通俗書簡文  三

   花の頃都にいる娘に

 しばらくお便りがありませんが、どうしているかと心配しています。田舎でははしか

が流行って、これは軽いものではなく隣村の作蔵の二番息子が先月から患って耳が聞こ

えなくなってしまいました。それを見るにつけ、我が家では何の異常もありませんが

遠く離れているあなたのことが明け暮れ気にかかります。これまで一月と文の来ない時

はなかったのに三月三日付の手紙が五日に届いてからこの方、今日まで数えると四十日

を過ぎてもお便りがないのは、もしかして患っているのをおし隠してこちらに心配を

かけまいというつもりなら嬉しいことですが、それは心得違いです。常々あなたは春先

や秋の初めに気鬱が出るたちなので一人しくしくと部屋の隅に籠って薬も飲まずにいる

のではないですか。ちょっとしたことで済むことを大事にしなければなりません。もし

病気ならはっきり言ってよこしなさい。それなりの仕送りをしますので十分養生して、

それでもよくならなかったら帰国することにしてもちっとも恥にはなりません。そちら

には頼れる親類がいない身なのですから、何事も心一つでよくよく考えて間違いのない

ようにするべく、体を自分一人のものだと思わずに、老いた母の苦労の種であることを

忘れないでください。取越し苦労かもしれませんが、しばらく便りのないことが心配な

あまりさまざま考えてしまいます。父が亡くなった後、兄とあなたを一人で育て、人か

ら指を差されさせまいと思ってきた母の心を汲めばその身を大事にして、病気のことだ

けでなく、怪しげな名を取らない(噂されない)ようにしてください。あなたも知って

いる榎の長者の娘の不品行が村の物笑いとなって、親までもが人に顔を向けられなくな

ったのはあの娘の心一つのことからです。東京の学校に入ることを田舎者はみな嫌って

よく思っていないのにこの村からあなた一人が出ているのですから、その辺をよくよく

心してください。兄はご存じのように働き者なので、人が旧城下の花見にと長い着物を

着ておいしい物を食べに行く中で一人真っ黒になって下男共の指図をし、自ら鋤や鍬を

手に取って勉強第一(一生懸命)です。学問が嫌いということもあり兄は遂にこの地を

離れて修行ということをしたこともなく、三度くらい用事がてら東京見物をしたばか

り。そちらの様子などさらにわかるわけもないが、あなたは女であるから身一つで都に

出ていればさぞかし物に不自由していることだろう、私には遠慮するかもしれないので

お母さんからと心づけをやってくださいと陰に回ってあなたをいたわる親切を忘れない

でください。度々言いますが若い人の習いで気が緩むことを恐れてこのように繰り返し

進言するのです。春が来れば雁でさえ故郷を忘れないものです。病気なら言って来てく

ださい、そうでないと母はそちらの空ばかり眺めて便りを待ち暮らすのですから。

   同じ返事娘より

 お文を涙を持って拝見いたしました。誠に申し訳ないご無沙汰を、ここまでご心配し

ていただいていたのにことに紛れて過ごし、(お文を)怠っていたことが身の置き場が

ないほど申し訳ありません。その言い訳ではないですが、最近のことを少しお聞き願い

ます。先月お手紙を差し上げた時にお耳に入れた、妙子という仲のよい人がひどい神経

病になってしまい、もともと癇持ち(いらいらしやすい)なのにさらに人嫌いになって

校長先生をはじめ寄宿舎の人を誰も寄せ付けず、田舎から看病に来た親戚の方々さえ持

て余していたのですが、私にはいつも通り話をして思うことなど包みなく言うので私が

取り次いで、それぞれ心ゆくままに介抱しましたが少しも枕から頭を離すようなことに

ならず、しかも私が離れる時に限って必ず容体が危うくなるので、本を読むこともでき

ずにこの人に取り掛かって一月経ってしまいました。以前私が風邪を引いて熱に悩んで

しましたところ人はうつると言って避けるのに(妙子は)夜昼分かたずつきっきりで

世話をしてくださり、頬がこけるほど心配してくれたのです。しかもその時は試験中だ

ったのに私の看病にかかづられたので一学期を空しくしてさせてしまったことなど重ね

て恩が深いので、どうしても(妙子の)病が治るまではと、そのためお文を差し上げら

れませんでしたこと、繰り返し申し訳ありませんでした。この人もだんだんとよくなっ

てきており、花が散って世の人の心が静まる頃にしたがって落ち着くだろうとお医者様

が言っておりました。決してお兄様やお母様をなおざりにしていたわけではありません

のでなにとぞお許しくださいますようお願いいたします。戒めは繰り返しありがたく

お受けして二度とご心配をおかけしないよう心得ます。お兄様にもよろしくお伝えくだ

さい。私の身はつつがなく、例年よりも健やかでおりますのでこれもご安心ください。

いつも申し上げているこちらの様子は、しばらく外にも出ておらず珍しいものなどを

見聞きすることもありませんでしたのでまたこの次に。とりあえずお詫びのみ。

 

   春の終わり頃恩師に竹の子を送る

 その後いかがお過ごしですか。先日はお花見の仲間に入れてくださり、一日楽しく

遊びましたこと大変ありがたくすぐにお礼をと思いながら、日々に取り紛れてご無沙汰

しましたことお許しください。この竹の子は裏の竹藪のもので、昨日の雨で育ったのか

今朝土から少し出たのを見つけましたので、世話をしたものではありませんから味など

どうでしょうか、ただ柔らかいというだけですがご覧に入れようと思います。そのうち

盛りとなりましたらまたたくさんお送りいたしますが、心地よさそうに生まれ出た勢い

がおもしろかったのでご覧くださいましたら嬉しいです。花見の時にちょっと申し上げ

た、羽織の襟の返りが悪くて困っていたのを、教えていただいた通りに折って縫い直し

ましたら大変着心地がよくなりました。もっと使いよい型つけをお取り寄せ置きしてい

らしたらお一ついただけますでしょうか。お代は使いの者に仰せつけくださいませ。

   同じ返事

 ご旧宅には時々お邪魔しましたが、お引っ越し後にはお伺いもせず、そのようなこと

になっているとは思いもよりませんで、このようなものが出てくる場所を持ってさぞ

広々とお暮しになっている様子を思いおうらやましいです。初物は何よりで、早速頂戴

いたします。仰せの型つけはちょうど手元にいい物がなく、そのうちに来ることと思い

ますのでこちらからお届けします。羽織の襟についてはもう少しお話したいことがある

ので近いうちにお伺いしたいのですが、例の子供をたくさん預かっているので何事も

はっきりせず、お待たせするのは心苦しいことです。お礼まで。

 

 夏の部 

   藤の花を人に贈る

 花が散ってから幾日も経ちませんが、もの淋しくなったことは言いつくせません。

若葉の陰を眺めて何となく春の行方を思っていると、ここにある池のほとりの松の枝に

かかっておぼつかなげに咲いている藤の花が、いかにも私がいますと言いたそうにして

いましたので趣深く、主(私)の心まで誇らしくなったのが恥ずかしいのですが、一枝

手折ってお目にかけたくなり、これを道しるべに春の名残はいかがといらしてください

ましたら嬉しいです。下に思うところなきにしもあらず(裏に思うことがあるので)。

   同じ返事

 心惹かれる一枝に結びつけられたお文の様子から、その藤波の立ち返りを見渡すよう

です。仰せの通り、誠に花染の衣を脱ぎ替えてからは長い日を過ごし難い心地で、明日

は亀戸(天神:藤の名所)に行こうかと思っていたところに、お宅のお池でこのように

麗しく咲き出でたものを見せていただき大変嬉しいです。待っていないこともないと

匂わせたお言葉にすがり、(お池の)水に月が浮かぶであろうこの頃を逃さずに驚かせ

(お伺いし)ますが、決しておもてなしなどしないでください。この青さし(お菓子)

というものは変なものですが葛飾の知人に頼んで取り寄せました。見慣れないものなの

でお慰めになるかとお送りいたします。お笑いくださいませ。

 

   端午の祝いの文

 来る日のお祝いには何がいいかと思い巡らせていますが例の田舎住まいで長い年月を

経た身ではちゃんとしたことも思い寄りません。かえって興覚めにになるかと思い返さ

れる古めかしいものですが、幟の一対に竹内(宿禰:360年生きたとされる)の久しき齢

にあやかるようにと武者人形を添えてお贈りいたします。人目につかないところにでも

差し置いてくださればと思います。以前おっしゃっていた外回りの御用を勤める者も、

こちらには男手がありますので(それで)間に合いましたらご遠慮なく申し付けてくだ

さい。女中も手が空いて遊んでおりますので、当日の饗宴の皿洗い(?御ぬぐい役)に

でもお使いくださったらと思います。お子様は日増しにお知恵がおつきになり、お宅の

屋根にひるがえるそれ(幟?)のように勇ましくなっていかれる様子が思いやられま

す。御祖父母様方のお喜びが、ご両親のお楽しみのほどが推し量られますが、とても

とても言葉を尽くしても足りません。ただ、幾千代にもお祝い申し上げます。

   同じ返事

 形ばかりにしようと思っていたのに思いがけず騒がしいことになりまして、今さら顔

も上げられないほどです。一昨日は見事な幟とお人形をいただきましてありがたいこと

この上なく、お子様がたくさんいらして足りないもののないあなた様からですので我が

子の今後が頼もしく、取り分け嬉しいことでした。お宅の使用人を昨日からお借りして

おりますので、さぞご不都合でいらっしゃるのではないかと思いますが、もう一日お願

いいたします。このお重は不出来ではありますが、形ばかりですのでご覧くださいま

せ。添えた菖蒲の根のように長くお慈しみいただきますよう、子供に代わってお願いい

たします。以前申し上げましたように、明日は必ず必ずお越しをお待ちしております。

 

   花菖蒲見に誘う文

 胡蝶の夢がまだ覚めぬ間に花は青葉になってしまいました。花に憧れる心も一緒に

散ってしまえばいいのにそれだけが名残になって、昨日今日を侘しく暮らしています。

それならば同じ心の誰彼三、四人で集まって、明日の朝ここから車を雇って堀切の花菖

蒲を見に行きませんか。ご同意いただけましたらどれほど嬉しいことでしょうか。

お考えを伺いたく、最上川の稲船(嫌とは言わないでください)、お返事はほととぎす

(の訪れを待つ)より待ち遠しいです。

   同じ返事

 ご風流なお考えを承りました。さらに誰様彼様とご一緒なら道中もさぞかし楽しい

だろうと思うだけでも憧れますのでお供願いたいのですが、私は今年初めて養蚕という

ことを試みております。ちょっとした慰めにと思って始めたことですが思いのほか増え

てしまい、昨日今日は桑やらなにやらとあわただしくしており、不慣れなことなので

足が地につかないようです。返す返す心残りではありますが人に任せて出かけることも

できず、心ならずもお断り申し上げます。みな様にもお許しいただきたく、家を持って

いるとそうなるのねなどと言われては悲しいです。

   

   蚕豆を人に贈る

 田舎者になり、都の風習をいつの間にか忘れてしまい、蝶よ花よという春も麦の青さ

で慰めて過ぎゆきました。この時期、若葉の間に初ほととぎすもそろそろなどとは言わ

ず、この辺りの人々は田植えをいつにしようかなどと言い合うのを待ち喜んでいます。

十里も隔たらないところなのに都というとはるかに思われて、このようにご連絡を怠っ

たままでいたことをお許しください。ますますお健やかであると存じます。ご主人さま

も滞りなくますますのご出世されていることと陰ながらお喜びしております。私の良人

もかねがねご心配いただいていました頭痛が最近だいぶよくなりました。ここでの勤め

は心まかせで気楽なので例の癇性も起こらず、暇なときには持ち慣れない鋤や鍬を持っ

て子供のようなことをしております。今はもう都に出て華やかに世を送ろうなどという

願いもなくなったので、のどかだけが取り柄のこの地で終わろうなどと話しています。

ずっと病気がちで難しい顔をしていましたので今の嬉しさを見ていただきたいです。

この辺りの人は親の代からの知り合いなのでよく世話をしてくださり、他人と親戚の

隔てもなく大変心安いので私も手拭いを被って桑摘みなどに出たりと、だんだん田舎の

暮らしに慣れてきました。二、三日前からは人に機を織ることを習い始めました。近い

うちに自分で糸を紡ぎ、お召しになるようなものを送りたいと思っています。

 今日実家の方から人が来たので、こちらの畑で実り始めたそら豆、少しは私も手を

かけたので自慢心もあって差し上げたく、粒は小さいですが土地に合うので味はよその

ものにも劣らない名物だと人々が言いますのでお召し上がりになってみてください。

もう少し近いところだったらこのようなものをちょくちょくお見せしたいものですが

叶わず甲斐がありません。まずはご機嫌伺いながら、こちらの様子にもご安心いただき

たく取り繕わないことを書きました。

   同じ返事

 ご実家様からのお使いを引き留めてお住まいの様子はいかがか、田んぼや畑は近いの

かなどとこまごま教えていただき、今どのようなお暮しをしているのか思い浮べていま

す。いただいた籠の中(の蚕豆)はお手づからさやをむいていただいたとのこと、その

ようなことにも慣れてお上手になったとお使いがおっしゃって、嬉しい中にも涙がこぼ

れました。ご主人様のふるさとですからお引きこもりになるのも当然、田舎住まいの

気安さはそれはうらやましいことですが、残念で悔しいことはあなたのような人をいつ

までも埋もれ木にさせたくなく、病院にいるお気持ちでご養生を第一にとは思います

が、元のようにお健やかになれば世に出る道はいくらでもありましょう。俗なことをと

お笑いになるかもしれませんが、私はそのように願っているのです。

 お籠の(蚕豆)は八百屋が持ってくるものと品がはるか(に違う)と思われて、みな

でいただきました。厚く御礼申し上げます。こちらの様子は特にお文に書くようなこと

もなく、同じ朝夕を繰り返しております。仰せの花鳥の色音、それは昔の春となってし

まい、窓の若竹が暗く茂り、針持つ手元がおぼつかないのを侘しがるような、ほととぎ

すで百首詠もうと夜すがら寝もしなかった頃の私ではなくなってしまいました。