通俗書簡文 二十

                        ちょっと飽きて怠ってしまった。

   病気見舞いの文

 お母上のご容体は今日はどのようでいらっしゃいますか。急な日和で何となく頭が重

たく思えますので、お障りになっていないかと案じています。お医者様を変えて初めて

のお薬だと昨日参上しました時に伺いましたが、ご様子はいかがでしょうか。その効き

目があったのではないでしょうか、今日も行くことができたらと思いますが、人が来て

そうもいかないのでお使いに伺わせます。ご病人様は未だに何も召しあがらないと伺い

ましたが、これはご看病の皆様にお昼の間に合わせようと、急いで煮上げましたので

(味)加減が悪いことをお許しください。一の重はあなた様が昨日おっしゃった笹巻

寿司を、近所から取り寄せたものですのでお口には合いませんでしょうが少しばかり。

ご病人様のご看病をするお手が少ないのでさぞかし何かとご不自由だと思います。もし

私にできます御用がありましたら何なりとお申し付けくださいませ。昨日申し上げよう

としましたがそのまま帰宅してしまったので、わざわざ書くようでおかしいのですが、

文にてお聞きいただきたく、とにかくご病人様をお大切に、少しお快くなった時こそ

特別にお気をつけなければならないと存じます。今日のご様子伺いまで。

   同じ返事

 母の病気をお心にかけてくださいましてしばしばのご訪問をありがとうございます。

今日はお客様があってお忙しくしていらっしゃる中わざわざお人を使ってお煮物やいろ

いろ、格別に私へのお重までの数々お礼申し上げます。人の出入りは多くても家の者は

少ないのでただ上を下へとの騒ぎばかりして何か煮ようという心にもならないので、

お心入れを一層ありがたく存じます。お尋ねくださる病人の容態は、一つにはお医者が

変わってから思いなしか今日はいつになくよろしいようです。年寄りのことなので、特

に目立つほどの効き目はどうかとは思っていましたが、このようなら追々快くなるので

はないかと楽しみにしていますのでご安心ください。食べないことを案じていました

が、胸のつかえがなくなり、今に重湯などを食べられるようになれば、もうこちらの

ものだとお医者様が申されたことを力にしています。まだ海のものとも山のものとも

わかりませんが、少し見たところではよい方に向かっているようですのでご返事いたし

ます。このまま続くといいと思っております。

 

   友が故郷に帰るのを送る

 いよいよ今日になりました。昨夜は更けるまでお邪魔して、お支度もあるのに心ない

ことをしましてお許しください。雨が降ったら今日の出立を明日に延ばすとのことで、

そうなったら汽車までのお見送りができると思っておりましたのにかえって晴れてしま

い口惜しいことです。昨夜申し上げました通り何某の病院に入院している伯父を一日

おきに必ず訪問する約束があり、病人はこれを楽しみに待っておりますので(約束を)

違えるわけにはいかず、あなた様には失礼をいたします。今そそちらへ行くために着替

えていますが、もう一度お目にかかれない名残惜しさをせめてお文にして申し上げま

す。嬉しいことがあってのご帰郷なのでただ喜んでいればいいのですが、隠すことが

できない心細い思いです。昨夜も写真のことをおっしゃったのをいかにも見苦しいので

今度写し直してとお断りしましたが、今さらお心をもどきし(調べてもわからない)

ことが悔しくなり、隠したりせずに差し上げます。映った影はさておいて心だけをお納

めください。おわずらわしくてもこれからはしばしばお文を差し上げますので時々は

お返事くださいますことをお待ちしています。道中つつがなく彼の地にお着きになり

ますように、行ってしまっても今までと変わらぬお付き合いができますようにと祈りな

がらこれをしたためました。花の春、月の秋には大空を眺めてあなたを思うことでしょ

うが、今宵はさぞかし、明日の暁にはどうなっているかと思い出してくださいましたら

嬉しく、尽きぬ思いを短い文にしかできず悔しいですが、心に筆が伴いませんのでただ

忘れないでくださいとだけ(書いて)筆を拭います。大変甲斐のないことです。

   同じ返事

 今一度お別れを言いに行くべきですのに反対になった怠りをお許しください。昨夜は

いらしてくださってお餞別の品々をいただき、今日も特別にお写真をお恵みにお使いを

くださいましたお志のありがたさ、いつの世にそのお礼を言えばいいのか、このように

別れる身は行方のない心地がします。かりそめのように過ごしましたが、数えれば三年

の春秋をご懇意にしてくださり、妹のようにいつくしんでくださいましたのに経つ年の

甲斐のないことでかねてよりの定めの時になってしまいました。後から願ってもかなわ

ずぜひ帰郷せよと言い渡され、ご恩返しどころか言葉でお礼を言うこともできないほど

で、お別れを申し上げることは本当に思いがけないことです。午後二時に汽車に乗って

明日の午前には故郷の人になり、さてまたいつ出て行くことができるのでしょうか。

申し上げましたように身の方さえつきましたらこの次に嬉しいお目もじが叶うでしょう

が(その時には)浅ましい田舎者になっていることでしょう。この家の人々や、故郷か

ら迎えに来た人がかれこれの支度など心づけてくださって私はただ身一つを持て余して

いるので、用のない繰り言が長くなりました。くれぐれもご両親をお大切にご孝養を

第一にして、申し上げるまでもありませんが日頃のお勉強をひとしおにとお祈りしてい

ます。糸によるものならなくにとは本当のことだと心細くて、

 糸に縒るものならなくに 別れ路の心細くも思ほゆるかな

  糸を縒るようなわけにはいかずに別れることは心細いことです。

この筆を置くことが悲しいですが、お使いの人もさぞ(待っている)と思いここで止め

ます。月花の折は一緒に大空を眺めましょう。雲が出ても花の梢に風が吹いてもこの

約束だけは磐根の松の万代の世までもです。去る者日に疎くとはなりませんように。

 

   旅中都の友に送る文

 汽車もある世なのに殊更なもの好きだと都の皆様に笑われましたが、徒歩の旅の苦し

さやおもしろさがこれほどまでとは。足の弱い私がついているので本当に道がはかどら

ず、昨日ようやくこの里までたどり着きました。宿の主は夫の昔の教え子なので気心を

よく知って親切にしてくださるまま、あと二日ばかり逗留するつもりです。ご迷惑でし

ょうが、例の思いやりのない同士が打ち揃ってのことだとお笑いください。軒端から見

える山には名はないけれど夕暮れの松風が哀れで寂しく、前にある小川に入日が漂い、

都でも見られる景色ですが心細いものです。田舎の人がもの珍しげに東京の先生が来た

などと噂しているものと見えて人々が紙を携えて来て、ぜひなどとそそのかされて良人

は大いに弱り、私はその道の人ではないので句だの歌だの思いもよらず、書くのなら絵

をと言いたいままに言いましたらそれをそれをとまた責められて、どうするのかとそば

で冷たい汗をかきながら見守っておりますと、筆を取って炭団のみみずくのような怪し

げなものを塗りたてております。袖を引っ張って止めるのを聞かず、頼まれたのだから

と(言います)。そう乱暴なことをしては後で怒られるのではないかと人々に対して気

の毒で、生まれて初めてのような情けない思いでした。それはこの朝のことでその絵を

捧げ持って帰った人々が集ってこの里から一里余りも隔てた何某川に網を入れ、魚を

そのままお使い物によこしてくださいましたので驚きました。この辺りの人気は穏やか

で極めて真面目。粉ひき歌のような風流もあり、聞けば盆踊りもするそうです。旧暦を

用いるので今はようやく九月の初めで菊の節句は明後日だとのこと。旅に出てまたもや

秋に巡り合うとは、(秋に)追いついたのだと打ち興じております。都を出てそれほど

経ってもいませんが、怪しくも月日が隔たった心地でそちらの空を眺めております。

浮き旅の名に背かず趣きは趣きとしてもなにゆえともない寂しさ、そちらの様子をお聞

かせくださいましたら大変嬉しく思います。昨日までは大方一晩泊りでお返事を待つ

ことができませんでしたがこの宿には申し上げましたようにあと三日か、何くれの場所

の案内などを頼んだら六日の逗留になりますので、その間にお便りがあればとお待ちし

ております。日記を書きなさいとの仰せでしたが宿に着くとすぐに疲れが出て何も考え

られず、その日のあらましの覚えはあるようですがつい夢に入ってしまうまま今日まで

筆も取らずに送ってしまいました。手帳の一枚目にこの旅の起因めいたことを書いただ

けです。これからの行く先はどのようにおもしろいことでしょうか、見るところもたく

さんあると良人が申しておりますのでそれを楽しみにしていますが、いつもの(筆不精

で)申し聞かせられるでしょうか。「ここの淵は何某の僧正の入水の跡で、これには

ゆかりがあって」という長々しい物語を本当のことかと聞いて涙をぬぐうと「嘘です

よ」と打ち消されて悔しい思いをしたこともあります。「あちらの松は歌人の何某の庵

の跡ですよ」と差し示されてわざわざ畑の中を通って見に行き笑われたこともありま

す。全て案内人の怪しい仕業なのでこの日記もどんなものになるか、書いたらいずれ

お笑い草にもなりましょう。

   同じ返事

 軒端に山あり、垣根に川ある旅の宿の、しかも主は旦那様のお弟子さんであるとのこ

と、憂き旅などとは言い訳でお羨みなさいと聞こえるようですよ。そうでしょう、夕暮

れの雲に日が照って松風が哀れに訪れる時、都の空を思し召すとは、いかにもいかにも

と思われます。都は昨日も今日も雨が淋しくいつもお出での時愛でていらした隣家の琴

の音、あればかりを慰めにして過ごしております。ご出発からまだわずかですが、この

ほど変わったことは、私の家への曲がり角に舟板塀の風情ある瀬戸物の表札をかけた女

名前の家があり、あれはお前様とご同藩の何某という人の控え家だとおっしゃっていま

したが、それが五日ほど前の夜、物置に火を放った者がいてことごとく焼け失せてしま

いました。見上げて懐かしいと思っていた一本の松も思わぬ煙になり果てて残念です。

このことについてはさまざま取りざたされて、あの美しい人は暇をもらったとのことで

す。嬉しいことに指を折ると、家の子犬の病が癒えたこと、失くしていたと思っていた

(あなたに)いただいた歌集が見つかったこと。勝手下で働くいい女中が来たこと、

それよりも(よかったことは)妹の例の支度にとご相談をお願いしていた染め物の仕上

がりが殊に見事で、少しも派手になることがなく当人も大喜び、ひとえにお薦めいただ

いたおかげだとありがたく嬉しいです。毎日のようにお会いしていましたので物足りな

い心地になっていますのに、ましてこの朝夕の淋しさに文をお出ししたくてもお宿が定

まっていないのでどうしようもなく、日々この愚痴を申しては妹に笑われておりまし

た。お文を繰り返し読んで、旦那様の絵のくだりを拝見し、横のお前様のご心配顔が目

の前に浮かび、その人達がわざわざ網を打って魚を持ってくる様子までそのまま思い

やられて、良人にこうだと申すと「なんとご多能なこと、名画の徳に火(炭団に対し

て)とならばという誰やらの自賛(出典不明)を思い合わせて(我が)貧家の冬も忍び

難くなったら雪の降るころまでにその絵を一枚お願いせよ、我らにはみみずくのような

ものでない方を」とおもしろがっております。長いお旅寝の間に見て集めた名勝ばかり

でなく、そのような珍しいことを取り出せばこれからの山も川もおもしろいことがさぞ

かしあることでしょうと思いやられます。ご帰郷は来年とか、ゆっくりと歩いて書き集

めた旅日記を拝見できるのはいつのことかと楽しみにしています。この次のお文はまた

いつ頃になるでしょうか、それが待ち遠しいです。やがて時雨れる紅葉の陰でお風邪を

召しませんようにご用心くださいますようお祈りしております。