通俗書簡文 十九

   愛児を失った人の元に

 弥太様が小学校へ行く筒袖姿を勇ましいと見上げたのは昨日のように思っていました

が、急なことからあの唱歌を歌うお声をもう聞くことができないと思うほどにお気の毒

で、大路を歩いて同じくらいの大きさの子が、いつも着ていたような八丈の羽織を着て

物陰から走り出てくるとあっと声をかけそうになっては思い返し、もういらっしゃらな

いのだと思うとただ涙がこぼれにこぼれます。何者でもない私でもこうなのですから、

多く(のお子様)の中でただ一人の男の子でしたので、見ていてもご寵愛が深かったの

に、葛飾にある何町もある田圃をあの子のご所有にしようとご分家した上、ご夫婦とも

そのご後見に取り決まって、自分は農学士になってあちこち開墾し、お父様のお志を継

いで軍人も兼務して勇ましい功を立てて金鵄勲章をこの胸にかけるのだと大威張りされ

たことなど、子供の常の豪傑好きのみならず本当に名を上げようという思いが学校での

お勉強ぶりにも表れて大変頼もしく存じていましたのに、このようなことになってお悔

しさを推し量るにもあまりあります。お弔いのお見送りに伺いました時、お父君はただ

ただ驚いたかのような、お弱りのような、夢心地のようでいらっしゃり、お前様はご普

段からのご病気にも障るとのことで、お床に伏していたご様子をお見舞いするのも耐え

かねました。お力落としはごもっともで千度申しても尽くせません。忘れなさいと申し

上げるのは近頃は失礼な言葉ではないかと思いますが、それでもひたすらのご追慕で、

ご病中の御身を厭わず、雨風に妨げられない時には一日に二度までもお墓参りにいらっ

しゃっているとのこと。それはかえって仏のお為にはなりませんし、御身の大事になり

ます。残ったお嬢様たちのお一人はご縁が定まりましたが、それからも次々たくさん

いらっしゃいますのにこのお嘆きで身を弱らせて何事もお捨てになってしまってはいけ

ません。弥太様が大切なのはもちろんですが、お嬢様に思いを変えて御身のご保養をし

てください。こちらのように一人の実子を亡くした者もあると思って、このことはお諦

め下さい。父君はようやく平常に戻ったとお聞きしましたがそれでもどうでしょうか。

ご老体ですから事にお大事にしてください。私がかつて一人子を失ったその悲しみと思

い比べて今のご様子を推し量られますのでこのようなお文を書きました。とはいっても

嘆かないでくださいとは申し上げ難いのですが。

   同じ返事

 葬送の折及び喪中にもお訪ねいただいたお志がありがたく、少しは心地よくなりまし

たのでお礼の文を差し上げたいと存じながらまだ筆を取ることが物憂くて、思いながら

失礼いたしました。今朝はわざわざご丁寧なお文、誠に仰せの通り朝夕あまりに愚かし

く取り乱した様を、心は闇(子故に闇に迷う)ではありませんが御憐れみ下さい。思え

ばお前様はお一人子を失ってその時のお心はどのようだったでしょう。こちらには娘た

ちがたくさんいて、惣領には孫もできようとしているのに何が不足かと我ながら深く

考えます。とりわけの寵愛といってはおかしいですが老後の(子)なのでただかわいく

て、お恥ずかしいことですがあの色黒を手の内の玉と大事にしていましたが、長くも患

わずたった三日ほどの苦しみに看病を尽くしましたが、充分でなかったという心地しか

しません。天狗が来てさらっていったように思われ、日毎の寺参りもこれこそ物狂いの

仕業ではないかと家内の者に止められますが、この部屋あの部屋、形見の場所で障子の

陰やふすまの向こうからふと立ち現れて母様と声をかけるのではないかとはかないこと

を考えるので、じっとしているのが耐え難いまま思い立っては出かけました。父はさす

がに男ですのであの両三日は(おかしくなって)いましたが昨日今日はそれほど何も言

わず私の言い甲斐のないことを意気地なしだと叱ります。しかし今日はこのお返事を、

これほどに取りまとめてしたためられたので、そのうちに元通りに返るでしょう。いか

にも淋しさに耐えがたく、亡き人のことを話せば心が慰められる気持ちですのでお暇が

ある折にはお訪ねくださいましたらありがたく、お礼がてらお願い申し上げます。

 

   火事見舞いの文

 ただいま出入りの植木屋が来て昨夜お近くより出火したと話したので、初めて知って

驚きお見舞い申し上げます。聞いたところではお裏町より出火しあっという間に表まで

抜け、数寄を尽くしたお茶室はじめお庭の樹木や母屋まで半ばが煙になってしまったと

か。どうしたことかこちらの区内の鐘は全く打たれず、そのようなことがあったとは

夢にも存じませんでしたので今まで人をやらなかったことを深くお詫び申し上げます。

ご老人様もいらっしゃいますからご心配はどれほどかと思いますが、みなみな様お怪我

もなくお立ち退きされたとのことで嬉しく思います。何もかもとりあえずお重と酒一樽

を持たせました上、午後からは私が伺いますのでこちらで間に合わせられるお品物など

ありましたらご遠慮なく入用お申し付けください。くれぐれも昨夜伺うことができなか

ったお詫びを申し上げます。

   同じ返事

 ご丁寧なお見舞いありがとうございます。人々は奪い合うばかりにして頂戴して大助

かりでした。ご存じなかったのは道理で、ただ手の平くらいが焼けたばかりですので近

所の親戚などさえまだ来ていないものが多く、倅が申すにはもう少し火が大きかったら

焼け栄えもあるものを、かまどの中くらいの火で大騒ぎをして残念だと悔しがっており

ます。庭周りより母屋までは大方焼失したと同じで残ったところも突き崩しましたので

形があると申すばかりです。蔵二つは目塗りに早く手を回し、幸い無難でしたので仰せ

下さった当用の物には事欠きません。まだ何も手を下しておりませんので調べもつきま

せんが、出来る限りは取り納めたと思ってご安心ください。まずはお礼のみ。

 

   負傷見舞いの文

 容易ならないことをお聞きしました。お取込み中いかがかとは思って参上はせずに

お文でご様子を伺おうと人に頼みます。旦那様が今日の午後、かねてより新聞広告で

見知っておりました何某かの会に向かうためお車で何某町まで行ったところ、突然物陰

からピストルを使って傷つけた者がいたとか、人々が話すことはとりどりで、私のとこ

ろの書生が聞いてきたのは、おかすり傷で浅く済んだようだということでもあり、隣家

の倅の取り沙汰ではお脇(腹)から玉が入ったそうだとか聞くだけで胸が轟いて、どう

であれご様子を伺ってみなければと筆を走らせています。犯人はそれぞれの手によって

捕えられたとか、良人がここに入れば直ちに参上するところですが、ご存じの通り留守

中ですので叶わなかったことをどうかお許しください。とりあえずお伺いばかり。

   同じ返事

 早くお耳に入ったとのことでお尋ねいただきありがとうございます。まだ誰の仕業と

もわからないのですが、玉は二の腕から背中にかけて貫きましたので一時は出血がおび

ただしいことでした。どのみち入院して治療しなければ治りませんので例の医博士が今

いらして手当てをしておりますが、当人は私の驚きほどにもなく、至極平気でおります

ので、これでは治療もたやすいだろうとのことでご安心くださいませ。書き乱れており

ますがお返事まで。

 

   地震見舞いの文

 昨日十五日の地震は東京もいつもより少し時間が長く、戸外に走り出た人もなくもあ

りませんでしたが、棚の物などは落ちもしなかったのでそれほどのこととは知りません

でした。今朝の新聞を見るとなんと御地のすさまじかったとのこと、地が裂け川もあふ

れ、家(の被害)やけが人の数は知れず、夜から朝にかけて震えた数は五十幾度で、今

もなお折々の小さい(地震)は絶え間なく、人々は野宿して心安らかではないとありま

した。お宅のあたりは場所柄どうだったでしょうか。同じ町といえども所によっては

それほどでもないところもあり、多くの中にただ一軒だけがつぶれ残らない家もある

などと書いてありますようなお幸せの内に入っていますようにと祈っております。

ご様子を承りたく急ぎ文を差し上げます。

   同じ返事

 恐ろしい夢がまだ覚めないような心地ですので、有様を詳しくはしたためられません

が、大体は東京の新聞で推し量られたとおり、開闢(天地が初めて開けた時)以来と

一口に申しますが、見たこともない世のことは知らず我々歳若い者たちが目にも耳にも

未だ見聞きしたこともないような大事でした。時は夜の十時ごろでした、良人は役所の

調べものを携えて帰り、燈火の元で繰っており、私はそこから二間隔てた小さい部屋で

子供を寝かしつけ、いつか送ってくださいました何某の雑誌を読んでいると、怪しげな

津波が寄せるようなものすごい音がするのを何ともわからず、稚児を抱き上げて立ち

上がると良人は奥から声をかけて燈火に気をつけてから表へ出よ、地震がひどそうだと

言うので、もう何もわからずにらんぷを吹き消して足袋裸足のまま庭へと飛び降り、

危うくなさそうな垣根際に立ったその時のすさまじさは今も目に残っていますが、何と

も言葉にはできませんので少し心が落ち着いたらまたお文でご覧に入れます。こちらの

住まいは隣も近くなく平屋作りで、後ろには竹藪などがあるので揺れは少なく、壁の土

が落ち、瓦が損ねたくらいで事が済みましたが、私は常々日用の買い物に行く何某の町

はつぶれた家から火が出て、百戸の人家がことごとく焼け失せ、顔を知っている人が梁

の下になったり、焼死した人も少なくなく何もかもが恐ろしい夢のようです。仰せの通

り小さい地震は今もまだあり、日の内に二度も三度も箸を持ちながら駆け出そうとする

ことも珍しくありません。人々はものおじして風の音にも肝を冷やしておりますが、

もう大したことはないだろうと東京から出張してきた学士様がおっしゃっておりますの

で、まずはご安心くださいませ。またゆっくりお文を差し上げますが、まだ取りまとま

りませんのでただごとではなかった様子だけ。

  

   盗難見舞いの文

 昨夜は私が楽しみのかるた遊びにお初様や与五郎さまを無理にお引止めして夜中過ぎ

までお人手を少なくさせてしまった申し訳なさ、今警察の前で、お宅の下男がお届けに

参ったところにこちらの倅が出会い、その様子をお聞きし大変驚きました。盗人は宵の

うちから紛れ入って物置の二階の薄暗いところに隠れて、人々が寝静まるのを待って

いたとのこと、ご紛失した品は莫大であるのみならずお召し物なども奥座敷でゆっくり

選んで時に立派なものだけを持って行ったとはなんと肝が太く憎らしいしわざ、お家の

中の案内がない者にはできないことだろうと下男はおっしゃっていたそうですが、お心

当たりなどあるのでしょうか。直ちにお見舞いにと思いますが、年始の客が次々に立て

込んで、座をはずす暇がありませんのでお文にてご様子を伺います。驚きのあまりお血

の道などに障ってはおりませんか、お初様の近々のおめでたのお支度にとお取り寄せし

ていたものなどどうなったのでしょう、それが殊に案じられます。私がお二人をお引き

止めしなければ戸締りも隅々までしてお気づきになり、(盗)人も隠れることができな

かったのではないのでしょうか、人手が少なく手が回らなかったのだろうとお詫び申し

上げ方々、お見舞いまで。

   同じ返事

 竜田の山に行ったこともないのに、夜半の白波に襲われるとは情けないことでした。

  風吹けば沖つ白波竜田山 夜半にや君が一人越ゆらむ

  風が吹けば沖に白波が立つ(田山と呼ばれる山を)

   夜中にあなたは一人越えて(新しい妻の元へ)行くのでしょうか

   

 お初と与五郎が帰ったのは十二時少し前くらいで、さまざまおもしろく遊ばせていた

だいた話などをして床に入ったのはいつもより少し遅かったのですが、戸締りは私の役

目なのでいつもの通り見回りもし、火の用心などに気をつけましたが物置の二階までは

見及びませんでしたのであのようなことになったのです。このような災難がある時の習

いで、いつも目ざとくて鼠の音にもすぐに耳そばだてる私が大変よく寝入って、今朝方

まで一度も夢から覚めなかったのですから、それは悠々と品のより分けをする暇が充分

にあったことでしょう。たぶん曲者は一人ではなく、先に忍び入った者が導いてその後

仲間が襲ったのだと察せられます。仰せくださいましたお初の支度もそれはひどい目に

持って行かれたので、さしあたっての差支えとなり困り切っております。ご存じの通り

何事も気楽な娘ですのでそれほど嘆きもせず、いろいろの用意は身に不相応だと盗人が

思ってこのように持って行ってくれたのだからもう特にお支度には及びません、お母様

も嘆かないでくださいと申しておりますが、私はこれだけを残念に思っておりますこと

をお察しください。下男はこの曲者はきっと家内のことを知ってる者の仕業だと言いま

すが、そうとも限りません。燈火を手にして家の中をゆっくり探せば何のありかもわか

ることでしょう。今さらの騒ぎは出水の後に堤の沙汰をするようなもので甲斐がありま

せんのでお恥ずかしことです。年の初めの初夢には大変恐ろしいことで、胸に手を置く

(心を落ち着かせる)こともできません。