通俗書簡文 十六

   借りたものを壊してしまったことを謝る文

 大変申しにくいことで自ら伺ってお詫びすべきところですが、大変寒いので人を頼ん

でお道具を返上いたします。誠に申し訳ないのは、このお重硯二組のうち青貝摺りの方

の一つを不足して持たせることになりました。お大切なお品の拝借をお願いしながら

いかにも心ない不調法だとお思いになるだろうと恥ずかしいのですが、昨日の会が終わ

った後座布団などを片付けて、さて硯箱を積み重ねようとしました時にどうしたのか

縁が外れていました。これは誰がしたことなのかと給仕の女共に問いただしましたが

まったくわからないと言いますので、では客人かと当惑いたしました。お気に入らない

かもしれないと心苦しく思いながら今朝、繕い物ができる人にできるだけ元のようにす

ることはできないかと持っていきましたので、あと三日ほど拝借をお許し願いたく、

それを持参の上お詫びに参ります。思わぬ過ちにただ汗が出るばかりで、ちゃんとお詫

びも言えないことをお許しくださいましたらありがたいです。

   同じ返事

 おねんごろなお文を、何もそこまでなさらなくてもどこでも人が多いところでの過ち

はあり勝ちのこと。ましてやこの硯箱はこの度だけでなく、いつも縁が外れることが

ありましたし、もしかすると前から外れていたのに私どもで気がつかずに持たせたので

はないでしょうか。ご丁寧にもお直しなど痛み入ります。必ず必ずお心遣いなさいませ

んよう、お使いの人が申すには奥様のお顔がとても真っ青でどうしようと嘆いていらっ

しゃるとのこと、本当にお気の毒でこちらこそ汗をかいてしまいました。そのように

他人行儀なご遠慮は打ち捨ててお心安くしてくださる方が嬉しいのです。いつもご存じ

でいらっしゃいますように、こちらの主は道具などのことなど深くは何とも思わないで

すし、私はもう無頓着な女ですから何のはばかりがあるでしょう、ともかくお気を安く

お持ちくださいますようお願い申し上げます。

 

   留守中に来た人に

 人に誘われて一晩泊りで江の島、鎌倉へと珍しくかたつむりの殻を出ておりました

ところ、昨日帰って留守番の者から聞くと一昨日の午後お車で美しいお嬢様がいらした

のでお留守だと申すと、ではまた来ますと言って帰ったのですがお土産にこれ(をいた

だいた)と見事な一枝を差し出して見せました。この女は田舎の親類で女中代わりに

置いていて、私の家に来てまだ日が浅いのでどなたさまもお見知り申さず、仰せいただ

いた名前さえ忘れてしまったので何度も首を傾けて、見たところお歳は二十歳くらいで

束髪を高く結って、色白で大変美しい方でしたとばかりでしたので私も考えがつかず、

編み物を教えている子爵の姫君お二方の内のお一人か、それとも例の参事官のお妹様か

と知るだけの年若く美しい人を選んではそのお名前を試してみましたが、いえいえそう

ではないようですとさらに誰かわからず、困ったまま昨日が過ぎて、今朝起き出て歯を

磨きながらふと中庭に秋海棠が美しく咲いているのを見て何と素晴らしく心惹かれる花

だろうと独り言を言っていると、縁先近くで箒を持っていたその女があわただしく声を

立てて、それです、一昨日のお方はそのお名前によく似ています。何かいどうと言いま

したというので、では二階堂様ではないかと聞くと誠にその通りと言うので、手に持っ

た楊枝を取り落として笑ったことでした。二十歳くらいだと言わなければあなただと

思いついたはずですのに、お嬢様と聞いて若い人ばかり選んで聞いた愚かさです。確か

に束髪にされていたら人の親には見えませんから、ここの女中が十九二十歳と思っても

間違いではありません。そうとわかればお目にかかれなかったことが大変残念で、稀な

お訪ねに居り悪しき不在をしたことは取り返しがつかないので悔しく思っております。

いただいたものはやっと水引を解いて安心して頂戴し、ありがたくお礼申し上げます。

それにしてももしかすると私にご用があっていらっしゃたのではないでしょうか、お近

くでもない道を、お忙しいあなた様が例にないこととと考えてお詫びかたがた帰京を

お知らせしますので、急なことでもありましたら郵便をくださいませ、お急ぎでなかっ

たら近々私が参上するつもりですのでその時にお聞かせください。ともかくどなたか

はっきりしたことを喜んで。

   同じ返事

 思い起こしたようにご門を叩いたので何事があったかとのお尋ね、特に用があった

わけではないのですが、あまり長く引きこもっていたので少し頭が悩ましくなって家の

ことが物憂く、幼い者たちを一日二日実家へ泊りにやったので、このうちに日頃のご無

沙汰をお詫びしたかったのと、もう一つには大路の風に吹かれて見たくての気慰め、

特別なことではないのでご安心してください。伺えば江の島辺りをご覧に行ったとの

こと、初秋風にお袂を翻して貝を拾う浜の明け方など何とお心地よいことでしょう。お

独り住まいのお気安さはこのような時にとりわけわかるもので、おうらやましさの限り

です。私など右に左に取りすがるものが多いのでついお友達方をお見舞いすることも

かなわず、時たま出れば車に乗っての忙しさで落ち着いたこともありません。頭が痛い

ので髪を解いていつもになく束髪にしておりましたのを娘のように見られたとか、十九

二十歳などやがて我が子の歳になりますのにお目違いももったいなく、この次伺うとき

には何かお礼を差し上げたいのでその人の好物のお品を教えてくださいませ。

 

   取り違えた品物を持ち主に返そうと

 昨日のご散会は遅かったのでしょうか。小雨が少しこぼれてきた上、家から来客が

あるので早く帰るようにと迎えが来たのが心にかかって、失礼とは存じながらご会主に

だけお断りを申し上げてどなたにもご挨拶をしないで中座しましたので、残りの趣向が

いろいろあったかもしれず今になって悔しく思われます。さて、その帰るときに玄関で

私が持参した傘を求めて、数多い中どれがどれとはわからずに、あれこれと選んでいる

と家からの迎えが早く早くと言うその奥に我が名を呼んでいる方がいるようで、心あわ

ただしく大体似ているものをこれだろうと思って差して帰ってしまいました。今朝改め

て袋に入れようと見ると、似てはいるけれども柄のこしらえや房が少し違っているので

どなたかのを間違えてしまってしまった粗忽の罪はどうしようもなく、なおよくよく

見ると先日紅葉狩りの折に一緒に行った道すがら、ほんとうまあ、自然と気の合うもの

は申し合せなくてもこの洋傘の好みの同じことと指さして笑われた、あの傘だと気が

つきましたので人に持たせます。私のをもしお持ち帰りならお渡しお願いいたしたく、

申し訳なかったお詫びはその内お目にかかった時に詳しく申し上げます。

   その返事

 昨日は急にお影が見えなくなったのでどうしたのかと心配し、密かにご会主に伺いま

してやや心を落ち着けましたが、あの後は大したこともなくて、人々の帰ったのは暮れ

少し過ぎた頃でしたが私は特に遅れてお暇乞いしました。傘のことは私も持ち帰って

から気がつきましたので、もし私が先に帰ったらきっと間違えて持ち帰ったに違いませ

んからご丁寧なお言葉に痛み入りました。いうまでもなくお傘は返上いたしますので

お引き取りくださいませ。お手すきでしたら遊びにおいで下さるのをお待ちしておりま

すが、特別なお詫びなどはご無用にしてくださいませ。お返事まで。

 

   注文の期限が遅れることを良人に代わって謝る文

 いつもお変わりなくご繁盛のご様子を、恐縮ながらおめでたく嬉しいことに存じて

おります。私は絶えてご機嫌伺いにも出ず良人からしばしば叱られておりますが、鳥の

巣のような束ね髪を少し取り上げてなどと思っていると、あちこちからのお誂えが間に

合わず、それ下縫い、釦付けなどと追い使われて、男も女も兼ねた目まぐるしい日を

送っておりますので申し訳のないご無沙汰になってしまいました。さて、先日お申しつ

けの若旦那様のお洋服一揃え、今日までとお急ぎでしたので夜を通してでも必ず間に

合わせる覚悟でしたが仲間内に少し難しい沙汰がありまして、良人がその仲裁の役割を

勤め昨日は手打ちということになりましたのでどうしようもなく出て行ったのですが、

ご存じの通りお酒の弱さが一通りではないので夕方過ぎに帰るとそのまま高いびきで

一晩空しくなってしまいました。今朝は未明から取り掛かっておりますが今日の日暮れ

までに飾りみしんまでできますでしょうか。お急ぎと承りながらこのようなことになっ

ての申しわけなさ、以前からお誂えしている大店もあります中、私が(お宅へ)ご奉公

しておりましたご縁から(腕も鈍いのに)この新店に申し付けられてくださいました

かたじけなさからどうしても仰せの通り仕上げて差し出すべき心得でしたが、思わぬ

ことからの手違いで良人はひたすら恐れ入っております。お詫びに行くこともできませ

んのでお前が代わりにありのままに申し上げてお許し願って来いとのことですが、私に

とってもお敷居は高いようでお伺いいたしかねますのでお使いにて一切のお詫びをいた

します。明日こそは必ず必ず仕上げて持参いたしますので、最初からこのような手落ち

をしてどう思われるか恥ずかしいことですが、取り繕わない真実を申し上げてお許しを

お願いいたします。

   同じ返事

 お頼みしましたものが今日中には難しいとのこと、倅がこのたび大阪の本家まで遊び

を兼ねて参りますのでその時用にと思い、前の心づもりでは明日の二番汽車にて出立の

予定で今日までという期限を申しておりました。ところが同業者の相談会が臨時に開か

れることとなり明後日飯田河岸の富士見楼に集まることになりましたが、いつもそのよ

うな場所へ出席することが大嫌いな父親が、倅の出立を延ばして代理を勤めさせた後で

ということになりましたので、明日中にできましたら全く差し支えありませんので、

そのように恐れ入らずに間に合わせていただきたく、お連れ合いにもそのようにお話し

くださいませ。

 

   人の家の盆栽を子が壊した時

 今長太郎が帰宅し、子守につけていた竹が申すには、今日は一日目白様にご厄介に

なり、さまざまおもしろく遊ばせていただき、お庭も大変広いものですからお子が喜び

ましたまではよかったのですが、さて、おいた(ずら)様が大事をいたしましたので

付添いの私は手に汗を握りましたとその始終を話しました。本当にそれはもってのほか

のことで、旦那様が日頃ご秘蔵されて、一方ならず丹精されていた鉢植えの昇り龍と

いうその葉の縞も並々ならぬ万年青を、この暴れ者がふとした間に走り寄って、お縁に

ありました花ばさみを取って無残にも切り刻んでしまったと、聞いただけでも驚きに

口がふさがらず、ご立腹のほどはいかがばかりかとただただかしこまって身が縮むよう

です。いかに年がいかぬとはいっても分別のないにも限りがあると、日頃のしつけを

思いやってお蔑みになっているだろうと思うほど恥ずかしくて、顔が上げられない心地

です。お前が付き添いながらなぜそのようないたずらをさせたのかと竹に小言を申し、

もちろん長太郎にも厳しく言い聞かせましたが、ただ返事だけよくして、もののわきま

えなどあるべくもなく、幼いものといってもこのようないたずらでない子もあるという

のに我が子だけがと情けなく思います。すぐさま私がお詫びに出なければなりませんの

に、旅行中の良人がこの夕方に帰京しますので出迎えはここでと親類の誰彼が集まって

まいりまして、どうしても出ることができずお文にてのお許しをお願いいたします。

そのうち主人と話し合ってお心にはかないませんでしょうが、その葉に似たものを求め

てせめてものお詫びを申し上げたく、旦那様へのおとりなしを幾重にもしてくださいま

すようお願い申し上げます。終日ご厄介になった上にこのような過ちをしでかしました

こと、お詫びの言葉も考えられません。

   同じ返事

 誰も一度は幼かったもの、いたずらは子供の常です。私は今だに子を持ってはいませ

んが、それほどの思いやりがないことはありません。何か事々しくお詫びくださるまで

もなく、ましてや代わりなどのご心配はご無用にしていただきたく、主人もただいま

役所から帰ってまいりましたのでこのような有様だと申しましたところ、長太郎殿の

いたずらか、さてさて子供の成長は早いものよと、最近まで起き返ることができるくら

いだと思っていたのに鋏を自由に使えるようになったのか、そのうちに敏腕家と言われ

るようになるだろうと大笑いしました。ですので全くご心配には及びませんし、つまら

ぬお心遣いをかけるのもやり切れませんので、旦那様がお帰りになっても必ずお沙汰の

ないよう(不問)にお願いいたします。このようなことがあると気の毒だと長太郎さま

をおよこしにならなくなってはこちらの淋しさが耐え難いですから、なにとぞ変わらず

にお貸しくださいますようお願いいたします。右のことだけ申し上げます。

 

   不参加のお詫びを約束した人に

 この降る雨を恐れてだと人が言うだろうことが悔しいのですが、常々意気地のない身

ですのでその申し開きながら誠にやむを得ないことがあって、今日のお集りの数に漏れ

ますことをお詫びいたしたく、少しの時間で申すばかりの走り書きが見苦しいのです

が、この文を捧げます。最近のご連中の中でいつか見た覚えのあるくちなし様とやら、

きわめて物静かなお方が会にいらっしゃっていることでしょう。(彼女が)無言の辻を

こちらの方へ曲がらせた時私はお後から傘を差しかざしてまいりました。今日の茶話会

にはたとえ雨が降っても風が吹いても必ず出る覚悟で、きまりの時間に合うよう家を出

てあの辻まで急ぎましたところ、くちなし様のお袖をするばかりにして向こうより来ま

した車の人が私を呼び止めて少し何か聞こうとしました。何かと聞きますとかくかく

しかじかの番地を知っていますかと私の家を申しますので、不思議に思ってあなた様は

どなたですかと聞きますと、遠国に嫁した伯母がはるばると訪ねていらしたとのこと、

写真で面影は知りながら先ぶれさえなかったのでこの辺で会うとは全く思いがけず、

怪しげな作りごとのように驚いたまま家に連れ返りました。そういうわけで今日のお席

に連なることは難しくお詫びの文をしたためております。日頃休み勝ちの私が理由を

つけてなどと思われることが悔しいですが、こういうありさまだと書いておきます。

私の後から来るくちなし様にお尋ねになっても確かなことです。いつもの怠りではない

ので、これまで固く申し上げたのにお違約した罪の行き場はありませんが。 

   同じ返事

 お文を多くの中で読みましたところ、さすがのくちなし様もお笑いになって、誠に

その通り、あの辻まで来たことは間違いなく、お車のこともあったようだけれど振り

返っては見なかったのでわかりません。ただここへ来てずいぶん時間も経っているのに

どうしてかいらっしゃらないのは、さては中途で引き返してしまったのだと思います。

誠に今日のご不参は怠りではないですよといつも口の重い人が珍しく証人になってもの

を言ったので大変おもしろかったです。そのようなことでしたら今日は仕方がありませ

ん、この次の折は必ずと今からお願いいたします。包みもの一つ、お使いに持たせます

のはこの席にての食べ物です。中途まではいらっしゃったあなたにあげないとけちに

なりますから。たいしておいしいものではありませんのでこのお使いに下げ渡してくだ

さい。