通俗書簡文 十七

   雇人の周旋を受けた人に

 お礼までに一筆申し上げます。このほど数々お手を煩わせるご迷惑なことをお願いい

たしましたが、おかげさまで大変よい人を雇い入れ(ることができ)大助かりでした。

若いのに似ずものの隅々まで気がつき、子供の世話もよくしてくれるので幼い者たちが

早くもなじんで彼女でなければ夜も明けぬように取りすがっております。初めのお話し

では田舎者なので読み書きなどはできないだろうとのお断りでしたので、こちらもその

つもりでいましたところ、幼い者たちが学校から帰って来て復習をしようと書物を取り

散らかし、うろ覚えのところを抜かして早読みをしていると、彼女が横にいてそれそれ

そこはと注意していました。ものを知らぬどころではなく私が推し量るに高等小学校を

卒業しただけでなくその上(にも行って)難しい文字も読んだ覚えがあるように思われ

ます。本人は努めて知らないふりを装っておりますができることは疑いなく、これから

は私が留守にしても受け取りその他も差支えないだろうと大喜びしております。勝手下

で働く女は元からおりますので自然家内の様子に詳しく、威張るつもりがなくても何か

と幅を利かせて新人にはつらいと思うこともあるでしょうが、万事私が心得ていますの

で必ず嫌気(がさした)など言い出さないように、折をみてあなた様に彼女をお使いに

出しますのでお含めおきくださいませ。今まで多くの女中を置いてきましたがこの度

ほど親切で、しかもおとなしく申し分のない人は覚えがありません。なにとぞ長くいて

もらえるようにしたいものです。このような人をお世話してくださいましたお礼かたが

た前記のことお願いいたします。

   同じ返事

 このほどの娘が首尾よくお気に召したとのこと、いかがかと存じていましたがそれほ

どと聞いて喜び、末々までお見捨てなくお使いくださいますようお願い申し上げます。

読み書きのことは、もしかしてと思わぬこともなかったのですが長く田舎の人でしたの

で、昔は昔として、親たちは勉強にまで手が回らずに捨てて育てていたのではないかと

思っておりました。もしできるなどと申し上げてそうでなかったときに言い訳しなけれ

ばならないのでわざと無学だと申したのでしょう。娘をおよこし下さいました時に詳し

く話して不心得のないようにいたします。もっとも長年苦労をした身ですから、大方の

ことには耐えますが、なにとぞ甘やかさずお小言も十分におっしゃってご家風を守るよ

うお躾けくださいますよう、年若いですのでそうは(しっかりしているとは)いっても

手抜かりはさまざまあるでしょうから、ご面倒を見ていただきますよう当人に代わって

お願いいたします。

 

   饗応にあずかった後その人に

 昨日の花の姿が今も目に浮かんで、仙境で遊んだ人が再び人間に戻ったような不思議

な心地です。ところどころの木陰にかりそめのよしずを立て渡し、田楽をあぶる娘さん

たちの赤い前垂れに風情があって、お茶召せなどと呼ぶ声はうぐいすの初音のよう、

どれもご親戚うちの方とのことで誰様なのでしょうか、大変美しい方もいらっしゃいま

した。今も忘れ難いのはお流れの向こうへ小さい橋を越えて茅葺の何亭とか、額の文字

が半ば消えたようで私には読みかねましたがその中にいらした十四、五ばかりの高島田

のお方が心安くご案内してくださいまして、お庭の中を残りなく拝見し、暮れゆく夕月

がほののくのを、あれを見てください何かの模様によく似て、花の上を行く雁もおりま

すよと指差したもの床しさ、お庭も月も花のその方も自分も絵の中のもののようになっ

て、このことはいつまでもの思い出草でございます。夜に入ってからの(楽器の)音な

どは言うまでもないおもてなしの数々、今まで覚えのないほど楽しみ尽くしましたあり

がたさにお礼の文をと筆を取りましたがまず何からかと、ただ素晴らしかったことが

身にしみて頬杖をついたまま目は空にばかりいってしまいます。馴染みがとても浅い

のでお父上お母上にもお目にかからず、あなたにだけでしたことを取り繕ってお礼を

申し上げてくださいませ。何やらおかしな下手な歌などが浮かびましたが、書きつける

のはとても恥ずかしくてできません。

   同じ返事

 園遊会などとはいえず運動会の名の方が似つかわしい、ただ広い野原のような見どこ

ろもない庭の内をご案内したばかりで、ことさらにお招きしながらおもてなしの数も

なくひたすら恥ずかしく思われます。ことよきに従って(よろしければ?)また秋にも

おいでをお願いしますが、その時にはご迷惑などとおっしゃらずに(来てください)。

お歌があるのに惜しんで隠しておしまいになるのですか。特に乞い願うようにと父母

共々申しております。お気に入りの高島田は私の伯母の末っ子でこの頃こちらに引き取

っておりますので、お影(歌?)をいただきに彼女を差し出しますからお文のことが

本当ならばまさか否とはおっしゃいませんでしょう。いつ参らせれはご在宅でしょう

か、ひとえにそのお許しをお願いいたします。

 

   故郷へ帰ると師に

 昨日ご門までお暇乞いに出かけましたところどこかへ行かれたとのことでお目もじを

願いかねてそのまま帰宅してしまい、名残惜しさこの上もありません。いよいよこの

夕方都を離れることとなりましたのでもう一度伺うという願いもかなわず文にての失礼

をお許しください。私がはじめてお膝元へ参りました時はまだ放ち書き(一文字ずつ書

く)の幼さで筆を折れるばかりに握りしめて肘もかたくなにつの字への字の書き誤り、

今その頃の清書を引き出して見るとわれながら不器用で浅ましく、それから幾年もの

お陰によってここはこう、あれはこのようにとご面倒を見ていただいて人に文をしたた

められる身となりましたのはひとえにお恵みの露がかかったためだと感謝し、いつか

ご恩返しをと心がけておりましたが思いもよらぬ迎えが来て、故郷の親類を相続する身

となり、どうしてもお膝元を離れなければならなくなりました。このことを嘆かわしく

存じますが親共の申し付けなのでどうしようもありません。今は仕方なく戻って田舎の

人になっても心は同じではないと思いを決めております。長々のご恩に報いることが

できなかったことをお許しくださいますよう、いついつまでもなおお子様の端くれと

思ってくださいますよう深く深くお願いいたします。思うことは尽きませんが。

   同じ返事

 いよいよご出立と承り、一度はお目にかかりたいと思いながらすることの多い身なの

で参上もせず昨日はわざわざお出で下さったとのことなのに、何某の会に必ず出席して

ほしいと言われて折悪しく足を空しくさせてしまいました。道もはるかですのでご道中

はお気をつけておいでになるようお祈りしております。お目にかかることができなかっ

たことはやるかたなく悲しいですが、ご親戚のお後が絶たれようとしているところを

お前様が行ってご相続をされれば枯木が春に会うように再びの栄えだと思いますので、

このようなことはお勧め申し上げ大変嬉しいことです。お家のことが忙しくなっても

求めれば自然とお暇もできますから夜にでも習字をお努めくださいますよう、今一段階

確かなところまでお進まれますよう、それだけを願っております。彼の地にお着きにな

りましたら直ちに安否をお知らせください、申し上げたいことはまた文にいたしますの

で、お父君母君様はじめご兄弟方にもよろしくお伝えください。

 

   友に代わって恵みを受けた人に

 今だお目にかかってもおりませんのにぶしつけなことをとはばかられますが、お文で

お礼を申し上げます。このほどは浅茅茂子が一方ならぬご恩にあずかり、病中何くれの

ご丹誠、親兄弟でも及ばないほどのご介抱をしていただきました。なじみのないお方に

ここまでのご親切をいただきましたことは一生忘れ難いありがたさだと泣いて語って

おりました。私の身のことは茂子よりお話ししているとのことですので改めては申しま

せんが、この人とは兄弟のように交わってどんなことでも話し合う仲です。ある事情が

あって彼女の家内の様子も詳しく知りながら、自分から手を下ろして助けることが叶わ

ず、泣く時は共に泣くだけで何の足しにもなりませんが、この人を今の工場に出して

いることは思いのほかの、この上もなく情けないことです。兄弟が多い上老いた親たち

もおりますので、煙の代にと気の毒なことをしているのです。私や友達などが申し立て

ても自分たちはそれほど不足もなく過ごしていながら、それを彼女に(分ければよい)

とお思いだろうと恥ずかしいのですが、ここにはわけがあって心のままにもいたしかね

るのです。先月から鎌倉の別荘へ行っておりましてしばらくこちらの様子を知らなかっ

たので、茂子の病気はもちろんあなた様からご恩を被りましたことも夢にも知らず、

昨日帰って今日彼女の家を訪ねると、ご両親をはじめ涙でお話しされたのでもらい泣き

をして、世の中にはこのような人もいるのに恥ずかしいのは友達甲斐がないこちらだと

嘆いたり喜んだりいたしました。もう一日彼女の家にいられましたらお目にかかって何

くれのお礼も申し上げ、これからのご懇意をお願いしたく、ただひたすら懐かしく存じ

られますが、今日午前の内だけと家を出てきたので長くもいられずに帰宅いたしまし

た。茂子が床の中から見送って、必ずお礼の手紙を差し上げてください、口では尽くせ

ない申し訳なさですのであなたからも共々にと、まだ大変弱々しく申しておりました。

お礼と言っても差し出がましいようで、姉でもない私がおこがましいのですが、はじあ

えず(恥知らずにも?)文を捧げます。一度はお目にかかりこちらの方々の意気地の

ない事情をお話し申し上げ、今後も彼女についてご尽力をお願いしたいと願っていま

す。籠の鳥のような身ですので何の自由もきかず大変悔しいことです。

                    伊東夏子の立場で書かれたような手紙。

   同じ返事

 わざわざをお文をいただき、とりわけお礼の仰せには顔が赤らむ思いです。大した

お世話をしたわけでもなく、彼女のお父様がここに花を売りに来て、何となくいろいろ

なお話しをしている中でお嬢様がご病気になったと聞いて、以前赤十字社の真似事など

をした覚えもありましたので、難しいこととは思いながらはばかりもなく我ながら差し

出がましいことをしたのが今さら恥ずかしいです。あなた様はまだ知らない仲だとおっ

しゃいますが、何某の園遊会でこちらははるかにお姿を拝見しており、まったくお近づ

きがないとも言えません。(茂子が)あなた様とお仲がよいのならご縁はやがてある

ことと思いますので心置きなく任せて介抱させてくださいますよう、お家の事情も茂子

さんから聞いており、お心苦しいだろうと推し量られます。真の親子の中であっても

手箱のものを費やして人を助けるなどと申すことは、ともすれば支えられ(阻まれ)が

ちであるものをましてお養い親とのお隔てがあるのでは無理のないことです。茂子さん

もしきりにそのことを、私のために親の機嫌を損ねるようではいけないと申しておりま

した。だからこそ病の様子をご別荘には申し上げなかったのでしょう。誠に心苦しがら

れておりました。あの人のことにつきましては私も少し考えがあり、病気さえよくなり

ましたらもう工場通いをさせるには及びませんので、その時は何とか都合をつけてあの

家でも私の家でもいらしてくださいましたら三人で集まってご相談いたしましょう。

私を他人と思わず親しい人の数に入れてくださいませ。

  

   祭礼に人を招く文

 暑さも少し薄らぎました。みなみな様は何事もなくこの夏をお過ごしされ、ご機嫌も

よいと伺って何よりのことと存じます。さてこちらの氏神様の祭礼が年ごとに足袋裸足

の雲斎(裏)も焦げるばかりの大暑のさなか執り行われるきまりのところ、今年はあま

りにひどい暑さで、悪い病も激しく軒並びというばかりに白い服(喪服)の人々がいる

様子なので、このような時に山車屋台などどうか、またはびこる種になるのではないか

とその沙汰を止めることになりましたが、この二、三日の秋風にもはやそれほどまでの

憂いもないだろうとあさってより二日間、神輿の渡御もあるそうで、山車の数は三十

本、地走りなどの催しもあり、長く封じ込められた悔しさを一度ににぎやかにしようと

いう氏子中の意気込みが見られます。この町内からも山車が二本出て飾り物など二、三

か所もできるとのこと、今日あたりから青竹の手すりを結うものがあれば山車小屋の

しつらえをするものなど大路は賑わっておりますので、その様子をお坊ちゃま方にご覧

に入れたく、必ず人込みなどにはお連れしませんので夜宮にかけて泊りがけでおいで

くださいませんか。遊び相手になる小さい子も三、五人は来ますので、桟敷をこしらえ

てお待ちしております。

   同じ返事

 ご祭礼に子供たちをお招きくださいましてありがとうございます。本当に今年は暑さ

に遮られて夏中そのご無沙汰もありませんでしたが、この涼風に勢いづいたのでしょう

氏子中の様子が思いやられます。お言葉に甘えて次男に女中を付けて伺わせますので

なにとぞお見せ願います。上の子は実家の母が借りに来て十日ばかり留守をしています

ので伺わせることができません。こちらのいたずら者が他の方々と喧嘩などしでかしま

したらご遠慮なくお叱り下さいますよう前もってお願いしておきます。