通俗書簡文 十二

   書物の借用を頼む文

 毎日雨がちで困りますね。お母様が血の道など起こしてはいませんか。いつもこのよ

うな天気を悩ましく思っていらっしゃいますのでどうしているかご案じ申し上げます。

こちらの父もとかく目の悩みがよろしくなく、といって痛むというのではないですが、

ものを見るのに霧がかかったようではっきりせず、外出がかなわない上に目を使うこと

ができないので一日の長いこと十月のように暮らし侘びておりますので、人様がお出で

になってくださったらそれに紛れていくらかはおもしろそうな素振りをしていますが

そうでないと一人居間に籠って柱に寄りかかったままものも言わず、そばで見ていても

身がやせるような思いです。少しは慰めになるかと普段あまり好まないのに、ありあわ

せの小説などを読み聞かせましたらことのほか気に入りまして、気ままな批評などを

するようになり、さらに珍しいものはないかと注文が出るようになりました。しかし私

はご存じの通りこのようなことにとんと不慣れですので、この頃どのようなおもしろい

ものが出ているのか、それとも古いもので何が名高いのかなどはさらにさらにわかりま

せん。同じ(ことをするなら)お気にかなうようなものを読み聞かせたく、あなた様は

もとよりお好きですしお兄様がお集めしているものもずいぶん多いと聞いております。

あまりに勝手ですが、できるだけ丁寧に拝見しますのでなにか選んでいただいて拝借

願えましたらありがたく、例の昔気質の父ですからなるべく艶やかでないものが願わし

いです。遠慮のない申し出ですがお許しくださいませ。

   同じ返事

 お使いにてのお文拝見いたしました。とてもとてもたやすいことです。こちらの手元

のものがお慰めになるのでしたらこの上もない喜びです。仰せの通りお父上様に聞いて

いただくには兄の好みとは違う、武張った(勇ましく硬い)ものがよろしいでしょう

ね。昔のものから今のものまで取り揃えて十種とりあえずお使いに渡します。誠に私

たちでさえ気の紛れない雨の日に、お目が悪くてお引きこもりになっておりましたら

どれほど難儀なことでしょう。傍らでのご介抱もさぞかしお心苦しいことと思います。

お医者様はどなたですか、あまり長く同じご様子でしたら試みに変えてみてはどうでし

ょう。このようなことは申し上げにくいものですが、ご心配されているので(お勧めし

ます)。私の兄の知人で、このほど西洋からお帰りになった医学士がおり、眼科専門で

とても熱心な人ですので世間の評判もよろしいと聞いております。もしお見せになるの

でしたらと書き添えておきます。とかくおふさぎがちなのでしたら一両日中に伺って、

変わった人が変わったお話しでも聞かせましょうと兄たちも申しております。私も伺う

べきなのですが雨に降りこめられてなかなか立ち出で難く、ご無沙汰していますがよろ

しくお伝えくださいませ。母は仰せの通りいつもの持病で籠っていますのでただただ

よろしくお伝えくださいとのことです。

 

   庭園の観覧をお願いする文

 一夜ごとの雨にますます春の景色らしくなってきました。こちらの垣根の内でさえ、

桜や柳が色を帯びてきて、昨日かえった蛙の子が小溝の流れで声を立てるのも意味あり

げです。ましてや吉野初瀬をひとところに集めた松の木がくれは(?)嵐山の面影を

映していることでしょう、下行く水に大堰川の名が趣深く、この頃のおぼろ月の夜船を

浮かべた新御殿のお庭の様子をはるかに思って憧れる心にとめどがありません。まだ

従二井様の下屋敷と申さず、かつての京屋の豪奢な庭であった頃、私はまだ蝶々髷も

結えない振り分け髪の幼さでしたが、伯母があちらにいささかのご縁があってしばしば

伴われて一夜を花の影で明かしたことがありました。月の残った明け方、あの柴橋を踏

み渡ろうとして転んだことも思い出し、さまざま忘れ難いところです。今はあなた様が

ご奉公されて朝夕にお立ち馴らされているとのこと、どのようなご縁がと宿世を不思議

に思えて、お許しのないお垣根の内を思いをあきらめようと思っていましたが、もし

お手引きがあって昔の夢を繰り返すことができましたらとこの頃毎日思っています。

ご無理なお願いを申し上げますが、ご主人方がいらっしゃらないお暇なとき、庭園から

のご用事を承り、それを手掛かりに伺うことはできないでしょうか。お難しかったら

竹林の影だけでも拝見できたらと思うのですが、うぐいすがどのように鳴いているのか

ととても恋しいのです。

   同じ返事

 ご本宅にいた頃は何かと病みがちで長くはご奉公も勤まらないかと思われましたが、

姫君様のお供でこちらの新御殿に移ってからは心軽やかに、気も爽やかになって昨日の

私ではないようになったのは、一重にこのお庭のたまものだと一人かしこまって喜んで

いるところに昨日のお手紙にこまごまとあったご縁を思うと、どれほど恋しいことでし

ょう。その山のたたずまいや水の流れは元のままではありませんで、いろいろ作り改め

られてはおりますのでご覧になったら涙の種になるかもしれませんが、塩釜のうら淋し

さも、河原の院のすさまじさもありませんから一晩お泊りにいらっしゃいませ。お年に

似合わず思いやり深い姫君ですのでお文のことをこれこれとお話ししましたところ、

本宅からのお客がない時は私に憚らずいつでもご案内なさいと大変心安いお許しが出ま

した。明日から三日の間は何もなくのどかですので、お心次第にお出かけくださいます

よう、花盛りになりますとまた園遊会やなにやらとものうるさくなってきますので、

今の内がよいとお持ちしております。

 

   留守番を頼む文

 かねてお話し申し上げました大磯行きが明日と取り決まりましたので、お留守番を

お願いしたく、お取り計らいをお願いいたします。弟の竹三が明後日まで留守番する

つもりでいますが例の気軽で急にどこへ行ってしまうかわかりませんし、そうでなくて

も三日後には学校が始まって寄宿舎に帰りますので、とてもこの人は当てにならずただ

あなた様をのみ頼っております。先日私がいない間にかび臭いものを引き出して、驚く

ほどきれいにしてくださるとおっしゃいましたが、それではかえって恐れ入りますので

ただここで寝泊まりしてくださり、老婢にお指図をして下さったら幾重にもありがたい

ことです。お暇乞いに伺っていろいろお願い申し上げなければいけませんのに明日一番

の汽車でと忙しいことになり、旅慣れないものでうろたえて心急くばかりです。ほかな

らぬ伯母様に儀式ばってもと自分で理由を作って、失礼極まりないお文でのお願いです

が、何もかもよろしくお取り計らいくださいますようお願いいたします。

   同じ返事

 明日の一番汽車で発つとのことですので今夜から伺いたいのですが、心ならずも嫁の

考えもあり、お文を見るなり馳せ出ることは少し憚られますので明日お発ちの後ゆっく

りと伺うようにします。取り散らかしたものの片付けなどは私が行けば全ていたします

から、そのことは構わずに忘れ物がないよう心がけてください。途中は掏摸の用心に心

を注ぎ、汽車の乗り降りで足など踏まれることなどがあったら懐中に手をやりますよう

に。束髪ですから簪の心配はないでしょうが時計は帯の奥深くに入れるか手提げの中に

入れて膝に引き寄せておきなさい。一人旅だからといって汽車の中で知り合いを作るの

はよろしくありません。ご逗留は長くはないとのことですがなるべくなるべく速やかに

お帰りになりますようお願いいたします。留守番が嫌なのではありませんが、慣れない

(あなたの)旅寝が心配ですので。

 

   急な引っ越しを人に告げる文

 箱庭のようになったと笑われた元の家は、何某博士が是非欲しいと申されたままに

譲って、一昨日よりこちらにしばしの仮引っ越しをいたしました。かたつむりでも家

からは出難いものなのにと、人が来てはその無造作を笑われますが、新しい世帯のもの

もそれほどなく、車に二つ三つ、手伝いの男三人ばかり頼みましたらことなくこの家に

引き移してくれました上、いつのまに吊ったのか台所に絵馬を置く棚もあり、荒神

(台所の神に祀る)まで知らぬ間にできておりました。主は見慣れぬ住処が旅に出て

いるようだとおもしろがって、毎日絵筆を持って庭の様子などを映しております。前に

いた家は無風流で趣深くなかったとその旦那様を侮っておりましたが、このたびは風流

過ぎて盗人の用心をしなければなりません。垣根は名ばかりで大路よりのぞけば池の蘆

の間の月の住処もあらわです。絵はやえむぐら(雑草)のむさくるしさですからまた

物笑いの種にされるのも悔しいので、(少しでも)見栄えがするように夜に入って露の

置く頃においでくださいますようにと主の申し付けです。隣家に横笛の上手がおり、月

に澄んだ音が昇る音を二夜聞きました。これもおもてなしの一つにしますので必ず必ず

お待ちしております。

   同じ返事

 思いの家ともいうものをいかにも軽く思し召していらっしゃいますね。人から聞いた

ところではお約束をして三日後にはお引き移りされたとのこと、常々行く止まるという

ことをおっしゃっていますが、そのままのお心なのだと驚きました。お庭に茂るやえむ

ぐらは虫の音を聞くためでしょうが、池の水草は月にかき上げさせるのでしょうか。

わざと荒れさせたいくらいのお垣根が、すでに朽ちていたのはさぞご本望でありましょ

うと例の山がらすに似たこちらの主が申しております。今夜の月に雲がなく、家には

障りになる客も来ませんでしたら必ずご門をたたきますのでよろしく申し上げよとの

ことでお返事まで。

 

   親の病気を妹に告げる文

 差し急ぎ申し上げます。土地が隔たっているので何かとご案じくださっている中で

よろしからぬことをお耳に入れるのは心苦しく、大体のことなら言わずに過ごすべき

家内の相談ですが、実は父上様が先月の末から発病し、体中がしびれるようになって

自由がきかず、寝返りされることもできないようになりました。中風の類かと医者も首

をかしげており、常々大酒を遊ばされ、お体の健やかなことをご自慢し過ぎていた年月

が積もったのだと母上始め兄弟一同悲しんでおります。容体を申し上げると親思いの

あなた様のことですからきっと急いでお越しになりたいと、そちらのお舅様方のご機嫌

も考えず、お連れ合いのお考えに背いてただ一筋に振る舞われるようなことになっては

あるまじきことなので、事情を細かくお話しになって息のあるうちに一度は会わせたい

と思っているこちらの願いを取り重ねてお伝えし、お許しが出ましたら急いでお立ちに

なってください。旦那様へのお文をもう一通、これは母上から参らせます。ご容体を

申し上げるとお口が回らないのと体の自由がきかないばかりでご気分は確かですから、

急なことにはなりませんので、驚きのあまりかえって病気を引き起こしてしまいません

ようにと申し添えます。

   同じ返事

 父上様ご病気の報を承って驚きました。そのようなこととは思い寄らなかったので、

あまり久しくご無沙汰しましたお詫びかたがたこの地の名産の雲丹を少々小包便でお送

りしましたのは昨日のことでした。ご晩酌のお膳の上にと思いましたがそのお酒こそが

ご病気の元だと聞くと耐え難い心地です。母様よりのお文を良人が拝見し、こちらの

両親とともに驚いて、ほかならぬ(人の)ご大病の枕元に付き添って看護するのは子の

役目なのだから少しの猶予もなくすぐさま出立するようにと、お願いしなくてもお許し

が出ましたが、こちらの弟の六四郎殿の背中の脇に怪しい腫物ができていたのを何も知

らずに過ごしていたところ、次第に気分がふさいで顔色が悪くなり、いかにもおかしい

と思われましたので今朝市内にある病院に良人が連れてまいりましたところ、瘍と申す

ものでただごとでない病気でした。今日は連れ帰ってきましたが自宅ではとても療治で

きないので今夜にも入院させて手術をしてもらおうと論じていた最中のことですので、

心は二つとなり、体は一つであることが嘆かわしく、良人はじめ両親も出立を急がせて

くださるのですが、入院が済むまではと何気なく留まっています。遅くても明日の夜か

明後日早朝には旅路に着くようにしますので、親不孝の罪は大変深いですが、お文だけ

を先に送り、身は遅れて参ります。