通俗書簡文 五

      諸橋近代美術館 いつ行ってもいいけれど今回は今までで一番よかった。

 

   雷鳴激しかった後に友に送る

 ようやく生き返ったようになりましたがそれでもまだ震えながら文をしたためていま

す。先ほど雨雲が空を覆い始めた時は、昨日は空しく過ぎてしまった夕立がやっと来る

と頼もしく、しばらく天気が続いて寒暖計は百度に近くなろうとしていましたので、

涼しくなるだろうと窓に寄って眺めていましたら冷たい風に木の葉が騒いで、それっと

雨戸を繰り出す間もなく天の川をさかさまにしたように降り出した様子が心地よく、

胸が開くように思いましたが、雨戸の隙間からきらめき入る稲妻の電光が目を射るよう

になるに合わせて轟渡る雷のすさまじさ。日頃は気が強いのが自慢の女中さえくわばら

(魔よけのまじない)を唱え出し、妹たちは母の膝にすがって泣き騒ぐので家の中でも

鳴り出したかと思うほどでした。三度目と五度目はとりわけ恐ろしく、きっと近いとこ

ろに落ちたのだろうと思われました。今は名残なく晴れ、日光はさやかに松の梢を照ら

し、鳴き出した蝉の声などすべて夢から覚めたようですが、前の川を流れる水の音が

荒々しく聞こえてまだ涼しくなったことを嬉しいという気持ちにはなりません。あなた

はいつもいつも恐ろしいもののうち(雷を)地震の次に数えていますのでさぞかし驚い

て、枕元にお香を焚いて蚊帳の中に隠れていたのではないかと思うと胸が騒ぎます。

頭痛は起こりませんでしたか、今の空のように晴れ渡っていたら嬉しいですが、ご様子

が心配なので、とりあえずお見舞い申し上げます。

   同じ返事

 お心にかけてお尋ねくださってありがとうございます。今さらながらですがいつもの

心弱さ、子供だってこんなことはないと今日も兄たちに笑われました。人々が集まって

お茶などを飲んでいた時でしたので、最初の内は心強いふりをしてお給仕などしており

ましたが、三度目の激しかった時には魂が身から離れたようになり、どんな様子だった

のか何も覚えていませんが、奥の四畳半の蚊帳を吊ってあったところへ駆け込んで、夜

の物を引き被ってそれからは何もわからなくなりました。今女中達が言うのを聞くと、

顔色が失せてこの世のものとは思えなかったそうですが、いつものことなので晴れて

しまえばいつもと変わった心地もせず、この涼風は例えようもなく嬉しく、お礼がてら

伺わなければと思うのですが、ちょうど兄たちのお友達がおいでになっているので台所

が忙しく、女中たちを手伝わなければなりませんのでお手紙での失礼をお許しくださ

い。このようなことですので決してご心配なく、がんばってこの癖を治そうと心がけ

ます。

 

   避暑に行く人へ

 都は日増しに暑さが激しく、団扇の風もぬるいように思えるので山の麓の風に吹かれ

る浴衣の裾がうらやましく、さぞかし仙人というもののようなお気持ちでしょう。昨日

お留守のお宅に伺うと召使のお園さんが最近来た手紙の様子を聞かせてくれ、旦那様や

奥様がお出ましのところには蚊というものが一つも出ないのだそうだとびっくりして

おりました。それだけでもわざわざ逃れて行った甲斐があるものだと存じます。最近世

に知られるようになった温泉だとのことで、お知り合いもそれほどお出でがなく、うる

さいこともなさそうですね。旦那様は物慣れた方ですので何事も難しく思うことなど

ないでしょうがあなたは初めてですので、何か難しいことがあったら一週間もいないで

帰るとおっしゃっていましたが、もうご逗留が二週間にもなったのはきっとお気楽な

毎日なのでしょう。たまにはお文をいただきたく、お留守宅ではお園さんがいつもの

ように何事もまめにとりはかっていることですのでお座敷には塵一つなく、昨日伺った

時には庭先の草をしきりに摘み取っておりました。ご秘蔵の万年青も日々丹精に洗って

いると見えて、艶がひときわ増しています。猫の子も大きくなって昨夜は鼠を一つくわ

えて初手柄だったとお園さんの話しておりました。あれこれ取り集めて。

   同じ返事

 湯あたりしたのかその後体調がすぐれず、こちらの医者に薬を整えてもらうなどして

いましたので到着のお知らせをしたままでご連絡せず、今お文をいただき恐縮していま

す。留守宅の見回りをお願いしましたので、お暇のない中おいで下さって厚く御礼申し

上げます。この地の景色は山も水も大変面白く、歌などを詠む人ならばしかるべく誂え

てお文でご覧に入れ、日記をものすることもできるのでしょうが、そのようなことに

慣れておりませんので、ただ涼風をあくまで貪って、これを東京への手土産にしたいも

のだなどとできないことを言っております。蚊には驚きませんでしたが、もっと驚いた

ことは季節に咲く野辺の花が時もわからないかのように咲き乱れていることです。昨日

山の上まで連れて行ってもらいましたがその時に手折った花の中で見慣れないものを、

お借りした本の中に挟んでおいたのでやがてお目にかけます。知り合いも二人三人は

来ていて、東京の人だということであまり田舎臭くもない、芸者でもない女を呼んで

三味線を弾かせる催しに二、三度招かれました。夫がいただいた休みも後一週間になっ

たのであと五日もしたら帰るつもりですのでお礼から何からその時にお聞かせします。

少し涼しい思いをしてたくさん暑さの苦しみを受けるのかと今から侘しがっています。

ざっと書きました。

 

 秋の部

   残暑見舞いの文

 今年はとりわけ残暑が厳しく、荻に吹く風も秋とはまだ思えません。毎日氷を命と

して暮らしております。あなた様のところではお年寄り方お子様方お変わりなくご機嫌

よくいらっしゃいますか。ご総領様はもう学校が始まったと思いますが、ご通学の道が

ご心配なことでしょう。夏の頃から引き続く例の病がこのほどいよいよ勢いを増したと

新聞などでよく見かけます。お宅は広くて空気の通りがよく、いつもきれいに掃除が

行き届いてご養生家でいらっしゃるからご心配はないでしょうが、外出の際などはご用

心ください。暑い暑いといってももう少しのことでしょうから、なにとぞお大事になさ

って、暑気払いに泡盛を二瓶贈ります。お見舞いまで。

   同じ返事

 心のこもったお見舞い並びに暑気払いにと思し召しの二瓶をありがたく頂戴いたしま

した。仰せの通り名のみは秋に入りながら萩の下葉に露を置くどころか、団扇を少しも

置くことができません。とはいえこちら一同幸いに残暑の障りもなく、老人たちもいた

って健やかですので、恐れ入りますがご安心ください。ご心配くださる総領は常々ひ弱

な質なのでもう少し通学を休ませろと年寄りもやかましく、体には代えられませんから

青山の実家へしばらく遊びにやりました。これにもご心配なく、いずれお礼に参ります

のでよろしくお願いいたします。お使いを待たせましたのでお返事のみ。

 

   帰省した人が秋になっても帰らないので都の友から

 こちらにとどまったのは私一人で、校内の方々のほとんどはお故郷に暑さを逃れて

いますので、お留守のなんと淋しいこと、親のない不幸が嘆かれます。特にあなた様は

ご両親様ご兄弟様はもちろん祖父母様までいらっしゃるとのことですので甘えるお膝の

数が多く、この一月を一夜の夢のように過ごしたのでしょう。それに引き換え私は日頃

からあなた様一人を頼りにして一日の内にお知恵をお借りすることが一度や二度でなく

過ごしてきましたので、このほどの長さは十年ものようでした。明後日から学校の授業

も始まりますので今日あたりまでにはご帰郷するだろうと指を折って数えていました

が、まだそのご連絡がなくどうしていらっしゃるのかと心配で、もしこのお休みをきり

として帰ったままというおつもりでしたら私だけには密かに教えてくださってもいいも

のなのに、何も音沙汰がないのはいつもお約束していたようではありません。学校の

ほかにもいつものお稽古が今日あたりから始まるのに、私はあなた様が戻らない間は

お稽古に行きません、一人では何の張り合いもなくつまらないですから。

 都はまだ暑さが去らず、屋根の瓦に照る陽射しは頭の上に(直接)当たるかのような

寄宿舎で、今も一人つくづくと考え、いろいろな愚痴が湧きかえるまま筆に任せて書き

ました。そちらはさぞ涼しいことでしょう、こちらと比べてみて下さい。このように

暑い中行くところもなくあなた様一人を待ち暮らしているのに、お仲のよい御兄弟様親

御様方の元にいつまでも甘えていらっしゃってこちらの淋しさを思ってくださらないの

はあんまりです。申し開きがあるなら早く早くお戻りになって、お顔を見て承ります。

あなたのお口から聞くまでは承知できませんから。

   同じ返事

 お返事は私が帰ってからお詫びを申しますがまだ四、五日はこちらを離れられません

のでお文にします。私が帰省した折は何事も知らず、ただ親が子を思う気持ちという

もので、都に一月いるよりも同じ遊ぶなら手元に呼び寄せて蕎麦でも食べさせたくて、

待っているという文がしきりに来たのだろうと思っていたのです。帰って様子を見れば

本当にあなた様がお察しの通りこれを機会に再び都に出さないように、あなた様にも

お話ししていた内々のことを取り決めてしまっておりました。しかしこのままここに

留まっては今まで都に出ていた甲斐がありませんし、何事もみな半ばで差し置くような

ことになってしまいますので、生意気なようですが思うことを両親や姉に話して、なに

とぞ来年学校を卒業するまでは、おひざ元で孝養できないことをお許しくださいと心を

込めて頼みました。ではあと一年の時間をやるから卒業したら必ず帰ってくるようにと

いうことでようやく出ることができるようになりました。このたびのあれこれはお目に

かかった時にお聞きください。後一週間もしないでまた机を並べることができますの

で、その間取り締まり(舎監)への連絡をよろしくお願いいたします。

 

   草花を添えて人の元に

 蛍を追ったのは昨日のことのようでしたが残る暑さもいつしか消えてしまい、朝夕の

風が本当に秋だと思われるようになりました。市中を離れた私の方は、夏の暑さもそれ

ほどではなかった代わりに秋のつゆけさ(湿っぽさ)が勝っていると思い、もの寂しい

ような気がいたします。することもなく手すさびに萩、桔梗、女郎花などを垣根の内に

作っていつ咲くかと心待ちにしておりましたがこの頃やっと咲き始めました。萩は花が

少なく、女郎花は丈が高すぎたりとあまり美しくもないのですが、さすがに野育ちだと

さる方(あなた)に憐れんでいただけましたら嬉しく、一枝づつ手折って贈ります。

この尾花の穂のように出て(いらっしゃる)ようお招きの心も推し量ってくださいま

せ。遠里小野(萩の名所)ではありませんが、虫の声を聞きにいらっしゃいませんか。

前の小川に網を差して魚を取る子供など風流なこともありますよ。

   同じ返事

 軒から軒へとが重なり、大路に出なければ空も見られない下町の住まいでは、花屋が

持ってくるよりほか秋の色を見ることができずにいるところにお手植えの七草を、とり

どりの美しさを惜しまずいただいたありがたさ。直ちに花瓶に差して一人で嬉しがって

おります。お宅のご様子はいろいろお聞きして、うらやましさは限りありません。私も

上の娘に婿を迎えましたらそのような静かな所へ、別荘などと言う大層なものではなく

少しは何か植えられるような空き地のある所へと常々願っておりますが、今だ世の役を

し尽くしておりませんので、面倒な中で暮らしています。仰せがなくても一晩ご厄介に

なりたいとお願いしたく、虫の声も聞きたいものですが、私が店に立つことはなくても

男主がいないと店の者の手抜かりなどに気を配ることが多く、墓参りのほか出かける

こともできずかたつむりよりなお劣っていることをお笑いください。しかしながらこの

ほど娘の縁組が大体整ってきましたので、まだ内々のことですがこれさえ済めば問題な

く出かけられる身になりますので、そのうちうるさいくらいにお邪魔させてください。

子女郎櫛(?)を少し、いつもの葭町のものでお返しには似合わないものですがご覧

ください。

   

   野分見舞いの文

 昨夜の大嵐にお障りはありませんでしたか。ようやく雲が収まり陽射しが出てきまし

たので少し胸が静まる心地なりました。この頃ないような大荒れでしたね。家の裏に

あった栗の木が二本とも根を逆さにして倒れてしまい、もう少しで離れの屋根に覆い

かかるところでしたがそれて幸いでした。風向きはどうだったのか西から北から、南か

ら振り回すかと思うようで家の中は船にいるのと同じようでした。しかし私の家は平屋

で地所も低いところにありますのでそれほどの被害はありませんでしたが、あなた様は

高台の二階建てですのでどのようだったか、塀や垣根など損傷があったのではないかと

心配でお伺い申し上げます。書き乱れておりますが。

   同じ返事

 早速人を通してお尋ねいただきありがとうございます。仰せの通り昨夜は生きた心地

もしませんでした。戸や障子のきしむ音や塀垣根の倒れる響き、屋根も柱も引き抜かれ

持っていかれることだろうと覚悟しました。ちょうど主人が昨日の土曜から一晩近郷の

秋を探りに旅に出ており、留守には老人と女子供ばかりでしたのでどうしようかと、今

まで感じたことのない恐ろしさでしたが、出入りの者が集まって来て家に支えをし、

屋根に物を置くなど甲斐甲斐しくお世話してくださいましたので少し心強くなり、明け

方からはしっかりしてきました。今朝見ると倒れたのは周りの塀と垣根だけで、門前の

長屋も裏の物置も破損というほどのことはなく、大騒ぎしてと笑われてしまいました。

お宅の栗の木が折れてしまったとのこと、惜しいことでした。私の方の柿の実も全て

落ちてしまい傷ついたものも多かったのですが、少しでも満足なものをと思って選びま

したのでお子様たちのお慰めに差し上げてくださいませ。くれぐれも、ご同様に事なく

済みましたのは何よりでございました。旦那様にもよろしくお礼を申し上げてください

ませ。私の良人が大自慢の、今年咲いたらあなた様方に来て見ていただこうとお約束

していました菊は折れた木の下になって浅ましい姿になってしましました。これだけが

惜しく、(良人が)帰って来ましたら誰に罪を負わせることでしょうか。