通俗書簡文 十八

   娘を嫁入らせる前に人を招く文

 かねてより詳しくお話ししておりました娘の縁談がいよいよ取り決まり、今月十五日

に輿入れすることになりましたのでなにとぞご安心ください。いとけない頃からお膝元

に参らせて礼儀作法をはじめ、縫物の一通りを恥ずかしくなくできるようになりました

のは全くあなた様のご丹誠のおかげだと、このご縁がまとまったのを見るにつけありが

たいことこの上なく、長々とお世話していただきましたお礼がてらお披露目の宴を催し

お暇乞いのお酌を取らせたいと思います。明日午後よりご夫婦様ご一緒においでくださ

いましたら恐縮です。年だけは相応にとっても世の中のことにはまだまだ暗く、嫁入り

を遊びに行くように思っており、私が申し聞かせても気安さのあまり何とも思いません

ので、なにとぞお出でいただいていろいろな心得をお聞かせいただきたく、おもてなし

の数もありませんが快くお酔いになってくださいますよう、ご相客は親族の二、三人

です。

   同じ返事

 人が生んだとは思えずとても大切に思っていたお子様のご良縁が決まったことを承っ

て、重荷が下りたような心地です。お年よりは若々しく見えますが元々ご利発でいらし

たのですから何のご心配がありましょう。お舅姑様方のご機嫌や、家内の締めくくりも

確かにお計らいできますことはこちらで受け合います。めでたいことはこの上もありま

せんが、明日のお催しは何かお嬢様としてのお名残だと思うといとおしい心地がいたし

ますので何を置いてもお席には必ず連なります。良人もいつもの偏屈に似ず一緒に伺う

と申しております。すべてはお目にかかった時に。

 

   誕生日に人を招く文

 大げさにお文でお招きするほどのご馳走もないのですが、明日は私の誕生日ですので

例年の通り心祝いのお赤飯に粗末な手料理を並べて、さて十分に遊びたく、明日一日は

赤子に帰らせてもらって私の自由にさせてもらいます。私の兄が秘蔵している手遊びの

類、昔のものでとてもおかしなものがたくさんあり、日頃は大事がって私などには手も

触れさせないのですが、お祝いに貸してくださいと頼みましたのでそれらをご覧に入れ

たく、必ず朝からいらしてください。お妹様もご一緒にお願いいたします。

   その返事

 明日のお誕生日、かねてより指を折ってお待ちしておりました。妹も何かおもしろい

お祝いを考え出しておほめにあずかりたいと申しておりますので、持参する手箱の中を

占っていてくださいね。お兄様ご秘蔵の品は何だろうかと拝見を楽しみにしています。

あのお眼鏡でお鬚をひねりながら手遊び物を大事がるおかしさ、人形や手鞠などもある

のかしらと妹はまぜかえしております。朝からとのお招きですが、伯母から頼まれた

用事が少々ありますので、これを大急ぎで片づけて正午ごろから参りますのでそのよう

に思し召し下さいますようお願いいたします。お祝いはお目にかかってからまた。

 

   相談事に人を招く文

 秋もそろそろ寒くなり、野辺のすすきもうら枯れて、霜が降る頃も遠い日ではなさそ

うで心細いことです。さてこの初秋、桐の葉と共にはかない数に入ってしまわれた白露

の君の四十九日が来ます。思い出すことがさまざまあってお文を差し上げることにしま

した。お知りのようにあの方の形見の人はまだ幼いのに後見さえなく、あの広い家の中

に置いておくわけにもいかないのに、親せきなども袖の陰に覆うでもなく打ち捨ててい

るように見えますことが私は気が気でなりません。あなた様と私は共にあの方とは無二

の仲で、ただ姉妹のように交わってきましたから、お後のことをよそごとに見ることは

とても耐えられません。今も忘れられませんが、ある年、上野の岡の朧月夜に花の陰を

歩きながらあの方が空を仰ぎ涙を目にためて、「このようなのどかな春にいつまで会え

るのでしょうか、思うことは多く体は弱く、もし自分が消えることになったら垣根の柳

も枯れてしまったとただ打ち捨てられて、冷たいお墓の下に入った後誰も訪う人もなく

松の嵐を聞いているのはどれほど心細いことでしょう」と悲し気に泣いたので、「それ

は誰でも同じことですよ、あなただけではありません」とあなたは言いましたが、

「でもお二方はご安心でしょう、この世に煩わしい係累もなく、心にかかる雲がないの

ですから行先が違います。私はなまじ人の親になって頼む夫まで先に失ってしまったの

で、このままこの身が空しくなっても寄る辺がなくて切ないのです。どのようにさまよ

うのか、このことが心にかかっているので、体はなくなっても魂はなおここに留まって

憂きことはさまざまに多いでしょう。今から思っても悲しくて耐えられません」とはん

かちを顔に当てました。その時私たち二人は言葉を揃えて、「あるまじきことですが、

人の世に定めはないのでもし間違ってそのようなことがあれば私たちがいるのですから

あの子のことは心配しないでください、(我が)子と思って育てもしますしものを教え

てしかるべき人にしますから」と言いましたら、お頼みしますとやせた頬に笑みを浮か

べた面影を今も思い出し、誠に今日の占いであったと思われます。それほどまでに思っ

ていたお子様を情けない親族の方々の手だけに任せてはおけません。ことによっては私

が手元に引き取るなり、あなたのところへ置くなり、それができなければしかるべき

学校に頼むなどどうするにせよ早々にことをはからいたく、四十九日が近くなったと

思うと約束を違えないようにという念が堪えがたく、ぜひともこのことについてお心を

伺って、何とか道をたてたいのです。こちらが伺えばいいのですが、人の出入りが多く

てお忙しいところへはいかがかと差し控えられますので、失礼ながらお差支えなければ

明日の午前中か今日の夜分にでも少しおいでをお願いいたします。帰りは車でお送り

いたします。

   同じ返事

 お文拝見いたしました。ごもっとの仰せで私もかねてより心にかかりながら、お知り

の通り何事も自ら思い立つということのできない性格からひそかに嘆いておりましたの

で、嬉しい思し召しはあの方だけでなくここにいる私でさえ申し訳なく、今夜直ちに

伺ってお話を承り、私のわかることをお話しし、お預かりするなりお願いするなりどの

ようにも取り決めたいものですが、この朝車で出かけていると、何某坂の上で青物を

乗せた車の輪とこちらの車の輪が当たって、どういうはずみか先方はそれほどでもなか

ったのですがこちらの車が横倒しとなり、私はひざ掛けをかけたまま投げ出されてしま

いました。髪も壊れず何の障りもないようでしたが家に帰ってから全身が痛み出して、

身動きすることが叶わなくなったのでにわかにお医者よ何よと大騒ぎが一巡したところ

で、この返事も口でばかり、人に筆を取らせたものです。どうしてもお知らせしません

と真面目なあなたなので、なぜこんなに遅れているかとお怒りになっているのではない

でしょうか。他ならぬ白露の君の今後についての相談に自分の都合で伺わないのは大変

悔しいのですが、このような様を思ってお許しくださり、こちらの門にお車を寄せて

くださいましたらありがたく、どうしてもこのことは早々に取り決めたいものです。

 

   法事に人を招く文

 明後十八日は亡父の一巡りの忌日に当たります。心ばかりの法会を営み、古くよりの

お知り人にお集まりを願って、粗末なお湯漬けなどを召し上がりながら昔のお話などを

してくださいましたら仏もどれほど喜ぶだろうと、お文でおいでのお願いを申し上げま

す。とりわけ(この日のために)調えさせました蒸し物一重、粗茶一箱を添えておりま

すのでご受納くださいませ。当日は必ずのお出でをお待ちしております。

   同じ返事

 お文一通並びにお志の二品拝受いたしました。思えば月日は早いもので、いつしかお

父君の一周忌になるとは、ただ夢かと思われます。私の方がはるかに年が上なのにこの

ように生き残って今日を迎えるとは、誠に定めはないものです。お志厚いご法会のむし

ろにお招きくださるありがたさ、晴雨とも必ず参上いたします。老いては涙もろくなり

このお返事をしたためるのにもこのように濡れ渡ってしまいました。墨のにじみをお許

しください。

 

   試験に落第した人の元に

 今日下男の藤助殿がこちらの門の前を通りましたので呼び込んでご様子を伺いました

ら、何となく嘆かわしくお思いで大体はお部屋の中にばかりいらっしゃいますとのこ

と、もともと内気なお前様はこのたびのことをお心にかけて沈んでいるのはごもっとも

ですが、試験の及第だけがお名の誉れというわけではありませんし、ご普段のことを知

っている人は知っているのです。このようなささやかなことでお心を痛めてご病気など

を引き出してしまったら、ゆくゆく難しい世の中をどうやって渡っていくのかと思いま

す。このことはただお足もとに小さい石が転がっていることと同じで、おつまづきにな

っても進んでいくのに何の大事があるでしょう。若葉の梢は涼しげになり、春は昨日の

森の下露。大変心地よい昨日今日をそのようにお籠りになって暮らしているのは何より

あってはならないことだと申し上げます。ご両親様でも、この失敗の繕いに身に病を

設けて心配させてくれなどとはおっしゃらないでしょう。恥ずかしいと思うのはお前様

の日常から考えてごもっともだとは思いますが、この頃の振る舞いは私には受け入れが

たいことです。なるべくこの失敗をあれ(いい方)に変えて一層お勉強し、この次には

目覚ましくと思ってくださいますよう願います。誰も憂き世に過ちのない者などはいま

せんし、私はお前様より年上ですのでそれだけ過ちの数も多く、嘆きつつ悔やみつつ

思い返しもしつ、さておいおいと進んでいくことになるだろうと存じます。そのように

思い屈さずに外にも出ていただきたく、こちらの庭では老うぐいすのさえずりが美し

く、藤もようやく景色が見え始めましたので、一日いらしてお茶でも召し上がってお気

晴らししてください。年上の言うことだからとお聞き入れくださいますよう。

   同じ返事

 ご丁寧なお文がありがたく、お礼申し上げます。人々からもさまざまに叱られたり慰

められたりして、もう少し心を広く持ってこの次を心掛けよと言われるまま、なるほど

と思い返し、昨日今日はこの過ちをそれほどには心に留めてはおらず、至極気楽なつも

りですが、まだ外で遊ぶには物憂いようでただこの部屋の内が好ましいのです。花の盛

りは試験に暮らし、若葉の陰もこのような思いで出かけるのが物憂かったので桜に縁の

ない年のようです。藤やつつじの盛りも過ぎたら、田舎の親族のところへ二月三月行く

つもりで、少しはこの失敗を取り返そうと考えています。遊びにいらっしゃい、話をし

ようとの仰せは嬉しいのですが、人様にお会いするのはまだいかにもいかにもつらいの

で、なるべくお会いしたくない気持ちです。わがままで恥ずかしいのですがお許しくだ

さいませ。お詫びを申し上げる折もあることと思いますので、ただかしこまって。

 

   不縁になった人を慰める文

小雨の中で暮らしていますと大変所在のないものです。幼い方はおとなしくしていらっ

しゃいますか、お仲人とはいってもご親戚でもない家にお世話になっていらっしゃれ

ば、お心遣いはどれほどかと思います。そのような様子でいらっしゃることを全く顧み

ない旦那様のお心根は、ここで聞いているだけでも情けないことだと存じます。まして

あなたのお心の内はどうでしょう。結局例の鉱山のことがお心にかなわなかったこと

からご煩悶やるかたなくなり、世などどうにでもなれ、子も妻も自分には不用だとただ

ひたすら飲めればよいとのご乱暴のようで、そうは申してもご道理のない人ではありま

せんからやがて夢から覚めて、さらにあなたのことも恋しくなることでしょう。今こそ

は難しい時ですが、お迎えが来ることは決まっておりますから、しばしの憂さだとお忍

びください。どんなことがあってもお気落としのないように、お子様をお大事にご養育

されますよう、この雨のうっとおしさにどうしていらっしゃるかと思い、心ばかりを

書きました。この一重は珍しくもないものですが、幼いお方のお慰めにお目にかけて

ください。すべて時機が来れば巡り来る折をお待ちください。

   同じ返事

 今幼い者は膝で寝入ったので軒端の雨の音が一層淋しく縫物をしても物憂いので、

畳紙を開きながら針箱を押しやって、一人益もないもの思いを続けておりましたところ

あわただしく人が駆け込んでお使いが来ましたと言いました。誠に最近は肩身の狭い身

の上なので、奥に来客が来てにぎやかにしていてもよその祭りだと見るばかり。家の人

ともあまり言葉を交わさず、まして文などが来ることは大変稀なものですから思いがけ

ないお使いに、もしや間違いではないかと疑われたほど嬉しく、なにか元の身に立ち

返ったような心地がいたしました。お文を繰り返し拝見し、今の所在なさを思いやって

くださいまして幼いものへもお心入れの一重、目が覚めたらどれほど喜ぶでしょう。

この子を喜ばせてくださる方は今日この頃の大恩人です。これが少しでも渋い顔を作っ

て嫌々などと申し出しましたら慰める言葉も尽き果て、人が見ないところでは一緒に

泣き、仰せの通りあの鉱山のことがなかった前は、それほど荒々しくもない人だったの

に生まれ変わったかのような夫の乱行、一つには私が万事に心が届かなかったのでご機

嫌の取りようがよくなかったのでしょう。身には何の罪があるとも覚えがありません

が、家風に合わないと申される仕方なさ、千度お詫びをしても甲斐がなくて今はこの

通り、旅の途中のようにこの家の世話を受けております。誰かが言いました女の宿世の

悲しいことを誠に思い知りました。あの人はあのような性質で一度申したことをさらに

引き返して申すことがないので、取り違っても再びあちらへ迎えられることは叶わない

と思います。今に国元から兄か誰かが引き取りに上京してきましたら、私はこの子を

連れて帰り田舎の人になることでしょう。そうなりましたら春秋の折々には思い出して

お訪ねください。田舎の家には父母もいませんので何かにつけどれほど心憂いことか。

これからの年月、この子が成長するまでの苦労を思うとただ胸が痛みます。このような

こともつまりは愚痴の繰り言で、甲斐のないことを嘆くのはお恥ずかしいのですが、

心の底を打ち割るようなものですのでお聞き流し下さいませ。これからは全てのことを

忘れ果ててこの子の養育に専念することに努めたく、この子をもらえたことを幸いと

して他には何も思いません。ですのでこの地でのようにはいきませんが田舎者になって

も折りふしのお心添えをなにとぞなにとぞお願いしたく、あまりの思し召しの嬉しさに

用のないことまでお聞かせしました。お使いがどこかへ行くとかで文箱を差し置いて

行ったことを幸いにこのような長いお手紙、後先がはっきりせず、おわかりにくいだろ

うと大変恥ずかしいのですが。