久佐賀義孝の手紙 二

   12月 一葉の手紙(これは投函していないが以下の返事が内容に呼応している)

 私はかねてより申し上げておりますように風流に遊びたい覚悟でございます。これを

おいて外に望みもなく、ただただ身に強く当惑極めているのは金を儲けることができな

いことでざいます。お前様がもし誠の友にと思し召してくださるのでしたらこの内情を

助けてください。折柄暮れとなって諸所より借財山のごとき身は、千両ほどなくては

かなわぬ金子もございます。お前様のお力なら何とかお繰り越しのならぬこともないで

しょう。お嫌ならばお断りください。お心のほどはそれによって知ることができます。

といって金子を頂戴したいと申すのではなく、ただ一時拝借がかなえばやがてご相談の

上何かおもしろいことが見当たりました時に倍にして確かに返上いたしたく、私は女で

すがお話しの上お片腕にもなるつもりですので、決して決してご遠慮なく思うことを

おっしゃってください、おかしなこと、おもしろいこと、世の中についてのご感情など

守れと言われれば必ず人には洩らさない私でございます。

 吉原にも須崎にも金に色を売る美人は余るほどおりますので、もし私などにご冗談を

おっしゃるのであれば解し難いことです。恋は一朝一夕でなるものとも思えませんし、

年月の憂きを重ねた後こそ風情が生まれるものだと思っております。お前様はお金儲け

の名人でいらっしゃいますのであくまでも儲けて世の中を思し召しのままにしてくださ

い、お前様ほどの腕があれば

 そなた様のことですのでよしとおっしゃってくださいましたら大船に乗ったように私

は存じておりますが、引き連れた多くのみならず折から年の暮れに回っていつもお仰せ

の大胆の修業もいまだできない(度胸が据わっていない)身は何かとおどおどしていま

す。お文のようにご様子はいかがなどとおっしゃってくださいますとと少しは胸が安ら

かになるのです。いつも私事で恐れ入りますが、すべてお袖の影を頼みにするあまりか

らのことですので、笑われてしまいましたら情けないことです。

  

12月7日

 小生の申し入れをお聞き入れくださいましてありがとうございます。また、かの金員

につきましては小生のような貧困の身には到底思いもよりませんが、将来あなたと交わ

る中、何か目的あって金銭が必要な時はその目的によって小生も大に賛成し、千円と

限らず五千円でも都合いたします。しかしながら目下の急務とするところは貴女の生計

でありますので、失敬ながら月二十五円くらいは毎月交わりの情を持って手元より補助

するのは心安いことです。およそ人間としてこの憂き世にあるからには生活の道をたて

ることが一番で、この道を安んじなければたとえいかなる剛毅な人でさえも目的の方針

を曲げることになってしまいますから、この治道を安全に定めた後、風流の道を講じる

ことがよいでしょうし、目的も十分に考えてよしとすべきです。お返事の中に新柳美人

云々とありますが小生はこのような偽飾(うわべを取り繕う)な仮美人を望みません。

ただただ小生が望むところの美人は心意が美しく、また精神の健やかなことにあります

のでここをよくご賢察を願います。次に君は恋は一朝一夕のごときでできるものでは

ないと言われますが、これらは普通人の申す言葉ではないでしょうか。その意味は君は

小生の心中を知っておりましょうし、小生も君の精神をよく知るところですので、仮に

年月を経ずともお互いにわかるはずです。このような生ぬるい話はおやめになる方が

よろしい、およそ君に似合わないお言葉だからです。願わくばはっきりと、確かなお返

事をいただきたいものです。

 附白 

 小生も将来に大いなる希望を抱いておりますので、このことは今公然とは語り合い

難いのですが、君とご交情の上は明白なお話をし、あるいは助け、あるいは補っていた

だきたいつもりですし、実にこの頃より君を恋い慕うところですので、なにとぞ手ぬる

い年月云々(などとおっしゃるのは)はお止めください。ちゃんとしたご確答をいただ

けますよう、右は明細に書面で差し上げて申し上げなくてはいけないのですが、ご承知

の(通り)明日九日は小生たちの発起祝勝会があって大繁忙中ですので、乱筆ごめん

被ります。余は君のご確答を待ってご面談したいと思います。

おなつ様

   

 毎回嬢の意中のあるところを伺い、そのご気性は男も及ばないことをかねてより慕わ

しく思えばこそこれまで交際してきましたが、拙者にもまた国家的にかかわる大希望が

ありますので、時によっては嬢に一助を乞いたいところがあるのです。ますます親密に

なりたいと思い、一体同心となるには嬢の身体を余にまかせるよう先日願い上げました

が、今日のお手紙では女になることはできないとのことなので是非もありません。しか

し初めからこのように(親交)厚くなったのは何かの因縁と思っていただいた上で、

拙者の望みに任せて下されば何より光栄です。そのような情合だけに関わらず、実に嬢

のようなご人物は我が大希望の機能者として得難き次第なのですが、全て浮世のことは

ままならないとあきらめるよりほか仕方ありません。しかしとくとご賢察の上、ご決心

していただきましたら、嬢の目的を達することがまた拙者の希望も運を開く基となる

ことでしょう。ただ拙者は嬢と情交を仰ぎ、拙者の大希望を打ち明けて将来我が目的を

達しようとするに外なりません。右の次第をもってしても拙者の意をご許容くださらな

ければ重ねてのお返事はご無用です。右は本日の返事まで申し上げました。

なにとぞ書面ご覧済みの上はご火中されたく

夏子様

 

   明治28年3月25日

 近日春暖に向かい何となく心も陽気となるところ、君はいよいよご壮健のことと察し

その後は貧に追われる僕の身の上として東と西と駆けまわり、遂に今までご無言で過ぎ

てしまい平にご海容を願います。さりながら一度くらいは君よりご通信があってもさほ

ど罪でもありませんと愚痴を申し上げます。しかしながら近来は戦争騒ぎで人の心は

定かではありませんので、二十七年八月以前と今日とは多少人の心も進化し、一般の

風潮につられあるいは君もそうかもしれませんが、以前は以前、今日は今日としてご交

際くださってもさほどご迷惑にもならないのではとお恨み申し上げます。とにかく人間

は考えるという一種の動物なので、つまり浮世は捨てたといってもその考える目的や、

また考える材料を求めることは必要ですので、これを求むるにはいろいろな人々と交際

して新説奇談をあるいは聞きもし、あるいは交換もして智という意識を喜ばせることは

実に無限の快楽だろうと感察申し上げ、願わくば旧情お見捨てなくご高説示されること

をお待ちしております。心は闇のため乱筆ご用捨て願います。 久佐賀

樋口様

 

   5月1日

 小生は本月六日出発、ただ今平地に滞在中にてかねてのお約束通りには到底帰京は

おぼつかなく、もっともこの節同伴者四名でこのところ五六日間とどまり、それより

奈良、大阪から丹後の地に渡り天橋立を(欠)に行くつもり。されば来月下旬かまたは

六月頃になるまで帰郷でき難い様子と考えています。故にかねてご依頼の金件は今度だ

けは脇方にお繰り替え下されたく、委細は追って帰宅の上ご面談して申し上げます。

久佐賀

樋口様

 

   12月4日

 拝報 

 以前のところは手狭につきこのたび下住所に移転しました。お知らせ申し上げます。

 附言 小生先に某貴顕より術号をいただきましたので、今後義孝を顕洲と改号いたし

ましたこと、併せてご披露申し上げます。

 

 よく言われない人だが、一葉の心を気高いと感じて慕った心には真実があるように

思えてちょっとかわいそうになる。風采のよくない小男でけちだったというだけで後世

まで侮られて…。多少は貸したようではあるが、もう少し出したら恩人として残れたの

にそこまでは占えなかったか。