通俗書簡文 二

三月ばかり(から?)初奉公している友に

 長い間お会いしていないよう(な気持ち)です。先日いらした時に門の柳の下で、

これからは何事も自由にならず、一年に三度くらいしか会えなくなるからお顔をよく

見せてとおっしゃったことが耳に残って、お別れしてからもう三年も隔たってしまった

かのように恋しく懐かしく思い続けております。日頃から気のお優しいあなたのことな

ので万が一難しい御主人だったらどれほどどれほどお苦しいことだろう、ご病気になら

なければいいがと取越し苦労をして、心細くやるかたのない思いでいました。昨日お母

様をお訪ねしてご様子を聞こうとしたのですが、お寺参りでお留守でしたので甲斐が

ありませんでした。お返事をくださるような状況ではないとは存じますが、思うことを

文で申し上げたいと思います。いつも愛でていただいた垣根の桜が今朝開いたのを一人

で見る気持ちにならず、ひとひら封の中に納めました。たとえ一重の色が薄くても思う

心は八重よりも勝ると思ってくださいませ、また時々お文をお出ししますのでお手すき

の折にはお返事をください。懐かしさのあまりに。

   同じ返事

 世の中が変わったようになって、この頃の気持ちは我ながら不安です。出てからまだ

十日ほどなのに一日の長いこと、ご一緒に芝居見物をした日の前日のよう(に待ち遠し

くて)ではなく、つらくて気の引けることがいろいろありますが、これは長い間親の

懐だけに抱かれていた名残、子供心が消えないからだと思い返しています。仲間はかれ

これ合わせて七人、それぞれなので嬉しくない人もおりますが、慣れれば慣れるもの

といいますからご心配なさらないでください。ご主人はどちらもよい方々で、初奉公

なのだから何事にも気が回らないのは道理だとおっしゃって、取り分けて私を憐れんで

くださいますので家にいた時と変わらず、つらいことなどあるはずもないのですが、何

となく日が暮れる時などにさまざまいろいろなことを思い出して、意味もなく涙がこぼ

れます。このようなことを親に聞かせたらどれほど心配するかとひたすら隠して、何も

言わずにいいことだけを聞かせておりますのでそのことをお含みください。私が家に

いないと母がただ一人で心細くしているだろうと心苦しいので、お暇があったらお立ち

寄りいただき、ともかくも安心するようお話ししておいてください。多いお友達の中で

もあなただけが今になるまでご親切をおっしゃってくださるので、ありがたさに甘えて

何事もお願いいたします。いただいた花びらは吉野の春に会うよりも嬉しく嬉しく、

その日の夜の夢にあなたと手を取り合って木陰に立ったのをまざまざと見ました。お返

事が遅くなった(おそなはれる?)のはさる方の思し召しですのでお許しください。

今夜は終わりが早かったので少し自由があってあわただしく走り書きしました。まだ

申し上げたいことが胸の内にたまっていますが、また折を見てお聞かせします。ざっと

したことのみ(書きました)。

 

   小学校の卒業を祝う文

 花も咲き始めました。大変のどかに、日々笑顔でお過ごしのこととおうらやましく

存じます。かねがね待ち遠しく聞いていた次郎さまの試験が滞りなくお済みになり、

小学全科をご卒業されるとのこと。お年も行かないのに試験の度に席順がいつも人より

上になると聞いておりましたので、ご教育をよくなさっているのでもちろんですが感心

なお勉強ぶりだと話し合っておりますが、この度はとりわけ優等であったとのこと、

錦の上の花ともいうべきことでご両親様のお喜びはいかがばかりかと思います。これが

済んだらどこかへ遊山の旅へ出られるとお聞きしましたが場所はお決めになりました

か。一日ゆっくりと話を聞きたいとせがれが申しておりますのでお暇の折にいらして

いただけましたらありがたいです。これはふつつかの至りですがお祝いのお印です。

次郎さまのお役に立ちましたらこの上ない喜びです。

   同じ返事

 次郎の卒業をお祝いくださって、数々のいただきもの、当人はもちろん深く深くお礼

申し上げます。ご存じの通りの不器用者、父親などがずいぶん小言を言いましが、なか

なか思うようにならずようやく小学を終えましたが、これからのことを考えるととても

心配です。次に入る学校を選んだりその他の相談をぜひお願いしたく、ご総領様にお心

添えをくださいますようお伝え願います。試験前から少し頭痛気味でしたので、常陸

親戚へ一月ばかり遊びにやろうと思っていますが、帰ったら直ちにそちらへ行かせます

ので、これからいよいよ勉強に励むように十分戒めてくださいますようお願いいたし

ます。お礼ながら右のお願い(いたします)。

 

   春雨降る日友に

 今朝はどんな朝になりましたか。この文が届く頃にはお手水も済ませてまだ重たげな

まなざしで、この辺の意地悪がいつも言うように霞の中の花のように、あなたのお部屋

の槙の柱に寄りかかっている様子が見えるようでおかしいです。うぐいすの音をどのよ

うにお聞きか教えてください。音なく霞むお宅のお庭で柳の糸が濡れている様子など、

歌袋(草稿を入れる)に入ることでしょうね。一首は私に恵んでください。そうしたら

この雨に育まれる垣根の草が春に出会うよりもっと嬉しいことでしょう。とても退屈で

人が恋しく、言葉敵もいない家ですのでお返事をいただけたらと思い、暇つぶしに作っ

たかすていらをお慰めに進上いたしますのでお笑いください。

   同じ返事

 今寝起きかと思っていらっしゃるとはあまり(なお言葉)。この頃は全然そのように

怠けたりせず、人より先に雨戸を開けているのですよ。嘘だと思うなら家の者にお聞き

ください。今は大人になりました。昨夜からの雨で上野(の桜)はほころんで、墨田川

も色づき始めただろうと慕わしく、鶯の声に梅の花の傘をかぶせたいなどという(風流

な)思案もせず、空っぽなことを思っているところにお文をいただき、いつものような

素敵なお言葉があんまりなので憎らしく、顔を見てお恨みを言いたいところですが道が

悪いのでそれもできず、いつかはと思い巡らせています。かすていらはお手製とのこと

ですが、どのように焼くものですか。教えてくださったら嬉しいです。とても加減が

お上手で一同ありがたがってもてはやしました。そのお返しにはお恥ずかしいものです

が今妹たちを相手にこしらえた押しずしを少しですがお届けします。お望みの歌の代わ

りと思ってお召し上がりください。

 

   土筆を送る文

 都の空はどれほど(桜で)霞んでいることでしょう。私の山里の松の白雪も解けて

まいりました。冬からこの地に引きこもったまま何もない朝夕を山の姿と近所の人たち

の心映えに慰められて今まで過ごしております。お文を出すには二十町の遠くまで人を

走らせなければならないので心苦しく、便利が悪いので元の家に戻ろうかと思うことも

しばしばですが、こちらに来てから頭痛を起こすことが全くなく、霞んでいたような目

もはるばるとよく見渡せるようになりましたので、もうしばらくは帰らずにいることに

します。全く病のない身になってからと思い返しています。昨日は子供たちを引き連れ

て近くの野で土筆を摘み、小川の芹や岡の嫁菜など歌の題にしたいような趣がいろいろ

ありましたが、とりわけこれ(土筆)がおもしろく手提げ籠にあふれるほどになりまし

たので、どうしてもこれをご覧に入れたいと思い、幸い下男の忠助がきょう東京へ物を

買いに行くので、用事のついでのようで失礼ですがお許しくださると思いますのでお届

けいたします。入れ物から何からひなびたもので変ですが、これこそ私の毎日の様子だ

とお汲みくださいませ。

   同じ返事

 しばらくご連絡が途絶えたので今日は文を差し上げようと思っていたところ思いがけ

ず、お使いが珍しい物を持ってきてくださいました。ありがたいお文を何度も繰り返し

読んでは、そのようなおもしろい遊びをして今までのいろいろな煩わしさをお捨てに

なったご様子がどれほどおうらやましいことでしょう。ご病気もよくなることと存じま

す。忠助殿から聞くには、お子様たちもいよいよご機嫌でご活発でいらっしゃるとの

ことで何よりです。元のお住まいはご親族にお預けしているのだそうで、それなら月日

が経っても憂いなく、本当にご安心だろうと存じます。ともかくご保養だけに専念され

て、さらに艶やかになったお顔を拝見できる日をいつかと心待ちにしています。今ほど

越州のあられがいくらか届きましたのでお子様方のおめざに忠助殿にご面倒をおかけ

します。こちらで都合できるものはお文で仰せくださいましたら私からお送りいたし

ます。

 

   花見誘いの文

 いつかお話しした小金井についてお文差し上げます。境の停車場にいる知人に頼んで

盛りの頃を教えてくださいと言っておいたのですが、今朝便りが来て、花はこの二三日

がよいそうです。日曜は人出がおびただしく汽車の乗り降りが煩わしいので、そうでな

い日にとのことで明日に決めましたがご都合はいかがですか。前に必ずとおっしゃって

いましたがお兄様のご祝儀も近いということでご多用の折からどうかとは思ったのです

がお知らせしないのも物足りませんから、危ぶみながらお知らせいたします。おいでが

叶いましたらどれほど嬉しいでしょう、こちらから母は妹及び伯父が行くつもりです。

お返事くださいますようお願いいたします。

   同じ返事

 小金井のお花見を明日にお決めになったというお手紙をありがたく拝見いたしまし

た。私はいまだにあちらを知らずいつも人様のお話に出るたびにうらやましく思って

おりました。この春こそは必ずお仲間に入れてくださいとわがままなお願いをしました

が、よく忘れずに(お誘い)くださいました。皆様と一緒ならどれほどおもしろいこと

でしょうと嬉しく、母に告げて許しを得たところです。例のことは大方片付いた上私が

いても何の足しにもなりませんので、よい道連れがある折りにお供させてくださいます

ようお願いいたします。お時間など詳しく教えていただきたいのでお返事と共に女中を

差し向けますのでお指図くださいませ。今夜が過ぎるのを楽しみにしています。

   

   花見から帰ってすみれの花を友に送る

 昨日はお客様があったとのことでおいでがなく、一日花の下でお噂して悔しがって

おりました。あちらは一つも咲き残らないほどの花盛りで、何某橋から見渡した景色は

常々言うことながら絵にも描かれぬとはこのことでした。ただよいよいと言って帰るの

も悔しいからと従兄がご自慢の水彩画で写生をして戻りました。いずれご覧に入れます

のでお笑いになってください。連れは先日話した通りの人たちで大変楽しい遊びでした

が、あなたさえいらしたら今年の花見に心残りはなかったのにとそれだけが恨めしく

思え、やむを得ないご事情とは知りながらおいでのなかったことがしゃくにさわるの

で、この春の花の話だけは聞かせてなるものかと話し合いましたが、それよりもうらや

ましがらせるために一枝ご覧に入れた方が恨みが晴れるだろうということになってみな

が木の下に立ったのですが、高い梢に誰も(思いが)届かなかったのでせめてこれでも

と土手のすみれを摘んだので同封いたします。これはたった一部分で、とてもとても

素晴らしい景色だったのですから妬ましいとお思いならこの次、何かの折には必ず必ず

いらしてくださいね。

 

   同じ返事

 お憎みになるのは誰でもなく田舎からの泊り客で、今朝出立いたしました。今さら

ながら折悪く東京見物に来ましたのでそれを放って私だけ遊びに出かけるわけにもいか

ず、失礼とは存じながらお断りさせていただきました。それでも憧れる心を終日止める

ことはできず、歌舞伎座にご案内している間も何もかも上の空で変な気持ちでした。

この春は花の噂も聞かせてくれないとおっしゃる心根はつらいけれどすみれの色のよう

に深いお情けはあるのだと嬉しく、すぐに先日いただいた歌集の間に納めました。

その内伺ってお従兄様の名画を拝見したいものです。お味方は(あなた)一人なのです

からそんなに苦しめないでくださいとあらかじめ申し上げて、お返事まで。

   

   潮干狩りに誘う文

 よいお天気が続いていい日和となり、花見の催しなどにいらしているでしょうか。

さてこの頃新聞で品川辺りの潮干狩りの様子を見て、さも(楽しいだろう)と思って心

が動いていたところ明日は大潮だということなので、きっとお台場近くまで引いている

だろうと思い立ち、ちょうど日曜日でもあるし主人が留守番してくれるということなの

で、子供たちを連れて宰領(監督役)にはご存じの佐助爺を頼むつもりです。あなた様

にもおいで願い一日ゆっくりと遊びたく、ご都合をお尋ねします。お差し支えなければ

早朝こちらまでお車で来てくださいましたら船の用意その他全て整えておきます。お召

し物はなるべくよろしからないものをと申し添えてお伺いまで。

   同じ返事

 潮干狩りを催されると私共までお誘いくださいましたお文を読み聞かせましたところ

弟たちは大喜びで何を置いてもお供したいと大騒ぎしております。遠慮のないことです

がお言葉に甘えて大勢召し連れてお伺いしますので、よろしくお取り計らいくださいま

すようお願いいたします。そのほかいろいろ明日お目にかかった時に、お返事だけ。