戸川秋骨の手紙

   明治27年12月20日 「大つごもり」の原稿受納

 いつもながらおもしろく拝読いたしました。編集小僧の悲しさ、すぐに何字何行と

数えて印刷の方へ送りました。お笑いまで、お礼をかねて。 草々

十九日夜

 

   明治28年11月

 今月はいよいよ拝見できることが何より嬉しく、見ない前から思いやられて月末が

楽しみです。今月は自分も恥をかいておりますのでご笑覧されることと思い、今から

赤面してしております。

 いつもお邪魔をいたしてはおかしなことばかり申し上げ、後にお笑いになっているだ

ろうと思いますが、嘘にしてもよそには聞いてくれる人もいないのでついつい勝手ばか

り申してしまいます。しかし秋骨は愚痴を言うだけで人は悪くないので、裏表のない

ところをお聞かせしたいのに、いつも応接間に追い払われるように思って残念です。

 川上兄のご様子が心もとないようですので今日はそちらに参りたいと思いましたが、

風邪気味なので伏しており、あまりにお話しをお聞きしたくなりましたので一筆示しま

した。いつもながらの愚痴ばかりですがお笑いください。

二十四日夕七時 秋骨

一葉さま

 御許へ

 

   12月

 昨夜よりおもしろくないことがあってうつうつと過ごしています。今日は平田もおら

ずわずかに書きものなどで慰めていましたら、幸い上田兄が訪ねてきておもしろい話の

数々、あるいは詩歌を論じ、あるいは宗教を談じてようやく平常に戻り、今は穏やかで

す。おもしろいお話を伺うためまかり出たいと存じますが、お忙しいとのことですので

控えます。用もないのですがあまり淋しくなりましたので一筆したためました。

 例の談笑まで。

おば様 二十二日夕

 

僕はね、昨日小田原へ来てね、兄さんに会ったの、それから(今日)ここへ来たの、

久しぶりで会ったのだから嬉しくって嬉しくってなんだかまるで夢中ですよ、いろいろ

話そうと思ってためておいたことはみんなわからなくなってしまって、ただにこにこし

て顔を見合わせているばかりなの。

おばさんにも、たーんとお話ししたいことがあって、遊びに行きましたけれどもお留

守でしたから、少し失望しましたよ、多分お忙しかったのでしょう、お暇になったら

行きますから遊ばしてちょうだいな。またおばさんに会うとお話ししたいと思っている

ことが出なくなるかも、しれませんね

十三夜を読みましたよ、大変ようございますねえ、みんなは左様も言いませんがね、

僕はにごりえよりもよいかと思うくらいですよ、ほんとに僕は泣きましたよ、僕は実に

弱い奴ですねえまた来年は国民の友が出ますねえ、僕は楽しみにしていますの、ほんと

にお正月が楽しみになりましたよ。

 僕は今のんきに遊んでいますからなかなか精神が活発ですよ、この勢いで東京へ帰っ

て勉強しようと思っていますから安心してくださいよ。

ここは、いつもの通りに、お山の景色や谷川の流れがおもしろくって、そーして、宿の

女中なんかも、おもしろそうなことばかり、言っておりますから、なんだか帰りたくな

くなりますの、小田原の海の景色もようございますよ、二人ではまだ少しさみしいか

ら、おばさん、でも来てくださるとよい、なんて勝手なことを考えています

こうして、遊んでいても、することはしますから、叱らないでくださいな。

おばさんはお変わりもございますまいねえ、そのうちにお目にかかろうと思っていま

す。さよなら

二十七日 明三より

おばさま

(カタカナを平仮名にして漢字を変えたただけ)

   明治29年2月22日

昨晩は失礼をしました。ご用のあるのを長座してその上失礼なことを言ったと後で考え

てなんだか悪いことをしたように感じた。もし左様なら堪忍してください、悪い気では

ないのだからね、僕は知っているだけの人にはみんなに迷惑をかけている、それだけは

いつかご恩返しをしなければならないと思って勉強しているつもりです、

なんだか理由のわからないことを例の通り

(漢字と句読点を変えただけ)

 

   明治29年3月一葉の手紙

 一昨日は何のはばかりも忘れて心のままのいろいろを申し散らし、失礼のほどお許し

願い上げます。あの夜月の下に人を送って、何某の停車場にうら悲しい思いをしのび、

昨日は上野へ書物を見に行って思わぬことに泣いて帰りました。夕べは珍しく早くから

戸を下ろして夢に入りましたので、お使いはさぞかしお困りになったことと深くお詫び

申し上げます。お礼をよろしくと母よりも申しております。題の字のことは少し変な

具合があって表向きには頼みに行くということができませんので、これにつきましては

いずれ会う時があると思いますのでその折に申して見ましたらきっと書いてくれること

と存じます。めさまし草を預けおくとのお文ですが、包みの中に見えませんでしたので

どうしたのでしょうか、右申し上げ、すべてお目もじの際に詳しくお礼申し述べますの

でざっと早々に かしこ

三月つこもり なつ

戸川様

御もとに

   

   4月の返事

 うらわか草の題字をお遣わし下さいましてありがとうございます。いろいろお手数を

おかけしまして厚く御礼申し上げます。先生へもよろしくお礼申し上げください。詳し

くはお顔を見ての時に。

 花も散るほどになりましたがおわずらいの方はいかがですか。降りしきる雨がことに

侘しく思える頃ですので、ご消息があればと思い暮らしております。

十九日夕 台町にて

戸川生

 

   8月

 お伺い申さねばと思いながらかえってお妨げと存じ控えております。その後は少しは

ご病気ご快方(に向かっています)でしょうか。暑い折のことでお苦しみをお察しいた

します。肺炎はお手当て一つと聞いておりますので力を尽くしてご加養されたくお願い

いたします。

 まずはお伺いまで 草々

十三日 戸川

樋口様