通俗書簡文 十五

    友の不養生を諫める文

 昨夜も夜更けまで読書されていたようで、私が二階の窓から見下ろしましたら、川を

隔てたあの柳に見え隠れする軒の燈火が鮮やかでした。大方の人が蝶よ花よと浮かれ

立つこの頃の空の下でお引きこもりになってお勉強するのはたゆみなきお心の表れで、

だからこそ(勉強も)進んでいるのだと頼もしく思いますが、他の人とは違い弱いお体

で昼は一日、夜は更けるまで休みなくお努めするのはこの上もない不養生です。この

ほど聞いたところでは、なんとなくお目が悪くて細かい字などを書くのが苦しいとの

こと、燈火の下でご本を読むにしろお筆を取るにしろどちらにしても昨夜のように夜更

かしをなされては容易ならない大事になります。ご熱心はさることながらお身の上をお

大事にしてください。何をされるにしても身と心が確かでなければできません。何事も

気長に考えてすることがよいのです。私は試験前でしたから仕方なく珍しく昨夜は遅く

まで物を調べておりましたのでお燈火を見ましたが、あの夜遅くどこに起きている人が

いましょう。岸の柳が風になびいて燈火が見え隠れする様子は、何もなければ絵のよう

だと言いたいところですが、私はただただ気がかりで眺めておりました。今朝橋を渡っ

てお顔を見ようと思いましたが寝坊してしまい学校へ行く時間となってしまいましたの

で、今思うことを申し上げなければ悔しいのでお文にしてお使いに持たせました。ご両

親ご兄弟の中にもご案じになって心を痛めている方がおありだと思ってご用心ください

ますようお願いいたします。かいつまんで。

   同じ返事

 掛け違って昨日も今日もお目にかかることができず、お返事は口でと思っていました

が甲斐がないので筆にしてお机に残しておきます。本当にご親切なお諫めを、私の体を

思ってくださればこそだと申し訳なく、お文を捧げ持って拝見いたしました。かねてよ

り諭されておりましたので私のわがままから夜更かしをするのではありませんが、わけ

もなく眠り難く床に入っても思いがいろいろ湧き出てきて胸苦しいので、ついつい燈火

を掲げては用もない書物を取り散らかしたりするのは病気のせいでしょう。これからは

努めて外出もして気を晴らすようになるよう心がけますので、そのうち元気になって

お心遣いいただいたご恩返しをいたします。ご心配くださっている目の悩みはもう大体

よくなって、引き続き養生すれば問題なく治りそうですので、ご安心のほどお願いいた

します。試験中は何かと忙しく打ち解けてお話しする時間もありませんが、滞りなく

お済ませの後は一日、都を出て遊びながらいろいろなお話をしたく、それだけを待ち

望んでいます。

 

   退校しようとしている友を諫める文

 いずこも同じ秋の夕暮れなどとことさらに思い嘆いていらっしゃるのでしょうか。

せっかくこれまでお励みになってきた学校を理由もなくお辞めになるお心だとのこと、

それは私には受け取り難いことです。もっとも上級生の誰彼があなたを妬んでよろしか

らぬ作りごとなどを言いふらしたのでご迷惑がかかったことはかねがね知っておりまし

たが、そのぐらいのことがなんでしょう。夕べの月に雲がかかっても晴れれば元の光が

現れます。お耳を遠くして、それほど物事を気にせずに何もかもを捨ててお過ごしなさ

い。あの学校の人たちがおもしろくないからといって、またよそへ移っても全てお気に

合うようなことは稀で、友を選ぶと言って友を探して世を尽くすようなおかしなことを

するのはわざわざ都へ出てきた元のお心と違うのではないでしょうか。私がお世話して

いるからといって理を非にしてもと申すのではありません。おおよそ半年ほどお馴染み

になって校長の気風や教頭の品行などがわかったでしょうが、あの人々に点を打つ

(批判する)ところはないのです。正しい道だけを歩めばそのほかの雑事はどのように

でも耐えられます。ただ一筋にお勉強してご帰郷を一時も早くしようと思ったらいいの

ではないのでしょうか。今あなた様が人から憎しみを受けるのはお学問が進んでいるの

で、侮り難く妬ましいと思っているからなのだと平らな心でそう思って見れば、一段下

の人たちにつまらぬことを言われて、それに悩まされて退校するということになった

ら、あなたの思案が若くてその人々に負けたことになるのです。すべてを目の中に入れ

て(?)争いなさいと勧めているのではありません。塵よりも軽い人々を心から摘んで

捨ててしまえばことはないですし、そのほかにもさまざま申し上げたいので是非お目に

かかり、お考えを伺いながら私の意見を申したいと思うのですが、何か落ち着かない

ようでしばらくお尋ねがなく、こちらから伺うたびにいつもお留守でいることを嘆いて

筆に言わせることにしました。私はあなたのことをよかれと思うよりほかの心はないの

ですから、もし私が知っているほかに嫌なことや耐え難いことがあるのでしたら隠さず

におっしゃってください。ことによっては無理にお止めすることはありません。この文

は私が知っているだけのことを申し上げただけですので。

   同じ返事

 お文で自分の身の罪を思い知りました。これほど隔てなく教え聞かせていただいた

ものを、もし私の心のほかのお諫めを言われるのでは侘しいので今までご門も叩かず、

なるべくお顔を見ないようにと逃げていた心が恥ずかしく、今は真実を話してお詫び申

し上げます。学校のことはさまざまでお文に書き尽くすことのできない厭わしさですの

で、近いうちに伺って詳しくお話て、今後の心得の数々承りたいです。ただひたすらの

わがままだけだとは思わないでくださいますようお願いいたします。誠に昨日の夜は

やるかたのないほど胸苦しくて開けたら直ちに旅立つ支度をしてこの地を発とうとまで

思っていましたが、なぜかとはお聞きにならないでください。お会いしてすべてお話し

いたしますのであさっての土曜日でなければ日曜日にお伺いしたいと思っております。

 

   雇人の不注意を知らせて都の親族を諫める文

 日に日に暖かくなり、都ではやがて花の木の下は賑やかになる頃ですね。こちらでも

菜の花が咲き出しました。この野遊びという蝶を追い、摘み草をするということは都で

はしないことでしょう。こちらの隣の弥兵衛という人がこの頃雇った十二歳ばかりの

子守で小利口に見える娘が、この月十日に、まだ生まれてから十月に足りないが末には

あの家の柱ともなるべき一粒種の男の子を背負って左衛門原の日当たりで摘み草をしよ

うと籠を持ち出して、幼い子をくるんだまま少し小高い丘のようなところにある榛の木

の陰に寝かせておいて自分は小刀を手にして低い方の水たまりで芹だの何のを余念なく

はるか遠くのほうまで行って摘んでいたところ、あわただしく赤子の泣く声があたりに

響き、肝がつぶれるように聞こえたので何事かと籠も持たずに小刀を逆さに持って駆け

つけると、どこから来たのか大きな犬がもう赤子の耳を食いちぎって今腕を噛もうとし

ているところだったので驚きながらも気丈な子だったらしく、石を拾って投げたそうで

す。子供ではあっても一生懸命の様がすさまじかったうえ光ったものを持っていたので

それらに驚いたのか犬はそのまま逃げて行きました。赤子はまだ息は少しあったそうで

すが、人々を呼んで家に連れ返った頃には息も絶えて救いがたいことになりました。

これも自然の災いとあちらのご主人は諦めて言っておりましたが、たった一人の子でし

たのでどれほど(悲しいこと)かとこちらはただただ涙で野辺送りを勤めました。これ

を思うと小さい子のお守りをするということは注意すべきことだとよそ事ならず案じら

れて、雨が降らないうちに雨戸を下ろしなさいというのと同じように、益もないことを

言うとは知りながら、便りのついでに一言差し出しますのはひとえにあなたが大切だと

思うからです。この前生まれた娘の子供がようやく起き返りなどして可愛らしくなった

と聞いて写真を送ってほしいと頼み楽しみにしていましたのに、女中の竹という者が

おもしろく遊ばせようと両手に高く上げると急に立ち眩みがして、自分の身も支えかね

て転げ倒れて赤子を投げ出し、火鉢の角で頭を強く打ったとか。その後ひきつけで亡く

なったことを思い合わせると、そのことが原因なのではないかと残念でした。このこと

からも、さても今年素晴らしく男の子を授かった嬉しさ、こちらもその近くいる身です

から日夜に心づけ、人手などには渡さずに引き取ってお世話するべきなのでしょうが、

そのようなことはかないませんので一段と心配ですからこのような文を出すのです。

子守は子供にさせるものではありませんし、大人といっても気が早り勝ちで落ち着かな

いものは無用にするべく、思わぬ過ちなどがあっては後々取り返しのつかないことに

なります。お前ももう子供ではないですから伯母のいつもの世話焼きだと苦く思うかも

しれませんが、その地にはしかるべき親戚もおらず親御様は早く亡くなってしまったの

ですから、ご様子はどうなのだろうと思い患うのです。春蚕が終わったら都見物がてら

その地へ行っていろいろお話ししたく、浅ましい例を見たのでお聞きに入れてご用心の

ためにと申し上げます。いずれお目にかかった時に、この度はこれだけを。

   同じ返事

 今朝店先から顔を差し出してこれは田舎の伯母様からですのでお受け取り下さいと

そこに差し置いて立ち去った人がいたとかで、店の者が急ぎ来てこれこれと告げました

のでさては伯母様からのお使いだろう、お返事を書くから少し待たせてと言いましたが

早くに出てしまって影も見えなくなってしまったので仕方なく、お湯さえも出せずに、

あの人は誰だったのでしょうか。失礼の罪をよくおとりなしくださいますようお願いい

たします。お文を巻き返して拝見いたしました。ご丁寧なお心添えをいただいてありが

たく、何もかもに心が届かず、言って教えてくれる親のない身ですので何かと心細く

思っているところに闇夜の燈火のようにも例えられるお言葉、これをお導きだと頼り、

なお欲深くお近くで明け暮れお世話していただけたらと及ばぬことが望まれます。お隣

の幼い子が、悲しいことになったことを聞くと身の毛がよだつようで、おっしゃる通り

ここでも怪しいことがあって娘さんが一人空しくなったのですから、他人事とはさらに

思えません。この辺りは家が軒並び、摘み草できるような原はありませんが、二町ほど

離れた川に鮒の子を釣ると言って子供が集まるので、こちらの丁稚がよく見に行きたさ

から子守を名目に出かけるのです。もし人のまねをして水に入るようなことになったら

そのうち背中の子がうるさくなって、粗末にすることはなくても思いのほかの過ちを

起こすことがあるかもしれないと思ってこの頃は背負わせて外に出すことはさせており

ません。中働きの少し歳のいった女の子に任せていますので、恐れながらご安心くださ

いませ。特に最近は大変丈夫になって虫気はもちろん風邪の憂いもなく、引き伸ばす

ように大きくなりましたのでこれもお喜びくださいませ。春蚕のお忙しい頃を過ぎたら

ご出京されるとのこと、それは誠かと夢のように嬉しく思います。子供を持つとどれほ

ど汽車が便利になったとはいってもそちらまで行くことは叶い難く、いつお会いできる

かと心細くしていましたのに思いがけない思し召し、亡き母が帰ってくるようで嬉しく

て嬉しくて、必ずお出でになってくださることをお待ちしています。主人からもご無沙

汰のお詫びをよろしく申し上げ、ご出京の折はお出迎えをしますからその時は詳しく

教えてくださいますようにとくれぐれもの申しつけです。ただお返事とお礼のみ、尽く

せぬことはまた次にこそと筆を止めます。

 

   何かあって仲が絶えた友達に

 このほど上野の公園でお影をほのかに見かけたのですが、お心をはかりかねてお後も

追うことができず空しく眺めて、帰ってきてからはかない思いが日毎に沸き返っていま

す。お怒りに触れるかもしれませんがお詫びを申したくそろそろとこの文をしたためて

います。とはいっても筆の甲斐のなさ、思う心の千のうち一つも書けずにしばしば紙を

丸めては泣いています。できることなら墨のにじみを思いやって、お憐れみをいただけ

ないでしょうか。このように隔たってしまったことの元を静かに思い巡らせれば、どの

ような行き違いから月日に渡ってお心が解けず、門の柳に月の霞む夜、さあ合奏しまし

ょう、早くおいでなさいとのお誘いや、ましてや春雨のつれづれに歌でも詠みましょう

という訪れなどもかき絶えて、忘れてしまったようなお振る舞い。お心安さのあまり

失礼な言葉を考えずに言っても昔ながらの習わしだとお許しくださいますでしょうが、

その他に何がお気に障ったのでしょうか、いろいろと考えるのですがどうしても思いつ

かないと打ち明けて、お考えのほどを伺うよりほかありません。私は国元を出て初めて

あの女学校へ伯父に連れられて行った時、お友達もないので恥ずかしいことは言うまで

もなくただ汗になって、かがんみこんでいたところをお前様が見かねて歳はいくつか、

今まではどこの学校で学んでいたのかなどと優しく聞いてくださったときのありがた

さ。それからはただただ(あなたの)お袖に縋って学校への行き帰りもご一緒に過ご

し、卒業した後も大方の人はそのまま別れしまって会うのも同窓会の春秋のみとなり、

それも全員は寄り合うこともなくなるというのに、なお毎日睦まじくして、仲良しの

お手本と言えば必ず引き合いに出されるほど珍しいもののように言い騒がれていたの

に、最近の有様はよそ眼にはどんなにおかしく見えることでしょう。これは私の罪なの

でしょうか。覚えがないと言ってしまうと舌が長い(生意気な)ようですが私にはわか

りません。嘘偽りなく過ちなどしていないのに世界が変わったようになってしまったの

はどうしてなのかとみじめに思われます。しかしこれは私のわがままな言い分で、知ら

ないところでもし過ちがあったのでしたら今までの言葉はおもしろくないことでしょう

し、お心にかなわないからのお怒りだとしましたら弁解すべきはして、お詫びすべき

ことがあったらどのようにでもいたします。私はただただ姉上と思っておりますのに、

お心にかなわないからといって何もおっしゃって下さらないのは情けないことです。私

が少し思い当たることとしてはある人にわけあって私をあなた様から引き離すよう心が

けているのではないかという疑いはありますが、それを言わないのはもし間違いなら罪

の上に罪を重ねてしまい、その人の憎しみが恐ろしいのでもう何も書きません。思う

ことが胸に積もり積もって書きすぎてしまいうるさいことでした。いろいろ思いを巡ら

せて私に誤りがないと、もし見出してくださいましたら、もう昔のような交わりに戻る

ことは難しいかもしれませんが、それならそれまでだと思いを絶って悲しみ嘆くことは

しません。ただこのようなまま疎遠になってしまうことが悔しくて私からは隔てのない

心を見せたいのです。あわれにも書き尽くすことはできませんが。

   同じ返事

 夕べの空に月はあっても雲がかかれば道はたどたどしくなります。思わぬことから

疎遠になってしまい、言わなかっただけで私も同じように思い嘆いておりました。思い

切ったようなお言葉をあなた様に先に言われてしまっては、私も今さらお返事しようも

なく、ただお互いの思い違いで、仲がよければこその争いだと笑っていただけることを

願っています。お文の中のある人が何か言ったというご推量は当たらずとも遠からぬと

いったほどとお含みくださいませ。それはそれとして(その)人を傷つけないように

してください。結局私の心が短くて深くものを考えず、怒る時は一筋に、例の獣が後先

考えないことと同じなのでこのような奸計に陥るのです。最近少し気がついたのですが

おかしなことになりました。さて、このまま打ち絶えてしまえば今後どうなるだろう、

淋しくなるのでお詫びの文を書こうとしましたが、知っての通りの負けず嫌いがこのよ

うな時にも妨げになって、書いては破り書いては破りしました。嘘ではありません、

手箱の中には反故紙が未だに納めてあります。昨日のお文を見てから年若いあなた様の

お気の練りように驚かされ、思えば私はまだまだ子供だったと汗をかきました。疑った

のは私の罪で、疑われたのはあなた様の災難だったと思ってください。深くは何も尋ね

ずにただ元のままにと思ってくださいましたらと願っています。仲直りというのはおか

しいですが久しぶりに胸が開きました。お話しもしたいですからこの夕方私の家まで

おいでくださいましたらありがたいことです。ではその時に何もかも、ここでは昨日の

お返事まで。