泉鏡太郎からの手紙

   明治25年

 拝啓 

 特にご婦人という心にては書きにくく候まま、これは男の友達並みに書いたる手紙に

ござ候そのおつもりでご覧くださるべく。昨日桐生(悠々)に会い候、ついでに何の気

なしにあのこと話し候ところ、始めのうちは変な顔をいたしおり候ところ、ついに腹を

立ち申し候、君と僕は友達なり、あちらと君とは知り合いならんが僕には一面識もなき

ものを書生一人世話しろとは何から起こった話か知らず、それとも僕が有力なるより

困っているのを養わずやというならばまだしもなり、学資には不自由なし、下宿屋では

不都合ゆえとはあまりに見くびった言い訳なりと散々にござ候。実際樋口さんが悪いの

ならば桐生に対して僕が済まず、桐生の聞きようが悪いのならばつまり言いようが悪か

ったので僕があなたに対して済まず、このところ怠け者大弱りに候。しかし気にかけて

くださるまじく、小生の至ら届かざりし段、一方はあなたに向いてお詫び申し上げ候ま

ま、桐生にとお名指しに相成りたるその事の起こりも候はば、頼むという人のお名前と

共に私にソトお含めくだされたく、詮ずる所無根のことをあなたか僕が捏造してからか

ったことのように悪く取ったことと存ぜられ候えば、ちょっとお返事を下されたし。

 さてちと遊びに来給わずや、小杉(天外)がいなくて淋しく候、此方からは参るけれ

ど参った日を覚えているほど遠慮いたしおり候。何を言うも女の方には不自由なるに

つけ、樋口さんがそれでいて男だったらどんなにかいいだろうといつでもそう思い候。

コンナこと言ってあげていいのか悪いのか僕にもわからず、いいように聞いて悪しから

ずお思い取り下されたくいずれそのうち 不備

五月六日 泉鏡太郎

おなつ様 

 

 鏡花には敬意を示してそのまま写すことにした。桐生を名指しで書生にしたい人から

頼まれて、夏子がその名を伏せて頼んだことを伝えたら怒らせてしまったらしい。

 

   8月20日

 医者が嫌いだというそんなわがままなご病気なれど実はお案じ申し候、ご容体いかが

にや。角の長屋の夫婦喧嘩はあのあくる日女房が出て行き、亭主がまだ帰って来ず閉め

出された親猫と閉め込まれた子猫が三匹、ギャッギャッと鳴き騒ぎ月番ぎょっといたし

候ところ、あくる日亭主だけ帰りしが、男一人で手が回らず捨てるほどに捨てるほどに

猫は一日と置かずに帰って来る。 不一