通俗書簡文 七

                               指入ってるけど

   姉の元に栗をもらいに行く文

 風邪が流行っているそうで、日頃から病みがちのお体でいかがお過ごしですか。父上

や母上も心配しています。先日お兄様が弥太郎様が腹痛だったとおっしゃっておりまし

たがその後はよろしいのですか。お君様から頼まれた人形の着物が、まだ学校が忙しく

て縫い終わらないのでさぞ毎日待っておられることでしょう。私が今日伺うはずでした

が出来上がらないのできまりが悪く平助を出すことにしました。重ねて勝手を言うよう

ですが、先日お兄様が、お庭の栗が相変わらず見事に生って毎朝見るたびに驚くほど

落ちているので私に拾いにおいでとおっしゃってくれたのですが、先ほど申したように

お君様の着物のことが心苦しく、私の顔を見れば「おばさまあれは」と必ず催促される

ことでしょう。その時にがっかりさせることがとてもつらいのでどうしても伺えませ

ん。縫わなければとは思っているのですが、私はこの頃習い始めた和洋料理のお稽古の

会をお友達と催していて一月ごとに主になるのですが、明日は私の順番になって皆さん

がいらっしゃるので、どうしても栗のきんとんを作りたいのです。粒も大きく味のよい

ことは前にいただいて知っておりますから、お宅のものでと勝手に決めていました。

たくさんはいりませんのでなにとぞ少しいただけませんか。この籠にあるのは昨日甲州

のおばさまから届いたぶどうのおすそ分けをと母上からの仰せです。この籠に入るくら

いの栗をくださいますようお願いします。兄上様にもよろしくお伝えください。

   同じ返事

 見事なぶどうを、これは本場ものだと弥太郎が父に見せましたところ、それならお君

にも太郎にもやらず自分一人でいただこうとなりました。せっかくのお心遣いが空しく

なったと思われては悲しいので、お祖母様には内密にしておいてください。お文を私が

見ているところを横から差しのぞいて、手跡がだいぶ上達したと繰り返し誉めていまし

た。よくお勉強しているからだと嬉しいです。この頃はお料理もされるのですね。女に

は必ず必要なたしなみですのでとてもよいことだと思います。栗が欲しいとのこと、

他人行儀なことをとほほ笑まれます。このような華奢な籠に入れるのは似合いませんの

で袋に入れて担がせます。まだいくらでもあげますのでその代わりにきんとんをご馳走

してくださいますようお願いいたします。私は流行りの風邪もひかず、太郎も虫封じを

して乳を吐くことなどなくなりましたのでご安心くださるよう母上にお伝えください。

近いうちにご機嫌伺いに参りますが。(少しつじつまが合わない感じ)

 

 冬の部

   借りた傘を時雨の後返す文

 常々ご無沙汰ばかりしておりますのに、わがままなお願いの時には時も考えずご面倒

ばかり申し入れて我ながら恥ずかしいことです。本当に昨日の時雨は自分の罪を思い知

れとの神様の仕業ではないかと思います。秋の末に転宅をお祝いくださったお礼にと

思いながら伺わずに今さらですが申し訳ありません。近所の植木屋が庭に残った菊で今

盛りのものがあると聞いた人がおりますので、引っ越しなどで団子坂(菊人形)に行け

なかったことが心残りでしたので、これ幸いと思い立ち、家を出るころには雨の気配も

ない空でしたので傘を持たずに出かけましたところにわかにあのような降りになって、

敷居の高さも顧みずしばらく雨宿りをと、お宅の軒先を頼りに子供を引き連れてご面倒

をお願いしました。お食事時でご馳走にまでなってしまい、ますます恐縮でした。お借

りしました傘は人に頼んでお返しいたしますのでお受け取り下さい。もしあの辺りに

お宅がなければ車も多くは通らない野辺で親子ともども濡れねずみになってしまうとこ

ろでしたが、おかげさまで大助かりでした。何もかもお礼申し上げます。ちょうど来合

わせました卵一箱、ご笑納くださいませ。

   同じ返事

 たまのお出かけに折り悪しく(雨が降り)どれほど残念だったかと思います。しかし

花に嵐は世のならいですのでお憎みになりませんよう。それに引き換え私の家ではあの

雨があったからこそお出で下さったことが嬉しくてよい日だったと浮かれて、また昨日

のようなことになればよいと願っております。お志は違いましても、いらっしゃらなか

ったら何も変わりのない日で、私はそのように思って急に時雨が頼もしくなりました。

それにしてもわざわざお使いを使って傘をお返しくださったお義理難さ。それには及び

ませんと申し上げたのにかえって恐れ入ります。またお見事な一箱を何よりと申し訳な

く、せっかくいただいたものですのにこちらにまで大層なお恵みをありがとうございま

す。重ねてお礼申し上げます。

 

   冬の初め仕立て物の手伝いを頼む文

 急にというわけでもないのに思いもよらないような寒さに驚き、かねてよりお話しし

ていましたように、家族は多いのに働く人が少ないので常々そのように準備しなくては

ならないのに、夏の暑さに昼寝がちに過ごし、陽が暮れれば納涼しようと縁先に出て

夜更かしをして、洗いものを十分にしていませんでした。涼風が立つようになると心が

軽くなり、さわやかなので人に誘われるまま七草よ菊見よととりとめなく日を過ごして

いたら、昨日今日たくさんの人に同じ着物(冬物)を着せなければならなくなってしま

いました。胴着の襟の直し、上着の袖口の見苦しさ、襦袢の袖に裾直しとみっともない

ことです。普段着だけは何とか間に合わせましたがよそ行きなどに手が回らずに困って

います。本当に意気地のないことで恥ずかしいのですが、心安いままにお願いいたしま

す。羽織、三つ重ねの二組ほどをお稽古に来るお弟子さんたちに縫わせていただけませ

んでしょうか。粗末なものですから決して丁寧に扱うには及びませんし、あなた様の

お手を煩わせるのはかえって心苦しいですから。お引き受けいただけましたら持たせま

すのでお願いいたします。

   同じ返事

 お受けいたします。さぞかし縫物に追われていることでしょうが、お年寄りのお世話

をはじめ、お子様も少なからずいらっしゃるのですから大変なのも当然です。その中で

いつもいつもきちんと間に合わせていらっしゃるのですからこちらの若い者たちは皆驚

いております。仰せのことは稽古に来る娘たちが聞けば大喜びで引き受けますが、私も

隠居仕事の仕方なさ、母屋のものはほとんど縫い終わって手が余って困っておりますの

で、差支えがなければ私もお借り(縫わせて)いただきたく、三つ五つなどと言わず

いくらでもお出しください。ご遠慮なく張り返しでも何でも言いつけてください。お心

安い仲なのですから格別ご心配などご無用にお願いいたします。お返事まで。

 

   初霜が降った日、老人の元に

 軒端の紅葉が散る前に、今朝は薄霜の置き初めでした。秋から何かと病みがちと聞い

て心配していますが、心ならずも支障があって伺えませんでした。その後はいかがいら

っしゃるかと案じています。日毎に寒くなっていますのでご老体をひとしおいたわって

くださいますようお願いいたします。特に夜おみ足が冷えるので温めようと火(行火)

を入れているとのことですが、それはとても毒だと人が言っています。湯たんぽなら

差支えないと聞きましたので、このほど出かけた折に求めてきました。おかしなもので

すが使っていただこうと、私が伺う時に持って行こうと思っていましたが今朝あまりに

寒かったので今晩のことが思いやられ、少しでも早く届けます。家事に追われて昔の

ように(たびたび)伺うこともできず日頃から悔しい思いですが、なにとぞお体をお大

事に、いついつまでもお健やかでいらしてください。些細ですが志を見せる機会もあり

ましょうからお待ちください。滋養せんべい一袋、お孫様方にもおめざにお分けくださ

りたく添えましたのでご覧くださいませ。

   同じ返事

 老眼でたどたどしく(鳥の足跡のような)お返事差し上げます。一字一字が見苦しい

ので十二になる孫娘が代筆しようと申し出てくれましたが、言うことが後先になったり

すると書く方も煩わしいですし、言う方も苦しいですので、簡単にしたためます。

 お尋ねくださった秋からの患いは老病みというような名もない病気で、薬といっても

滋養のあるものを摂っていればよいとのことなので、嫌いではありますが皆が心配する

ので牛乳を飲み始めています。その効き目か血色が少しよくなり、このようなお文を

書いていることをご覧になってご安心してください。いただいた品々が嬉しく、特に

お心入れの湯たんぽは今夜から早速試してみようと思っています。このようなことが

何よりの恵みで、昔からのお優しさをいつもいつも(ありがとうございます)。お家の

ことでお忙しく、娘さんだった頃とは違うのに忘れずにいてくださってありがたいこと

です。おめでたいご様子はないようですが、こちらではそれのみをお待ちしているので

すからすぐにお知らせください。お母様がいらっしゃらないので何かと不案内なことが

多いと思いますから老人には包み隠してはいけませんよ。このような乱れ書きですが

拾い読みくださいますよう、筆もかすれてお見苦しいですが。

 

   天長節に人を招く文

 大君の御代が限りなく続きますようにとお祝いいたします。本当に至らない身であり

ながら今日のお祝いの日を迎えたうららかなこと、花のない冬とも思われず、何となく

一人笑みがこぼれます。例年の通りお祝いのお餅をありがたく受け取りました。こちら

は相変わらずのお赤飯で変わりありませんが、お付き合いにご覧くださいませ。どこで

もお酒のこと(宴)で賑わしくしており、ご来客が多くお忙しくしていられるかと思い

ますが、今夜こちらで若い人が集まって芸尽くしをする計画をしています。急なことな

のでまだ取り決まってはいないのですが、剣舞をする雄々しい人がいれば髭男がお琴を

弾くとのこと、お見知りの人ばかりなのでお子様方やご主人様といらっしゃいません

か。今お使いから伺ったところではご総領様、ご次男様は観兵式(軍事パレード)を

拝見に行ってまだお帰りにならないとのこと。ご帰宅になったら日暮れにとは言わず

直ぐにおいでください。人々が来ないうちに倅がこの頃習い始めた写真機械を庭に持ち

出して、教えていただきながらお姿を写させていただきたいと願っておりますので、

少しでも早くおいでくださいますことを願って。

   同じ返事

 仰せの通り、大君の世を感じる空の色に塵ばかりの寒さもなく、誠に今日の名(に負

うこと)です。お変わりのないご丁寧なお重、末永く頂戴いたしたいものです。今宵の

催し、子供はまだ帰りませんが聞いたらどれほど喜ぶでしょうか。ご遠慮なく参上いた

しますのでご厄介をお願いいたします。私も集いの様子を拝見したいのですが、引き続

いて来客が多いうえ、主人が少し酔いすぎたようで胸が痛いと言っておりますので伺う

ことができませんことを悪しからずお思いくださいませ。子供たちが伺った際にお礼を

申し上げさせます。ざっと書きました。

   

   徴兵に出た人の親に

 ご次男様はいよいよ滞りなくご入営されたとのこと、お手紙なども来ましたか。元々

のご気性もあり、どんなことにも耐えて、つらいなどとはおっしゃいませんでしょう

が、自分から箒を手にしたこともないのに、兵営での起き伏しはどうしているのでしょ

うか。厳しい規則もあり季節も折から寒くなったので考えるほどおいたわしく思います

が、これは国民の勤めですから首尾よく合格、当選したことは羨みこそすれ心弱いこと

を言ってはいけませんね。ますますお努めになって袖の筋(階級)がにぎやかになりま

すよう願っております。こちらの倅も同年ですので同じく試験を受けたのですが、例の

近眼で選ばれず、取り残されたような意気地のない、甲斐のないことに悔しがっており

ますが近々上京しますのでご次男様のご営所を伺って、軍人の勇ましさを見せていただ

こうと言っております。もしお手紙が来ていて付属の隊の名前が分かりましたら教えて

くださいますようお願いいたします。とりわけ秘蔵のお子様で手放さずにいたのですか

らさぞご心配のことと思いましたのでこの近所から予備兵に出た人の話を聞くと、始め

はともかく慣れたらだんだん度胸がついて交際もおもしろくなり、体は丈夫になり心も

若々しくなるものだと言っておりました。ともかくあまりご案じになりませんよう、私

の女々しさを思い比べて笑われることも顧みず、思い浮かべたことを書きました。

   同じ返事

 お文拝見いたしました。次男の門出にはご丁寧なはなむけをいただき、すぐにお礼に

行くべきでしたのに少し寒さに当たって、寝込むほどではないのですがこたつに籠った

まま過ごしており、ご無沙汰して申し訳ないことでしたのに今日はわざわざお使いにて

お文をいただき、倅のことを思いやってくださり、私がどうしているかまでご丁寧に

お尋ねくださってありがとうございます。仰せの通り老後に授かった末っ子ですので

こんなことではいけないと思いながらもつい甘やかしがち、髭男が三歳児を抱くことは

珍しいなどと家の者に笑われるほどかわいがっておりましたことをお笑いください。

兵役は民たるものの勤めだと人々が言うのももっともだと考え、この春の検査の後合格

と聞いてからはひとしおその心構えになり、当人も幼い頃からのいたずら者で鋤や鍬を

持つのは嫌いでしたが、剣を下げ銃を持つのは願ってもない幸いだと喜んでおります。

私がくどくどと何かあった時の心得など申しますと、おっしゃるまでもありません、

今日から命は大君のものとして職務のために倒れるつもりです。家には兄もいますから

私は一人国のために尽くさせてください。忠誠であろうとすれば孝行はできませんこと

をお許しくださいなどと、いつもの空威張りかもしれませんが大いに勇んで出立いたし

ました。その後葉書が、ただ今封書が来て様子を知らせるのでお宅様にも渡してくれと

一通入っていましたのでそのままお使いに頼みます。営中のことなど書いてありますの

でご覧ください。こちら宛の書状にもおもしろく勇ましいことばかり、拭き掃除もする

し水汲みもするとのこと、あの子がと思うとおかしく、ともかく親の手元から離してみ

るものだと思いました。ご子息様が合格しなかったのは残念なことですが、私どもとは

違って一人っ子ですから、ゆくゆくは学問で身をお立てになるお考えでいればどんな道

を取っても国へのお勤めは一緒です。近いうちにご上京されるとのこと、何某の塾へ

ご入学が決まったのでしょうか。おいでになったら倅の元をお尋ねください。隊の名は

お渡しする書状の裏に書いてあります。近々お伺いし、お目にかかっていろいろお話し

たく、多くは書き残しました。