通俗書簡文

 脚注のない原文を訳すので間違いがより多くなりそうですが、どんなことを書いて

いるのか楽しみに訳していきます。

 

 手紙の文はそれほど大げさに選ばなくてもわかりやすく素直な言葉で、思うことを

言い表すように書けばそれほど難しいことはありません。言葉の自由を得たら言おうと

思うことも自分の心なので自然に、上手に書こうとしなくても出てくるようになるでし

ょう。この文は初めて学ぶお友達のために選んだもので、夕月夜の(道の)ようにたど

たどしく、道しるべになどというほどのものではないのです。      夏子記す

 

 新年の部

   年始の文 格式ばった文章で訳すとおかしくなるので割愛。

 

   年の初め友に送る

 初日の出がとてものどかな年になりました。この明け方は軒端に霜さえ見えず、さら

に風もない大路で羽突きの音がするともう(あなたに)心惹かれる思いです。お会い

したのは一昨日の夜でしたが不思議にずいぶん前のような気がして、どうしているかと

昨夜は待ち遠しく、若水(年の初めに汲む水)はあなた自らが汲んだのでしょうか、

末の妹さんが汲んだのでしょうかと思いやられます。暮れにおっしゃっていたお召し物

や帯のことなど、今にも行ってお見立てしたいのですが、今日は女が出かけるような日

ですかと諫められてしまい、少し様子を見ながらも躊躇してしまいましたので、約束し

たのにとお怒りでしたら悲しいです。いつもお贈りしている鉢植えの梅も今年は花が

少ないようでお見苦しいのですが(友情の)変わらぬお印として。例の(新年の)

お祝いの言葉は今度お会いした時に。

   同返し

 こちらこそ先に(ご挨拶を)と思っていましたのに、お屠蘇などの座の取り持ちなど

をしているうちにお文をいただき、遅れてしまったことを恥ずかしく思います。梅の

香りにこれこそが新春の誉れだと一同大変ありがたがり、お礼をよろしく申し上げて

くださいとのことでした。お返しとしていつもの甘露煮を、お重の片隅にでも入れて

いただけましたら嬉しいです。こちらでも、一つ年を取ったのだからもう少しおとなし

くしなさいと家人に戒められて、羽を突くこともできずに妹たちのすごろくの相手など

しております。待ちかねていたかるたは今宵より皆さまを呼び集めますので、お許しを

いただいて必ず必ずお越しくださいませ。その時に千歳の寿ぎを申し上げ、あなたの

ご挨拶を承りますが、まだ二年(待つような)の心地でいます。

  

  新年会断りの文

 新年に早々とご挨拶にいらしてくださった上、素晴らしいお年玉をいただきまして、

深く御礼申し上げます。お急ぎとのことでお屠蘇を差し上げることもできなかったこと

が今も残念です。その折おっしゃった明日の会について、最近お目にかかることも稀に

なった旧友の方々が打ち揃って一日のどかに遊ぶとのことで、私のその数に加えていた

だいた嬉しさ、何があっても行きますとお答えしておりましたが、昨夜より別宅にいる

隠居の体調が少しすぐれず、風邪でもないのに熱があるのです。大したことはなさそう

ですが老人のことなので軽々しく思わないようにと医者からも言われておりますし、ご

存じのように子供のようになっておりますので少しも私を傍らから離さずに、食べ物の

注文など様々なことを言いつけられます。右のような有様ですので、せっかくの仰せに

背くのは失礼と存じながらこの度はお許し願って、また秋の折に参加させてください。

皆様にはあなたからおとりなししていただいて、お気を悪くされないようお伝えくださ

い。誰さま彼さまの姿が大人びたなどと承って、限りなく懐かしく思われます。寄り合

いが終わってお暇があったら一筆いただけましたらと、大変わがままなお願いですが

(お待ちしております)。

   同返事

 ご隠居様のご容体はいかがですか。お手紙を見てすぐにもお見舞いに行かなくてはな

らないのに、幹事というようなことになって何かと会の用事が多くて今日までお返事を

差し上げなかったことをお許しください。お熱は少しは下がったでしょうか、本当に

そのような容態がはやっているとのことで、あの日お断りされた人も多かったのです。

この蜜柑は雲州(出雲)の知人からいただいたものです。甘くもないようですが舌が

お渇きかと思いますのでお送りいたします。とにかくお大事にしてくださいませ。

私だけでなくあの日寄り合った人たちからのご伝言です。久しぶりにあなた様にお会い

できると喜んでおいででしたが、その甲斐なく悔しがった人も少なからずおりました。

他の用事でおいでがなければお恨みしましょうが、ごもっともなことですので皆様秋の

折を待ち遠しがっていました。夕方から雪が降り出したので暗くにならないうちに散会

し、あなたがうらやましがるかるた遊びはしませんでした。詳しくはその内折を得て

お聞かせしますのでくれぐれもご老人様をご大切に、陰ながらお祈りしております。 

 

   かるた会の翌日忘れ物を返す際の文

 昨夜は太郎さまをよくお貸しくださいました。おかげさまで最近になくおもしろく

遊ぶことができました。とても元気のよいお子様だと昨夜の仲間がお褒めしておりまし

た。早くに帰りたいとおっしゃっていたのにもう少しもう少しと無理にお引止めして、

ついあのような夜更けになってしまい、お宅ではいつも同じ時刻にお休みでしょうから

さぞかしお眠かったことだろうとお詫び申し上げます。昨夜、かるたで盛り上がった時

これは邪魔になると懐中時計を床の間に置いていたのを、人々の乱暴が危ないので私が

お預かりしていたのですがお帰りの時に全く思い出さず、今箪笥に用があって初めて

見つけたところです。直ちに人に頼んでお返ししますのでお受け取り下さい。私が黙っ

てお預かりしていましたので万が一落としてしまったと心配していらしたならいよいよ

申し訳なく、返す返すお詫び申し上げます。太郎さまによろしくお伝えください。

   同返事

 わざわざ人に頼んで時計を返してくださってありがとうございます。せがれこそいつ

もいつもお邪魔してはご厄介になり、昨夜も送ってまでいただいてこちらからこそお礼

を申し上げなければなりません。どんなにおもしろいお仲間だったかと帰って後、床に

入ってからも話し続けて、誰さまに幾度負けたの彼さまはおずるい遊び方をするなどと

繰り返し繰り返ししておりました。時計のことは、お預かりしていただいたのかとお使

いが来て初めて気がつきまして、本当に本当に恐れ入ります。興にまかせてお仲間さま

方にさぞ失礼をいたしましたことでしょうからお詫びをよろしくお伝えくださいませ。

そのうちこちらにも一晩寄り合ってくださいましたらありがたく、太郎もしきりに願っ

ております。お礼まで。

 

   田舎の祖母に寒中見舞いの文

 今朝は風が激しくて、北向きには窓さえ開けられないほどでした。都でもこのように

寒いのにましてや山おろしはどんなにかと父母ともどもお案じ申し上げます。ご様子を

伺おうと話し合い、あまりに懐かしいのとこの寒中をどうやっておしのぎしているのか

伺いたくてお手紙を差し上げたく思っていたので、この度は私がと申し出てしたためて

おります。おばあさまはこの寒さでもお障りなくお過ごしですか。お歳暮に伯父さま

からお文をいただき、この節いよいよお健やかで、叔母さまさえ及ばないほど家内の

御用をお気軽にされていると承って、父母はじめ私どもは嬉しく嬉しく、この春花の時

には兄が御地に迎えに上がってお誘いして、上野や墨田川の人出をお見せすることも

できるのではと一同勇み立っております。あと十日ほどで寒は明けますが、余寒はなお

(寒い)といいます。お体を大切に、風邪をお引きにならないようとのみ願っておりま

す。形がおかしいのですが私が縫った綿衣を小包便でお送りいたします。お召しの衣の

下にお重ね下さい。母よりは栄太郎の梅干(飴)を差し上げます。いずれも二、三日中

には着くことでしょう。東京では誰も彼も変わることなく、父がかねてよりうすうす

申し上げておりましたお役替えが新年早々にありましたのでお喜びください。これは

お年始を出した時に申し上げるべきでしたが遅れてしまったのでお前から書いてくれと

の言いつけです。どなた様にもよろしくお申し上げ下さい。

   祖母に代わって従妹より返事

 お文は今日の午後着きました。学校から帰ったばかりで包みも解いていないのに、

おばあさまがせかしてひざ元へ呼びこの文を読むようにとお仰せられ、繰り返し読み

聞かせますと笑顔になったお顔、それはご覧に入れたいようでした。本当におっしゃら

れるように今年の寒さは近年にないことだと人々は話し合っておりますが、おばあさま

の元気なことといったら生半可な若者など及びません。お耳は少し遠くなりましたが

それは長生きの印だと人が申しますのでご案じくださいませんよう。寒さで弱るなど

全くなく、この朝も霜を踏んで、村はずれのお地蔵さまに毎日のお勤めを欠かしません

ことからおおよそのことは推し量っていただけるでしょう。綿衣を送っていただいた

ことを言うととてもとてもお喜びになられ、近隣の人々に吹聴しては大自慢しておりま

す。例の甘いもの好きですので飴を待ち遠しがっている様子は子供のようで、明日着く

か明後日着くかとおっしゃっています。お礼を父や母からとは別におばあさまからの

ご伝言は山のようにありますが田舎者なので筆が足りず、ただおばあさまのお変わりな

いご様子だけを申し上げ、最後になりましたが伯父さまのご出世には、私たちまで光が

添えられたようで嬉しく思っております。おばあさまはさっそくお地蔵様へお供えを

するとのことです。まずはお返事まで。

 

 春の部

   余寒見舞いの文

 暦をめくれば春の日に入ったようですが、梅やうぐいすなどかけても思い寄らない

寒さですが、いかがお過ごしでしょうか。夏の暑さには汗も見られないおうらやましさ

ですが、それに引き換えいつもこの季節をつらくお思いのことと存じます。さらに昨日

からの雪にお差しさわりがないかとご案じしております。どのようにしておられるか

お知らせくださいましたら嬉しく、この甘酒は人に教えられて初めて試みたお手製です

から、お味の方は怪しいのですがお笑い種にお送りいたします。入れ物はそのままお預

かりください。ご様子伺いまで。

   同じ返事

 雪の上を吹く風の寒さに、春はこたつの中だけだと思っている時にお文と好物をいた

だき、お情けの温かさが身に沁みて余寒の寒さも忘れるようです。お察しのように人一

倍の寒がりなので、老人のようだと笑われながら引きこもって一日火鉢をよい友として

暮らしているのはいつもと同じですが、幸いに今年は持病の咳が起こらず大助かりで

す。やがてお伺いしてお礼を申し上げたく、池の氷が岸を離れる時を待ち望みながら

お返事まで。 

 

   初午に人を招く文

 立春になってまだ幾日も経ちませんが、心なしか風が寒くなくなったようなのどかな

心地がいたします。昨年の今頃は何かと雪が降って、道がとても悪いままのお稲荷様の

お祭りで初午の日はなおひどく、二の午の日も同じことで延び延びとなり、とうとう

なしとなって終わりましたので子供が悔しがって、一年中恨まれて大いに弱りましたの

で今年はどうなるかと心配しておりましたが、あさっては折よく日曜に当り、最初の午

の日ですので明日からは神社の太鼓を打ち鳴らす心構え(子供たちが)をいたしており

ます。いつも通りの騒がしいばかりで何のお慰めにもなりませんが、地口(戯画を描い

た)行灯などの趣向もあり、長屋中の若い者が集まって作っておりますのでお坊ちゃま

を連れて泊りがけでいらしてくださいましたら嬉しく、お相手にお屋敷に上がっている

娘を呼び寄せますので、必ず必ず(おいでくださいますよう)お待ちしております。

   同じ返事

 どこも同じ子供心をお笑いください。こちらの末のいたずらっ子(達)もかねがね

指を折ってはよそ様のお祭りを待ち遠しがり、今年は雪が降らないようになどとわがま

まなお願いを言い合っておりましたところなので、お文のことを聞かせましたら躍り

上がって喜んで、明日は必ず連れて行かせておくれと迫っております。お言葉に甘えて

夕方から二人でご厄介をお願いしますが、ご遠慮なくお叱り下さい。一晩お囃子の

お仲間に加えていただきたく、私も参って久しぶりにお嬢様にお会いしたかったのです

が、良人の杉田が梅見に誘われ私は留守番を言いつけられましたので、心残りですが

子供だけを出すことにしました。不器用なものですがお煮しめのお付け合わせにと思っ

て少しですがお持たせいたします。くれぐれもいたずらっ子達をお叱り下さいますよう

お願いいたします。

 

   梅見に誘う文

 急な思いたちなのでご都合はいかがかと危ぶみながら書いています。この四五日変に

曇りがちな雪空でしたが、今朝は覆ったものが取り除かれたかのように晴れ渡り、うぐ

いすの声がうながすかのように聞こえ始めましたこの時を逃さずに葛飾あたりの梅林を

訪ねてみたく、こちらからは中の兄と兄嫁と私の三人、ご存じの隣の娘も誘いました。

あまりにあわただしいのですがあなた様ももしお差支えがなかったらこの上もない喜び

ですので、ご都合を使いの者に伝えてください。どうかどうかと待ち望んでいます。

   同じ返事

 (お手紙を)見てとてもとても嬉しい思し召し、何を置いてもお供させていただきた

く、ちょうど髪結いが来ておりますので仕上がったら直ちに伺います。お返事だけを

取り急ぎ。

 

   初雛祝いの文

 日毎にのどかになり、みなみな様ますます機嫌よろしくしておられることと嬉しく

思っております。このほど聞いたところではお千代さまはもう高笑いをされたとか、

まことに物を引き延ばすようにすくすくとご成長され、さぞかしお楽しみのこととうら

やましく存じます。私の娘も一人は欲しいと望んでおりますが、これだけは甲斐のない

ことで、当人はしきりに欲しがってはおりますのでせめてあやかりたいと、この明け方

に自分で十軒店へ行って初節句のお祝いに印ばかりの五人囃子を一組、これを差し上げ

て欲しいということです。色々きらびやかにお飾りされている中お恥ずかしいものです

が、親しさに甘えて娘の心ばかりをお納めくださいましたらありがたく、裏庭で切った

桃の一枝を、まだつぼみが多いですが添えますのでご覧くださいませ。

   同じ返事

 お心のこもったお祝物にお庭の桃の花まで添えていただいてありがたく、雛壇の光栄

だと取りはやしております。何事の式作法もわきまえず怪しげな様子ではありますが、

あちらこちらからいただいたものを並べましたところで白酒をおもてなしたいと思いま

すので、三日の午前中にいらしていただけましたらと願っております。お嬢様とお二人

でぜひお待ち申し上げます。えり好みする橘町(の方)からは来ず、お心安い番町の

人々や、他もさっぱりとした方々ですので必ず必ず、難しくお思いにならないで(と

取り集めて申し上げます)。お礼はお会いした時に。