通俗書簡文 十四

   家を売りたい人の年老いた召使いに

 昨日お垣根の外からお庭をのぞきながらも伺うこともせずに行き過ぎてしまいました

ことをご存じでしょうか。なんと痛ましく荒れてしまったことか、まさかこれほどとは

思っておりませんでしたので、とても心細く思っていらっしゃるだろうとよそながら

袖を濡らしました。ご門をくぐろうかとは思いましたが、ご主人様にお目通りすること

がいかにも心苦しく、申し訳ないことと知りながらそのまま行き過ぎてしまいました。

折からの秋風でお障子の上の破れがすさまじい音を立てるのが、表から見てもあらわで

すので隠れようもないと思っているだろうと、あの優しくもの恥ずかし気な奥様のお気

持ちを考えますと会っても何も言うことができません。このような中でお暮しのお慰め

とも頼りともなるあなた様のお心配りはいかばかりでしょうか。このほどおっしゃって

こられた、お家をいよいよお手放しにならなければどうにもならないとのこと、あまり

急ぐと今の世の人は心弱い人を助けることがないですから、玉を瓦と言い下げて自分の

利のみを謀ることでしょう。まして世話人という者が手をかけましたらひどく浅ましく

憎いことをするに違いありません。私もさまざま考えて、よい人がいたら相談しようと

心がけてきましたが、さてこの人にはと打ち明けられるような人がいないもので思案に

余っております。倅が少し大人びて世の役にも立つようにもなりましたら、人手を借り

るまでもなくお為になることができるのでしょうが、このほど打ち明けてくださいまし

た、お財政がたいそう派手やかなりし頃の名残のご衣装など、私どもの少々(の金)で

済むことではありませんからこちらの小倅のやせ腕で何ができましょう、ただ集まって

お噂をして嘆いているばかりですが、よその人にはどう思われていますでしょうか。

お殿様がいらっしゃいました世では浅からぬごひいきをいただいて、亡き良人など数知

れず助けていただきましたのに、及ばずとも今のお身の上にできる限りのお力添えを

したく心を砕いております。私の知人の中で昔はそうでもなかったのですが今は北陸辺

りで名の聞こえる財産家になり、今年新しく多額納税の貴族院に昇った人がいて、この

十一月の末頃、議員招集の前までに必ず上京されるそうです。この人は男気のある人で

頼まれごとがあったら後には引きませんでしたが今はどうでしょうか、三年ばかり前に

会った時も若いのにかかわらず涙もろくいらしたので、いらっしゃったらお身の上を

よくお話しして、引き渡した後は(家は)小さくとも静かにお暮しになって、お手すさ

びの編み物の教授でもして、ともかくものどかに世を過ごせるくらいの額を整えて出す

ようにさせたいと思っていたのですが、このほど聞いたところではすぐにも譲りたいと

思し召しだということでした。それはどうしても得策ではないと思いますので返す返す

失礼なことばかり並べますが、もしこの一月ほどお待ちになるのにお差支えがあるので

したら、そのくらいのことは何とでも致します。昔ながらの鷹揚な風に慣れていらっし

ゃいますから、私どものような隔てない話をこのように聞かせましたら失礼だと思われ

るかもしれませんので、言葉よく取り繕ってこの旨お聞かせくださいますよう、同じ

思いで胸を痛めておりますので、浅はかかもしれない知恵を顧みずにあなた様に申し

上げます。

   同じ返事

 昨日ご覧になって通り過ぎて行かれたとのことですので、初めてのように申し上げて

も煩わしいでしょうが、お返事をしたためようと筆を取れば涙がただただこぼれて、

最近の様子を思いやってくださる人に知ってほしく、しばしの憂さをお話ししようと思

います。お文にありましたように奥庭の垣根などは浅ましく破れてしまい、私の田舎の

弟が来ました時にともかく繕うようにと申しつけましたがこの男は不器用で、ご覧に

なったようにまばらに結ったので大路から(見ても)軒端まであらわになったので悔し

く、お障子の際に屏風を立てておきました。そうすれば南向きですのでとても温かく、

奥様はいつもこの部屋で縫物やそのほか取り散らかしていますのを、人が見ても気にも

なさらなくなっておりますが、昔ながらの私は何かもったいないような心地がいたしま

すなどと人が聞けばお笑いになることでしょうし、あなた様もお笑いになるでしょう。

このような昔者がお付添いして大層にお仕えしておりますので、今の世の様がいよいよ

わからなくなってこのようにやるかたないほど落ちてしまいましたのは、半ばは私の罪

でございます。先日あなた様をお訪ねするまでは何事も自分の胸一つで苦しんで、老い

ては何かと物の理解も疎くいよいよ戸惑って子供にも劣ります。眠れぬ夜の床の幻に昔

がよみがえり、前の殿様がお若衆姿で黒羽二重のお振袖に優美な繻子のお袴で乗馬の

お稽古をされるのを見ていた時もあり、奥様はまだ姫様と申し上げてお稚児髷が美しく

絞りの襷が華やかな、勇ましい薙刀を使っているのを見たこともありました。驚いて

目覚めては、このようなありさまでどのようにお仕えできるのかと急に胸が轟くように

なって長く思案するのも耐えられずに寝ているような覚めているような、おぼつかない

まま夜を明かすこともしばしばでございます。このような甲斐のない老人を頼りだと

思ってくださるほどの奥様ですから、何もかもを推し量り憐れみくださる古いよしみに

縋り寄って、よろしいことでしたらまだしもこのような次第をご覧に入れることは主の

ためには申し訳ありませんが、他でもないあなたに打ち明けお頼みしましたのでした。

そうしましたらなんと昨日のお文、お志深くさまざまお考え下さったことの嬉しさは

もちろん、奥様もただ涙ばかりでございました。どのようにでもひたすらお頼み申し

上げます。額につきましては申し上げましたように難しいことですから、売り払うこと

さえ叶えばそれ以上という望みはありません。まだ残ったお道具などもありますが、

ささやかな所へ引きこもった後まで蒔絵のものが散らかっているのも見苦しいですから

これらも取り添えてことごとく新しい世を迎えたいという気持ちです。全てお取りはか

りくださいますようお待ち申しております。

 

   友の驕りを諫める文

 この春の花盛りにご宴会を催すとのことでわざわざ人をよこしていただきましたが、

思うところがあって伺いません。お舟遊びや何やらとご趣向を凝らして人目を驚かせる

ようなことなどもあるとのこと、招かれて行くのは嬉しいようですが、私はどうしても

ご同意することができません。昨年までは毎日のように伺って、今日はご馳走するもの

がないから夕飯をあがらずにお帰りなさいとおっしゃられても無理な我儘を言って、

自分でお櫃を棚から取り下ろし、お母様のお小言を聞きながら箸を取ったこともありま

した。あの時いただいたお湯漬けの結構だったこと、今お前様が八百善や何やと取り

並べてご馳走してくださるに増してどれほどおいしかったことでしょう。私がずっと

訪ねないことを少しはお心にかかって、どうしてご無沙汰しているのかお考えでしょう

か。それとも忘れてしまっているのでしょうか。どちらでもよいですが私は申すことだ

けは申したいのです。思えばお母様がいらした頃のお宅の様子は、誠に世間のお手本の

ようで私などはお近づきでいることが身の栄誉だと思い、人にも話して自慢をしており

ました。たった一年、まだ指を折れば三百六十日にもならない今日この頃の毎日のお振

る舞いはどうしたことでしょう。結局あなたはまだ世の中のことをご存じなく、人が

褒めることがいいことだと思って、陰で謗られていることに気がつかないからの過ち、

お姿が派手になっていまさらの島田髷を人は三十振袖と言っているのですよ。一昨日私

の親戚が歌舞伎座に見物に行ったとき、高土間五つを取り払わせたお宅のご一族全盛の

様子を見たそうですが、特に目立ったのはあなたのお姿で、近江屋の後家様のお形見か

と昨日ここへ来て逐一語ったことでした。お母様がいらした頃には芝居は春秋二度の

見物、それも質素に平土間をお取りになり、おかかりは大方(予算は大体決まってい

た?)の定めだったことはいつもご一緒していました私が知っております。もし金蔵に

唸り声が聞こえて土台石に金剛石を据え置くほどの身代だとしても、無駄な驕りの末が

栄えたとは聞いたことがありません。このことをよくお考えになってお身持ちを堅固に

して昔のあなたにお立ち返りになるよう願っています。そばに番頭殿もお女中頭のお富

士さんもいながらこれを止めないのは私はいかにもいぶかしく感じられます。絶えて

お伺いしないのは私の心が変わったのではなくて、あなたの周りのありさまがどうして

も拝見するに忍びないからです。だからこそこのようにご無沙汰していますが心はいつ

もあなたのことだけを心配しています。今日はどうしているのか、昨日のご様子はこう

だったと逐一聞き込んでおります。筆よりは口でとは思いますが、芸人などがたくさん

周りにいて変におもしろおかしくしている中で苦いことを申し上げるのもいかがかと

差し控えてお文でご覧に入れます。まだ申し上げたいことはたくさんありますが、こち

らがいちいちお身の上の詮議立てをして証拠を取り並べてもどうなるものでしょう。

ただ昔から仲良しだったあなたが世のもの笑いになっていくことが悔しくて、それだけ

を申し上げたく、人に意見されて行いを改めるなど大嫌いなご性分であることは昔から

知っておりますから、お怒りに触れれば私はこのままお目にかかりませんし、一生憎ま

れても少しもお恨みしませんので、お心一つで思い返して、なにとぞご家業に精を出し

て陰で指を差されないようになってほしいと祈っております。

  

   離縁したいと言う人に

 ただいま寺参りから帰って娘に聞けば、先ほどお前様がいらしてしかじかとお話が

あったと、思いもよらないことで驚いております。もはやお子達も大勢いらして今さら

恥ずかしことなど起こることもなく、内輪もめというのは池の面のさざ波と同じように

絶えずあるようには見えてもたいしたことではないものです。なるほど始めの頃に比べ

ればご無理もおっしゃいましょうしわがままなお小言などおもしろくないこともあるで

しょうが、それは親しくなってご遠慮がなくなったから、隔てがなくなったからこその

お打ち解けなのですから深くはお心に留めない方がよろしいのです。旦那様がこの頃

しきりにお酒を召し上がり、気が荒々しくなって外出がちになったとのこと。このよう

な時にあなた様から丸からぬことを言い出せばこと破れてどのようなことになるでしょ

う。言い古された言葉ですが覆った水が器に帰らぬように戻ることは難しくなります。

お子様たちをどうしようというのですか、もとより相生の松は名ばかりで夫婦は離れも

の、縁が切れたらそれきりになってしまうとは誰もがよく申すこと。その時何であのよ

うな短気なことを、そこまで怒らなくてもことは済んだのにと後々悔やむことが恐ろし

いのです。こちらは仲人の身ですから、偏ってお前様だけが悪いとは言いませんが、

ただ女同志の打ち解け話は一割損だと思ってご辛抱することです。まだあなたは夫婦

お二人でお姑様もいらっしゃいませんから何事もお気楽なのですよ。こちらは長年の

辛苦、それはずいぶんと話の種になるようなつらいことでしたが、何とか過ごせば過ご

せるもの、このようなおばあさんになり、子供たちに面倒を見てもらうようになって

その頃の取り返しができました。何事もお子達を思って短気はご無用にされますよう

に。今娘から話を聞きましたがとりあえずお文を参らせます。そのうち顔を見て色々

申し上げますが、くれぐれも今日おっしゃったようなことはいつだって言ってはなりま

せんよ。早まっては取り返しがつきませんから。

   同じ返事

 つまらないことを言い出しまして、お心配をおかけしましたことを恥ずかしく思いま

す。ご存じの通り心安いままわがままを言って、人の親にもなって子供のようにわけも

ないことをいたしました。さきほど伺いました時お留守でいらっしゃいましたので、

申し上げずに帰ろうかとは思いましたが胸がもやもやとしてやるかたないままお嬢様に

お話をしてしまいました。それは心得違いだとお嬢様にもご意見されましたが今考えれ

ばらちのないことですが、本当に後先考えぬ短気、立ち返って見れば自分ながら思案の

ほどがわかりかねます。今お詫びのお文を出そうと思っていましたところにご心配くだ

さってのご郵便、いよいよ恐れ入って身が縮むようです。仰せの通りこぼれた水は元に

戻らず、再びこの家に帰ることができなくなったらこの子たちを見ることもできなくな

るような情けないことになり、考えても身の毛がよだちます。もうあのようなことは

申しませんからなにとぞなにとぞ里の両親にはこのことは内分にしておいてください。

いらぬ心配をおかけするのが心苦しいのと、二つには弟の嫁に私のことを見下げられる

のが恥ずかしいので。お詫びにはいずれ近い日に伺いますが、お礼ながらもうあるまじ

き考えなど持っておりませんことを申し上げたく、ざっと書きました。