2022-08-01から1ヶ月間の記事一覧

樋口一葉「わかれ道」

「お京さんいますか」と窓の外に来てことことと羽目板を叩く音がする。「誰だい、 もう早く寝てしまったから明日来ておくれ」と嘘を言うと、「寝たっていいさ、起きて 開けておくれ、傘屋の吉だよ、俺だよ」と少し高い声で言う。「嫌な子だね、こんな 遅くに…

樋口一葉「大つごもり 二」

石之助という山村家の総領息子、母親が違うので父親からの愛も薄く、これを養子 に出して家督は妹娘の中からという相談を十年も前から耳に挟んでおもしろくなく思っ ている。今の世では勘当(江戸時代のもの)されないだけ儲けもの、思いのままに遊ん で継母…

樋口一葉「大つごもり 一」

車井戸の綱の長さは十二尋、勝手は北向きなので師走の風がひゅうひゅうと吹き抜け て寒い。堪え難くてかまどの前で火をいじる時間が延びれば、薪少々のことで大げさに 叱り飛ばされる女中の身はつらい。 最初、口入屋のおばあさんから「お子様方は男女六人、…

樋口一葉「うもれ木 四」

八 百花に先駆けて咲く梅の花、鶯よ来て鳴け、花瓶が完成し我が家には春風が吹いて いる。四窯八度の窯の心配(一対の花瓶が完成するまで)、薪の増減や煙の加減、火の 色に胸を燃やし、温度に気を痛めて、ひびが入らないだろうか、絵の具が流れないだろ う…

樋口一葉「うもれ木 三」

五 床下のこおろぎが鳴いて、都大路に秋を感じる八月の末、宮城の南三田の近くの民家 二、三十戸を買い取って工事を急いでいるのは何だろう。立てた杭には博愛医院建設地 と黒々と記され、積み上げた煉瓦の土台に木遣りの声がにぎやかな中で四方に聞こえる …

樋口一葉「うもれ木 二」

三 十三の年より絵筆を取って十六年、この道一心の入江頼三は富貴を浮雲の空しいもの としていてもなお風前の塵一つ、名誉を願う心が払い難く、三寸の胸の中は欲の火が常 に燃えて、高く掲げるべき心鏡の曇りというのはこれだけだ。といって世に媚人に媚び …

樋口一葉「うもれ木 一」

さて「うもれ木」これはほとんど読んだことがない。幸田露伴の「風流仏」の影響を 受けているそうなのでこちらもいつか挑戦、できるかな…あ、いきなり両方とも羅漢で 始まってる。 一 一穂の筆の先に描き出すのは五百羅漢十六善神、空に楼閣を構え、思いを回…