通俗書簡文 九

 雑の部

   婚礼祝いの文

 承りましたところお嬢様に大変よいご縁があり、お引き移りは今月末とのこと。本当

に、日頃の(お宅の)ご教育で明らかですが、お学問もお手の芸も残すところなくお習

いになって、陰ながら娘を持ったらお宅様のようであってほしいと話し合っておりまし

た。お婿様は周りに聞こえるご秀才でおられて、相生の松は栄え、ご家門のご繁盛の根

ざし(根が張る)が今から思われますが、それでも言葉が足りないほどおめでたいこと

です。お付添いには使い慣れたお竹さんが行くとのこと、あなた様もどれほど心安く、

ご心配もないことと思います。帯一筋、古風な好みですのでお気に召すかわかりません

がお祝いの印ばかりに。お支度のいろいろはかねてよりお手配していらっしゃるとは

存じますが、中通(?)のお仕立てができるものがこの辺りにいますので、ご用があり

ましたらおっしゃってください。近いうちに伺ってお話をいろいろ聞かせていただきま

すが、心ばかりのお祝いまで。

   同じ返事

 娘の縁のことをお聞きになったと、お見事なお祝いのありがたさを何に比べることが

できるでしょうか。織り出した松竹の(ように)幾久しく受け納め申し上げます。お聞

き及びでしょうが先様の家柄はそれほどでもありませんが、度量が広く、男らしくりり

しい方です。婿誉めするのもおかしいですが学才も人に遅れないという仲人の言葉だけ

でなく、私共夫婦も何度も会いましたところ、どんなことにもこだわらない気性、見る

目によっては少し無骨かもしれませんが、娘はご存じの通り沈みがちな内気者ですから

反対なのでかえってよいのではないかと思い早々に取り決めました。女の子はあれ一人

で常々甘やかして子供のように育てましたので、一家の妻としてどのように勤められる

のかと心が落ち着かないので竹を付き添わせましたことを、おおよそご推量してお笑い

くださいませ。縫物のことをおっしゃっていただいてありがとうございます。このよう

な急なことでもあり支度は必ずしてくださいますな、ただ身一つでと申されましたまま

ことさらに用意をすることもなく、ただ多少のものは松坂が引き受けて大体できあがり

ました。いずれお礼を(娘を)伴って共に伺いますので様々な心得を仰せ聞かせてくだ

さいましたらありがたいです。この日頃あれこれ心遣いしました名残で少し目がかすむ

ようで、筆がはかばかしく取れず何もかも言い残したようですが。

   

   出産祝いの文

 お嫁様が昨夜ご無事にお産されましたとのこと、予定の月が過ぎましたのでどうして

おられるかとよそながらご案じしておりましたが、初産のお手柄ともいうべき男の子で

いらして、ご両親様どちらに似てもさぞかし美しく愛らしいことかと推し量られます。

ご産婦様は血の気などになってはいませんでしょうか。女の一大事ですので三度三度の

お気遣いをされているでしょうが初めてのことですし、とりわけあなた様のお心遣いは

どれほどでしょう。重荷を下ろしたようではないでしょうか。おばあ様と言うには似つ

かわしくないお年ですが初孫をお持ちになるとは羨ましく、早く伺って見せていただき

たいと心急ぎますが、田舎から泊り客が来ていて今日は伺うことができませんので、

お祝いを印ばかり、誠に粗末なものでお恥ずかしいのですが、黄八丈一反を進上いたし

ます。蓋物の中はご産婦様に差し上げてくださいますよう、さらし飴少々です。やがて

お伺いして赤様を抱かせていただきますことを楽しみにしております。

   同じ返事

 嫁の初めてのお産は、月も延びてどうなることかと内心案じておりましたが、ことも

なく出産し、仰せの通り重荷を下ろすとはこのことです。幸いに血の気もなく子供も

極めて丈夫なようで泣き声が高く、父親似の太い眉でこれもまた癇持ちかと笑われて

おります。ご丁寧な品々でお祝いくださいましてありがたく、一同よろしく申し上げて

おります。お客様がお帰りの後、ゆっくりとご覧になりに来てくださいますようお待ち

申し上げます。いずれ息子からもお願い申し上げますが、お宅様のご総領様を始め、

いずれも欠けるところなくご出世され、お体もお健やかにご繁盛されて常々うらやまし

くお栄えだと思っておりました。この子の行く末をあやからせたく、ご迷惑ではありま

しょうが名付け親にぜひなっていただきたく、無理なお願いをお聞き入れくださいまし

たら嬉しいのですが、詳しいことはお目にかかって。お使いを待たせておりますので、

取り急ぎお礼まで。

 

   開業祝いの文

 今日召使いの長松をご近所まで用足しに遣わしましたところ、帰ってきて三河屋様が

今日店開きしたとみえて提灯や国旗などがにぎやかで、市のような人山だったと勇んで

申しておりました。近々ご開業の運びだとは伺ってはおりましたが、今日とは思いも

よりませんで、お祝いも申し上げず遅れてしまいましてお許しくださいませ。お店開き

早々上景気でいらっしゃるのは何よりのご吉兆だと共に喜んでおります。商売違いです

のでお手伝いに上がっても何もできませんが、夜になりましたら主人が伺うとのこと

です。粗酒を一樽と肴を一籠、お祝いまでに持たせますのでお受け取り下さいますよう

お願いいたします。ますます栄えに栄えますようご商運をお祈りいたしております。

   同じ返事

 お使いにてお見事なお祝物をいただいて恐れ入ります。今日の店開きを前もってお耳

に入れておくべきはずでしたのに事々しく吹聴するのもどうかと(思われる)六間間口

の店構えでしかありませんので、主人が申すにはとにかく暖簾をかけて今日開業などと

いって間の伸びた様子でいても来る人もなく、店先でむやみに寒そうな顔をさらしてい

るのを見られても恥ずかしいので、何も申さずに二三日してもの慣れて、玄人めかしく

なったらこうなりましたと驚かせよう、それまではひた隠しにせよと申し付けましたの

で私も、何もかもが新しくて(初めてで?)お恥ずかしい様子ですので、もしいらっし

ゃるのならもう少ししてからのお出でをお願いしたく、やがて肩襷に前垂れを挟み上げ

て小商人の妻らしくなりますでしょうから、それまではお許しくださいませ。長松殿が

お使いに参られた時も私どものまごまごとした様がおかしいとお大笑いされました。

今日は知った人の手伝いもあり何とか取り繕いましたが、明日はどうなることかと思い

やられます。お礼にはいずれ伺いますが、今日のご無沙汰の申し訳までとりあえず走り

書きにて。

 

   新築落成を祝う文

 年来お手狭のご不自由をおっしゃっておられましたが、お蔵の前から縁続きに新しく

お建て増しになって、いつしかご普請ができあがったとのこと。お座敷開きには私共に

も来るようにとお招きいただいて大変嬉しく、楽しみにしております。お建て増しした

お二階からは富士も筑波も一目に見られるとのことで、夏の涼しい時はもちろん、月の

日も雪の日もさぞかしさぞかし家に居ながら遊山できることおうらやましい限りです。

こちらで取り賄ってほしいという額の揮毫を早速主人が例の先生を訪ねて頼みに参りま

したところ、いつに似合わず快くお引き受けになって、一両日中にはできるとのことな

のでこちらから届けます。床の間の飾りなど全てに素晴らしいものをお選びになり、

整えていらっしゃるところへおかしなものを差し出すのはとても心苦しいのですが、

古薩摩の花瓶と古銅の獅子の置物を心ばかりのお祝いに。当日は夫と共に伺いますので

お家の様子を詳細に拝見させてください。おっしゃっていた南天の床柱が珍しいので、

見せていただくことを楽しみにしております。

   同じ返事

 大した数寄もなくただあまりに手狭でしたので少し息がつけるようなところをと建て

増したものですので、とりわけ御覧に入れるような座敷もないのですが、ただ開けた

二階で粗酒をお一つ召し上がっていただきたくお出でをお願いいたしましただけでした

のに、お心入れのお祝いを、ましてやお家に伝えられた貴重なお品をいただきました

ありがたさ、長く床の間の光といたします。主人もくれぐれもお礼を申し上げてくださ

いとのことです。お取り持ちをお願いいたしました何某様の御筆、事情をお話しくださ

って書いていただけるようになったこと、かねがねお難しい方だと伺っておりましたの

に差支えなくお聞きいただいたのは全く(あなた様の)おかげだと一同喜んでおりま

す。額ができあがるころには壁も乾くことだろうと思います。お出でになる日は晴れて

欲しいと今からそればかり願っております。お二方様必ずお越しくださいますよう繰り

返しお願いいたします。

 

   仲人を頼む文

 何かある時でなければお文さえも出さずに我儘ばかりをお許しください。打ち明けて

お頼みしますのは、お隣の桜木様の御長女が学校での評判もよく、気立ても素直で器量

も人より優れていると聞き及んでかねがね望んでおりましたが、お嫁に申し分のない人

だと内心慕わしく、お宅様へ行くとたびたびお座敷にいる時にかすかに漏れ聞こえる琴

の音に心が動かしておりました。いかがでしょう、こちらへお嫁に出してくださるでし

ょうか。もしほかにお約束があるようでしたら甲斐のないことですが、内々にお知りの

ことをお聞かせくださいませんでしょうか。倅はご存じの通りの理屈もので、まだ妻な

どの心配はいらないとはねつけるのが常なので、このたびの思いつきに不承知を言い出

すのではないかと思って聞いてみたところ、いつぞやの上野の音楽会とやらでお目通り

したことがあり、あの人ならばもらってくださってもよいと何の異存もないのは、十分

気に入っているのだと思います。こちらの身代から倅のことまで逐一ご存じのあなた様

に今さらですが改めてお願いいたします。先ほど申しました通りご先約がないようでし

たらなにとぞお申し込みの仲立ちの役をお引き受けお願いしたく、伺って申し上げる

べきのところ少し風邪気味で、風に当たるのはよくないと医者に止められております

が、善は急げということで早くお返事が聞きたくて文にして申し上げます。

   同じ返事

 お文拝見いたしました。お申しつけのお話は、そのような思し召しがあればと思って

おりましたが、ご子息はとかくそのような話に渋々だと承っておりましたので、申し上

げてもお聞き入れないだろうと差し控えておりました。誠にお眼鏡の通り、隣家のお嬢

さんはお行儀といい、学芸といい、まして性質がおとなしくて女らしいことはこの辺り

に知らぬ人はなく、まったくふさわしい娘さんですので本当に一対のお仲になると存じ

ます。昔から行き来もあり何かとお家の様子も知っておりますが、まだどこへもご縁の

話はないようです。お仲立ちの大役は身に応じませんが、お橋渡しはどのようにでも

いたしますので早速問い合わせてお返事申し上げます。常々ご子息様のことは話のつい

でにしたことがありますので、おおかた嫌ということはないかと思います。今から行っ

て詳しくお話ししていきますので万事は後から私が伺いまして申し上げます。