらの長屋で雲をつかむように尋ね歩い

た。松澤というかどうかわからないが老人の病人が二人いる若い車夫の家ならこの裏の

突き当りから三軒めの、どぶ板のはずれたところだと教えられた。日も暮れて薄暗く

なり、迷う心も暗くなる、何と言えばいいか悩みながら戸の隙間からのぞくと家内の

痛ましいこと、頭巾肩掛けに身を包んでいるが目からこぼれ出たのは紅(美人)の涙。

                十二

 老いては僻むものというが、ましてや貧苦にやつれ、人は恨めしく世はつらく、明け

ては嘆き暮れては怒り、心の晴れ間がないのでそれほど重くもない病気も治る気配は

ない。枯木のような儀右衛門夫婦の待ちわびているのは春ではなく芳之助、「それに

しても帰りが遅い、よい客があって遠くまで行っているのか、それにしてももう帰り

そうなものだ。日没前に一度は様子を見に帰ってくるのに今日はどうしたことか」と首

を伸ばす心は外にいるお高も同じ、路地の入口を振り返りながら家をのぞいて、芳様は

まだ帰っていないようだが相談したいことは山のようにある、お目にかからないでは

戻るわけにはいかない。それにしてもご病人たちを抱えた暮らしが身一つにかかって

いる芳様はさぞご心配だろう、本当ならご両親の看護をすべき身なのによそ事に聞く

心苦しさに湧く涙を呑みながらのぞく戸を内側から開いたのは、見違えはしないが昔の

面影も残らぬ芳之助の母の姿。待っている人ではない人が佇んでいるのに驚いて、物も

言わずに見つめる目も弱くなったのか不審げにどなた様かと聞かれるのもつらい、お高

は頭巾を手早く取って「お忘れになりましたか」と取りすがって泣く。我が子ではない

が縁ある人なので、母は女の弱い心で「おお、お高か、いえお高様かどうしてこのよう

な所へ、どう尋ねておわかりになったのですか」とおろおろした涙声を聞きつけていざ

り出てきた儀右衛門はくぼんだ目できっと睨み付け「そこで何を話している、夕方は特

に風が冷たいのに風邪でも引いたら芳之助に済まないぞ」、言葉を聞いてお高は恐る

恐る顔を上げ、「ご病気ということを人づてに聞きましてお怒りに触れるとは思いまし

たがご様子がうかがいたく、出にくいところを繕ってようようの思いで参りました。

お父様におとりなしを」としおしおと言い出したが母が取り次ぐ間もなく儀右衛門は

あざ笑って聞こうともせず「それはまた、こざかしくいろいろなことが言えたものだ、

父親に仕込まれてのことだろうからその手にはもう乗らぬ、余計な口に風邪を引かせる

前に帰りなさい、真面目に聞くものはこの家には一人もいない、婆様も鼻毛を読ませる

な」と憎々しげに言い放って見返りもしない。「それはごもっとものご立腹ながらこれ

までのことは私はつゆほども知らなかったのです。申し訳の一通りをお聞きいただいて

昔の通りに思ってください」と詫びる言葉も聞き入れず、「何を言うか、父親の罪は

知らないので今まで通り嫁舅になりたいとは聞いて呆れる、考えてもみなさい人でなし

の運平の娘を嫁にする芳之助と思うか、もし芳之助がすると言ってもわしがいる以上

嫁にすることは毛頭ならぬ、汚らわしい、運平の名を思い出しても胸が煮えくり返る、

ましてその娘を嫁になどとは思いもよらないこと、言葉を交わすのも忌まわしい、早く

帰れと言ったら帰れ、ええ何をうじうじ、婆様そこを閉めなさい」と言葉遣いも荒々し

く怒りの色がすさまじいので母は見かねて、「それはあまりに短気です。この子の言う

ことも一通りは聞いておやりになりませんか」ととりなすのを睨み付けて、「お前まで

が同じようなたわごとを、もはや何事も聞く耳はない、お前が追い出さなければわし

が」と止める妻を突きのけて、病み衰えても老いの一徹、上がり框に泣き崩れている

お高の細い腕をつかんで押し出した。「お慈悲を、一言でいいのでお聞き入れくださ

い」と詫びて泣いても何の容赦もない。荒い言葉に怒りを込めて「嫁でも舅でもない、

赤の他人が来る家ではない、何を言われてもう会わぬぞ」はたと閉めた雨戸の敷居、

くちし(朽ち、口惜しく)は溝か、立端(立場)もなくわっと泣きだした(のは空の

闇を縫って飛ぶ烏の声)。

樋口一葉「別れ霜 三」

                                                七

 いらいらするのは、散会後に来ない迎えの車。待たせておいてもよかったが、他にも

待つ人が多いので遠慮して早めに来るように言いつけていったん返したものを、どう

しているのだろうか。まさか忘れてこないのではあるまいし家だっていつまでも迎えを

出さずにはいられまい、例の酒癖が出てどこかの店で飲み潰れて眠り込んでしまったの

だろうか。それならなおさら困ったことだ、家でも心配しているだろう。こちらのお宅

にもご迷惑だしどうしようかと思っている中、降り続く雪も心細い。

 蠟燭を灯した二階の部屋に一人取り残されているのは新田のお高、音楽の師匠の催し

に浮世の仕方なさ、断れないものでもなかったがつらいのは義理のしがらみ、是非にと

言われてこの日の午後から、着飾った心の内を聞かれれば涙しかないのだが、薄化粧を

して苦労の跡を隠し、友の無邪気なおしゃべりを笑いながら聞く心苦しさ、痩せた手首

をつかまえて「おうらやましい、お高様の手の細いこと、お酢でも召し上がって(当時

も痩せたい人は酢を飲んだらしい)いるのですか、教えてください」と真面目に聞くの

で、笑うどころかその無邪気な心がうらやましくなる。

 その人たちが帰ってしまってから一時間ばかり、待つには長い時間だがまだ車の音は

門口に聞こえない。放っておかれるならまだよいが「お茶をどうぞ、お菓子をどうぞ、

まだ夜も遅くないですからお迎えもそのうち来るでしょう、ごゆっくりしてください」

ともてなされるほど気の毒で耐え難くなり「いつまで待っても来ないようですので、

申し訳ありませんが車を頼んでいただけませんか」と女中に頼むと、「それはたやすい

ことですが行き違いにお迎えの車が来るかもしれません、もう少しお待ちください」と

渋々言うのは探しに行くのが面倒なのだろう。それも道理で雪の夜道を無理には頼めず

心ならずもまたしばらく、二度目に入れたお茶の香りが薄らぐ頃になっても音がしない

ので、「来るか来ないかあてになりませんし、あてにしていたら際限がありません、

行き違いになってもよいのでとにかく車をお願いします」と無理に頼み込むと、師匠は

もっともだと気の毒がって「でしたらもうお引止めしません、お帰りになるのにあまり

遅くなってもいけませんから車を大急ぎで呼んできなさい」と主人の命令には仕方が

なく階段を駆け下りて行ったが、勝手口を出た傘の上に雪の積もる暇なく帰って来た。

「出入りの車はすべて帰ってしまい、誰もいません、お気の毒ですが」と女中の言葉

を伝えて「どうしましょうか、このような日ですからお泊りになったらよろしいけれ

ど、お宅は大丈夫ではないですか、心配がなければ明日の朝お帰りなさい」と親切に

引き止められたがそうもいかず、「雪は降ってもまだ遅くありませんから」と帰り支度

をしていると「では誰かお供に連れてお行きなさい、歩かせるのが申し訳ないのですが

この辺では車を見つけるのはちょっと難しく、大通り近くまで行かないと無理でしょ

う。家にいても火鉢のそばを離れられないのに夜風に当たってお風邪を召さないでくだ

さい、失礼などといわずここで頭巾をかぶりなさい、誰か肩掛けをかけてあげて」と

総がかりで支度をしてもらいお礼を言う暇もなく「遅くならないうちにお急ぎなさい、

中途半端に引き留めなければこれほど積もらないうちに出られたのにお気の毒なことを

しました。お詫びはまたそのうちに」と送り出された。子犬の声も恐ろしいが、送って

くれる女中が大柄でたくましいので心強く、軒下伝いに三町ばかり行くと「ご覧くださ

い、あの提灯はきっとお車ですよ、もう少しのご辛抱です」と引く手も引かれる手も凍

り付くようだ。喜んで近づいて見ると相当にひどい車、声をかけた女中も後ずさりして

「もう少し行きましょう、あまりのこと」と小声で言う。降りしきる雪の中お高は傘を

傾けてふと見返ったとたん目に映ったのは誰なのか、ぼろを着て髪を伸ばし放題の若い

車夫、お高は夜風が沁みたのかぶるぶる震えて立ち止まり、「この雪では先へ行っても

あるかないかわからないので、何でもよいです、この車をお願いします」と急に足が

重くなった。「え、こ「んな車に乗るのですか、こんな車に」と言うが、お高は軽く

うなづいて黙っている。自分も雪の中難儀であるので言われるままにその車を頼んだ。

それにしても不似合いで、錦の上着につぎはぎの袴を着けたようだと心の中で笑いなが

ら「ごきげんよう車屋さんよく気をつけてくださいね」と見送った。

                   八

 走り出した車、しかし降り続く雪が車輪にまとわりつくのか、車の動揺の割には距離

ははかどらず、万世橋に来た頃には鉄道馬車のらっぱの音もすでに絶えて、京家(時計

店)が十時を報じる鐘の音が空に高く鳴った。「万世橋まで来ましたがお宅はどちらで

すか」と梶棒を持ってたたずむ車夫、車上の人は声低く「鍋町まで」とただ一言。車夫

はそれ以上聞くこともできずに力を込めて引き出した。

 霏霏と(激しく)降り暟々と(真っ白に)積もる雪の夜の景色に変わりはないが、

大通りはさすがに人足途絶えず、雪に照りかえる瓦斯燈の光は亮亮として(明るく)、

肌を刺す寒気の堪え難さからか車上の人は肩掛けを深く引き上げているので、見えるの

は頭巾の色と肩掛けの派手な模様だけ、車はどこから見ても破れ車、幌は雪を防ぐのに

は足りず、洋傘で必死に前を覆って行くこと幾町か、鍋町は裏の方でしょうかと見返る

と、いえ鍋町ではありません、本銀町ですと言う。ではと走り出してまた一町、曲がり

ましょうかと聞くと真っすぐにと答えてここにも車を止めさせないで、日本橋まで行き

たいと言うのでなんだかわからないまま言葉通りに行く、河岸に着いたら曲がってくだ

さいと言われても右か左か、左へ、いえ右へとまた一町、お気の毒ですがここを曲がっ

て真直ぐに行ってくださいと小路に入った。しかしそこは突き当たり、他に曲がるとこ

ろもないので、お宅はどのへんでしょうかと聞こうとしたところへ、なんとしたこと

間違えました、引き返してくださいとまた後戻り、大路に出れば小路に入らせ、小路を

縫っては大路に出て、どのくらい走ったか回ったか蹴る雪に轍が長く後を引いて、また

元の道へ戻ってきた。薄暗い街角で車夫は茫然として、仰せの通り参りましたら元の道

へ戻ってきてしまいました、お間違いではありませんか、ここを曲がると先ほどの糸屋

の前、まっすぐ行くと大通り、裏通りと仰せでしたが町名は何と言いますか、それ次第

ではわかりましょうと聞いても車上の人は言葉少なく、とにかく曲がってみてくださ

い、確かこの道だと思いますと梶棒の向きを変えさせた。御覧なさい、やはりここは

元の道ですがよろしいのですかといぶかしむ車夫の言葉に、あらここは違いました、

一つ後ろの横町がそれかもしれないとあいまいな返事、ではと引き返す一町、ここでも

ない少し先へと言う。提灯の火が消えて商家に火を借りたのも二度三度。車夫も道に

詳しくなく、またこの仕事に慣れてもいないので同じ道を行き返りして困り果てても、

強く怒って断りもせず、言われるままに走っている。夜はだんだん更けてゆく。人影も

ちらほらと稀になり、雪は一段と勢いを増して降りに降り、音といっては鍋焼きうどん

の細く哀れな呼び声と商家が荒く下ろす戸の高い音だけ。そして按摩の笛や犬の声が

小路一つ隔てて遠く聞こえるのもさらに淋しい。おかしな人だ、万世橋でもなく鍋町で

もなく本銀町を過ぎ日本橋にも止まらず、大路小路幾通りもどこへ行こうとしているの

か、洋行して帰朝すると妻を忘れる人があると聞いたが、この人も帰るべき家を忘れた

のだろうか。まだ年も若いのにばかばかしくもあるし不審でもある。今度は京橋へと

急がせる。裏道伝いに二町三町、町名はわからないが引き入ったところに二階建ての

看板の提灯がぼんやりと光っている。店主はいるのかどうか、入口には下駄が二三足、

料理番があくびをしていそうな店構えの割烹店があった。車上の人は目ざとく見つけて

ああ、ここです、ここへと急な指図に、はいと掛け声勇ましく車を引き入れて門口に

梶棒を下ろしほっと一息、中からは女中たちが口々にいらっしゃいましと出てきた。

                  九

 勢いよく入って客を下ろしてから気づいて恥ずかしくなった記憶にある店構え、今の

わが身には遠い昔ながら世の人にはまだ昨日というような昨年一昨年、同社中の組合や

会議、何某の懇親会に登った梯子段、それと知れば肩をすぼめてみる人もいないのに

急いで人から見られない暗がりへ車と身を隠して静かに考えてみると、自分が心やまし

いだけで、誰が覚えているものか、松澤の若大将と祭り上げられて上座に席を設けられ

た自分と、今のみすぼらしい恰好ではいくら顔に見覚えがあっても他人の空似、よく

あることだ、ましてや変わりに変わって雪と墨、いやもっと、雲と泥ほどかけ離れてい

るのだ、いかに有為転変の世とはいえこれほどの違いを誰がどう気づくものか。心の鬼

が(邪推)見知りの人目を厭って、わざと横町に道を避けて見られないようにする気遣

いしても他人には何とも思われず、すれ違って目が合ってもはっとするのは自分だけ、

わかってか本当に見忘れているのか知らぬ顔で行き過ぎてなでおろす胸にもむらむらと

感じるのは人情とはなんと薄いものか、吉野紙のように薄く見え透いた世の中だ。と

いって声をかけられれば身の置き場もないので声をかけて欲しくはないが、それでも

人情があるというものだ。声をかければ袖を振り切ろうとする構え、あざけるように

尻目にかけられることも悔しいがそれはひがみというものだろう。召使や出入りの者も

指折れば少なからずいるのだが誰一人として相談相手になろうと名乗り出る者はいなか

った。豊かだった時は親戚面をして押しかけて、幾代先の誰に何の縁があったとかない

とか、猫の子の貰い主までが実家のようにやってきて追従したものだ。槌(打ち出の

小づち)で掃く(金を振り出すので)庭石の周旋を手始めに引き込む工夫算段、そろば

んをはじけば知れているような割に会わない品にいくら上乗せしているのやら、上前は

懐中に入れ、ぬくぬくと絹物づくめなのは誰のおかげかとも思わず、おかげさまで建ち

ましたと空拝みした新築の二階建て、その言葉は三年先のアホウドリ(意味不明)か、

今の零落を高みから見下して大体意気地がなさ過ぎたのだと言ったとか、酷だと思うの

は心柄のせいで他人が聞けば適当な評だと言うだろう、分家に等しい新田にまで謀られ

るほど油断があったのは家の運の傾く時だったのだ。

 しかし憎いのは新田の娘、美しい顔に似合わぬ心、おそろいの紫袱紗(教科書を包む

のに当時流行った)で小学校に通っていた頃、年上の生徒とのけんかに負けて無念の

こぶしを握る自分と一緒に涙をためて悔しげに相手をにらんでいたこともあったのは

無心だった昔。自分は生まれつき虚弱で、軽くかかった風邪でも十日も二十日も新田を

訪問できなくなる。とあちらでも病人が出る、心配で食事ものどを通らずお稽古にも

行かないので、お前様一人のご病気で二人の病人が出るのですよと女中たちに笑われて

嬉しく聞いたものだった。今思えば取り立てて言ったのかしれたものではない。先日

錦野の玄関先で出会ったとき、美しく装った姿に自分からは言葉をかけられなかった

が、黙って通り過ぎたのは不埒ではないか、落ちぶれた身とはいえ許婚の縁は切れては

いないのにそのつもりなら立派にさっぱりと切ってやりたい。切れると言えば貧乏所帯

カンテラの油は今夜持つだけあるのだろうか、ただでさえ不自由にしている両親が

燈火が無くてはさぞお困りだろう、早く帰って様子を知りたいが、この客は気の長い

お方でまだ車代もくれずにいつまで待たせるつもりだろう。といって催促するわけにも

いかずどうしたものかとのぞいてみると、奥から廊下を歩く音がしたので顔を赤くして

思わずまた陰に入った。思えば待ちたいような待ちたくないようなことだ、車代を持っ

てくるのが万一知った顔の女中だったらどうしよう、言葉をかけられたらなんといえば

いいのか、恥の上塗りはしたくない、車代など知れたものだからもらわなくてもよい

このまま帰ってしまおうか、いやそれが欲しさにこの雪の夜に何時間も立っていたの

だ。恥も外聞も親に変えられるものではない。出てくるものなら誰でも来い、この姿に

何の見覚えがあるものかと自問自答していると、女中が金切り声で「池ノ端から来た

車夫さんはお前さんですか。」