通俗書簡文 十

   家を買うことを人に頼む文

 かねてお話し申し上げておりました総領娘の分家のこと、親戚との相談がやっと整い

ました。近々一家を構えさせたいのですがいまだに相応の家が見つかりません。あなた

様はお手広くご交際されていらっしゃいますので、どこかに心当たりはございませんで

しょうか。場所が高台であれば特別な好みもありませんが、地所付きで蔵があれば望む

ところです。大体二千円を越えないほどで考えておりますが、それらをお含めになって

なにとぞ、お心掛けくださいますようお願いいたします。詳しくはいずれお目にかかっ

て、まずは右のお願いのみ。

   同じ返事

 拝見いたしました。ご長女様ご分家のご相談が整いましたとのこと、かねてお話の

あったお婿様をお迎えする為いろいろご心配していたご様子でしたが、このようになり

まして重々おめでとうございます。お申し越しのお家のこと、谷中にいる知り合いが

近々故郷に帰ることになって、家を始めそのまま売り払いたいとのことです。一昨日聞

いたところですのでお約束はできませんが、この家ならば大体のお好みに合うのでは

ないかと存じます。蔵もあり、地所もあり庭木などはずいぶん心を入れたものです。

ただ値段が少し高いかと思いますのでなお聞いてみます。建坪や間取りなどほかの細か

いことは例の粗忽者のことでよくわからないのですが、そのことも調べて図面を御覧に

入れるようにいたします。お気にかなうようでしたらご一覧されますよう。みっともな

いというほどではありませんが長屋が二棟ついていたと思いますの合わせて申し上げま

す。詳しくはよく調べたうえ申し上げますが、お急ぎとのことなのでさしあたって心に

浮かんだものをお知らせいたします。

 

   遠くへ行った友達に写真の交換を頼む

 毎日お目にかかっていてさえ飽きることがないと思っていたのに、これほど遠ざかっ

てしまっての毎日、とても懐かしくやるせないです。一日の内に二度も三度も、この頃

どのように面変わりしただろうか、前からお母様に似ていらしたけれど、田舎暮らしで

お心がのびやかになって頬のお肉が豊かになったのではないだろうか、それとも背が高

くなると共になで肩がますます細くなって、誰やらが見たてた枝垂桜の朝景色を思わせ

るようになっているのではないかなどといろいろ恋しく思っています。都をお離れに

なる時に何とか一枚はと願っていたのに、後で後でと言い逃れられてしまってそのまま

お写真のお恵みもないので、ひがんで故なくお恨みいたします。時々いただくお文を

毎日取り出してはお言葉をいただいている心地でいますが、面影が見えなければ物足り

ないようで、遠い雲のはるかな(人となってしまったような)思いです。お文の言葉通

り今もなお(私のことを)思い起こしているというのならなぜお姿を惜しむのでしょう

か。お慎み深い心からなのはもちろんですが、他人でない私になぜそのようなお隔てを

なさるのですか。こちらでは手箱に秘めてゆめゆめ人には見せず、一人で眺めて一人で

大事にするのですからお許しになってくださるなら、こちらの見苦しいものをお送りし

ます。いつくしんでくださいとは言いません、お机の引き出しかお針箱の隅にでも紛れ

こませて下さったら少しも恨みはありません。早くお返事をください、面影を拝せる日

はいつかいつかといつまでも待っています。

   同じ返事

 お文で繰り返し繰り返し仰せいただいたのに差し上げなかったらお怒りに触れるでし

ょうが、といってあさましい田舎者になり果てた姿をご覧に入れるのはつらいのでどう

しようと思っておりました。ありし頃ご一緒に学校通いをした朝夕に傘を差して日焼け

を嫌ったその私ではなくなってしまったことは推し量られるでしょうが、見苦しいから

と差し上げなかったらかえって失礼にあたりますね。都を去って以来お知らせしました

ような家の様子、父さえ筆から鍬に変えて、そこまでしなくてもと人々に言われながら

も、その時々の世過ぎだと言って立ち働いている中、絹はんけちで顔をぬぐっている

わけにもいかず、白粉などはもう幾月手に取りませんことか。都にいた時は田舎者は皆

歳より老けて見えておかしいなどと嘲っておりましたが、本当に人は所柄で、郷に入っ

ては郷に従えということです。この辺では二十歳を過ぎて肩揚げしている娘もなく、三

十女の緋縮緬の襦袢の袖などかけても見ることはありません。ちょっと荒い縞物を着て

もすぐに人が見とがめるようなところですから、ひたすらくすんでしまった今日この頃

の私のありさまをご覧になったら驚くことでしょう。したがって面変わりはこの差し上

げます写真でご覧くださいますよう、それでも仕方ありません、思う心はその昔よりも

増して忘れるはずもなく恋忍んでいますから、もしこの面影が見苦しくても、だからと

いって飽きられてしまうような軽いお付き合いではなかったと思い返して、このような

浅ましい姿をご覧に入れます。人に逆らうのはいけないというのはいつものあなたの

お教えですのでこのような時があればなおさら守りますから、ぜひこのお取替え(の

お写真)を早くくださいね、こちらにだけ求めるのはお人がよいとは言えませんよ。

 

   奉公人の代わりを求める文

 その後お変わりはありませんでしょうか。ご様子を伺いにと思いながら久しくなって

しまいました。召し使っている仲働きの竹が、故郷の親が病気になったと迎えの人が来

て十日ほど前に暇をやったままなので、ものの不自由のみならず小間使いは年がいかな

いし、お勝手で働く女は少し耳が遠いので人様とご挨拶することができないのでつい家

を空けることができず、思いながらもご無沙汰してしまいました。さてそれを先にお許

し願って、お頼みしたいのはこの竹に代わって家内の隅々まで心遣いしてくれるような

女を一人抱えたく、仕事が少しできて行儀作法のある二十歳から三十までが望みです。

顔も少しは見苦しくない方がよいですがこれは欲の上でしょう。いつか抱えた黒あばた

の女のように夕方いらしたお客様が声を立てさせるような程でなかったら、どのようで

も細かいことは言いません。非常に気の強い賢い子よりは少し鈍くても真面目に働く子

が欲しいです。給料は年二十円、風呂は家で立てますが髪は自分で結わせる決まりで

す。もし相応な人にお心当たりがありましたら、なにとぞお世話してくださいますよう

お願いいたします。お出入りの多いあなた様ならではと、失礼も顧みずお願いいたしま

す。ご存じの通り心遣いの足りない私は竹の手ばかりを待っておりましたので、急に

面倒が増えて一日も早く代わりを求めておりますので、お願いのみ。

   同じ返事

 久しくいらっしゃらないのはどうしてかと思っておりましたが、こちらでも不時の

り込みごとなどがあって、何くれと紛れて暮らしお伺いもせずにおりましたが、お召使

いの竹さんが急にお暇をいただいて故郷にお帰りになったとか、人手が足りずご不自由

でいらっしゃることでしょう。万事細かいことを気にされるあなた様のご面倒が推し量

られます。ちょっと置いた走り使いでもいなければ困るものなのに、まして十年近くも

お使い慣らしてお家の中をことごとく知り尽くして、何も言わなくても整ってお気楽で

したのに急にいなくなってはどれほどお差支えでしょうか。真面目に勤める代わりをと

の仰せ、本当に現代風の小ざかしいよりは少し鈍に見えてもその方がはるかにお使い

よいものです。心がけてしかるべき人がいたらすぐにお目見えいたします。知人にも頼

んでおきますが、急いでとのことでさしあたっては思い寄りませんので、もし急に人手

がご入用の際はこちらの女中をいつでもお手伝いに伺わせます。お答えをかねて右申し

上げますので、ご遠慮なく仰せくださいませ。

 

   品物の借用を頼む文

 かねがねご心配いただきました良人の病気は次第に快方に向かい、家の中では人手を

借りずに歩けるようになりました。明日床上げの真似事をして、お見舞いくださった

方々に心祝いのお赤飯を差し上げたいと思っていますが、新所帯でまだ何も整っておら

ず、お重などの用意もなく、袱紗のふさわしいものもありませんのでどうしようかと

困っています。ほかならぬあなた様には日頃の家内の様子を打ち明けてお聞き願い下さ

っていますので、お恥ずかしいことですがお笑いにはならないと思います。これらの品

の拝借をお許しくださいましたら大助かりです。かさねがさね我儘を申しますがいつか

お道具を拝見お願いしました時、これは次通り(?)だとおっしゃっていました如輪の

お重を拝借願えましたら晴れがましいことです。お梨地のものや定紋付きのものはあま

りにお見事過ぎてかえって恐れ入りますので。お袱紗も上等でないものでお願いいたし

ます。なお午後からは本当に親しい方だけをお招きして粗酒を差し上げたいと思って

おりますのでご夫婦様ご一緒においでくださいましたらありがたく、そのお願いを取り

添えてよろしくお願いいたします。

   同じ返事

 旦那様のご病気がいよいよ快方に向かい明日はお床上げされるとのこと、一時はとて

もご心配されたご容体でしたが、このように早く回復されたのは全くご看護がお手厚か

ったからだと失礼な言い方ですが感心しております。なお、お軽はずみのないよう、

あなた様に如才はありませんが、例えにもある老婆心をお聞き置きくださいましたら

嬉しいです。お重のことはよくおっしゃってくださいました。お互いないものはなく、

あるものはあると打ち明け合えることが頼もしく、そうでなければこちらからも願い事

を申し上げられません。定紋付きは好ましいものではないので出しませんが、梨地の方

はそのようにご遠慮なさらないでどんなことにもお使いくださいませ。仰せの如輪杢と

一緒にお使いに持たせます。こちらは隠居ですから祝儀不祝儀どちらにも関わりがない

ので、今はこのようなものが必要な時もなくただ蔵の中に押し込めておりますから、

急いで返すには及びません。そのままお留め置きになってもお気になさらないでくださ

い。明日の午後は何某の歌会に必ず出席する約束があり、隠居はそちらへ参りますの

で、私だけがご馳走をいただきに上がります。そのほかのこといろいろはその折に。