通俗書簡文 六

  

   月見に人を招く文

 今夜の月の光はどれほど増すことでしょうか。浅緑(水色)の空に今朝から塵ほどの

雲さえ見えないのは、浅ましいほど今日の晴れを願った志をどこかの神様が叶えてくだ

さったのかと空を仰ぎ拝んでいます。お知らせしましたように末娘のお末が今年十五に

なり、世のことわざに、この年今宵の月が明るかったらその人の一生は幸運であるとの

こと、旧弊ですが子を思う親の気持ちは闇ですので、はかないことを頼みにして、ちょ

うど琴の奥許しをいただいたこともあり、そのお祝いも兼ねて月見の宴を催したく、

仰々しく申し上げても大したこともできずにお恥ずかしいのですが、東に向いた二階で

麁(粗)酒をお一つお出ししたいと思います。娘の祝いだと思っていらしてください

ましたらありがたく、他には琴のお師匠様やお仲間のお友達が三四人、伯父や伯母の

ような人々が来ます。夕方より必ず必ずお待ちしております。

   同じ返事

 何年ぶりでしょうか、珍しく晴れた今日の空を、何事もなくても喜んでいるところに

添えてお祝いの御宴(おさかもり)を催されるとのこと、つい最近までお子様のように

思っていたお末様が今宵の月と同じく三五(十五)になることを思えば、明るい月光に

自分の額のしわを数えてみなければならないほどお子様たちのご成人は早いものです。

早くからお琴をよくされると伺っておりましたが、いつしか奥許しになったことはご当

人はもとより御母君様のお喜びをお察しいたします。今宵はさぞ玉がほとばしるような

お爪音を聞かせていただけることを楽しみに、必ず御席の端に連なります。今から思っ

ても気持ちがよいのは、美しい月が昇るのを琴の音を聞きながらお宅のお二階の欄干

より遠く眺める心地です。お末様のご運と共に光り増すべきことは疑いない空だと喜ん

で、お返事まで。

 

   雨降る満月の夜、友の元に

 浮き雲がかかっていると知りながら今朝までもまだ願っていましたが、昼過ぎる頃

から怪しげな雲が湧き出でて夕方からははらはらとこぼれ落ちてきました。今は浅まし

い空模様になり、おびただしい雨音を聞いていますが、なお恋い慕う心のせいで今にも

雲が晴れてさやかな月が昇るのではないかと思われて、家の人々からばからしいと笑わ

れながら一人窓を開けて眺めています。月がさやかならばあなた様にもお願いして月百

首とまでは行かなくても五十題くらいはと小さい紙に選んでいたのが空しくなったこと

が悔しいです。また月のさやかな秋は巡り来るでしょうが、人の身の上は測り難いので

悩みが深くなりそうなまま今夜の名残をとどめておきたく、選んでいた題を御覧になっ

てご詠じてくださいましたら嬉しく、雨の中の月など怪しげなものに思われるかもしれ

ませんが。

   同じ返事

 お近くに居ながらこの雨で出られず、お招きいただいていたものを、晴れていれば今

頃はお二階のすだれを巻き上げて、お池の面には秋のさなかの影(十五夜の月)が澄む

中に踊るお魚がはっきり見えたのに、物惜しみする雨雲が大空を自分のものにして、

一年に一度の月を見せてくれない妬ましさ。あまりに悔しいまま、中秋無月の恨みを心

限りに書き付けようと今墨を磨ったところです。そこへお使いが濡れながら持ってきた

お文を拝見すると大変優しいお心入れ、仰せの通り雨中の月も風情があるものだろう

と、その数にはとても及びませんがお巻物の端に加えていただきますのでご覧いただき

たく、お使いを長くお待たせするのも心苦しいので走り書きでお見苦しいですが。

  

   茸狩りに誘う文

 秋もやや寒くなり、やがてしぐれる山の端の紅葉を思うとともに一緒に遊んだ松林の

様子がしきりに恋しく、茸は今年も同じく盛んだろうと急に思い立ちました。ご同意

くださいましたら日を取り決めてあちらの田舎の人に頼めば喜んで待ってくれると思い

ますので、お返事くださいますようお願いいたします。

   同じ返事

 茸狩りを思い立ったとのこと、お誘いいただき大変嬉しいです。昨年もお供してその

おもしろさを初めて知りましたので、楽しみの数が一つ増えたように思い、秋が待ち

遠しかったのです。草に隠れていたものを思いがけず見つけた時の嬉しさ、数を競って

負けまいと思う勇ましさなどを思い出すままに心が動きます。月曜と木曜は茶の湯

絵の稽古日、日曜は父が一日家にいて手回りのことなどいろいろ言いつけられますので

出ることが難しく、そのほかの日でしたらいつでもお供いたします。あまりにわがまま

ですが仰せに甘えてお返事いたします。

 

   菊を植えたと聞いた人に

 惜しいことに香りだけでも風が持ってきてくれればよいのに、今日までその花を作ら

せていたと聞かせてくださらなかった恨みはさて置いて、今朝私の家で庭の手入れを

させようと呼んだ植木屋の男が思いがけず菊の話を始めて、その人が出入りする何某様

のお屋敷は珍しい大輪の菊を作っていて、その道の人でも驚くようなお仕立てで、この

ようなものはまだ見たことがないともてはやしているのを聞くともなく聞いていました

ら、そのお庭の様子がどうもお宅のようだと思いました。試しにそのお屋敷は何某様で

はないかと聞くとそうだとのことでますますお花の見事な様子を話し続けました。これ

を知らない人はなく、もてはやされているものを今まで見に来いとの仰せもないのは、

高くすぐれた趣きを持っていない者だとお思いなのでしょう。花と聞いたら馬に乗って

でもと勇み立つ私です。せめて下(菊から滴った)露に千歳の齢を延ばしたく、強引な

お願いを申し上げます。

   同じ返事

 よく仰せ下さいました。花の面目が立ってありがたいですが、噂は次第に大きくなる

ものですのでご覧になったら驚かれるのではないでしょうか。ごみ溜めのような裏庭に

心ばかりの手をかけて、曲がりかけたのを少し留めるくらいのことをしたものです。

お噂が見事過ぎて、今さら自慢顔で来てくださいとお願いするのも恥ずかしいのです

が、我が子を誉められた親心と同じで少々自慢したく、菊見の宴などと大げさなことは

言いませんが、最近新築しました茶室で粗茶でも飲もうかというお気持ちでお越しいた

だけましたらどれほど嬉しいことでしょうか。今日まで申し上げなかったのは私の怠り

ではなく、差し控え過ぎたのです。では明日の午後お待ちしております。

 

   菊の盛りに年賀する人へ

 お母上様のお喜びのお祝いをされるとのことで、私ども夫婦二人をお招きにあずかり

ありがとうございます。その日は必ず伺おうと今から楽しみにしております。折も折、

お庭の菊まで盛りとのことで誠に千歳の例(菊の露を飲むと不老不死となる)も空しく

ないことです。これを始めとして幾百年をお重ねいたしますようにとお喜び申し上げま

す。あなた様をはじめご兄弟様方皆様がのどかにお栄えになり、お孫様もたくさんいら

して末広がりであることを、大変お健やかに見えるお母上様もどれほど嬉しくお思いか

とうらやましく、ほんの片隅でもあやかりたく、その御筵(祝いの席)に連なることが

できるありがたさは言葉に尽くせません。わざわざ緋緞子の褥(座布団?)に菊の模様

を選んだのは千歳を重ねての祝い心、「ぱんや」(綿の一種)というものを入れたのは

少しでも冷えから守るためです。普段使いにお使いください。言い尽くせないことを

申し上げます。

   同じ返事 

 恐れ多くもお祝いをいただき、周りの房の素晴らしいことに驚かされ、一同捧げ持っ

て拝見いたしました。増して母はお気遣いをありがたがって何度も眺めては喜んでおり

ます。体は元気ですが歯などは抜け落ち、心は子供のようになっておりますので赤い色

を喜ぶ様子を見ると我々も微笑まれます。厚く御礼申し上げます。先日申し上げました

ように庭の菊をご覧になりに、その日は必ずお越しください。大したこともできません

が、七十というのは稀な年齢だと世に言われるのが嬉しいので、子供たちで形ばかりの

ことをいたします。古いお馴染みの方々に粗酒を差し上げて、鶴の毛衣のように重ねて

この度のお礼を申し上げたいと願っております。

 

   紅葉の便りを山里に問い合わせる文

 様々なことに取り紛れて思いがけなくも長くご連絡しませんでしたが、お変わりなく

家事に励んでいらっしゃることだろうと嬉しく思っています。この春お父様がご上京さ

れた時に大変よいお婿さんを得て娘も自分も幸せだと喜んでおりましたが、常々あなた

は孝行でしたからお婿様も同じように考えてのことだろうと嬉しく思います。若いのに

似ず手堅く働いているとお聞きしましたが、辛抱強いあなたと一緒に作り上げていく

身代はどのくらいになろうかと今後が頼もしいことです。こちらも中の娘にしかるべき

ご縁があって、今年中に嫁がせるつもりですが、幼い頃からあなたにもわからずやを

言って甘え、いたずらをして困らせたりと遠慮なくしていた名残で今でも心安く思って

いて、お仕事(農事)の暇ができたら着物の相談などをしたいとわがままなことを言っ

ております。そのこともあり、いろいろお忙しい時ではありますが、いつものくせで

秋の景色を一段と見過ごすことができず、薄霜がかかるのを見るといつか見たあの山の

ことばかり思い出されてどうなっているかと恋しいので様子をお知らせくださいました

ら嬉しく、晩稲の稲刈りなどさぞお忙しくされているだろうに心ないことを言っている

のではないかと思い返しながらも、なお遠慮なくお願いを申し上げます。大家のご隠居

様が一晩砧打ちする音も聞きたく、甘えたことばかりです。

   同じ返事山里より

 お文拝見いたしました。私こそ申し訳ないご無沙汰、もっと早くご機嫌伺いするべき

でしたのに春夏秋と三回の養蚕で少しも暇なく暮らしておりました。田の植え付けから

それに続く仕事などに紛れているうちに田舎者になり、いつしか筆不精にさえなって

思いがけなくも怠ってしまいましたことをお許しください。お宅にご厄介になっていま

した頃、手習いをしなさい、縫物を覚えなさいと面倒を見ていただいたおかげで今でも

仲間内で褒められますので、大変ご恩になったと常々親と話しております。それを忘れ

たかのような日頃ですが、私はゆめゆめそのような気持ちではなく、お暇をいただいた

ころに聞かせていただいた教えの数々を思い起こして、自分の分をわきまえることを

守り、良人にも勧めてただ働きに働いておりますので、人もひいきにしてくださいます

し、幸い洪水や日照りの害もないので田畑に心を痛めることもなく、養蚕をしてもよそ

より出来が多く糸の艶もよいと評判で、どれもこれも(あなた様の)おかげです。いつ

かお出で下さったとき家の後ろにあった物置のようなものを取り崩して、小さいですが

蔵の形をこしらえました。秋の初めに出来上がりましたのでその祝いに近所の人を招い

て日待ち(吉日に終夜祝宴をする)というものをいたしましたところ、父は例の、酔い

にまかせて我が子自慢を始め、(私が)汗が流れるほど誇っておりました。お恥ずかし

いことですが、老いた親の喜びが嬉しくていつかお聞かせしたいと思っていました。

来年までには隠居小屋を修復し、夏の暑い折にはお出でを待とうと思っていましたとこ

ろに紅葉のお尋ねのお便り。何のご遠慮もありません、そのようなご用を承るのを父も

私もこの身の名誉だと思っております。(紅葉には)まだ少し早いようでこの二十日過

ぎになるのではないかと存じます。なにとぞなにとぞお出でをお願いいたします。晩稲

の刈り入れもありおもてなしはできませんが、決してご遠慮なさらないでください。

稲こきなどご覧になったことなどないでしょうから、見慣れないものを見るのもおもし

ろいことと思います。牡鹿の声もこの頃盛りで、田舎の人は田を荒らしに来る憎いもの

としておりますが、お歌では大事がっておりますことがおかしいです。お嬢様のご縁談

がお決まりとのことで、おめでたいことは言うに及びませんが、あなた様がご安心され

たことを思い嬉しいです。今の忙しさが少し過ぎましたらお手伝いにお申し付けくださ

いますようお願いいたします。紅葉はあと十日後がよろしいでしょう、お返事まで。

 

   紅葉を見に誘う文

 今日は大変のどかな空の色で、まさか時雨も降らないでしょう。昨年のように途中で

引き返す心配はないと思いますので、これから滝野川(王子)の紅葉を見に行きません

か。おとといの日曜に従兄弟の子が参りました時にもう十分赤いと言っておりましたの

で、今日はそれほど人も多くないでしょうから水に映る趣きなどを静かに愛でることが

できるのではないでしょうか。お支度も何もしないで、普段着そのままがいいと思いま

す。大げさにして人目に立つのはやり切れませんので、侍女も一人にして軽装でお願い

します。慣れない徒歩で、飛び飛びに車に乗るのもおもしろいではありませんか。お心

次第で帰りは汽車でもよいですね。お伺いまで。

   同じ返事

 お返事を走り書きします。とても素敵なお誘いをどうしてお断りしましょう。飛び

飛びに車に乗るのがとても楽しそうで、道を知らない同士なので畠の中を迷うなど、

昨年を思い出して一人笑ってしまいました。あの枝につるした短冊の趣向が素晴らし

く、見慣れない文字をたくさん見ましたが今年は書き留める筆を必ず持って行きましょ

う。そのまま行こうとのことなのでお湯も使わずすぐに出ます。髪は一昨日結ったのが

少し乱れていますのを人がかき上げてくれようとしていますが、お待ちさせるのが心

苦しいのでお返事だけ申し上げます。お使いが戻る頃には私も参ります。