通俗書簡文 八

 読み返す度におかしな文章がある。日頃敬語など使わないので見る人が見たら怒り

出すような言葉遣いかもしれない。通俗書簡文に少し飽きたので書簡を読んでいて思い

出し、以前書いた一葉の手紙(馬場孤蝶宛て)を読み直してみると超訳していたので

できるだけ元の文章に近いように直した。簡潔にしようとそうしていたのだが、少し

不自然でも一葉が使った言葉をできるだけ使う方がいいかと思う。

 

   新海苔を故郷の親族に送るのに添えて

 そちらでは旧暦を用いられるので、今は霜月に入った頃、まだのどかにお過ごしの

ことと思います。都は何かと忙しく、人の足音も違ったように聞こえ、早くも年の市が

立ち始めました。今年の景気は大体上向きで私の店なども職人がひっきりなしの注文を

持て余しているほどです。この数年なかったことなのですのでお喜びください。新年に

かけてもこの景気が続きましたら来春は伊勢参宮を兼ねて久し振りにそちらに伺うこと

ができそうなので今から楽しみにしています。いつも差し上げます新海苔、昨年のもの

より少し薄いように思いますが味はこの方がよいようです。少しずつですが菩提寺

住職様や学校の先生にも届けてくださいますよう、別々に包んで行李一つにまとめまし

た。親戚の誰彼様へもいつも通りにお分けください。お気に召しましたらまた仰せくだ

さい。(ひとまず)こちらでもまだ新海苔の内に急いで御覧に入れます。主人からお文

を差し上げるべきところ商用が忙しくて筆をとる暇がなく、代わって私が皆様のご機嫌

伺いとご無沙汰のお詫びをしてくれとのことなので後先になりましたが、どちらにも

よろしくお伝えくださいますようお願いいたします。とりあえずの走り書きをお許し

くださいませ。

   同じ返事

 お行李昨日到着いたしました。いつもながらのご厚意、ありがたく頂戴いたします。

お文の通りにあちらこちらへ配布いたしましたところどこも大喜びでそれぞれお礼を

申し上げますが、お便りのついでにありがたがっていることを伝えてくださいとのこと

です。ご住職様はあなたも知っての通り無類清浄のお方ですから、この付近のお寺でも

生臭が入ってこないこともないご時世ですが、相変わらずの昆布だしばかりで、湯葉

だの生麩などと日頃は結構なものを召し上がりませんから、ひとしおの高味だと珍重す

ること一方ならず、痩せた頬をしわにしてよろしくよろしくと申しておりました。私共

でももちろんのこといつもいただく日を指折り数えて待っておりますから、まだ霜月

ですがこれをいただいたらお客様に自慢のご馳走をしたく、早く新年が来たらいいのに

と思っております。早速試しにいただきましたところ、昨年のものよりなるほど、香味

がひとしおだと存じます。旦那様にもよろしくお伝え願います。お文によると東京も上

景気とのこと、お店のご繁盛を陰ながら喜んでおります。一昨年の暮れのようですと

こちらも心細く、せっかく長年ご商売されてきましたがこれまでと思い切ってお帰りに

なってはどうかと親戚一同から連盟の書状を差し上げようという約束があったほどだっ

たのに引き換えてお華々しい御繁盛と伺い、胸が晴れる心地です。来春参宮の思し召し

とのこと、前もって必ずお知らせください。お待ち受けする用意をそれぞれいたしま

す。お歳暮ではありませんが通運便で太織りを一疋お送りいたします。これは私の手織

りでいかにも見た目がよくありませんが、色がさめないことは受け合いますのでご夫婦

様のご普段着にしてください。田舎では差し上げたいと思う物もたいていはそちらに

ないものはないと聞いておりますので何も思いつかず、おかしなものになりましたが

お笑いくださいませ。

 

   雪の日に

 この朝早くはやっと靴の先が隠れるくらいだったのに、あっという間に松の雪が重そ

うに見えるようになりました。夜までも降るなら(積雪を測る)印の竿をと大騒ぎしな

ければなりません。日頃待った甲斐があったようで、家の子犬が駆け巡るのを見るのも

嬉しく思えます。こちらの狭い庭でも見渡しているのに、広いお宅の二階の景色はどん

なに素晴らしいだろうと考えただけでもおうらやましいです。今日はちょうどよく日曜

ですので旦那様もお勤めのお出ましもなく、そのうち盃が出て、ご子息様方もお膝元に

集い、世にも温かい雪見の宴を催されるのでしょうね。お子様が多いのは幸多きことで

す。こちらの良人も雪を友に独酌を淋しく始めたところへ、根岸の知り合いが笹の雪

(の豆腐)をよこしたのですが、一人で食べるのもつまらないのでそちら様におすそ分

けをせよとのことです。あまりに少なく、お箸を濡らすほどしかありませんが、お肴の

数に加えてくださいましたらありがたいです。良人は例のりうまちすの差し障りがなけ

ればこのような時にはすぐにお邪魔するのに伺えず残念ですと、取り添えて伝えよとの

ことです。俳句が二つ三つできましたのでそのうち御覧に入れますと吹聴しておくよう

にとは、いつもの我誉めですが、雪が降りやんだら伺いますのでご主人様によろしく

お伝えくださいますようお願いいたします。

   同じ返事

 思いがけないお使い、今日の雪からの大変深いお恵みだとお文を巻き返しながらいた

だきました。空を見てどのように推し量られたものか、おっしゃる通り今は仲間の若か

らぬ人たちが二階の雪見にと転び転びやって来ましたので、さあ銚子を持ってこい盃も

と形ばかりのことをしておりましたところへ、何よりのお品をいただきありがとうござ

います。主人のふつつかなのを取り隠すのにあまり余って大変嬉しく喜んでおります。

ご主人様がいつものようでしたら無理にもお越し願うのですが、お障りがあるのでは

ないかと心苦しく、思いながら人を(呼びに)やらずお噂だけしておりましたが、同じ

ようにお酒盛りの最中だとか。間に合うようにと取り急ぎ、集まった人の中に昨日鴨猟

に行ったからといただいたものを。私のおぼつかない料理で、今包丁をぬぐったところ

で名はよそよそしいですが、肉はどこにあるのかと笑われそうなのも顧みず、お吸い物

の種にでも。添えた三つ葉は家の裏で藁を敷いて何とか生やしたもので、今雪の中から

摘んだものです。君がため(春野に出でて若菜摘む…)ととりなし(連句)できるか

どうか、正しく衣手は濡れましたが。これに一句お願いしましたらいよいよ欲深の名が

立つことでしょうね。名句がたくさんあるでしょうからそれを伺いにこちらからこそ、

降りやみましたら(伺います)。寒さが厳しいのでお出かけはよろしくないと、お心

安い仲ですのでお止め申し上げます。

 

   煤払いで紛失物を見つけたことを告げる文

 今年の日数もわずかになりました。さぞかしお忙しいことと思います。煤払いはお済

ませましたでしょうか。こちらもようやく済ませて一年の重荷を下ろしたようです。

さて、以前よりたびたびお耳に入れてご心配をかけていました主人の秘蔵の名物裂、人

に見せるために箱から出してそれを納めるために蔵まで私が持って行ったのですが、

ご存じの癲癇持ちの子が急に息が止まったと呼ばれて、箱に入れたか入れなかったか

確かに覚えもなく駆け出してそのまま病院へ行って入院騒ぎ、何も思い出すことなく家

に帰り、紛失に気がついたのは十日後のことでした。お知らせしましたように召使の誰

もそのようなこと(盗み)をするとは思えず、よそから人が入るということもないの

で、もしかすると鼠が引っ張って行ったのかと箪笥や長持を寄せて調べてみましたが

ついに見つけることができませんでした。幾重にも私の不注意から家に伝わったものを

なくしてしまったことが夫に申し訳なく、普段から粗末に思っているからの過ちだと

言われても仕方がなく、思案に余り他の人にはお考えがあるかとお心づけをお願い(ご

相談)しておりました。昨日の煤掃きで籠の中をかたずけて、戸棚の隅から縁の下まで

掃除をしたところ壁の端に大きな鼠穴が開いているのを見つけ、何心なく除いたところ

巣の材料にした紙の切れ端や小布のようなものがたくさん引き込んでありました。もし

やと思って残らず引っ張り出してみましたところ、何とも浅ましい姿になったあの名物

裂が布の中にありました。夫は例の無頓着ですので、鼠殿のいたずらには小言も言えな

いと大笑いしましたが、私は内心家の者を少し疑っておりましたのでいよいよ身の罪を

思い知ったことでした。人は知らないことですが大変恥ずかしく、七度尋ねて(よくよ

く探してから人を疑え)とが本当のことだと思ったことです。ご心配をおかけしました

お詫びをしたく、私の内心の疑いをお聞かせしたのはあなた様だけなので、懺悔ながら

終始を申し上げます。(裂は)とても満足なものはなく、少しばかり形を残しただけで

したが、屏風にでも作っておけば全くないよりよいと主人が許してくれましたので、

なにとぞご安心くださいますよう、返す返すも軽はずみに人を疑うまいと悟りました

ことを申し上げます。

   同じ返事

 ご丁寧なお文、お忙しい中わざわざ恐れ入ります。例のお品を見つけたとのことおめ

でたく嬉しいですが、いたずら者が噛み散らしたのは惜しいことでした。残念のほどが

思いやられますがこれは災難と思い返してください。もし召使いの中からそのような

ことをしたものが出たらご家名が世間に漏れてしまいますし、長くお使いになっていた

人を罪人に決めてしまうのもご不快でしょう。私もまさかとは思っていましたが世間に

はよくあることで万が一の出来心でそのようなことをしないとも限らないと密かに考え

ておりました。もちろんこれは知られてはならないことですのでお蔵の端に隠しておく

べきものです。昨日の煤取りは一年の塵や埃のみならずお心の内の塵をも払って、どれ

ほどさっぱりされたことでしょう。お品は惜しいけれど正体がはっきりしたことは喜ば

しいことですし、お慎み深く口外されなかったことがよかったですね。もし一言でも

お疑いしたことが人に漏れましたら取り返しがつきませんでした。七度尋ねてとは誠に

誠にごもっともなこと、どのような所にこのようなことが隠れているかわかりません。

お慎みになったのは何よりのことでした。

 私のところでは明日煤払いをいたします。さて春に失くした店の品物を見つけること

ができたら喜ばしいですが、これは鼠(盗るもの)の質が違っておりますので同じよう

にはいかないでしょうから詮無いことだと一人笑っております。今年のお餅はお店に

頼みましたか、お宅で(餅つきを)されるのでしたら道具をお持ちくださいますよう、

男手もお手伝いによこしますのでご遠慮なく仰せ下さい。もう一度、一年の終わりに

お疑いが晴れたことをお喜びして、ご一緒に胸がすっきりした心地です。いずれお歳暮

のお礼にお伺いした時に詳しくお話しいたしましょう。

 

   妹に羽子板を贈る

 あと十日寝たらお正月で、どれほど嬉しいことでしょうか。このほどお父様から伺っ

たところ常々学校のお勉強をよくして感心なので、今年のお歳暮はいつもよりよいもの

をやるとのことでしたが、もういただきましたか。お品は何でしょうか、当ててみまし

ょう。人形ではないでしょうし、鞠でもないでしょう。帯揚げか半襟、いつも願ってい

た友禅の被布などができあがったのではないでしょうか。姉もうらやましいです。もし

そうなら色合いを教えてください、房の取り合わせがおかしかったらみっともないです

から。ここでは太郎二郎の新年着の支度がまだ終わらず、今日はお歳暮のお礼に伺う

はずがまだ行くことができません。といってこれが縫い終わるのをあなたが待てずに

羽子板を買ってしまったら無駄になると思いお使いに持たせます。せいぜいお気に入る

かとは思いますがどうでしょうか。二晩続けて年の市に探し求めたものです。父上と

母様には残りの包みのもの、駒下駄は兄上様たちにあげてください。あなたから披露し

てくださいますようお願いします。姉もあと二日もしたら必ず伺いますのでお父様には

お叱り下さいませんようよろしく申し上げてください。

   同じ返事

 二人立ちの羽子板の見事なものを送ってくださりお礼を海山申し上げます。お母様に

も伯母様にもおねだりしていましたが十三というのは大人の歳なのだからもう羽子板な

ど買うものではないとどうお願いしてもお許しくださらず、せめてお兄様からのお歳暮

にと袖にすがったのですがいつも通りやかましいことをおっしゃって叱られてしまい、

これではお正月もつまらなく何の楽しみもないので一人悔しがっていたところにあのよ

うに美しい結構なものをいただいて、床の間に飾っておけと母様はおっしゃいますが、

私は自分の机の上のほかどこへも置かずに、兄様などにも見せずにいます。ただただ

ありがたくありがたくいくらでもお礼を申し上げます。お父様からのお歳暮は被布では

なく糸織の着物です。それはそれは良い柄ですのでお出でになったら御覧に入れますが

今は横町の仕立て屋にあります。太郎さまや二郎さまのお仕立物が忙しいとのこと、私

はまだあまりうまく縫えないのでお召はとても無理ですが、お襦袢や胴着など手の回ら

ないものがありましたらよこしてください。家のことは母様一人で十分間に合うので

私は毎日用なしです。父様始めいただいたお歳暮のお礼を母がしたためている間、その

状箱(使いに持たせる手紙の箱)の中を借りて私もお礼まで。

 

   お歳暮の文

 大路を見渡すと年越しの松飾りが立ち並び蓬莱の山が今ここに(現われたか)と目が

覚めるようです。今年というのも今日明日、明後日は年波が立ちかえると思えば心あわ

ただしく、お宅様は日頃よりお心がけておりましょうから今さらお急ぎになることなど

はないでしょうが、私どもは何も手が回らずに袴を二人で穿くような騒ぎでいることを

お察しください。本当に今年も何くれとお世話してくださり、全ておかげを被りました

ありがたさ、また来る歳にもとお願い申し上げます。この塩引き鮭はありふれたもので

はありますが北海道から来たものです。歳末のお祭りのお印ばかりにご覧に入れます。

自ら伺って申し上げるべきをお使い(を使って)の略儀をお許しください。

(言い)尽くせぬお礼はみな新年に譲ってただこれのみを。

   同じ返事

 お文並びにお見事な一尾をありがたく受け取りました。どこも年の終わりの忙しさは

いつもこと、思わぬ用事が湧いて来るのはここも同じで、沓を冠に取り違えたような

騒ぎです。そちら様にはお小さい方もいらっしゃいますのでひとしおのお忙しさだと

思います。先日おっしゃっていたお針のおばあさんは当分手が空きそうもないと言いま

したが、これまで頼まれていた家の用事が昨日までで片付きましたのでお使いください

ますよう、明日からでもというお返事と、こちらからも心ばかりのお歳暮を持たせて今

ほど人をやったところです。いただいた人と行き違いになりました。年が立ち返りまし

たら全てのどかになりましょうから、改まったことなどはさておき、お子様たちをぜひ

かるた取りにお貸しください。こちらからも若い者がお邪魔をしに行くと今から言って

おります。あなた様も私もいろいろなことが静まったら御すぎ言(年始?)を申し交わ

しましょう。心苦しいですからお義理難く取り急いでいらっしゃらないでくださいます

よう。今年はあまりそちらに行く暇もなく、思えばとても残念ですが来年を待って、

ざっと書きました筆を止めます、お礼まで。

 

 

通俗書簡文 七

                               指入ってるけど

   姉の元に栗をもらいに行く文

 風邪が流行っているそうで、日頃から病みがちのお体でいかがお過ごしですか。父上

や母上も心配しています。先日お兄様が弥太郎様が腹痛だったとおっしゃっておりまし

たがその後はよろしいのですか。お君様から頼まれた人形の着物が、まだ学校が忙しく

て縫い終わらないのでさぞ毎日待っておられることでしょう。私が今日伺うはずでした

が出来上がらないのできまりが悪く平助を出すことにしました。重ねて勝手を言うよう

ですが、先日お兄様が、お庭の栗が相変わらず見事に生って毎朝見るたびに驚くほど

落ちているので私に拾いにおいでとおっしゃってくれたのですが、先ほど申したように

お君様の着物のことが心苦しく、私の顔を見れば「おばさまあれは」と必ず催促される

ことでしょう。その時にがっかりさせることがとてもつらいのでどうしても伺えませ

ん。縫わなければとは思っているのですが、私はこの頃習い始めた和洋料理のお稽古の

会をお友達と催していて一月ごとに主になるのですが、明日は私の順番になって皆さん

がいらっしゃるので、どうしても栗のきんとんを作りたいのです。粒も大きく味のよい

ことは前にいただいて知っておりますから、お宅のものでと勝手に決めていました。

たくさんはいりませんのでなにとぞ少しいただけませんか。この籠にあるのは昨日甲州

のおばさまから届いたぶどうのおすそ分けをと母上からの仰せです。この籠に入るくら

いの栗をくださいますようお願いします。兄上様にもよろしくお伝えください。

   同じ返事

 見事なぶどうを、これは本場ものだと弥太郎が父に見せましたところ、それならお君

にも太郎にもやらず自分一人でいただこうとなりました。せっかくのお心遣いが空しく

なったと思われては悲しいので、お祖母様には内密にしておいてください。お文を私が

見ているところを横から差しのぞいて、手跡がだいぶ上達したと繰り返し誉めていまし

た。よくお勉強しているからだと嬉しいです。この頃はお料理もされるのですね。女に

は必ず必要なたしなみですのでとてもよいことだと思います。栗が欲しいとのこと、

他人行儀なことをとほほ笑まれます。このような華奢な籠に入れるのは似合いませんの

で袋に入れて担がせます。まだいくらでもあげますのでその代わりにきんとんをご馳走

してくださいますようお願いいたします。私は流行りの風邪もひかず、太郎も虫封じを

して乳を吐くことなどなくなりましたのでご安心くださるよう母上にお伝えください。

近いうちにご機嫌伺いに参りますが。(少しつじつまが合わない感じ)

 

 冬の部

   借りた傘を時雨の後返す文

 常々ご無沙汰ばかりしておりますのに、わがままなお願いの時には時も考えずご面倒

ばかり申し入れて我ながら恥ずかしいことです。本当に昨日の時雨は自分の罪を思い知

れとの神様の仕業ではないかと思います。秋の末に転宅をお祝いくださったお礼にと

思いながら伺わずに今さらですが申し訳ありません。近所の植木屋が庭に残った菊で今

盛りのものがあると聞いた人がおりますので、引っ越しなどで団子坂(菊人形)に行け

なかったことが心残りでしたので、これ幸いと思い立ち、家を出るころには雨の気配も

ない空でしたので傘を持たずに出かけましたところにわかにあのような降りになって、

敷居の高さも顧みずしばらく雨宿りをと、お宅の軒先を頼りに子供を引き連れてご面倒

をお願いしました。お食事時でご馳走にまでなってしまい、ますます恐縮でした。お借

りしました傘は人に頼んでお返しいたしますのでお受け取り下さい。もしあの辺りに

お宅がなければ車も多くは通らない野辺で親子ともども濡れねずみになってしまうとこ

ろでしたが、おかげさまで大助かりでした。何もかもお礼申し上げます。ちょうど来合

わせました卵一箱、ご笑納くださいませ。

   同じ返事

 たまのお出かけに折り悪しく(雨が降り)どれほど残念だったかと思います。しかし

花に嵐は世のならいですのでお憎みになりませんよう。それに引き換え私の家ではあの

雨があったからこそお出で下さったことが嬉しくてよい日だったと浮かれて、また昨日

のようなことになればよいと願っております。お志は違いましても、いらっしゃらなか

ったら何も変わりのない日で、私はそのように思って急に時雨が頼もしくなりました。

それにしてもわざわざお使いを使って傘をお返しくださったお義理難さ。それには及び

ませんと申し上げたのにかえって恐れ入ります。またお見事な一箱を何よりと申し訳な

く、せっかくいただいたものですのにこちらにまで大層なお恵みをありがとうございま

す。重ねてお礼申し上げます。

 

   冬の初め仕立て物の手伝いを頼む文

 急にというわけでもないのに思いもよらないような寒さに驚き、かねてよりお話しし

ていましたように、家族は多いのに働く人が少ないので常々そのように準備しなくては

ならないのに、夏の暑さに昼寝がちに過ごし、陽が暮れれば納涼しようと縁先に出て

夜更かしをして、洗いものを十分にしていませんでした。涼風が立つようになると心が

軽くなり、さわやかなので人に誘われるまま七草よ菊見よととりとめなく日を過ごして

いたら、昨日今日たくさんの人に同じ着物(冬物)を着せなければならなくなってしま

いました。胴着の襟の直し、上着の袖口の見苦しさ、襦袢の袖に裾直しとみっともない

ことです。普段着だけは何とか間に合わせましたがよそ行きなどに手が回らずに困って

います。本当に意気地のないことで恥ずかしいのですが、心安いままにお願いいたしま

す。羽織、三つ重ねの二組ほどをお稽古に来るお弟子さんたちに縫わせていただけませ

んでしょうか。粗末なものですから決して丁寧に扱うには及びませんし、あなた様の

お手を煩わせるのはかえって心苦しいですから。お引き受けいただけましたら持たせま

すのでお願いいたします。

   同じ返事

 お受けいたします。さぞかし縫物に追われていることでしょうが、お年寄りのお世話

をはじめ、お子様も少なからずいらっしゃるのですから大変なのも当然です。その中で

いつもいつもきちんと間に合わせていらっしゃるのですからこちらの若い者たちは皆驚

いております。仰せのことは稽古に来る娘たちが聞けば大喜びで引き受けますが、私も

隠居仕事の仕方なさ、母屋のものはほとんど縫い終わって手が余って困っておりますの

で、差支えがなければ私もお借り(縫わせて)いただきたく、三つ五つなどと言わず

いくらでもお出しください。ご遠慮なく張り返しでも何でも言いつけてください。お心

安い仲なのですから格別ご心配などご無用にお願いいたします。お返事まで。

 

   初霜が降った日、老人の元に

 軒端の紅葉が散る前に、今朝は薄霜の置き初めでした。秋から何かと病みがちと聞い

て心配していますが、心ならずも支障があって伺えませんでした。その後はいかがいら

っしゃるかと案じています。日毎に寒くなっていますのでご老体をひとしおいたわって

くださいますようお願いいたします。特に夜おみ足が冷えるので温めようと火(行火)

を入れているとのことですが、それはとても毒だと人が言っています。湯たんぽなら

差支えないと聞きましたので、このほど出かけた折に求めてきました。おかしなもので

すが使っていただこうと、私が伺う時に持って行こうと思っていましたが今朝あまりに

寒かったので今晩のことが思いやられ、少しでも早く届けます。家事に追われて昔の

ように(たびたび)伺うこともできず日頃から悔しい思いですが、なにとぞお体をお大

事に、いついつまでもお健やかでいらしてください。些細ですが志を見せる機会もあり

ましょうからお待ちください。滋養せんべい一袋、お孫様方にもおめざにお分けくださ

りたく添えましたのでご覧くださいませ。

   同じ返事

 老眼でたどたどしく(鳥の足跡のような)お返事差し上げます。一字一字が見苦しい

ので十二になる孫娘が代筆しようと申し出てくれましたが、言うことが後先になったり

すると書く方も煩わしいですし、言う方も苦しいですので、簡単にしたためます。

 お尋ねくださった秋からの患いは老病みというような名もない病気で、薬といっても

滋養のあるものを摂っていればよいとのことなので、嫌いではありますが皆が心配する

ので牛乳を飲み始めています。その効き目か血色が少しよくなり、このようなお文を

書いていることをご覧になってご安心してください。いただいた品々が嬉しく、特に

お心入れの湯たんぽは今夜から早速試してみようと思っています。このようなことが

何よりの恵みで、昔からのお優しさをいつもいつも(ありがとうございます)。お家の

ことでお忙しく、娘さんだった頃とは違うのに忘れずにいてくださってありがたいこと

です。おめでたいご様子はないようですが、こちらではそれのみをお待ちしているので

すからすぐにお知らせください。お母様がいらっしゃらないので何かと不案内なことが

多いと思いますから老人には包み隠してはいけませんよ。このような乱れ書きですが

拾い読みくださいますよう、筆もかすれてお見苦しいですが。

 

   天長節に人を招く文

 大君の御代が限りなく続きますようにとお祝いいたします。本当に至らない身であり

ながら今日のお祝いの日を迎えたうららかなこと、花のない冬とも思われず、何となく

一人笑みがこぼれます。例年の通りお祝いのお餅をありがたく受け取りました。こちら

は相変わらずのお赤飯で変わりありませんが、お付き合いにご覧くださいませ。どこで

もお酒のこと(宴)で賑わしくしており、ご来客が多くお忙しくしていられるかと思い

ますが、今夜こちらで若い人が集まって芸尽くしをする計画をしています。急なことな

のでまだ取り決まってはいないのですが、剣舞をする雄々しい人がいれば髭男がお琴を

弾くとのこと、お見知りの人ばかりなのでお子様方やご主人様といらっしゃいません

か。今お使いから伺ったところではご総領様、ご次男様は観兵式(軍事パレード)を

拝見に行ってまだお帰りにならないとのこと。ご帰宅になったら日暮れにとは言わず

直ぐにおいでください。人々が来ないうちに倅がこの頃習い始めた写真機械を庭に持ち

出して、教えていただきながらお姿を写させていただきたいと願っておりますので、

少しでも早くおいでくださいますことを願って。

   同じ返事

 仰せの通り、大君の世を感じる空の色に塵ばかりの寒さもなく、誠に今日の名(に負

うこと)です。お変わりのないご丁寧なお重、末永く頂戴いたしたいものです。今宵の

催し、子供はまだ帰りませんが聞いたらどれほど喜ぶでしょうか。ご遠慮なく参上いた

しますのでご厄介をお願いいたします。私も集いの様子を拝見したいのですが、引き続

いて来客が多いうえ、主人が少し酔いすぎたようで胸が痛いと言っておりますので伺う

ことができませんことを悪しからずお思いくださいませ。子供たちが伺った際にお礼を

申し上げさせます。ざっと書きました。

   

   徴兵に出た人の親に

 ご次男様はいよいよ滞りなくご入営されたとのこと、お手紙なども来ましたか。元々

のご気性もあり、どんなことにも耐えて、つらいなどとはおっしゃいませんでしょう

が、自分から箒を手にしたこともないのに、兵営での起き伏しはどうしているのでしょ

うか。厳しい規則もあり季節も折から寒くなったので考えるほどおいたわしく思います

が、これは国民の勤めですから首尾よく合格、当選したことは羨みこそすれ心弱いこと

を言ってはいけませんね。ますますお努めになって袖の筋(階級)がにぎやかになりま

すよう願っております。こちらの倅も同年ですので同じく試験を受けたのですが、例の

近眼で選ばれず、取り残されたような意気地のない、甲斐のないことに悔しがっており

ますが近々上京しますのでご次男様のご営所を伺って、軍人の勇ましさを見せていただ

こうと言っております。もしお手紙が来ていて付属の隊の名前が分かりましたら教えて

くださいますようお願いいたします。とりわけ秘蔵のお子様で手放さずにいたのですか

らさぞご心配のことと思いましたのでこの近所から予備兵に出た人の話を聞くと、始め

はともかく慣れたらだんだん度胸がついて交際もおもしろくなり、体は丈夫になり心も

若々しくなるものだと言っておりました。ともかくあまりご案じになりませんよう、私

の女々しさを思い比べて笑われることも顧みず、思い浮かべたことを書きました。

   同じ返事

 お文拝見いたしました。次男の門出にはご丁寧なはなむけをいただき、すぐにお礼に

行くべきでしたのに少し寒さに当たって、寝込むほどではないのですがこたつに籠った

まま過ごしており、ご無沙汰して申し訳ないことでしたのに今日はわざわざお使いにて

お文をいただき、倅のことを思いやってくださり、私がどうしているかまでご丁寧に

お尋ねくださってありがとうございます。仰せの通り老後に授かった末っ子ですので

こんなことではいけないと思いながらもつい甘やかしがち、髭男が三歳児を抱くことは

珍しいなどと家の者に笑われるほどかわいがっておりましたことをお笑いください。

兵役は民たるものの勤めだと人々が言うのももっともだと考え、この春の検査の後合格

と聞いてからはひとしおその心構えになり、当人も幼い頃からのいたずら者で鋤や鍬を

持つのは嫌いでしたが、剣を下げ銃を持つのは願ってもない幸いだと喜んでおります。

私がくどくどと何かあった時の心得など申しますと、おっしゃるまでもありません、

今日から命は大君のものとして職務のために倒れるつもりです。家には兄もいますから

私は一人国のために尽くさせてください。忠誠であろうとすれば孝行はできませんこと

をお許しくださいなどと、いつもの空威張りかもしれませんが大いに勇んで出立いたし

ました。その後葉書が、ただ今封書が来て様子を知らせるのでお宅様にも渡してくれと

一通入っていましたのでそのままお使いに頼みます。営中のことなど書いてありますの

でご覧ください。こちら宛の書状にもおもしろく勇ましいことばかり、拭き掃除もする

し水汲みもするとのこと、あの子がと思うとおかしく、ともかく親の手元から離してみ

るものだと思いました。ご子息様が合格しなかったのは残念なことですが、私どもとは

違って一人っ子ですから、ゆくゆくは学問で身をお立てになるお考えでいればどんな道

を取っても国へのお勤めは一緒です。近いうちにご上京されるとのこと、何某の塾へ

ご入学が決まったのでしょうか。おいでになったら倅の元をお尋ねください。隊の名は

お渡しする書状の裏に書いてあります。近々お伺いし、お目にかかっていろいろお話し

たく、多くは書き残しました。

 

 

 

   

 

通俗書簡文 六

  

   月見に人を招く文

 今夜の月の光はどれほど増すことでしょうか。浅緑(水色)の空に今朝から塵ほどの

雲さえ見えないのは、浅ましいほど今日の晴れを願った志をどこかの神様が叶えてくだ

さったのかと空を仰ぎ拝んでいます。お知らせしましたように末娘のお末が今年十五に

なり、世のことわざに、この年今宵の月が明るかったらその人の一生は幸運であるとの

こと、旧弊ですが子を思う親の気持ちは闇ですので、はかないことを頼みにして、ちょ

うど琴の奥許しをいただいたこともあり、そのお祝いも兼ねて月見の宴を催したく、

仰々しく申し上げても大したこともできずにお恥ずかしいのですが、東に向いた二階で

麁(粗)酒をお一つお出ししたいと思います。娘の祝いだと思っていらしてください

ましたらありがたく、他には琴のお師匠様やお仲間のお友達が三四人、伯父や伯母の

ような人々が来ます。夕方より必ず必ずお待ちしております。

   同じ返事

 何年ぶりでしょうか、珍しく晴れた今日の空を、何事もなくても喜んでいるところに

添えてお祝いの御宴(おさかもり)を催されるとのこと、つい最近までお子様のように

思っていたお末様が今宵の月と同じく三五(十五)になることを思えば、明るい月光に

自分の額のしわを数えてみなければならないほどお子様たちのご成人は早いものです。

早くからお琴をよくされると伺っておりましたが、いつしか奥許しになったことはご当

人はもとより御母君様のお喜びをお察しいたします。今宵はさぞ玉がほとばしるような

お爪音を聞かせていただけることを楽しみに、必ず御席の端に連なります。今から思っ

ても気持ちがよいのは、美しい月が昇るのを琴の音を聞きながらお宅のお二階の欄干

より遠く眺める心地です。お末様のご運と共に光り増すべきことは疑いない空だと喜ん

で、お返事まで。

 

   雨降る満月の夜、友の元に

 浮き雲がかかっていると知りながら今朝までもまだ願っていましたが、昼過ぎる頃

から怪しげな雲が湧き出でて夕方からははらはらとこぼれ落ちてきました。今は浅まし

い空模様になり、おびただしい雨音を聞いていますが、なお恋い慕う心のせいで今にも

雲が晴れてさやかな月が昇るのではないかと思われて、家の人々からばからしいと笑わ

れながら一人窓を開けて眺めています。月がさやかならばあなた様にもお願いして月百

首とまでは行かなくても五十題くらいはと小さい紙に選んでいたのが空しくなったこと

が悔しいです。また月のさやかな秋は巡り来るでしょうが、人の身の上は測り難いので

悩みが深くなりそうなまま今夜の名残をとどめておきたく、選んでいた題を御覧になっ

てご詠じてくださいましたら嬉しく、雨の中の月など怪しげなものに思われるかもしれ

ませんが。

   同じ返事

 お近くに居ながらこの雨で出られず、お招きいただいていたものを、晴れていれば今

頃はお二階のすだれを巻き上げて、お池の面には秋のさなかの影(十五夜の月)が澄む

中に踊るお魚がはっきり見えたのに、物惜しみする雨雲が大空を自分のものにして、

一年に一度の月を見せてくれない妬ましさ。あまりに悔しいまま、中秋無月の恨みを心

限りに書き付けようと今墨を磨ったところです。そこへお使いが濡れながら持ってきた

お文を拝見すると大変優しいお心入れ、仰せの通り雨中の月も風情があるものだろう

と、その数にはとても及びませんがお巻物の端に加えていただきますのでご覧いただき

たく、お使いを長くお待たせするのも心苦しいので走り書きでお見苦しいですが。

  

   茸狩りに誘う文

 秋もやや寒くなり、やがてしぐれる山の端の紅葉を思うとともに一緒に遊んだ松林の

様子がしきりに恋しく、茸は今年も同じく盛んだろうと急に思い立ちました。ご同意

くださいましたら日を取り決めてあちらの田舎の人に頼めば喜んで待ってくれると思い

ますので、お返事くださいますようお願いいたします。

   同じ返事

 茸狩りを思い立ったとのこと、お誘いいただき大変嬉しいです。昨年もお供してその

おもしろさを初めて知りましたので、楽しみの数が一つ増えたように思い、秋が待ち

遠しかったのです。草に隠れていたものを思いがけず見つけた時の嬉しさ、数を競って

負けまいと思う勇ましさなどを思い出すままに心が動きます。月曜と木曜は茶の湯

絵の稽古日、日曜は父が一日家にいて手回りのことなどいろいろ言いつけられますので

出ることが難しく、そのほかの日でしたらいつでもお供いたします。あまりにわがまま

ですが仰せに甘えてお返事いたします。

 

   菊を植えたと聞いた人に

 惜しいことに香りだけでも風が持ってきてくれればよいのに、今日までその花を作ら

せていたと聞かせてくださらなかった恨みはさて置いて、今朝私の家で庭の手入れを

させようと呼んだ植木屋の男が思いがけず菊の話を始めて、その人が出入りする何某様

のお屋敷は珍しい大輪の菊を作っていて、その道の人でも驚くようなお仕立てで、この

ようなものはまだ見たことがないともてはやしているのを聞くともなく聞いていました

ら、そのお庭の様子がどうもお宅のようだと思いました。試しにそのお屋敷は何某様で

はないかと聞くとそうだとのことでますますお花の見事な様子を話し続けました。これ

を知らない人はなく、もてはやされているものを今まで見に来いとの仰せもないのは、

高くすぐれた趣きを持っていない者だとお思いなのでしょう。花と聞いたら馬に乗って

でもと勇み立つ私です。せめて下(菊から滴った)露に千歳の齢を延ばしたく、強引な

お願いを申し上げます。

   同じ返事

 よく仰せ下さいました。花の面目が立ってありがたいですが、噂は次第に大きくなる

ものですのでご覧になったら驚かれるのではないでしょうか。ごみ溜めのような裏庭に

心ばかりの手をかけて、曲がりかけたのを少し留めるくらいのことをしたものです。

お噂が見事過ぎて、今さら自慢顔で来てくださいとお願いするのも恥ずかしいのです

が、我が子を誉められた親心と同じで少々自慢したく、菊見の宴などと大げさなことは

言いませんが、最近新築しました茶室で粗茶でも飲もうかというお気持ちでお越しいた

だけましたらどれほど嬉しいことでしょうか。今日まで申し上げなかったのは私の怠り

ではなく、差し控え過ぎたのです。では明日の午後お待ちしております。

 

   菊の盛りに年賀する人へ

 お母上様のお喜びのお祝いをされるとのことで、私ども夫婦二人をお招きにあずかり

ありがとうございます。その日は必ず伺おうと今から楽しみにしております。折も折、

お庭の菊まで盛りとのことで誠に千歳の例(菊の露を飲むと不老不死となる)も空しく

ないことです。これを始めとして幾百年をお重ねいたしますようにとお喜び申し上げま

す。あなた様をはじめご兄弟様方皆様がのどかにお栄えになり、お孫様もたくさんいら

して末広がりであることを、大変お健やかに見えるお母上様もどれほど嬉しくお思いか

とうらやましく、ほんの片隅でもあやかりたく、その御筵(祝いの席)に連なることが

できるありがたさは言葉に尽くせません。わざわざ緋緞子の褥(座布団?)に菊の模様

を選んだのは千歳を重ねての祝い心、「ぱんや」(綿の一種)というものを入れたのは

少しでも冷えから守るためです。普段使いにお使いください。言い尽くせないことを

申し上げます。

   同じ返事 

 恐れ多くもお祝いをいただき、周りの房の素晴らしいことに驚かされ、一同捧げ持っ

て拝見いたしました。増して母はお気遣いをありがたがって何度も眺めては喜んでおり

ます。体は元気ですが歯などは抜け落ち、心は子供のようになっておりますので赤い色

を喜ぶ様子を見ると我々も微笑まれます。厚く御礼申し上げます。先日申し上げました

ように庭の菊をご覧になりに、その日は必ずお越しください。大したこともできません

が、七十というのは稀な年齢だと世に言われるのが嬉しいので、子供たちで形ばかりの

ことをいたします。古いお馴染みの方々に粗酒を差し上げて、鶴の毛衣のように重ねて

この度のお礼を申し上げたいと願っております。

 

   紅葉の便りを山里に問い合わせる文

 様々なことに取り紛れて思いがけなくも長くご連絡しませんでしたが、お変わりなく

家事に励んでいらっしゃることだろうと嬉しく思っています。この春お父様がご上京さ

れた時に大変よいお婿さんを得て娘も自分も幸せだと喜んでおりましたが、常々あなた

は孝行でしたからお婿様も同じように考えてのことだろうと嬉しく思います。若いのに

似ず手堅く働いているとお聞きしましたが、辛抱強いあなたと一緒に作り上げていく

身代はどのくらいになろうかと今後が頼もしいことです。こちらも中の娘にしかるべき

ご縁があって、今年中に嫁がせるつもりですが、幼い頃からあなたにもわからずやを

言って甘え、いたずらをして困らせたりと遠慮なくしていた名残で今でも心安く思って

いて、お仕事(農事)の暇ができたら着物の相談などをしたいとわがままなことを言っ

ております。そのこともあり、いろいろお忙しい時ではありますが、いつものくせで

秋の景色を一段と見過ごすことができず、薄霜がかかるのを見るといつか見たあの山の

ことばかり思い出されてどうなっているかと恋しいので様子をお知らせくださいました

ら嬉しく、晩稲の稲刈りなどさぞお忙しくされているだろうに心ないことを言っている

のではないかと思い返しながらも、なお遠慮なくお願いを申し上げます。大家のご隠居

様が一晩砧打ちする音も聞きたく、甘えたことばかりです。

   同じ返事山里より

 お文拝見いたしました。私こそ申し訳ないご無沙汰、もっと早くご機嫌伺いするべき

でしたのに春夏秋と三回の養蚕で少しも暇なく暮らしておりました。田の植え付けから

それに続く仕事などに紛れているうちに田舎者になり、いつしか筆不精にさえなって

思いがけなくも怠ってしまいましたことをお許しください。お宅にご厄介になっていま

した頃、手習いをしなさい、縫物を覚えなさいと面倒を見ていただいたおかげで今でも

仲間内で褒められますので、大変ご恩になったと常々親と話しております。それを忘れ

たかのような日頃ですが、私はゆめゆめそのような気持ちではなく、お暇をいただいた

ころに聞かせていただいた教えの数々を思い起こして、自分の分をわきまえることを

守り、良人にも勧めてただ働きに働いておりますので、人もひいきにしてくださいます

し、幸い洪水や日照りの害もないので田畑に心を痛めることもなく、養蚕をしてもよそ

より出来が多く糸の艶もよいと評判で、どれもこれも(あなた様の)おかげです。いつ

かお出で下さったとき家の後ろにあった物置のようなものを取り崩して、小さいですが

蔵の形をこしらえました。秋の初めに出来上がりましたのでその祝いに近所の人を招い

て日待ち(吉日に終夜祝宴をする)というものをいたしましたところ、父は例の、酔い

にまかせて我が子自慢を始め、(私が)汗が流れるほど誇っておりました。お恥ずかし

いことですが、老いた親の喜びが嬉しくていつかお聞かせしたいと思っていました。

来年までには隠居小屋を修復し、夏の暑い折にはお出でを待とうと思っていましたとこ

ろに紅葉のお尋ねのお便り。何のご遠慮もありません、そのようなご用を承るのを父も

私もこの身の名誉だと思っております。(紅葉には)まだ少し早いようでこの二十日過

ぎになるのではないかと存じます。なにとぞなにとぞお出でをお願いいたします。晩稲

の刈り入れもありおもてなしはできませんが、決してご遠慮なさらないでください。

稲こきなどご覧になったことなどないでしょうから、見慣れないものを見るのもおもし

ろいことと思います。牡鹿の声もこの頃盛りで、田舎の人は田を荒らしに来る憎いもの

としておりますが、お歌では大事がっておりますことがおかしいです。お嬢様のご縁談

がお決まりとのことで、おめでたいことは言うに及びませんが、あなた様がご安心され

たことを思い嬉しいです。今の忙しさが少し過ぎましたらお手伝いにお申し付けくださ

いますようお願いいたします。紅葉はあと十日後がよろしいでしょう、お返事まで。

 

   紅葉を見に誘う文

 今日は大変のどかな空の色で、まさか時雨も降らないでしょう。昨年のように途中で

引き返す心配はないと思いますので、これから滝野川(王子)の紅葉を見に行きません

か。おとといの日曜に従兄弟の子が参りました時にもう十分赤いと言っておりましたの

で、今日はそれほど人も多くないでしょうから水に映る趣きなどを静かに愛でることが

できるのではないでしょうか。お支度も何もしないで、普段着そのままがいいと思いま

す。大げさにして人目に立つのはやり切れませんので、侍女も一人にして軽装でお願い

します。慣れない徒歩で、飛び飛びに車に乗るのもおもしろいではありませんか。お心

次第で帰りは汽車でもよいですね。お伺いまで。

   同じ返事

 お返事を走り書きします。とても素敵なお誘いをどうしてお断りしましょう。飛び

飛びに車に乗るのがとても楽しそうで、道を知らない同士なので畠の中を迷うなど、

昨年を思い出して一人笑ってしまいました。あの枝につるした短冊の趣向が素晴らし

く、見慣れない文字をたくさん見ましたが今年は書き留める筆を必ず持って行きましょ

う。そのまま行こうとのことなのでお湯も使わずすぐに出ます。髪は一昨日結ったのが

少し乱れていますのを人がかき上げてくれようとしていますが、お待ちさせるのが心

苦しいのでお返事だけ申し上げます。お使いが戻る頃には私も参ります。

 

 

通俗書簡文 五

      諸橋近代美術館 いつ行ってもいいけれど今回は今までで一番よかった。

 

   雷鳴激しかった後に友に送る

 ようやく生き返ったようになりましたがそれでもまだ震えながら文をしたためていま

す。先ほど雨雲が空を覆い始めた時は、昨日は空しく過ぎてしまった夕立がやっと来る

と頼もしく、しばらく天気が続いて寒暖計は百度に近くなろうとしていましたので、

涼しくなるだろうと窓に寄って眺めていましたら冷たい風に木の葉が騒いで、それっと

雨戸を繰り出す間もなく天の川をさかさまにしたように降り出した様子が心地よく、

胸が開くように思いましたが、雨戸の隙間からきらめき入る稲妻の電光が目を射るよう

になるに合わせて轟渡る雷のすさまじさ。日頃は気が強いのが自慢の女中さえくわばら

(魔よけのまじない)を唱え出し、妹たちは母の膝にすがって泣き騒ぐので家の中でも

鳴り出したかと思うほどでした。三度目と五度目はとりわけ恐ろしく、きっと近いとこ

ろに落ちたのだろうと思われました。今は名残なく晴れ、日光はさやかに松の梢を照ら

し、鳴き出した蝉の声などすべて夢から覚めたようですが、前の川を流れる水の音が

荒々しく聞こえてまだ涼しくなったことを嬉しいという気持ちにはなりません。あなた

はいつもいつも恐ろしいもののうち(雷を)地震の次に数えていますのでさぞかし驚い

て、枕元にお香を焚いて蚊帳の中に隠れていたのではないかと思うと胸が騒ぎます。

頭痛は起こりませんでしたか、今の空のように晴れ渡っていたら嬉しいですが、ご様子

が心配なので、とりあえずお見舞い申し上げます。

   同じ返事

 お心にかけてお尋ねくださってありがとうございます。今さらながらですがいつもの

心弱さ、子供だってこんなことはないと今日も兄たちに笑われました。人々が集まって

お茶などを飲んでいた時でしたので、最初の内は心強いふりをしてお給仕などしており

ましたが、三度目の激しかった時には魂が身から離れたようになり、どんな様子だった

のか何も覚えていませんが、奥の四畳半の蚊帳を吊ってあったところへ駆け込んで、夜

の物を引き被ってそれからは何もわからなくなりました。今女中達が言うのを聞くと、

顔色が失せてこの世のものとは思えなかったそうですが、いつものことなので晴れて

しまえばいつもと変わった心地もせず、この涼風は例えようもなく嬉しく、お礼がてら

伺わなければと思うのですが、ちょうど兄たちのお友達がおいでになっているので台所

が忙しく、女中たちを手伝わなければなりませんのでお手紙での失礼をお許しくださ

い。このようなことですので決してご心配なく、がんばってこの癖を治そうと心がけ

ます。

 

   避暑に行く人へ

 都は日増しに暑さが激しく、団扇の風もぬるいように思えるので山の麓の風に吹かれ

る浴衣の裾がうらやましく、さぞかし仙人というもののようなお気持ちでしょう。昨日

お留守のお宅に伺うと召使のお園さんが最近来た手紙の様子を聞かせてくれ、旦那様や

奥様がお出ましのところには蚊というものが一つも出ないのだそうだとびっくりして

おりました。それだけでもわざわざ逃れて行った甲斐があるものだと存じます。最近世

に知られるようになった温泉だとのことで、お知り合いもそれほどお出でがなく、うる

さいこともなさそうですね。旦那様は物慣れた方ですので何事も難しく思うことなど

ないでしょうがあなたは初めてですので、何か難しいことがあったら一週間もいないで

帰るとおっしゃっていましたが、もうご逗留が二週間にもなったのはきっとお気楽な

毎日なのでしょう。たまにはお文をいただきたく、お留守宅ではお園さんがいつもの

ように何事もまめにとりはかっていることですのでお座敷には塵一つなく、昨日伺った

時には庭先の草をしきりに摘み取っておりました。ご秘蔵の万年青も日々丹精に洗って

いると見えて、艶がひときわ増しています。猫の子も大きくなって昨夜は鼠を一つくわ

えて初手柄だったとお園さんの話しておりました。あれこれ取り集めて。

   同じ返事

 湯あたりしたのかその後体調がすぐれず、こちらの医者に薬を整えてもらうなどして

いましたので到着のお知らせをしたままでご連絡せず、今お文をいただき恐縮していま

す。留守宅の見回りをお願いしましたので、お暇のない中おいで下さって厚く御礼申し

上げます。この地の景色は山も水も大変面白く、歌などを詠む人ならばしかるべく誂え

てお文でご覧に入れ、日記をものすることもできるのでしょうが、そのようなことに

慣れておりませんので、ただ涼風をあくまで貪って、これを東京への手土産にしたいも

のだなどとできないことを言っております。蚊には驚きませんでしたが、もっと驚いた

ことは季節に咲く野辺の花が時もわからないかのように咲き乱れていることです。昨日

山の上まで連れて行ってもらいましたがその時に手折った花の中で見慣れないものを、

お借りした本の中に挟んでおいたのでやがてお目にかけます。知り合いも二人三人は

来ていて、東京の人だということであまり田舎臭くもない、芸者でもない女を呼んで

三味線を弾かせる催しに二、三度招かれました。夫がいただいた休みも後一週間になっ

たのであと五日もしたら帰るつもりですのでお礼から何からその時にお聞かせします。

少し涼しい思いをしてたくさん暑さの苦しみを受けるのかと今から侘しがっています。

ざっと書きました。

 

 秋の部

   残暑見舞いの文

 今年はとりわけ残暑が厳しく、荻に吹く風も秋とはまだ思えません。毎日氷を命と

して暮らしております。あなた様のところではお年寄り方お子様方お変わりなくご機嫌

よくいらっしゃいますか。ご総領様はもう学校が始まったと思いますが、ご通学の道が

ご心配なことでしょう。夏の頃から引き続く例の病がこのほどいよいよ勢いを増したと

新聞などでよく見かけます。お宅は広くて空気の通りがよく、いつもきれいに掃除が

行き届いてご養生家でいらっしゃるからご心配はないでしょうが、外出の際などはご用

心ください。暑い暑いといってももう少しのことでしょうから、なにとぞお大事になさ

って、暑気払いに泡盛を二瓶贈ります。お見舞いまで。

   同じ返事

 心のこもったお見舞い並びに暑気払いにと思し召しの二瓶をありがたく頂戴いたしま

した。仰せの通り名のみは秋に入りながら萩の下葉に露を置くどころか、団扇を少しも

置くことができません。とはいえこちら一同幸いに残暑の障りもなく、老人たちもいた

って健やかですので、恐れ入りますがご安心ください。ご心配くださる総領は常々ひ弱

な質なのでもう少し通学を休ませろと年寄りもやかましく、体には代えられませんから

青山の実家へしばらく遊びにやりました。これにもご心配なく、いずれお礼に参ります

のでよろしくお願いいたします。お使いを待たせましたのでお返事のみ。

 

   帰省した人が秋になっても帰らないので都の友から

 こちらにとどまったのは私一人で、校内の方々のほとんどはお故郷に暑さを逃れて

いますので、お留守のなんと淋しいこと、親のない不幸が嘆かれます。特にあなた様は

ご両親様ご兄弟様はもちろん祖父母様までいらっしゃるとのことですので甘えるお膝の

数が多く、この一月を一夜の夢のように過ごしたのでしょう。それに引き換え私は日頃

からあなた様一人を頼りにして一日の内にお知恵をお借りすることが一度や二度でなく

過ごしてきましたので、このほどの長さは十年ものようでした。明後日から学校の授業

も始まりますので今日あたりまでにはご帰郷するだろうと指を折って数えていました

が、まだそのご連絡がなくどうしていらっしゃるのかと心配で、もしこのお休みをきり

として帰ったままというおつもりでしたら私だけには密かに教えてくださってもいいも

のなのに、何も音沙汰がないのはいつもお約束していたようではありません。学校の

ほかにもいつものお稽古が今日あたりから始まるのに、私はあなた様が戻らない間は

お稽古に行きません、一人では何の張り合いもなくつまらないですから。

 都はまだ暑さが去らず、屋根の瓦に照る陽射しは頭の上に(直接)当たるかのような

寄宿舎で、今も一人つくづくと考え、いろいろな愚痴が湧きかえるまま筆に任せて書き

ました。そちらはさぞ涼しいことでしょう、こちらと比べてみて下さい。このように

暑い中行くところもなくあなた様一人を待ち暮らしているのに、お仲のよい御兄弟様親

御様方の元にいつまでも甘えていらっしゃってこちらの淋しさを思ってくださらないの

はあんまりです。申し開きがあるなら早く早くお戻りになって、お顔を見て承ります。

あなたのお口から聞くまでは承知できませんから。

   同じ返事

 お返事は私が帰ってからお詫びを申しますがまだ四、五日はこちらを離れられません

のでお文にします。私が帰省した折は何事も知らず、ただ親が子を思う気持ちという

もので、都に一月いるよりも同じ遊ぶなら手元に呼び寄せて蕎麦でも食べさせたくて、

待っているという文がしきりに来たのだろうと思っていたのです。帰って様子を見れば

本当にあなた様がお察しの通りこれを機会に再び都に出さないように、あなた様にも

お話ししていた内々のことを取り決めてしまっておりました。しかしこのままここに

留まっては今まで都に出ていた甲斐がありませんし、何事もみな半ばで差し置くような

ことになってしまいますので、生意気なようですが思うことを両親や姉に話して、なに

とぞ来年学校を卒業するまでは、おひざ元で孝養できないことをお許しくださいと心を

込めて頼みました。ではあと一年の時間をやるから卒業したら必ず帰ってくるようにと

いうことでようやく出ることができるようになりました。このたびのあれこれはお目に

かかった時にお聞きください。後一週間もしないでまた机を並べることができますの

で、その間取り締まり(舎監)への連絡をよろしくお願いいたします。

 

   草花を添えて人の元に

 蛍を追ったのは昨日のことのようでしたが残る暑さもいつしか消えてしまい、朝夕の

風が本当に秋だと思われるようになりました。市中を離れた私の方は、夏の暑さもそれ

ほどではなかった代わりに秋のつゆけさ(湿っぽさ)が勝っていると思い、もの寂しい

ような気がいたします。することもなく手すさびに萩、桔梗、女郎花などを垣根の内に

作っていつ咲くかと心待ちにしておりましたがこの頃やっと咲き始めました。萩は花が

少なく、女郎花は丈が高すぎたりとあまり美しくもないのですが、さすがに野育ちだと

さる方(あなた)に憐れんでいただけましたら嬉しく、一枝づつ手折って贈ります。

この尾花の穂のように出て(いらっしゃる)ようお招きの心も推し量ってくださいま

せ。遠里小野(萩の名所)ではありませんが、虫の声を聞きにいらっしゃいませんか。

前の小川に網を差して魚を取る子供など風流なこともありますよ。

   同じ返事

 軒から軒へとが重なり、大路に出なければ空も見られない下町の住まいでは、花屋が

持ってくるよりほか秋の色を見ることができずにいるところにお手植えの七草を、とり

どりの美しさを惜しまずいただいたありがたさ。直ちに花瓶に差して一人で嬉しがって

おります。お宅のご様子はいろいろお聞きして、うらやましさは限りありません。私も

上の娘に婿を迎えましたらそのような静かな所へ、別荘などと言う大層なものではなく

少しは何か植えられるような空き地のある所へと常々願っておりますが、今だ世の役を

し尽くしておりませんので、面倒な中で暮らしています。仰せがなくても一晩ご厄介に

なりたいとお願いしたく、虫の声も聞きたいものですが、私が店に立つことはなくても

男主がいないと店の者の手抜かりなどに気を配ることが多く、墓参りのほか出かける

こともできずかたつむりよりなお劣っていることをお笑いください。しかしながらこの

ほど娘の縁組が大体整ってきましたので、まだ内々のことですがこれさえ済めば問題な

く出かけられる身になりますので、そのうちうるさいくらいにお邪魔させてください。

子女郎櫛(?)を少し、いつもの葭町のものでお返しには似合わないものですがご覧

ください。

   

   野分見舞いの文

 昨夜の大嵐にお障りはありませんでしたか。ようやく雲が収まり陽射しが出てきまし

たので少し胸が静まる心地なりました。この頃ないような大荒れでしたね。家の裏に

あった栗の木が二本とも根を逆さにして倒れてしまい、もう少しで離れの屋根に覆い

かかるところでしたがそれて幸いでした。風向きはどうだったのか西から北から、南か

ら振り回すかと思うようで家の中は船にいるのと同じようでした。しかし私の家は平屋

で地所も低いところにありますのでそれほどの被害はありませんでしたが、あなた様は

高台の二階建てですのでどのようだったか、塀や垣根など損傷があったのではないかと

心配でお伺い申し上げます。書き乱れておりますが。

   同じ返事

 早速人を通してお尋ねいただきありがとうございます。仰せの通り昨夜は生きた心地

もしませんでした。戸や障子のきしむ音や塀垣根の倒れる響き、屋根も柱も引き抜かれ

持っていかれることだろうと覚悟しました。ちょうど主人が昨日の土曜から一晩近郷の

秋を探りに旅に出ており、留守には老人と女子供ばかりでしたのでどうしようかと、今

まで感じたことのない恐ろしさでしたが、出入りの者が集まって来て家に支えをし、

屋根に物を置くなど甲斐甲斐しくお世話してくださいましたので少し心強くなり、明け

方からはしっかりしてきました。今朝見ると倒れたのは周りの塀と垣根だけで、門前の

長屋も裏の物置も破損というほどのことはなく、大騒ぎしてと笑われてしまいました。

お宅の栗の木が折れてしまったとのこと、惜しいことでした。私の方の柿の実も全て

落ちてしまい傷ついたものも多かったのですが、少しでも満足なものをと思って選びま

したのでお子様たちのお慰めに差し上げてくださいませ。くれぐれも、ご同様に事なく

済みましたのは何よりでございました。旦那様にもよろしくお礼を申し上げてください

ませ。私の良人が大自慢の、今年咲いたらあなた様方に来て見ていただこうとお約束

していました菊は折れた木の下になって浅ましい姿になってしましました。これだけが

惜しく、(良人が)帰って来ましたら誰に罪を負わせることでしょうか。

    

通俗書簡文 四

 寒々しい場所で川を見ながらひとりランチ。インスタやめると写真も撮らなくなる。

(もともと見せるものもないのに友人への近況報告と、こんなに雪が降るんじゃアピー

ルだったので飽きた)国民割も紅葉も、こんな寒々しいところにいるとどうでもよく

なってしまった。紅葉したら雪が降るだけ…ラニーニャで決定的となったし。

 

   新茶を人に贈る文

 西ヶ原の別荘の茶園にこの頃人を雇い入れて(お茶を)作らせておりますが、今日

初めて少しばかりできましたので、本当に一服ほどしかありませんが、ご風味ください

ましたらありがたいことです。こちらでは遅く咲いたつつじが見頃です。近くの麦畑も

黄色くなって、何ということもありませんがよい景色です。茶摘み唄の風情をお聞きき

に一日おいでになりませんか。私は毎日行っております。

   同じ返事

 珍しいものをいただきありがとうございます。急いで火桶に炭を継ぎ足しておりま

す。いつも申し上げることですが、よい場所をお持ちになっておうらやましく、どれ

ほどお楽しみでいらしているかと思われます。茶摘み唄、つつじの色に憧れますので

近いうちに必ずお伺いいたします。この羊羹はちょうどいただいたものです。紙の代わ

りに(?)。

 

   梅雨(さみだれ)の降る日、亡くなった人を弔う文

 今日も降りやまない空の下でいかがお過ごしでしょうか。お袖が乾かない(涙が止ま

らない)ことと思いやられて、どうしておられるかと雨傘を開きたいのですが、あまり

に度々伺っては、お召使いのお手数を煩わせることとなり、かえって涙の種になりはし

ないかと思い返してお伺いせず、人に頼んでお文を差し上げることにしました。昨日も

申し上げましたが、お嘆きは仕方がありませんが悲しみのためにお心を痛めてご病気に

でもなっては、お亡くなりになったお母様が喜ぶとは思えません。ご兄弟様方もみな

ご幼少でいらっしゃいますのでこれからは家内の法事などを一身に引き受け、ご教育

などもお母様に代わって数々お勤めしなければなりませんのですから、つらさに負けて

いる場合ではありません。あなた様がお弱りになってはお子様方やお父上様のお世話を

誰がなさるのですか。よくお考え下さい、昨日おっしゃったように何をする張り合いも

ないなどと泣き崩れてばかりはいられません。お勘さんや与吉の両方が奥様がお亡くな

りになってからお嬢様が心配だと昨日も泣いておりました。くれぐれもお父上様ご兄弟

様のために、また亡きお母上のお考えを推し量ってお心を強く持ってくださいますよう

願っております。そうはいっても今日はお母様のご命日ですので面影がどれほど恋しい

ことでしょう。今朝は私もお墓参りを、とても早くに行ったつもりでしたがすでに新し

いお花がたくさん供えてありました。あなた様に一足遅れてしまいましたのでこれは

庭で生ったいつもの枇杷ですが、ご仏前にお供えください。何事も雨雲にかき曇って

いるようです。

   同じ返事

 昨日来てくださいました時は私が愚痴ばかり繰り返していたのにお諫めもせず、我儘

な涙をお見せしたことが恥ずかしいです。本当におっしゃる通りで、弟たちはまだ小さ

く、父はご存じのように無頓着ですので、母にかなわないまでも母代わりとなる心得も

なく、このように悲しんでばかりいてはどうしようもありません。とはいえ途方に暮れ

ている心のほどをお察しください。母がいた頃は学校から帰れば二階の部屋に籠って

縫物をしてばかり、その他のことは指図を受けて動いていたので昨日今日急に教えて

くれる人がいなくなってしまってどうたらいいのか、あれはどうしますかなどと女中

聞かれる度にいちいち困り、その度ごとに亡くなった人が恋しく、返らぬことを嘆いて

います。しかし昨日くれぐれお諫めくださいましたこと、とりわけ今日はお使いを通じ

てねんごろにおっしゃってくださいましたことは誠にその通りだと思い当たりますので

これからは心弱いばかりではいられません。心の限り弟たちのために尽くすべきだと

思いますが、ご存じの通りわきまえがなく、わからないことがたくさんありますので、

おうるさいこととと思いますがいろいろ教えてくださいますようお願いいたします。

 今朝はこの雨の中、お詣りくださったとのこと、深いお情けに亡き人もどれだけ喜ん

だことかと身に沁みてありがたく、いただいた枇杷はさっそく仏前にお供えしました。

これはいつかもいただいて、お宅のお庭に生ったものだと(母が)繰り返し申しており

ましたことが忘れられません。まだあまり正気ではないようです。

 

   暑中に帰省が遅れたことを故郷の親に告げる文

 折からの暑さに悪い病が度々流行っております。私の身の上をさまざまにご心配くだ

さってしばしばのお便りがありがたく、仰せの養生のことはよく守り、食べ物やほかの

お心づけのおかげか幸い私の身には何事もなく、人が暑いと苦しんでいる中それほどに

も思わずに健やかでおりますのでご安心ください。かねがねお待ちの暑中休暇は後一週

間先となり、その日に直ちに出立する心構えでしたが、隣村から来ている同級生で必ず

同行しようと話していた者がいて、その人の買い物(土産)の都合がつかずに帰国が

少し遅れるということで、昨日今日の一日は十年のように長く、早く早くおひざ元に

参りたいとばかり思っていましたがそれも我儘に思われ、友人の手前少し恥ずかしくも

あるので決めた日よりも四日ほど遅れます。停車場に人をよこしてくださるとのことで

したのでお心に留めてください。到着は暮れ方になると思います。お菓子だけは私が

持参いたしますが、親類の方々に差し上げるお土産物は今日行李にして送りましたので

お受け取りいただき、取り置いてくださいますようお願いいたします。

   同じ返事母より

 郵便は昨夜届きました。いつかと待ち遠しかった暑中休暇に、連れ立って帰るお友達

のご都合で少し遅れるとのこと、お付き合いですからそれはお待ちしてあげるのが当然

なのですが、鎮守のご祭礼が今年は例年と違いにぎやかにという趣向で、明後日から五

日間執り行われることになったので、それを見られないのはいかにも惜しいことです。

田舎は田舎の風情がありますから兄弟たち一同これをお前へのごちそうの一つに数えて

いたので、お文を見て大層力を落としました。隣村から来るのなら同じ連の祭りなので

その人のお宅でもさぞさぞお待ちしていることでしょう。一応お話ししておきますの

で、できることならせめて二日でも早く来るよう、父からはそのようなことを言うには

及ばないと叱られましたが、母はその折に一緒に親戚参りをするつもりでいましたので

右のお願い。ともかくこの暑さに障りのないよう、特に道中は気をつけてください。

 

   人の新盆に

 待たぬ年月の経つのは早く、今年もいつか芋がらを売る声を大路に聞くようになりま

した。窓に釣った提灯の薄青い色を見るにつけ悲しいことが思い出されます。まして

あなたはどのように過ごしているのか思いやられます。昨年のこの頃はまだお妹様の病

も出ておらず、私の家の裏の蓮池に花を折りにいらして、浮葉の露のようなものを取ろ

うと片手を岸の小松にかけて洋傘を差し伸べたところ、お袂から紅のはんけちが落ちて

水に浮かんだ様子など今のことのように思い出されるのに、今年は門火に迎えられ、

精霊棚の上にみそはぎの花を手向けられるようになったことを思うと、ただ夢のようで

す。長くはありませんでしたがお二人きりのご生活でお睦まじく、よそ眼にもうらやま

しいようでいらしたのに、さぞかし思い出がさまざまおありになって(心が)慰まらな

いことと存じます。思いが増すのではないかとためらいながら、思い出の蓮の花を贈り

ますのでお供えくださいましたらありがたいです。籠の中のりんごは今朝初めて木から

採ったものです。これもご覧になっていただきたく、お供えください。

   同じ返事

 暮れゆく空を眺めていれば天から降りてくるのではないかと恋忍んでいるところに、

よく思い出していただいて、仏のためにと数々のお供え物をありがとうございました。

花もりんごも生きている時に見せたならどんなに喜んで、これは私にくださったもの

だから姉さまには手も触れさせませんと我儘を言ったでしょうが、もういい争いもでき

なくなって真菰の上に据えられ、香の煙がかすめる写真の面影の愛しいことは言いよう

もなく、このようにはかない一生だと知っていたら難しいお小言など言わなければよか

ったと返らぬことを考えます。年よりも(心が)若く、思いやりなど少しもない子で

したのでよいお友達も少なく、今日の祭礼に思い出してくださる人などいないと思って

いましたがこれほど忘れ難く思ってくださるありがたさに涙がこぼれ、お礼を申し上げ

ます。そのうちお目にかかってまた。

 

   暑中見舞いの文

 今日は寒暖計が九十度(32℃)を越しました。いかがおしのぎしていますでしょう

か。手水の水もお湯に沸き、草木の色も思いなしか枯れしぼんでいるような暑さ。氷の

柱でも立てたらとばかり思われます。あなた様は広々と(したお宅で)お暮しで、天井

も高いですからそれほどにはお思いでないかもしれませんが、ご様子をお尋ねしたく、

暑中伺いにお印ばかり、葛そうめんの一束をご覧に入れます。近所の菓子屋で調えたも

のですので出来などどうでしょうか、砂糖を一瓶添えて献上いたします。折からの暑さ

ですのでくれぐれもおいたわりくださいますよう。

   同じ返事

 暑さお見舞いとして好物の品を賜りまして、ありがとうございます。幸い家ではみな

特別障りもなく、ただ暑い暑いと言ってばかりで全く恐縮ですが、ご安心くださいます

よう。多少は広いようですが西東を向いた家ですので朝夕はとても厳しいものです。

どちらにでも避暑に思い立つことがありましたらお供をお申し付けくださいますよう、

お礼と共に右のお願い申し上げます。

 

   納涼の筵から友の元に

 月は今昇ろうとしていますのに、この筵にもう一つの光を添えられないのは悔しく、

昼は暑さに負けておいでがないのは道理ですが、この涼風に乗って大した距離でもない

道をいらっしゃらないとは、何事があったのかと壁に背けた燈火の下で走り書きして

います。今日の会はお知らせしたように面倒だった上、殿上人までいらしたので幹事を

承ったもの同士大汗をかき、さまざまな気遣いで苦しがっておりました。散会したのは

午後五時頃で、人々があの家を出て辻で車の引き別れをしようとした時、例の子爵の

奥方が「これから気の置けない涼みどころへ、我が家にお寄りになりませんか、水を

引き入れてありますし月も大変よい夜になりそうですから」と誘われて、お帰りが気遣

いな姫君や奥方ももうおらず、みな私たちのような老木どもですから、ではお高殿を

しばしお借りしますと、そこからこちらに車を入れさせました。ご主人様の琴の音に

庭の松風が吹き通う、ゆかしい夜の様子を見せられないのは悔しいことです。このよう

な時によい歌が出てくるものなのにこの席の人々は口が重いものですから、車座になっ

ても三十一文字が詠えません。早くお出ましになっていつもの優しいお言葉を承りた

く、かねがねご存じの心安いご主人様ですから何も難しく思わずに、這っても来られ

近さなので隔ての垣根を高くしないでくださいませ。

   同じ返事

 中川の御宿りではありませんが、怪しげな方違えでしょうか。我が家を音なくお車で

通りすぎて、お隣と言ってもよい子爵様のお屋敷で納涼の筵を催しておられるとは。

せめてものお情けに松風にお琴の音が流れてきて、恨めしさも忘れてありがたく、お使

いと共に出かけたく思うのですが、幼い者が今寝付くところで乳を離さずにむづかって

泣いておりますのでもう少し面倒を見て、遅くならなければお伺いいたします。いただ

きものですが果物一籠を車座の中にお使いをおわずらわせいたします。伺うことができ

ましたらよろしくお願いいたします。ご主人様にも(その旨)お伝えくださいますよ

う、取り急ぎお返事のみ。

 

   朝顔を見に誘う文

 昨年も一緒に行きました入谷の朝顔は今頃ではなかったかと思い出します。あの明け

方に車を連ねて上野の下を過ぎる頃、ようやく空が明るくなって道端のねむの花が眠そ

うに見えて風情があるとたわむれに話し合ったことが忘れられず、恋しいのです。ぜひ

今年も行きませんか。例の、好奇心旺盛な中の兄がこの話を進めるよう言い出しました

ので、帰り道はどれほどごちそうしてくれることか、以前から吹聴しておりましたもの

ね。ご同意いただけましたら明日の早朝不忍池の蓮を見がてら行きたいのですが、私一

人では連れて行ってくれないと言うので、なにとぞご都合をつけてよい返事を下さい。

お母様からお許しが出ましたら今夜から家にいらしてご一泊してくださいますようお願

いいたします。

   同じ返事

 明日の朝入谷へとのお誘い、どうしてお断りいたしましょうか。母も大喜びでお受け

しなさいとのことですので、いつも通り甘えさせていただきます。姉もなく、手を引い

て歩く弟も持たない野中の一本杉ですので、どこかへ行きたいと思っても一人ではいけ

ずに悲しんでいますが、いつも思いやってくださってこのようにお供に加えていただく

ありがたさ、お兄様にもお礼をよろしくお伝えください。お言葉に甘えて今日の夕方か

らお伺いしますので、ごちそう(などのご心配)より、お気遣いなさらないでください

ましたら何よりです。

通俗書簡文  三

   花の頃都にいる娘に

 しばらくお便りがありませんが、どうしているかと心配しています。田舎でははしか

が流行って、これは軽いものではなく隣村の作蔵の二番息子が先月から患って耳が聞こ

えなくなってしまいました。それを見るにつけ、我が家では何の異常もありませんが

遠く離れているあなたのことが明け暮れ気にかかります。これまで一月と文の来ない時

はなかったのに三月三日付の手紙が五日に届いてからこの方、今日まで数えると四十日

を過ぎてもお便りがないのは、もしかして患っているのをおし隠してこちらに心配を

かけまいというつもりなら嬉しいことですが、それは心得違いです。常々あなたは春先

や秋の初めに気鬱が出るたちなので一人しくしくと部屋の隅に籠って薬も飲まずにいる

のではないですか。ちょっとしたことで済むことを大事にしなければなりません。もし

病気ならはっきり言ってよこしなさい。それなりの仕送りをしますので十分養生して、

それでもよくならなかったら帰国することにしてもちっとも恥にはなりません。そちら

には頼れる親類がいない身なのですから、何事も心一つでよくよく考えて間違いのない

ようにするべく、体を自分一人のものだと思わずに、老いた母の苦労の種であることを

忘れないでください。取越し苦労かもしれませんが、しばらく便りのないことが心配な

あまりさまざま考えてしまいます。父が亡くなった後、兄とあなたを一人で育て、人か

ら指を差されさせまいと思ってきた母の心を汲めばその身を大事にして、病気のことだ

けでなく、怪しげな名を取らない(噂されない)ようにしてください。あなたも知って

いる榎の長者の娘の不品行が村の物笑いとなって、親までもが人に顔を向けられなくな

ったのはあの娘の心一つのことからです。東京の学校に入ることを田舎者はみな嫌って

よく思っていないのにこの村からあなた一人が出ているのですから、その辺をよくよく

心してください。兄はご存じのように働き者なので、人が旧城下の花見にと長い着物を

着ておいしい物を食べに行く中で一人真っ黒になって下男共の指図をし、自ら鋤や鍬を

手に取って勉強第一(一生懸命)です。学問が嫌いということもあり兄は遂にこの地を

離れて修行ということをしたこともなく、三度くらい用事がてら東京見物をしたばか

り。そちらの様子などさらにわかるわけもないが、あなたは女であるから身一つで都に

出ていればさぞかし物に不自由していることだろう、私には遠慮するかもしれないので

お母さんからと心づけをやってくださいと陰に回ってあなたをいたわる親切を忘れない

でください。度々言いますが若い人の習いで気が緩むことを恐れてこのように繰り返し

進言するのです。春が来れば雁でさえ故郷を忘れないものです。病気なら言って来てく

ださい、そうでないと母はそちらの空ばかり眺めて便りを待ち暮らすのですから。

   同じ返事娘より

 お文を涙を持って拝見いたしました。誠に申し訳ないご無沙汰を、ここまでご心配し

ていただいていたのにことに紛れて過ごし、(お文を)怠っていたことが身の置き場が

ないほど申し訳ありません。その言い訳ではないですが、最近のことを少しお聞き願い

ます。先月お手紙を差し上げた時にお耳に入れた、妙子という仲のよい人がひどい神経

病になってしまい、もともと癇持ち(いらいらしやすい)なのにさらに人嫌いになって

校長先生をはじめ寄宿舎の人を誰も寄せ付けず、田舎から看病に来た親戚の方々さえ持

て余していたのですが、私にはいつも通り話をして思うことなど包みなく言うので私が

取り次いで、それぞれ心ゆくままに介抱しましたが少しも枕から頭を離すようなことに

ならず、しかも私が離れる時に限って必ず容体が危うくなるので、本を読むこともでき

ずにこの人に取り掛かって一月経ってしまいました。以前私が風邪を引いて熱に悩んで

しましたところ人はうつると言って避けるのに(妙子は)夜昼分かたずつきっきりで

世話をしてくださり、頬がこけるほど心配してくれたのです。しかもその時は試験中だ

ったのに私の看病にかかづられたので一学期を空しくしてさせてしまったことなど重ね

て恩が深いので、どうしても(妙子の)病が治るまではと、そのためお文を差し上げら

れませんでしたこと、繰り返し申し訳ありませんでした。この人もだんだんとよくなっ

てきており、花が散って世の人の心が静まる頃にしたがって落ち着くだろうとお医者様

が言っておりました。決してお兄様やお母様をなおざりにしていたわけではありません

のでなにとぞお許しくださいますようお願いいたします。戒めは繰り返しありがたく

お受けして二度とご心配をおかけしないよう心得ます。お兄様にもよろしくお伝えくだ

さい。私の身はつつがなく、例年よりも健やかでおりますのでこれもご安心ください。

いつも申し上げているこちらの様子は、しばらく外にも出ておらず珍しいものなどを

見聞きすることもありませんでしたのでまたこの次に。とりあえずお詫びのみ。

 

   春の終わり頃恩師に竹の子を送る

 その後いかがお過ごしですか。先日はお花見の仲間に入れてくださり、一日楽しく

遊びましたこと大変ありがたくすぐにお礼をと思いながら、日々に取り紛れてご無沙汰

しましたことお許しください。この竹の子は裏の竹藪のもので、昨日の雨で育ったのか

今朝土から少し出たのを見つけましたので、世話をしたものではありませんから味など

どうでしょうか、ただ柔らかいというだけですがご覧に入れようと思います。そのうち

盛りとなりましたらまたたくさんお送りいたしますが、心地よさそうに生まれ出た勢い

がおもしろかったのでご覧くださいましたら嬉しいです。花見の時にちょっと申し上げ

た、羽織の襟の返りが悪くて困っていたのを、教えていただいた通りに折って縫い直し

ましたら大変着心地がよくなりました。もっと使いよい型つけをお取り寄せ置きしてい

らしたらお一ついただけますでしょうか。お代は使いの者に仰せつけくださいませ。

   同じ返事

 ご旧宅には時々お邪魔しましたが、お引っ越し後にはお伺いもせず、そのようなこと

になっているとは思いもよりませんで、このようなものが出てくる場所を持ってさぞ

広々とお暮しになっている様子を思いおうらやましいです。初物は何よりで、早速頂戴

いたします。仰せの型つけはちょうど手元にいい物がなく、そのうちに来ることと思い

ますのでこちらからお届けします。羽織の襟についてはもう少しお話したいことがある

ので近いうちにお伺いしたいのですが、例の子供をたくさん預かっているので何事も

はっきりせず、お待たせするのは心苦しいことです。お礼まで。

 

 夏の部 

   藤の花を人に贈る

 花が散ってから幾日も経ちませんが、もの淋しくなったことは言いつくせません。

若葉の陰を眺めて何となく春の行方を思っていると、ここにある池のほとりの松の枝に

かかっておぼつかなげに咲いている藤の花が、いかにも私がいますと言いたそうにして

いましたので趣深く、主(私)の心まで誇らしくなったのが恥ずかしいのですが、一枝

手折ってお目にかけたくなり、これを道しるべに春の名残はいかがといらしてください

ましたら嬉しいです。下に思うところなきにしもあらず(裏に思うことがあるので)。

   同じ返事

 心惹かれる一枝に結びつけられたお文の様子から、その藤波の立ち返りを見渡すよう

です。仰せの通り、誠に花染の衣を脱ぎ替えてからは長い日を過ごし難い心地で、明日

は亀戸(天神:藤の名所)に行こうかと思っていたところに、お宅のお池でこのように

麗しく咲き出でたものを見せていただき大変嬉しいです。待っていないこともないと

匂わせたお言葉にすがり、(お池の)水に月が浮かぶであろうこの頃を逃さずに驚かせ

(お伺いし)ますが、決しておもてなしなどしないでください。この青さし(お菓子)

というものは変なものですが葛飾の知人に頼んで取り寄せました。見慣れないものなの

でお慰めになるかとお送りいたします。お笑いくださいませ。

 

   端午の祝いの文

 来る日のお祝いには何がいいかと思い巡らせていますが例の田舎住まいで長い年月を

経た身ではちゃんとしたことも思い寄りません。かえって興覚めにになるかと思い返さ

れる古めかしいものですが、幟の一対に竹内(宿禰:360年生きたとされる)の久しき齢

にあやかるようにと武者人形を添えてお贈りいたします。人目につかないところにでも

差し置いてくださればと思います。以前おっしゃっていた外回りの御用を勤める者も、

こちらには男手がありますので(それで)間に合いましたらご遠慮なく申し付けてくだ

さい。女中も手が空いて遊んでおりますので、当日の饗宴の皿洗い(?御ぬぐい役)に

でもお使いくださったらと思います。お子様は日増しにお知恵がおつきになり、お宅の

屋根にひるがえるそれ(幟?)のように勇ましくなっていかれる様子が思いやられま

す。御祖父母様方のお喜びが、ご両親のお楽しみのほどが推し量られますが、とても

とても言葉を尽くしても足りません。ただ、幾千代にもお祝い申し上げます。

   同じ返事

 形ばかりにしようと思っていたのに思いがけず騒がしいことになりまして、今さら顔

も上げられないほどです。一昨日は見事な幟とお人形をいただきましてありがたいこと

この上なく、お子様がたくさんいらして足りないもののないあなた様からですので我が

子の今後が頼もしく、取り分け嬉しいことでした。お宅の使用人を昨日からお借りして

おりますので、さぞご不都合でいらっしゃるのではないかと思いますが、もう一日お願

いいたします。このお重は不出来ではありますが、形ばかりですのでご覧くださいま

せ。添えた菖蒲の根のように長くお慈しみいただきますよう、子供に代わってお願いい

たします。以前申し上げましたように、明日は必ず必ずお越しをお待ちしております。

 

   花菖蒲見に誘う文

 胡蝶の夢がまだ覚めぬ間に花は青葉になってしまいました。花に憧れる心も一緒に

散ってしまえばいいのにそれだけが名残になって、昨日今日を侘しく暮らしています。

それならば同じ心の誰彼三、四人で集まって、明日の朝ここから車を雇って堀切の花菖

蒲を見に行きませんか。ご同意いただけましたらどれほど嬉しいことでしょうか。

お考えを伺いたく、最上川の稲船(嫌とは言わないでください)、お返事はほととぎす

(の訪れを待つ)より待ち遠しいです。

   同じ返事

 ご風流なお考えを承りました。さらに誰様彼様とご一緒なら道中もさぞかし楽しい

だろうと思うだけでも憧れますのでお供願いたいのですが、私は今年初めて養蚕という

ことを試みております。ちょっとした慰めにと思って始めたことですが思いのほか増え

てしまい、昨日今日は桑やらなにやらとあわただしくしており、不慣れなことなので

足が地につかないようです。返す返す心残りではありますが人に任せて出かけることも

できず、心ならずもお断り申し上げます。みな様にもお許しいただきたく、家を持って

いるとそうなるのねなどと言われては悲しいです。

   

   蚕豆を人に贈る

 田舎者になり、都の風習をいつの間にか忘れてしまい、蝶よ花よという春も麦の青さ

で慰めて過ぎゆきました。この時期、若葉の間に初ほととぎすもそろそろなどとは言わ

ず、この辺りの人々は田植えをいつにしようかなどと言い合うのを待ち喜んでいます。

十里も隔たらないところなのに都というとはるかに思われて、このようにご連絡を怠っ

たままでいたことをお許しください。ますますお健やかであると存じます。ご主人さま

も滞りなくますますのご出世されていることと陰ながらお喜びしております。私の良人

もかねがねご心配いただいていました頭痛が最近だいぶよくなりました。ここでの勤め

は心まかせで気楽なので例の癇性も起こらず、暇なときには持ち慣れない鋤や鍬を持っ

て子供のようなことをしております。今はもう都に出て華やかに世を送ろうなどという

願いもなくなったので、のどかだけが取り柄のこの地で終わろうなどと話しています。

ずっと病気がちで難しい顔をしていましたので今の嬉しさを見ていただきたいです。

この辺りの人は親の代からの知り合いなのでよく世話をしてくださり、他人と親戚の

隔てもなく大変心安いので私も手拭いを被って桑摘みなどに出たりと、だんだん田舎の

暮らしに慣れてきました。二、三日前からは人に機を織ることを習い始めました。近い

うちに自分で糸を紡ぎ、お召しになるようなものを送りたいと思っています。

 今日実家の方から人が来たので、こちらの畑で実り始めたそら豆、少しは私も手を

かけたので自慢心もあって差し上げたく、粒は小さいですが土地に合うので味はよその

ものにも劣らない名物だと人々が言いますのでお召し上がりになってみてください。

もう少し近いところだったらこのようなものをちょくちょくお見せしたいものですが

叶わず甲斐がありません。まずはご機嫌伺いながら、こちらの様子にもご安心いただき

たく取り繕わないことを書きました。

   同じ返事

 ご実家様からのお使いを引き留めてお住まいの様子はいかがか、田んぼや畑は近いの

かなどとこまごま教えていただき、今どのようなお暮しをしているのか思い浮べていま

す。いただいた籠の中(の蚕豆)はお手づからさやをむいていただいたとのこと、その

ようなことにも慣れてお上手になったとお使いがおっしゃって、嬉しい中にも涙がこぼ

れました。ご主人様のふるさとですからお引きこもりになるのも当然、田舎住まいの

気安さはそれはうらやましいことですが、残念で悔しいことはあなたのような人をいつ

までも埋もれ木にさせたくなく、病院にいるお気持ちでご養生を第一にとは思います

が、元のようにお健やかになれば世に出る道はいくらでもありましょう。俗なことをと

お笑いになるかもしれませんが、私はそのように願っているのです。

 お籠の(蚕豆)は八百屋が持ってくるものと品がはるか(に違う)と思われて、みな

でいただきました。厚く御礼申し上げます。こちらの様子は特にお文に書くようなこと

もなく、同じ朝夕を繰り返しております。仰せの花鳥の色音、それは昔の春となってし

まい、窓の若竹が暗く茂り、針持つ手元がおぼつかないのを侘しがるような、ほととぎ

すで百首詠もうと夜すがら寝もしなかった頃の私ではなくなってしまいました。

 

 

通俗書簡文 二

三月ばかり(から?)初奉公している友に

 長い間お会いしていないよう(な気持ち)です。先日いらした時に門の柳の下で、

これからは何事も自由にならず、一年に三度くらいしか会えなくなるからお顔をよく

見せてとおっしゃったことが耳に残って、お別れしてからもう三年も隔たってしまった

かのように恋しく懐かしく思い続けております。日頃から気のお優しいあなたのことな

ので万が一難しい御主人だったらどれほどどれほどお苦しいことだろう、ご病気になら

なければいいがと取越し苦労をして、心細くやるかたのない思いでいました。昨日お母

様をお訪ねしてご様子を聞こうとしたのですが、お寺参りでお留守でしたので甲斐が

ありませんでした。お返事をくださるような状況ではないとは存じますが、思うことを

文で申し上げたいと思います。いつも愛でていただいた垣根の桜が今朝開いたのを一人

で見る気持ちにならず、ひとひら封の中に納めました。たとえ一重の色が薄くても思う

心は八重よりも勝ると思ってくださいませ、また時々お文をお出ししますのでお手すき

の折にはお返事をください。懐かしさのあまりに。

   同じ返事

 世の中が変わったようになって、この頃の気持ちは我ながら不安です。出てからまだ

十日ほどなのに一日の長いこと、ご一緒に芝居見物をした日の前日のよう(に待ち遠し

くて)ではなく、つらくて気の引けることがいろいろありますが、これは長い間親の

懐だけに抱かれていた名残、子供心が消えないからだと思い返しています。仲間はかれ

これ合わせて七人、それぞれなので嬉しくない人もおりますが、慣れれば慣れるもの

といいますからご心配なさらないでください。ご主人はどちらもよい方々で、初奉公

なのだから何事にも気が回らないのは道理だとおっしゃって、取り分けて私を憐れんで

くださいますので家にいた時と変わらず、つらいことなどあるはずもないのですが、何

となく日が暮れる時などにさまざまいろいろなことを思い出して、意味もなく涙がこぼ

れます。このようなことを親に聞かせたらどれほど心配するかとひたすら隠して、何も

言わずにいいことだけを聞かせておりますのでそのことをお含みください。私が家に

いないと母がただ一人で心細くしているだろうと心苦しいので、お暇があったらお立ち

寄りいただき、ともかくも安心するようお話ししておいてください。多いお友達の中で

もあなただけが今になるまでご親切をおっしゃってくださるので、ありがたさに甘えて

何事もお願いいたします。いただいた花びらは吉野の春に会うよりも嬉しく嬉しく、

その日の夜の夢にあなたと手を取り合って木陰に立ったのをまざまざと見ました。お返

事が遅くなった(おそなはれる?)のはさる方の思し召しですのでお許しください。

今夜は終わりが早かったので少し自由があってあわただしく走り書きしました。まだ

申し上げたいことが胸の内にたまっていますが、また折を見てお聞かせします。ざっと

したことのみ(書きました)。

 

   小学校の卒業を祝う文

 花も咲き始めました。大変のどかに、日々笑顔でお過ごしのこととおうらやましく

存じます。かねがね待ち遠しく聞いていた次郎さまの試験が滞りなくお済みになり、

小学全科をご卒業されるとのこと。お年も行かないのに試験の度に席順がいつも人より

上になると聞いておりましたので、ご教育をよくなさっているのでもちろんですが感心

なお勉強ぶりだと話し合っておりますが、この度はとりわけ優等であったとのこと、

錦の上の花ともいうべきことでご両親様のお喜びはいかがばかりかと思います。これが

済んだらどこかへ遊山の旅へ出られるとお聞きしましたが場所はお決めになりました

か。一日ゆっくりと話を聞きたいとせがれが申しておりますのでお暇の折にいらして

いただけましたらありがたいです。これはふつつかの至りですがお祝いのお印です。

次郎さまのお役に立ちましたらこの上ない喜びです。

   同じ返事

 次郎の卒業をお祝いくださって、数々のいただきもの、当人はもちろん深く深くお礼

申し上げます。ご存じの通りの不器用者、父親などがずいぶん小言を言いましが、なか

なか思うようにならずようやく小学を終えましたが、これからのことを考えるととても

心配です。次に入る学校を選んだりその他の相談をぜひお願いしたく、ご総領様にお心

添えをくださいますようお伝え願います。試験前から少し頭痛気味でしたので、常陸

親戚へ一月ばかり遊びにやろうと思っていますが、帰ったら直ちにそちらへ行かせます

ので、これからいよいよ勉強に励むように十分戒めてくださいますようお願いいたし

ます。お礼ながら右のお願い(いたします)。

 

   春雨降る日友に

 今朝はどんな朝になりましたか。この文が届く頃にはお手水も済ませてまだ重たげな

まなざしで、この辺の意地悪がいつも言うように霞の中の花のように、あなたのお部屋

の槙の柱に寄りかかっている様子が見えるようでおかしいです。うぐいすの音をどのよ

うにお聞きか教えてください。音なく霞むお宅のお庭で柳の糸が濡れている様子など、

歌袋(草稿を入れる)に入ることでしょうね。一首は私に恵んでください。そうしたら

この雨に育まれる垣根の草が春に出会うよりもっと嬉しいことでしょう。とても退屈で

人が恋しく、言葉敵もいない家ですのでお返事をいただけたらと思い、暇つぶしに作っ

たかすていらをお慰めに進上いたしますのでお笑いください。

   同じ返事

 今寝起きかと思っていらっしゃるとはあまり(なお言葉)。この頃は全然そのように

怠けたりせず、人より先に雨戸を開けているのですよ。嘘だと思うなら家の者にお聞き

ください。今は大人になりました。昨夜からの雨で上野(の桜)はほころんで、墨田川

も色づき始めただろうと慕わしく、鶯の声に梅の花の傘をかぶせたいなどという(風流

な)思案もせず、空っぽなことを思っているところにお文をいただき、いつものような

素敵なお言葉があんまりなので憎らしく、顔を見てお恨みを言いたいところですが道が

悪いのでそれもできず、いつかはと思い巡らせています。かすていらはお手製とのこと

ですが、どのように焼くものですか。教えてくださったら嬉しいです。とても加減が

お上手で一同ありがたがってもてはやしました。そのお返しにはお恥ずかしいものです

が今妹たちを相手にこしらえた押しずしを少しですがお届けします。お望みの歌の代わ

りと思ってお召し上がりください。

 

   土筆を送る文

 都の空はどれほど(桜で)霞んでいることでしょう。私の山里の松の白雪も解けて

まいりました。冬からこの地に引きこもったまま何もない朝夕を山の姿と近所の人たち

の心映えに慰められて今まで過ごしております。お文を出すには二十町の遠くまで人を

走らせなければならないので心苦しく、便利が悪いので元の家に戻ろうかと思うことも

しばしばですが、こちらに来てから頭痛を起こすことが全くなく、霞んでいたような目

もはるばるとよく見渡せるようになりましたので、もうしばらくは帰らずにいることに

します。全く病のない身になってからと思い返しています。昨日は子供たちを引き連れ

て近くの野で土筆を摘み、小川の芹や岡の嫁菜など歌の題にしたいような趣がいろいろ

ありましたが、とりわけこれ(土筆)がおもしろく手提げ籠にあふれるほどになりまし

たので、どうしてもこれをご覧に入れたいと思い、幸い下男の忠助がきょう東京へ物を

買いに行くので、用事のついでのようで失礼ですがお許しくださると思いますのでお届

けいたします。入れ物から何からひなびたもので変ですが、これこそ私の毎日の様子だ

とお汲みくださいませ。

   同じ返事

 しばらくご連絡が途絶えたので今日は文を差し上げようと思っていたところ思いがけ

ず、お使いが珍しい物を持ってきてくださいました。ありがたいお文を何度も繰り返し

読んでは、そのようなおもしろい遊びをして今までのいろいろな煩わしさをお捨てに

なったご様子がどれほどおうらやましいことでしょう。ご病気もよくなることと存じま

す。忠助殿から聞くには、お子様たちもいよいよご機嫌でご活発でいらっしゃるとの

ことで何よりです。元のお住まいはご親族にお預けしているのだそうで、それなら月日

が経っても憂いなく、本当にご安心だろうと存じます。ともかくご保養だけに専念され

て、さらに艶やかになったお顔を拝見できる日をいつかと心待ちにしています。今ほど

越州のあられがいくらか届きましたのでお子様方のおめざに忠助殿にご面倒をおかけ

します。こちらで都合できるものはお文で仰せくださいましたら私からお送りいたし

ます。

 

   花見誘いの文

 いつかお話しした小金井についてお文差し上げます。境の停車場にいる知人に頼んで

盛りの頃を教えてくださいと言っておいたのですが、今朝便りが来て、花はこの二三日

がよいそうです。日曜は人出がおびただしく汽車の乗り降りが煩わしいので、そうでな

い日にとのことで明日に決めましたがご都合はいかがですか。前に必ずとおっしゃって

いましたがお兄様のご祝儀も近いということでご多用の折からどうかとは思ったのです

がお知らせしないのも物足りませんから、危ぶみながらお知らせいたします。おいでが

叶いましたらどれほど嬉しいでしょう、こちらから母は妹及び伯父が行くつもりです。

お返事くださいますようお願いいたします。

   同じ返事

 小金井のお花見を明日にお決めになったというお手紙をありがたく拝見いたしまし

た。私はいまだにあちらを知らずいつも人様のお話に出るたびにうらやましく思って

おりました。この春こそは必ずお仲間に入れてくださいとわがままなお願いをしました

が、よく忘れずに(お誘い)くださいました。皆様と一緒ならどれほどおもしろいこと

でしょうと嬉しく、母に告げて許しを得たところです。例のことは大方片付いた上私が

いても何の足しにもなりませんので、よい道連れがある折りにお供させてくださいます

ようお願いいたします。お時間など詳しく教えていただきたいのでお返事と共に女中を

差し向けますのでお指図くださいませ。今夜が過ぎるのを楽しみにしています。

   

   花見から帰ってすみれの花を友に送る

 昨日はお客様があったとのことでおいでがなく、一日花の下でお噂して悔しがって

おりました。あちらは一つも咲き残らないほどの花盛りで、何某橋から見渡した景色は

常々言うことながら絵にも描かれぬとはこのことでした。ただよいよいと言って帰るの

も悔しいからと従兄がご自慢の水彩画で写生をして戻りました。いずれご覧に入れます

のでお笑いになってください。連れは先日話した通りの人たちで大変楽しい遊びでした

が、あなたさえいらしたら今年の花見に心残りはなかったのにとそれだけが恨めしく

思え、やむを得ないご事情とは知りながらおいでのなかったことがしゃくにさわるの

で、この春の花の話だけは聞かせてなるものかと話し合いましたが、それよりもうらや

ましがらせるために一枝ご覧に入れた方が恨みが晴れるだろうということになってみな

が木の下に立ったのですが、高い梢に誰も(思いが)届かなかったのでせめてこれでも

と土手のすみれを摘んだので同封いたします。これはたった一部分で、とてもとても

素晴らしい景色だったのですから妬ましいとお思いならこの次、何かの折には必ず必ず

いらしてくださいね。

 

   同じ返事

 お憎みになるのは誰でもなく田舎からの泊り客で、今朝出立いたしました。今さら

ながら折悪く東京見物に来ましたのでそれを放って私だけ遊びに出かけるわけにもいか

ず、失礼とは存じながらお断りさせていただきました。それでも憧れる心を終日止める

ことはできず、歌舞伎座にご案内している間も何もかも上の空で変な気持ちでした。

この春は花の噂も聞かせてくれないとおっしゃる心根はつらいけれどすみれの色のよう

に深いお情けはあるのだと嬉しく、すぐに先日いただいた歌集の間に納めました。

その内伺ってお従兄様の名画を拝見したいものです。お味方は(あなた)一人なのです

からそんなに苦しめないでくださいとあらかじめ申し上げて、お返事まで。

   

   潮干狩りに誘う文

 よいお天気が続いていい日和となり、花見の催しなどにいらしているでしょうか。

さてこの頃新聞で品川辺りの潮干狩りの様子を見て、さも(楽しいだろう)と思って心

が動いていたところ明日は大潮だということなので、きっとお台場近くまで引いている

だろうと思い立ち、ちょうど日曜日でもあるし主人が留守番してくれるということなの

で、子供たちを連れて宰領(監督役)にはご存じの佐助爺を頼むつもりです。あなた様

にもおいで願い一日ゆっくりと遊びたく、ご都合をお尋ねします。お差し支えなければ

早朝こちらまでお車で来てくださいましたら船の用意その他全て整えておきます。お召

し物はなるべくよろしからないものをと申し添えてお伺いまで。

   同じ返事

 潮干狩りを催されると私共までお誘いくださいましたお文を読み聞かせましたところ

弟たちは大喜びで何を置いてもお供したいと大騒ぎしております。遠慮のないことです

がお言葉に甘えて大勢召し連れてお伺いしますので、よろしくお取り計らいくださいま

すようお願いいたします。そのほかいろいろ明日お目にかかった時に、お返事だけ。