通俗書簡文 十三

  一昨日の月に寒々しいむら雲。今日は皆既月食天王星の食、見られるだろうか。

   

   雇人の逃亡を人に告げる文

 まずお耳に入れなければとさし急ぎ文を参らせます。かねがねごひいきいただいて

おりましたこちらの手代の久助が、一昨日の午後よりお得意先の掛け金を頂戴に差し向

けたところその夜になっても帰って来ません。もっとも今までも怪しい噂は耳に入って

おりましたが、今まで目に立つような不都合をしたことがありませんでしたので大体は

見逃しておりましたので、誠に困ったことだとその夜を明かして、昨日の朝こそはと思

っておりましたがなお音もなく昼過ぎになり、お知りのように多くの雇人を召し使って

おりますので、あの男が先に立ってこのような不出来をいたしますとほかに示しがつき

ませんから密かに事を設けて内々に取り計らうように番頭の忠七に委細を申し含め、

いつも行くという釜屋に車を走らせましたがここにも絶えて影も見せないとか、忠七が

いろいろ問い聞きましたそうですが疑う節もないのでその車で得意先を回って、それと

なく様子を伺いましたところ、掛け金はことごとく取り集められていましたので、さて

これではどこかへ行ったに違いないと、驚きながら戻ってきて告げました。受(保証)

人のところにも忠七をやってかれこれ調べてみましたが、実直な人で嘘を言うことが

ありませんから知らないと言えばどこまでも知らないに間違いなく、心一つで身を隠し

たことは疑いもなくなりました。今さらながら人の心の変わりやすさに開いた口がふさ

がらず、飼い犬になんとやら申すようです。長年の馴染みであり我が子のように思って

おりましたのに金を持ったことからの出来心か、それともかねてより考えていたことな

のかはわかりませんが、ひたすら疑わしく思われます。といっても若気の無分別で行く

先もないことですので、結局は身の振り方がなくて浅ましいことになってしまえばいか

にもいかにも痛ましいことです。罪は罪としてもそれが心にかかりますので、万が一

日頃のご親切に頼って行く方なしに(あなたの)お袖にすがって詫び言のとりなしを

願ってきましたら引き留めてご意見し、こちらに連絡をくださいますでしょうか。そう

しましたら忠七を迎えにやって底なしに(有無を言わさず?)連れ戻すべく、このたび

の過ちはあってもこれまでの勤めぶりの数々がありますのでこちらでは決して見限りま

せん。これほどのことで人一人を捨てものにしてしまうことは忍ばれますので、まだ

下々の者にはこの事態は一つも聞かせておりません。詳しく知っているのは番頭と私だ

けで良人も知って知らぬ顔をしておりますので、その辺をお含みいただいて万が一参上

しましたら心得違いをしないようにおっしゃってくださいませ。三歳児でもない人並み

の大人の男がしたことなので思うところがないわけでもなく、いつまでもこの地にさま

ようような不覚ではないだろうと忠七は言いますが、私は肩揚げの昔を忘れず小さな

子供のままのように思えますので、本当に本当に心配しております。お聞きようによっ

てはお怒りにも触れましょうが遠慮も何もなくお願い申し上げます。親の心子知らずと

いうことはありませんでしょうが、年月使われた主人の心を存じもせず脇道に紛れ込ん

だ困り者のありかを聞くことがありましたらしかるべくお取り計らいくださいますよう

くれぐれもお願いいたします。

   同じ返事

 久助殿が道を外して行方が分からないとのお文を拝見して驚きました。あの真面目で

心優しい人がどうしてそのようなことをと本当のこととは思えず、他の人なら大変不都

合ですねと一言に済ませることができますが、どのような魔がついたのかと悲しくて

たまりません。ともかく何かわけがあるとは思いますので、関係のある筋などに細かく

お問い合わせになれ、どこに隠れて、どちらかへ行ったなどが分かると思います。日頃

馴染みのことでもあり、万が一訪ねてくることがありましたらなおさら、いつもより

もっともっと心がけて、ありかを聞き込むようなことがありましたら直ちにお耳に入れ

て、表ざたにしないで事が済むようにいたしたいと思います。長年の辛抱がこのこと

一つで消えてしまうことは嘆かわしいことです。こちらにまで手厚いお文をくださった

お心を思うとはばかりながら涙がこぼれて、感じ入りました。何事も穏やかに、人目に

立たないようにというお振る舞いの欺(策?)はごもっともだと存じますので、私は特

に伺いませんがひたすらこのことを心掛け、見つけ出しますように努めます。

 

   愛犬の行方が分からなくなったことを友に告げる文

 大変浅ましいことですがお聞きください。昨日の夕方私どもが飼っております赤が、

昼の暑さに大変苦しんでおりましたのでお湯に入れてやると大変快さ気に暴れていまし

たが、いつもの勧工場まで涼みがてら、兄たちと四、五人で遊びに行きましたところ、

横町に高い柳のある門構えのお家をご存じでしょう、あの邸内から耳の垂れた大きな黒

犬が駆け出してきて一声高くうなりかかって、こちらの赤はなりは小さいのに気が強い

ので走りかかってのどを狙いました。兄たちはいつものようにおもしろがって、赤よ

負けるなと言っていましたが私は恐ろしく、あのような大きい犬と赤が戦うなんて、

不器用な私が繻子の袴を縫うよりも難しいことで、どうしたって力が足りないと止める

ように頼みましたが兄たちは聞き入れません。赤は飛びかかっては吠えたて、いつしか

横町から大通りへ追い出して、ちょうどお地蔵様の縁日で植木屋がたくさん出て並んで

いる中を二匹の犬が逃げたり追ったり、呼んでも聞かず、止めるのはさらに耳に入らな

いようで、早足の兄たちがそこここ追いかけましたがとうとう見失ってしまいました。

日頃家への道などはよく教えておりはっきり知っているはずなので迷い犬にはなること

はないから安心して帰れと皆に言われて、私は気になるのは言うまでもありませんが

仕方なくそのまま連れられて戻りました。それを限りに影も見えず、昨夜は寝ずに耳を

立てて、もしや帰らないかと雨戸の掛け金を何度外して見たことか。ついにわからない

まま日が明けて、もし道の横の古井戸に転げ込んでそのままになっているのではと今朝

は下男を促して探しに出しましたがそのような気配もないと帰って来ました。命さえ

あれば道を迷うことはなく、首輪にはっきり飼い主の名を記してありますのでまさか

打ち殺されはしないだろうとは思いますが大変心配で、今人を走らせて三つ四つの新聞

にありかを知らないかという広告を出すことにしました。あなたにお文を出す時など

袱紗に包んで首に結んで時々のお使いに出していたのに、今日は郵便で差し出すことが

何となく心淋しく、憂さが紛れません。このようなことを書き散らかして狂ったかと

思われるでしょうからほかの誰にも言わないでくださいね。

   同じ返事

 翁丸(枕草子)のように罪があって追放されてさえ、行方が分からなくなるのは哀れ

なことですのに、あの愛らしくてものをよく聞き分ける赤がいなくなったとは、どれほ

どお辛いことでしょう。このお文を手に入れて封を開けてまだ最後まで読まないうちに

私の家の裏手にある竹藪の方で犬の声がものすごくして、たくさんの犬が吠え立てる中

に弱ったような声が混じっているのが聞こえたのでお文を放り出して、思わず庭から

駆け出して見に行きましたところ、それは隣家の飼い犬で私の大嫌いな斑の雄犬、ごみ

溜めをあさっては獲物をいつも宿無し犬と争っているいやしいやつです。どうしてこれ

の声を赤の声と聞き違えたのでしょう。あなたが一晩中雨戸を開けたてされたことは

無理もないと思います。仰せの通り首輪をかけておりますので打ち殺される心配はない

でしょうから(待つ以外)何ができましょうか。誰か人知れず見たとたんに可愛いので

耐え難くなって抱いて連れて行ってしまったら大変惜しいことですが、その栄誉から逃

れられずにお布団の上に据えられて、お魚ばかりのお食事に飽きているかもしれません

よ。もう少し経ったら居場所もわかることでしょう、こちらでも出入りの車宿に、若い

者たちがどこへ行ってもそのような犬を見たら連れてくるように、ご褒美は莫大ですよ

と申し置きました。

 

   病気が快復したことを知らせる手紙

 母が病気中はお心にかけていただき、何度もお見舞いをしてくださいましてありがた

く、年寄りのことなので差し込みが激しかった間はこれではおぼつかないのではと親類

一同の頼みの綱が一時は切れかかっておりましたが、人の勧めで世間で名高い人では

ないのですが何某という医師に診察していただいて薬をもらうようになってから不思議

に胸の痛みも薄らぎ、一日一日目立って快方に向かっております。本当に人は天寿とは

いえ病に医者は選ぶものだとこの度のことから利口になったことでした。まだ床には

おりますが手回りの用も足せますし、起き伏しも自由になりましたのでもう回復したと

言っても差し支えないので、お祝いといっても形ばかりのお赤飯だけですが、お心遣い

いただいた方々様にお礼を申し上げたく、明日の昼過ぎにこちらにお車を寄せていただ

けましたらありがたく、くれぐれもお待ちしております。

   同じ返事

 お母上様ご全快のお祝いに明日のお招きをいただきまして嬉しいことはもちろん、

あなた様の親孝行にひたすら感じ入りました。今こそお話しできますが、一時はご病人

のお顔とあなた様のお顔を見比べて物も言えずに泣いてしまうようでしたので、誰も

もうご回復されるとは思いもよらず、大切なお方が空しくなってしまったら、残された

あなた様のお嘆きだけが特に心配でした。霜も凍る寒の夜中、裏の井戸で水を浴びて

までの思いのご孝行もあの容態ではと首をかしげましたがご病人はもとより、あなたが

いたわしいと思っておりましたがそれは凡庸な私たちの考えで、何某先生とは聞いた

こともありませんでしたが、そのお医者様からよいお薬ををいただいて薄紙をはぐよう

に(よくなった)と聞いて一重に親孝行のいたす(技)、諸人の力ではないと思いま

す。明日のお席には何を置いても必ずお伺いいたします。ご配膳のお手伝いを勤めさせ

ていただきたいので(席は)内輪の方に置いてくださいませ。

  

   東京へ着いた知らせを故郷の親に

 今四日午後三時にこの地にことなく着きました。お含めの通り停車場から車を雇い、

こちらの伯母様の元まであっという間に飛んできて少しもまごつくことはありませんで

したのでご安心ください。お土産の品々に伯母様は大喜びされて、何々はどうしたって

国元のものがよい、東京にも似たものはなくもないが、味わいが格別に違ってこれほど

おいしくないのだと一人で引き寄せて召し上がりました。この地に着いたことをちゃん

とお知らせしなさいと促され、一人娘に一人旅を初めてさせた親心はお前が思うような

ものではなくて、こちらの空ばかり打ち眺めて心配している毎日なのだから一時延びれ

ば一時の親不孝だとおっしゃってこの巻紙も封筒も伯母様から頂きました。まだ行李も

解いていなかったので(手紙を書くために)その縄を緩めるため小刀をお借りしようと

しましたらこの子は何をするというのか、文書く紙ならこの宿にもあるのだから他人

行儀など打ち捨てなさいと、お机の引き出しから出してくださって自ら墨も磨ってくだ

さいました。この家にいる間は我が家の子なのだから隔て心など持たないようにと、

とても懐かしげにおっしゃってくださいます。お写真で見たのとは違って物腰はお母様

のようです。初めて会ったいとこたちもみないい人たちでかれこれと世話をしてくれ、

入るべき学校のことなどを心配してくれます。本当に私は井の中の蛙で、ここに来て

いとこたちのお話を聞きますと皆とてもお利口でなんでもよく知っていますし、私より

はるかに年下の人でも学はよほど上のように思われます。東京の人すべてがこのような

利口者なのか、それとも伯母様親子がとりわけて利発なのかわかりませんが、とにかく

も今までとは心得を改めて十分勉強に努めます。わざわざこの地に出していただいた

ご恩返しができるようにまたお文はゆっくり差し上げますが、無事着いたお知らせかた

がた今日思ったことをしたためました。そのうち近辺のお友達へもお文を出しますが、

もし訪ねてくることがあったら無事に着いたとお話しください。おはなむけ(餞別)を

くださった方々へもよろしくお伝えくださいませ。

   同じ返事

百里の道も下駄ばきで(?)と聞くこの頃、もはや牛馬に踏まれることのない成人の

お前を手放したからといって気がかりもないはずですが、長年手元に置き慣れて一晩も

泊りに出したこともなかった名残でみっともなくも淋しくて夜も眠れません。無事着い

たという文を見て大いに安心しました。その地の姉上はこちらの気立てとは違って、

万事抜け目なくて思慮深く、無類に親切ですが、気短で怒りっぽいところがあります。

かねて申したようにお前が心を練りさえすればこれは一つの修業となり、身のための薬

となることでしょう。いとこたちにも気軽に親しんで田舎者、偏屈者などといわれない

ように心がけなさい。といって打ち解けすぎて喧嘩などしては長く同居できませんから

全てに思案して振る舞うようになさい。父上が言うには、都は華美を尊ぶ習わしなの

で、定めし伯母のところの人たちも華奢で風流なお稽古事などいろいろ習っているだろ

うが、ゆくゆくは田舎に帰って婿を取る者が琴や胡弓まで習わなくても済むのだから、

もしそのような勧めがあっても断るようにとくれぐれもの仰せでした。夜のものを一通

りと糸の入った着物三枚を汽車の荷物にして送りましたのでお手元に届くと思います。

おまえの上京の様子を見た隣家の娘が急にうらやましくなったらしく近々出立するとの

こと、もしもそちらに行くことがあったらその時また文を出すのでこの度はここで。