2021-09-01から1ヶ月間の記事一覧

塵中日記

人しらぬ花もこそさけいざさらば なほ分け入らむはるのやま道 人に知られぬ美しい花も咲いていることでしょう、 ではさようなら、私はもっと春の山道を分け入ってみます わたつみの沖にうかべる大ふねの 何方までゆくおもひ成らむ 海に浮かぶ大きな船は、ど…

塵中日記

七歳の頃から手鞠まり遊びや羽子板つきよりも草双紙を好んで読み、中でも英雄や豪 傑伝の、弱きを助け強きをくじく正義の姿に大変感じ入り、勇ましくて華やかな活躍に わくわくしたものだった。そして9歳になった頃には自分の一生を普通に終えることが 嘆か…

塵之中

「落ぶれてそでに涙のかかるとき人の心の奥ぞしらるる」(落ちぶれた時こそ人の本当 の心を知るものだ)とはよく言った言葉で、不自由のなかった昔、私は人はみな情け深い ものだと思い、それはいつの世も変わりはないと信じていたが、生きることの困難は 世の…

塵之中

白く紅葉する木があった。今年は何の木か確かめたい。さてとうとう塵の中へ… 15日より家探しに出る。朝日がまだ出ない内から和泉丁、二長町、浅草まで足を 延ばし、鳥越から柳原、蔵前辺りまで行った。その方角にしたのは、立派な店構えなど は願わず、よ…

につ記

6日 晴れ。芳太郎君が来た。奥田の老人も来たが、暑気当たりなのか大変弱っている ように見えた。 7日 母は田部井さんのところに衣類の売却を頼みに行く。「書画など売ってもとてもまと まった金にはなりそうもない、持ち主が愛蔵してこそ価値があるが、興…

につ記

人は決まった収入がなければ平常心ではいられない。懐手をして(何もせずに)月や花 の間をさまよっていられればよいが、日々の食べ物がなければ天寿を全うすることも できない。文学は生計のためにするものではない。思いの馳せるまま、心の赴くままに 筆を走…

につ記

27日 雨 28日 号外があり「北航船鼎浦丸が難破し八戸鮫浦字大久喜に漂着。乗組員は一人も見えな い。おそらく三番艇と同じ終末となったと思われる」とある。悲しむべきことだ。 29日 曇り。どうにも困って伊東夏子さんに金を借りに行くと快く8円貸して…

につ記

北国の花はものすごく咲くなあ…シュウメイギクってぽつっと咲くものだと思って いた。春のタンポポのでかさ(余談だがアリも)、ハルジョオンの咲き方もすごい。 皐月3日 明け方より大雨が車軸を流すように降った。母は例の血の道で寝込んでいる。朝星野 天…

しのぶぐさ

12日 小石川に先生を訪ね、田中さんも訪ねる。話はいろいろあったがどちらも頭の痛い ことだ。3時頃帰宅。雨が降り出した。 13日 夜更けまで母に叱られる。親不孝をしたくないと常々思っているのにお心にかなわ ないことばかりで悲しい。 14日 小説の…

卯月1日 上野さんが清次さんを道連れに来た。日没少し前に帰宅。この夜本郷通りに遊びに 行き、「文学界」の3号が発売されているのを知った。今日から「読売新聞」を取り 始める。 2日 芦沢さんが来た。終日雨。夜が更けてから車軸を流すように降った。こ…

よもぎふにっ記

21日 午後『文学界』の平田という人が訪ねてきた。邦子が取次ぎに出たので、年取った人 かと聞くと「いえ、まだ若い人です」と言う。気が進まないが会う。高等中学の2年生 で平田喜一という日本橋伊勢町の絵の具商の息子で21歳であるとのこと。何の用で来…

よもぎふ日記

萩の舎の発会は26日だ。ゆううつなことが多いので行きたくないと思っていたが、 まだ世の中に立ち混じらなければならない身なので思い直して出る。みなは午後から 来るのだが、私はいつも通り午前中から行って支度を手伝う。小石川から先生と一緒に 車を連…

よもぎふにっ記

ピントは合わない、風は吹く、花の向きもおかしいから見苦しいけれど、 咲き始めのゆうすげとわたすげ、道造好きには憧れの花を始めて見た。 8日 空は雲ってとても寒い。こたつを昨日からやめたのでひとしお寒い。 9日 起きると空は晴れていたが、垣根の下…

よもぎふにっ記

26年1月1日 大変のどかなお天気で、門松の緑の千歳を祝い例年通りお雑煮を食べる。昔の三が日 は年始の客で台所仕事が忙しく、羽根つきをする暇もないと恨んだものだったが今は 来る人もない。母は近所に年始回りをしてくると、こちらにも老母や奥さんな…